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次の日の朝、自警団長 アーヴァイン が無残な姿で発見された。
……そして、その日、村には新たなルールが付け加えられた。
見分けの付かない人狼を排するため、1日1人ずつ疑わしい者を処刑する。誰を処刑するかは全員の投票によって決める……
無辜の者も犠牲になるが、やむを得ない……
そして、人間と人狼の暗く静かな戦いが始まった。
現在の生存者は、書生 ハーヴェイ、学生 メイ、牧師 ルーサー、吟遊詩人 コーネリアス、冒険家 ナサニエル、見習いメイド ネリー、酒場の看板娘 ローズマリー、牧童 トビー、双子 ウェンディ、流れ者 ギルバート、お嬢様 ヘンリエッタの11名。
……ほんとだ。
遅いね、アーヴァインさん。
[コーネリアスの呟きに、時計を見やる。
時計はちょうど、二本の針が邂逅を果たした所で。
かちり、という音がやけに大きく感じられた]
[コーネリアスの言葉に釣られて天井を見上げる。
確かにもう、晩餐会の予定された時刻になっているというのに]
[――と、
玄関のほうから何か聞こえた。
重いものが落ちるような、音]
[ まるで刻を待っていたかのように、急速に雨は弱まってゆく。
使用人の女は未だ主が来ない事を謝罪しに広間へ入ろうとして、玄関口から聞えたドサリと云う奇妙な物音に足を止める。不可思議に思いながらも、彼女は中に居た客人達に其の事を告げると、様子を見て来ますと慌しく一礼をして緋色の絨毯を踏み締め玄関へと向かって駆けて行った。]
……如何したんでしょうね?
[ 顎を手の上に乗せた儘、緩やかに視線だけで皆を見渡して呟く。]
[ 直後、耳を劈くかの如き女の悲鳴が館内に響き渡った。]
[玄関では、青ざめた顔をした使用人が、何かを腕に抱えていた。]
「だんな様が…だんな様がっ!!」
[それは人の足のようで。
声に引かれて人が集まってくる中、ひぃ…と悲鳴を上げた彼女は、その足を放り出し、自室へと駆け込む。
中からカチャリと、鍵のかかる音。]
[何かが落ちる音と、それを見に行ったと思われる女の絹を裂くような悲鳴に思わず立ち上がる]
…何だよ、いったい!
[不安に駆られ駆け出す、声のするほうへ、と]
……え?
今の……なに?
[唐突な悲鳴に、びくり、と身体が震えるのがわかった。
嫌な予感。
だけど。
確かめに行くには、足に力が入らなくて]
[悲鳴に、おもわず自分の体を抱き締めた。
銀の髪の男がそれに反応し、広間を出ていく。]
な、なに?
[尋常ではない空気に怯えつつも、玄関の方が気になって。]
[悲鳴を上げて逃げ出す使用人が残したものを見て、絶句]
……足?人の…旦那様、って、まさか…。
アーヴァインさんの部屋は何処だ?
[ 余りの悲鳴に数瞬呆然としていたが、ハッと目を見開き卓上に手を突いて立ち上がる。幾人かが駆けて行くのは見えはしたものの、彼自身は其の場に縫い止められたかの如くに固まり追う事はしなかった。開かれた扉の向こうから悲痛な使用人の声が聞こえ、軈て先程よりも慌てバタバタと駆け去っていく足音に眉を顰める。]
[悲鳴。
その声は幾度かきいていたもの
わたしは部屋の扉を見る。
なんのおと?]
…………なにが
[少し考えて、扉に向かう。
それを後悔するなんて思わずに]
[投げ捨てられた足に視線。特にこれといった表情の変化は伺えず。]
ああ、この足はアーヴァインさんのものですね。
間違いありません。
彼の部屋なら知っていますが、一緒に来られます?
[広間を出ていくものと、留まるもの。
相互を見比べて迷った後、広間を出たのは好奇心から。
それでもやはり何かを感じたのか、大人から離れないように小走りでついていく。]
[ルーサーがその足を確認して主のもの、と。
部屋を知っているから来るか、との言葉に]
あぁ、行こう…
女性と子供はそこで待っていて。
[そういってルーサーについてアーヴァインの部屋へと]
[青ざめたまま牧師の声にこくりとうなずくも、やや不審の目を向ける。
…この状態で、何故この人はこんなに冷静でいられるのだろう。]
[アーヴァインは明かりがついたままの自室奥の壁に寄りかかっている。
ドアを開ければ咽返る吐瀉物のような匂いと、肉の焦げた匂い。
まず真っ先に目に入るのは、床に広げられた腸。
胃が破られて、胃液で腹の中が溶けかけている。
腹は臍から胸まで裂かれ、ご丁寧にも骨を外してむき出しになった心臓はそれでもまだ、鼓動を打ち続けている。
右肘が捻り折られ、左腕は肩から引き千切られている。
片足の太腿部はほぼ食い尽くされ、膝から下が無いが、もう片足は手をつけられた形跡が無い。
片目は抉り取られ、半笑いの形に緩んだ口元からは涎と息の漏れる音だけが。喉はどうやら潰されているらしい。
暖炉に立てかけられている火かき棒は熱く、これだけの状態で出血が驚くほど少ないのは、傷口をご丁寧にも焼き固めてあるからで。
気を失うことも、鼓動を止めることも許されず、この状態でまだ生きている。]
……これはどう見ても手遅れですね。
一応、生きてはいるようですが。
[ ややして呪縛から解けたように首を小さく振り、唇を噛んで自らも追うべきかと迷いはするものの、動けぬ様子のメイや残る者を見遣れば矢張り其の場に留まる。]
……。
[ 大丈夫か等と容易に問う事も出来ず――無言で椅子に腰掛けなおせば沈黙ばかりが下りる。]
[妙に冷静な牧師の言葉に、それ、と目指れたものを見る。
それが、何であるのか最初わからなかった。人形か何かのように思ったから、じっと見てしまった。
それを目に焼きつけてはじめて、少女の口から悲鳴がもれる。]
[牧師の広い背の後ろから、室内を覗き込んでその目を見開く。
内臓を引きずり出され、手足を引き千切られ、貪り食われているその肉塊。
だが、その中心で、心臓は未だに鼓動を続けている。]
…義兄ぃ…さん……。
[見開かれた片目だけの目と目が合う。そのまま動けない。]
[数人が広間の外へ向かう中。
どうしても、動けなくて、その背を見送る。
部屋は暖かいのに、震えが止まらない]
……やだ……よ。
ボクは、視たくないんだから。
[呟いて。左胸の辺りを右手でぎゅ、と押さえつける]
視たくない……聴きたくない……。
[掠れた呟きの後、その場にがく、と座り込んで。
そのままぎゅ、と目を閉じる]
[ルーサーについて部屋へと入る]
…な……っ…
[目の前に居る…いや、あるのは辛うじて人と判るもの。
それでも心臓が…むき出しの心臓は命を刻んで]
何で、こんな事が…
[あちこち旅をして、危険な目にも遭ってきたけれど。
こんなものは見たことが無く、ただ立ち尽くす]
[悲鳴。
それを認識した瞬間、…いや、それより前に駆け出していたかもしれない。
そして。
旦那様が、と呻く使用人。
目の前に転がる物体。それは何かに似ていた。
通常では、決してそれ単体では存在し得ない筈の――]
……足?
[理解するのに遅れて、錆びた鉄のような濃い臭いが鼻の奥を刺激する]
何を驚いているのです。
これが人狼のやり方ですよ。
[部屋の主をもう一度見やり]
……ま、これは少々平均よりもやや猟奇的すぎますかね。
[広間をでて、見えたものは。
わたしは呆然とした。なにがおきているのかよくわからない。
あし?
まるで、それは
棒のよう]
[ふらふらと、室内へと歩み入る。
しゃがみこんで床に広げられた臓腑へと手を伸ばし、それをかき集めようとする。]
…手当て、しないと……
[ポツリと小さく呟き、指先が血と体液で濡れるのもかまわずに。]
[むせ返るような臭気に口元を押さえ、それでも何とか近寄っていく。
確認。あの怪我をした男の言葉が気になっていたから。
明らかに、人の仕業とは思えない傷跡]
……まさか……
[喰いちぎられた臓腑と狡猾なまでの所業。
思い当たる事は一つで]
……人狼?まさか、そんな……
[無意識に呆然と呟いて]
[ 拳の震えを抑えようと強く握る。何かに耐えるかの如くに。]
――……メイ?
[ 暫し瞑目していたが、弱々しい其の声に瞳を開けば驚きを持ってメイを見遣る。
視たくない、聴きたくない。其れの意味するところはよく理解出来ずに、再び椅子から立ち上がれば少し離れた位置まで近付く。]
冗談、やめてよ……
[口の中がかさかさに乾く。
牧師様の声が彼の名を告げる。
わたしは。
残れという言葉もきかず、彼らのあとをついていく。]
[悲鳴をあげたまま、縋るように側の少女にしがみつく。]
ひ、ひと………!!
[口を動かして、何か言おうとするがあとの言葉は震えて声にならない。
自分でも、何を言いたいのかは分かっていなかった。
なぜ、こんなものがここにあるのか。
混乱状態のまま、使用人の少女にしがみついた。その目には恐怖の涙。]
[コーネリアスの後ろから、もう一度観察。]
……ふむ。
パーツが足りないようですな。
[コーネリアスのようにその体に触れることはなく、ただ見下ろす。]
玄関にあった足のように、どこか別の部屋に……?
[主の部屋へと去る彼らの言葉にも反応を返すことはなく]
…
[彼女の身体は硬直し。
見開かれた双眸はその転がるモノを凝視し。
顔は血の気を失って。
けれど、堅く閉じた唇から悲鳴が洩れ出すことはなかった。
その代わりに、――ぎり、と奥歯を噛み締めた]
[名を呼ぶ声は、果たして届いたか。
まだ、『それら』に直接接するには至らぬものの。
扉の向こうから聞こえる声。
それらが、そう遠くない『接触』を兆しているのは感じていて]
……やあ、だよぉ……。
[目は閉じられたまま、紡がれるのは、幼い子供のような拒絶の言葉]
……人が死ぬのは……やだ……。
[ベッドのシーツで、血に汚れた身体を拭いてやろうとする。
何事か言いたげに義兄は唇を動かすが、言葉は声にならず、ひゅうひゅうと息が漏れるだけで。]
[手当てを、と言うコーネリアスに手遅れでは、とは思うもののその様子に何も言えず。
ルーサーの見たとおり幾つかの部分が失われて]
そうだね…足りない。
左腕と、目…?
食べた、ってわけじゃ無さそうだけど……
いったい何処に…。
[それでもしがみつく少女の存在に気付くと、僅かながら硬直は解かれた。
まだ少し震える手が、赤毛の少女の髪に触れる]
[視線はまだその“モノ”に注がれたままだったけれど]
[ 他人を気遣う事等、青年は表面上でしか知らず、其の様な上辺だけの言葉が届くのかは解らなかった。自らの事すらも儘成らないのだから、放っておけば好いとも思うが、良心故か其れは躊躇われて、]
メイ? ……如何した、確りしろ。
[しゃがみ込み拒絶を続けるメイに声を掛ける。先程の震えも今は止まっていた。]
[流石に臭気に耐え切れず、一度部屋を出ようと振り返り。
そこに硬直し見つめるローズを見つけ]
なっ…見ちゃいけない、これは君が見て良い物じゃないから。
[そういって、その視界からその光景を隠そうと]
しかしまあ、これはちょっとご婦人方や子供達には刺激が強すぎますな。
しばし、直接見えないようにした方が良いと思うのですが、コーネリアスさん。
[アーヴァインのベッドからシーツを引っ張り出し、被せようとする。]
[片方だけ残されたアーヴァインの瞳は、
旧知の仲の牧師を懇願するように見上げ、
口元は、「 こ ろ せ 」と、動いたかも知れず。]
……や、よ
いや、よ
アーヴァイン…………?
うそ
冗談はやめてよ
契約は、どうなるの
やくそく
した…………じゃ、ない?
[においも、その光景も。
どこか靄がかかってしまったようだ。わたしは思う]
……やくそくしたじゃない
[視界が遮られる。その人の姿をみようとしたけれど、目が壊れたように景色を歪ませていて、おちてゆく滴も気にすることもできず、
わたしは、わたしの目の中にやきついた光景を見る]
……ひと……しんだら……やだ。
みたくないもの……いろ……みえる……から。
きえたはずのこえが……きこえる……から。
[今、呼びかけている声は、『それ』ではないと。
意識のどこかは認識しているのに。
その声に答えられずに、ただ、呟いて]
『わたしを死ぬまで許さないでくれると、言ったじゃない』
[からだがこわばったまま動きもしないで、わたしは思う。誰にも教えない契約の内容を。
どうして行くの?
本当の答えはそれしかない]
生憎、私も彼とは親しいわけではありません。
ただの『共犯者』ですし。
[口元の動きを確認したらしい。
どこからか取り出した拳銃でアーヴァインの心臓に銃口を向け。]
さようなら、アーヴァインさん。どうか安らかに。
[ぱん、と軽い声が響く。
銃をしまい、形式的な祈りを捧げてから十字を切った。]
[ローズが、涙を流すのを恐怖故かと思えば、呟かれた言葉は意外なもの]
…約束?
[それはまるで無意識の問いかけ。
立ち尽くしたままのローズをそっと抱き締めて]
彼と、約束を?
[どこか胸が騒ぐのは何故だろうか?]
[あまりにあっけなく、その銃弾は剥き出しの心臓を貫き。
かくり、と糸が切れたように、それは事切れる。]
…にぃ……さ………。
[呆然と、崩れ落ちていくその身体にすがる。]
[髪に触れる手が、微かだけど震えてるのを感じる。けれど、その手は暖かい。]
――お嬢様−−
[その呼び掛けに、自分がしがみついているのが使用人の少女であると気づいた。
糊のきいたエプロンに顔を埋めたまま、首を降る。]
いや。だって……!
[だって、どうしたいのか自分でも分からなかった。ただ、恐ろしくて動けない。
恐怖の中、確かな少女の温もりに身を寄せた。]
[ メイの口唇から零れる呟きと傷の男の譫言めいた声とが聞えれば、息を吐いて如何したものかとガシガシと乱暴に髪を掻く。]
……んな事、俺に云われたって……っ。
[ 何方の言葉にか、苛立ちを含んだ声を吐き捨てる。其の頃に一つの命が散ろうとしていた事等、彼らは知る由も無かった。]
[振り向いた青灰色の瞳は、牧師の帽子の奥の目を睨み付け。]
…いきて…まだ生きてたんですよ!義兄さんは…。
生きて…たのに……まだ、……。
[それ以上は嗚咽になり、言葉にならず。]
ここにいては、お身体に障ります。
…だから。
[視線が初めて少女のほうを向く。
その口調は柔らかく、けれど感情の読み取れない眸]
[温もりがわたしの体を包む。
ぬれてしまうのに。そう思った。]
たくさん、したわ
すずのおとも
みんな、やくそくで
……わたし、は
[乾いた銃声。
愛した女を二人喪った彼と、
愛そうとした『……』を喪ったわたしと。
罪を、許されずにいたくて。
あぁ、殺されてしまったのだと、思った]
……あ。
[短い声が、あがる。
捉えた。
捉えたくなど、なかったのに。
目覚めた力は、無常というべきか。
消え行くものの『声』を。
伝えて]
……や……。
[ふるふると、首を振る。
精一杯の拒絶。
無意味なのは、わかっているけれど、でも]
[慈悲…その言葉に溜息。
しかし、このままでもいずれは同じ事だったろう。
それは恐らく、身内としての感情なのだろうけれど。
自分にそんな者が解る筈も無く]
このまま、苦しみを長引かせたかった?
[冷たすぎる言葉]
親しい?
……ちがうわ、わたしは。
わたしたちは『契約上』の関係。
ビジネスよ……
彼が喪ったかなしみから癒えるまでの
[ほんの小さな声だったかもしれない。
コーネリアスの憤りの声が大きい。
それでも耳に木霊する、かわいたおと]
[腕の中、泣きながら呟く声にふと何かを知る]
約束…
ローズ、君は…
アーヴァインさん、と…?
[心のどこか、それを訊いてはいけないと警鐘が鳴る。
だけど、言葉は止められなくて]
[緑の瞳と視線を合わせる。けれど、その目からは何も読み取れなくて、それがいっそう、ヘンリエッタの恐怖を際立たせる。]
……だって、どこにいけばいいの?
[言って気づいた。
この館のどこかに、あれを作り出したものがいるのだ。安全な場所などあるのだろうか。
少女の逃げる場所は、もうない。]
[目を開けば、多分、視える。
視えてしまう。
望まなくとも。
だから、目を開けたくない。
そう思って。
座り込んだまま、ぎゅっと目を閉じたまま。
自分で自分を抱きしめるように、肩を掴む]
なん、で……。
[呟きは何に向けての物なのか。それは、自分自身もわからずに]
広間なら、まだお客様が残っていらっしゃる筈ですから。
[廊下の先、明かりの洩れ出す部屋を示す。
手袋を嵌めた左手が、そっと少女の頭を撫でて]
私も“お掃除”が終わったらすぐに向かいますから、待っていてください。
[ 短く声を上げたかと思えば唐突に首を振り始めるメイに向けられる視線は、普段の他人を気遣う造られた物ではなく怪訝なもの。]
メイ? ……何なんだ、一体。
[ 其の様相にすら気付けずに、同情すら含まない非情な声を投げかける。]
何でかなんて、俺が知りたい。
[ 其の言葉は自分と相手では全く意味が異なると知りながらも。]
………ふう。
[深いため息を吐く。]
ではコーネリアスさん。これからどうなされます。
そこでいつまでも亡骸に縋って泣くのですか?
立ち上がりなさい。それは、もうただの肉塊だ。
[強引にコーネリアスを押しのけ、シーツを被せる。]
…客?
…ローズ、君は…
[思い当たる事は一つ。
そう思えば、他の人々の彼女に対する態度も合点がいって]
それが、君の秘密?
[そっと、腕を緩めて目を合わせる。
もしそうだとして、彼女を責める気は無かったけれど]
ききたい……。
そう……だよ、ね。
[『声』を拒絶する意思が現実の声を拾い上げ。
どうにか、それに向けての声が出せた。
現実。
現実を見るのも怖いけれど。
力によって視えるものに囚われるよりは。
そう、思って]
でも、きっと。
おしえて、もらえないんだ……。
[呟いて。閉じていた目を、開く。
薄紫の瞳が虚ろに周囲を、がらんとした広間の様子を映し出した]
あ……
[まだ、歪む視界の中。
彼の問掛けにわたしは、子どもになってしまったみたい。
視線から逃げたくて、うつむく。]
[コーネリアスの言葉はかすかな怒りと憤りを含んで。
だけど、その原因に思い至ることは無く]
…旅をしているといろいろあるからね。
例えば、自分を守る為に人を……
[そこまで言って、しまった、と言う様に顔を顰める。
上着の下に隠したナイフの存在、抱き締めたローズに気付かれてはいないだろうか、と]
コーネリアスさん。
他の部屋も調べなければいけません。
手が空きそうなら、同行をお願いしたいのですが?
[手を差し出し、無理にでも立ち上がらせる。]
[不安げに今一度、緑の目を見つめるも、撫でられて渋々頷いた。
広間には少なくとも人がいる。
「掃除」がなにを意味するのかは深く考えず、不安からネリーと広間の入り口を交互に見つつ戻ろうとして、問いかけた。]
ネリーは、一人で大丈夫?
教えて……? 何の、話……、
[ 訝しげに問おうと唇を微かに動かすも、開かれた瞳の色彩に瞬き。しゃがみ込んだ儘に其れを真っ直ぐにじっと見詰める。]
……お前、そんな色だったか?
[ 黒が見詰める其の色は、碧から薄い紫へと変貌を遂げていた。]
[俯いたローズをもう一度抱き締める。
ナイフの事などもうどうでも良かった]
君は君だ…どんな秘密を持っていても。
そうだろう?
[自分がそれを知ったことは彼女を傷つけたのだろうか?
だけど、それでも彼女に対する感情は変わることは無く、そう言って、微笑む]
[瞬時、驚いたように瞬く。
心配されるなんて思ってもいなかった]
……私は大丈夫です。
[引いた血の気は未だ戻ってはいなかったけれど、彼女は微笑みを浮かべた]
……ああ、忘れていました。
[先程かけたシーツをめくり、何かを抜き取ってコーネリアスに手渡す。]
唯一、保管しておけそうな遺品です。どうぞ。
[それはどす黒い血の色に染まる、薔薇を模した指輪。]
[今はどんなことも靄の向こうにある。
感覚も感情も
追い付いていかない。
コーネリアスの言葉が、理解できることもない。
その返答も。
ふたたび抱き締められた感触も。]
わたし、は、わたし?
[周囲の面々を見て、ため息。]
……まあ、いいでしょう。
後から部屋で何か見つかるかもしれませんが、どうか落ち着いて。
では、私は玄関に戻りますので。
[足を回収する為に、玄関へ戻る。]
―アーヴァインの部屋→玄関―
[どこかぼんやりとしたローズの呟きに答えるように]
そう、例えどんな秘密をもっていても、俺はその君に惹かれたんだから。
…今更嫌いになんかなれないよ。
[その笑顔に安心して、少しだけ肩の力を抜く。
広間の入り口まで小走りで戻ると、室内から顔だけ覗かせた。]
早く戻って来てね?
[まだ不安そうに、ネリ−を何度も見る。案ずるのは自分のことか、彼女のことか。]
色……?
[投げかけられた問いに、不思議そうに瞬く。瞳の色の変化に、自分では全く気づいていなかったから。
だから、問いの意味を更に問おうとしつつ、顔を上げて]
……あ。
[動きが、止まる。
現実の視界の向こうには、異能が捉える視界が広がっていて。
それが。
凄惨の一言では片付かない最期の姿を。
鮮烈に捉えて。
認識する。館の主が死んだと]
や……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
[色々な意味で訪れた限界。
そして、全てを拒絶するかのように、*意識が闇へと堕ちた*]
―玄関―
足を拾い、アーヴァインの部屋まで持っていく。
その後、ついて来なかった面々の様子を確認するために広間へ。
―玄関→アーヴァインの部屋→広間―
[少女の言葉には、微笑みのまま一つ頷いた。
それから踵を返す。
玄関のほうへと向き直る。
その顔から、既に表情は消えていた]
[彼の言葉がわたしの中に入ってくる。
拒絶ではなくて]
……ひかれ?
わたしに?
駄目、よ。わたしは汚れているのだもの
[口は勝手に音をつくり]
-広間・戸口-
[悲鳴に肩を強張らせて、音のした方を見た。
手は縋るように扉にかけたまま、顔だけを向けると、青い髪の少女が崩れ落ちるところだった。
とっさに、また何かあったのかと辺りを見回す。]
[アーヴァインの部屋まで移動する途中、ネリーとばったり出くわした。]
おや、ネリーさん。どうされました?
[聖書を抱えていない方の手には、例の足が握られて。]
[ 顔を上げたかと思えば動きの止まる様子に、幾度目かの瞬きを返す。然し数瞬の後にあがる拒絶の悲鳴。他者には見えぬものを視る其の姿は彼には到底理解の及ばぬであったけれども、意識を失ったか頽れるのを目に止めれば自然手が伸びて、]
て、メイっ!?
[地に倒れ伏す間際に抱き留めれば現実にか悪夢にか魘されているようではあれど、取り敢えず呼吸だけは確りとしていて、小さく吐いた息は安堵を孕んだものか。]
[牧師の声に会釈をして、抱えられた足を凝視する]
ご主人様、は?
[蒼褪めた唇が紡ぎ出したのはそれだけだった。
けれど彼女が何を聞きたいのかを理解するには、それだけで十分な筈だった]
[ローズの言葉は何となく予想がついて。
それでも変わる事のない視線を向ける]
汚れて?どうして?
俺はそうは思っていないから。
心まで汚れてはいない…だろう?
それとも…俺に…旅人に好かれるのは困る?
……俺は、運搬屋じゃないっての……。
[ 余程熱が高いのか先程の悲鳴にも睡りに落ちた儘の男を横目で見れば、其れでも流石に此の場に放置していく事は出来ないと判断したか、青年の腕に収まる躰を抱え直し、メイの背と膝の裏付近とに手を宛がって其の儘抱き上げる。
体勢を整えて視線を扉の方へと遣れば、赤髪の少女の姿が見えた。然れど其の問い掛けは彼にも解らず、左右に首を振るしかなかった。]
直接の原因は解らない……けども、……あんな事があれば、ね。
[ 金髪の少女へとは異なり、其れはトビーに対するのと同様に子供に向ける口調。直接は見ていないとは云えど状況は察せ、曖昧にそんな言葉を返す。]
汚れているの
わたしはあの子をころしたの。
客をとるためにころしたの。
……わたしは許されちゃいけないの。
[だから、嫌って。
そう願う。
困るどころか、
それが嬉しく感じてしまうから]
どう見ても助かりそうにありませんでしたので、これで。
[懐の銃をちらりと見せ、すぐにしまう。]
苦しき生を生きるよりも、よほどましでしょう。
[顔色も声色も、冷静そのものだ。]
[見につけた服は、すっかり血を吸って紅く染まってしまい、
そのままの姿でふらりと廊下へ歩みだす。
おぼつかない足取りで階段を降り、
心ここにあらずといった呈で、浴場へと。]
[どうやら、メイに危害を加えたものがいたわけでないことは理解し、ヘンリエッタはとりあえず青年の言葉に頷いた。
室内を見回して残った面々を確認し、後ろを振り返る。]
他の皆はどうしたのかな……。
…そうでしたか。
[拳銃にちらりと目を遣り、すぐに伏せる。
それ以上は何も問わずに会釈をして、彼女は玄関へと向かった。
牧師の抱えた、切断された足の切り口の鮮やかな赤が目に残った]
[あの子を殺した…それの意味する所は察しが付いて。
苦笑…それがローズの罪ならば
自分も恐らくは同罪、いや、それ以上か]
…それが君の罪?
ならば俺も一つ懺悔をしよう…。
俺の手も汚れている、と。
俺は、昔…自分を守る為に、人を……
[生死の確認はしていない、だからそいつがどうなったかは知らないけれど]
……俺を、嫌うかい?
……さあ。
[ 続く問い掛けもまた彼の知らぬ事ではあれど、若干の予想はついた。彼れが館の主の“一部分”であったのなれば、目的は一つしかなく向かう先は一箇所しか無い。然し相手が幼い少女、其れもアーヴァインの娘だと名乗っていた事を思えば、其れを告げるのは残酷であろうか。]
取り敢えず俺は、此奴を運ばないといけないんだが……、
手伝って貰えると有り難い、かな。
[ 一度メイへと視線を落としてから、再び少女の方を見て云う。]
[青年の言葉に、一つ頷く。
助けを求められるのは、何となく嬉しかった。
とりあえず、二人のもとに駆け寄ったものの、ヘンリエッタの背ではメイを支えることも出来ない。
どうすれば良いのか判断か尽きかねて、問うように彼を見た。]
[ 見上げられれば何を示すのが初めは理解出来なかったが、軈て嗚呼と声を零す。]
扉の開閉を、御願いしたいなと思って。
ほら。此の儘じゃ、出来ないだろう?
[ 少女へと浮かべる微笑は何時もの様相を取り戻し始めていた。]
[改めて、アーヴァインの部屋に向かう。
死体のパーツは、出来るだけ同じ部屋にまとめておいた方がいいだろうと判断したからだ。]
―(移動途中)→アーヴァインの部屋―
[途中で部屋に立ち寄り、箒と塵取りを手に玄関へと向かう。
染み付いた血の跡は如何頑張っても落ちそうにはなかったから、せめて落ちた衝撃で飛び散ったのであろう僅かな肉の欠片を掻き集める。箒の先が紅く染まった。
淡々と、淡々と作業は進む]
[ローズの言葉に心からの笑み]
ありがとう。
俺も君を嫌いになれない…同じだね。
[そういって、ちら、と部屋を見て、もう一度ローズを見る]
まだ顔色が悪いね…もう部屋に戻った方が良い…。
部屋まで一緒に行くから。
[そういって、ローズを彼女の部屋まで連れて行こうと]
[促されるままうなずいた。]
部屋に。
いくわ
[ナサニエルのあとに、ついていく。
その場所で、腕がまっているなんて*しらずに……*]
[ 表情を和らげた少女には有難うと礼の言葉を述べ、扉へと向かっていくのを見れば一つ頷いて、再度メイの躰を抱え直し、其の後に従うように付いていく。]
……って、あ゛ー……。
[ 少女の開いた扉を潜ろうとして思わず間抜けな声をあげる。]
此奴の部屋、何処だ……。
…
[例えほんの数日だったにしても、少しだけ不信感を持っていたにしても、彼が雇ってくれた主人であったことには変わりがない]
…
[何が彼をバラバラにしたのか。玩具のように棄てたのか。
何となく、理解はしていた]
―アーヴァインの部屋―
[シーツの中に、アーヴァインの腕を放り込む。]
死んだ後も随分面倒をかけてくれますね、アーヴァイン。
[ふん、と*鼻を鳴らした。*]
私も知らないけど……ネリーなら分かるんじゃないかしらね?
もし分からなかったら、私の部屋で一緒に寝てもいいわよ。
ここのベットは広いし。
[誰かが一緒なら自分も心強いし、と、心の中で付け加える。]
……其れじゃ、若し解らなければ、そうさせて貰うかな。
[ 自分の部屋にという少女の言葉に同意するように頷きを返して、]
此奴を一人にしておくのは心配だし……、
かと云って俺の部屋、だと後で何を云われる事やら。
[ 終わりの台詞は若干溜息交じりに呟かれた。
大した問題ではないと今まで敢えて訊かずにいたけれど、流石に抱き上げれば“彼”であるか“彼女”であるかの判別はついた。然し其れを知ったとて、ハーヴェイのメイに対する反応は今までと然して変わる事も無いだろう。世間は別として。]
―ローズの部屋の前―
[ローズに尋ねながら彼女の部屋の前へ。
ドアを開けると、どこか鼻に付く臭い…それは先ほど嗅いだ物に似ていて]
……此処に居て。
[ローズを外に待たせて中へ。
部屋を見渡す…ベッドの上、不自然に浮き上がる毛布。
意を決してそれを剥ぎ取る…そして
絶句
そこにあったのは紛れも無く人の左腕]
……これ、は……
[思い返す、先ほどの彼の欠けた部分、あれは…ならばこれは。
慌てて部屋を出て、ローズに中に入るな、と言い残して。
人を…ルーサーを捜しに行く]
[用事を済ませたが他にする事がいまいち思いつかず、シーツを剥ぎ取った後のベッドにどっかりと座る。]
ま、この状況で落ち着けるのは『経験者』たる私くらいですかね?
[ぼそりと呟く。]
[ルーサーを捜してアーヴァインの部屋まで来れば、尋ね人はまさにそこに居て]
あ、牧師さん!
[そのままそばに寄り、見たままを話す]
ローズの部屋に…腕が。
アーヴァインさんのだと思う、左腕……。
[そう告げて、どうすれば良いか、と訊いて]
[おもむろに顔をナサニエルの方へ向ける。]
至急、持ってくるように。
死体のパーツは一箇所にまとめておいた方がいい。
後は鍵をかけてしまえば、誰も見なくて済むだろう。
後は目、だが。そこにあったのは腕だけか?
[がらりと口調を変え、ナサニエルに指示をする。]
[ 玄関の方かもしれないと答えるヘンリエッタに一つ頷き、ネリーを捜し求めて其方へと向かおうと足を向ければ、丁度此方へと遣って来るお下げ髪の少女の姿が見えた。然し、其の様相は普段と幾らか異なるように思える。]
……ええと、ネリーさん?
[外の雨音はいつの間にか消えて、時折風が唸り声を上げるのみ。
しっかり、絨毯を踏み締めるように歩いた]
[広間の前に辿り着くと、扉に手を掛けた]
―…→広間―
[掛けられた声にふ、と顔を上げる]
…はい?
[それは幾らか疲れた様子ではあったものの、殆どいつもの彼女の様に見えたか]
[至急持って来いとの指示に頷き、その後の問いにも肯定の意を]
あったのは腕だけだった。
もう一度確認してくるけど。
[そういってローズの部屋に戻ると腕を持って…ローズに見えないように毛布に包んで。
部屋の中を見てもう何も無い事を確認して、ルーサーの元に戻る]
これ…やっぱり腕だけだった。
[そういって遺体を覆うシーツの中にそれを隠して]
…目は、何処にあるんだろう…。
さて、ね。
少なくとも、私の部屋にはないと思うが。
彼と親しい人物の部屋にある、と推測はしたが。
彼女の他に、アーヴァインと懇意にしている者がいるかどうか把握しきれないのが現状だな。
[ベッドに腰を下ろしたまま、腕を組む。]
……ああ、いえ。
此奴……メイの部屋って、御存知でしょうか?
[ 抱き抱えたメイを視線で指し示してからもう一度彼女を見遣れば、何時もと粗変わらぬ様子に見えた。気の所為だったかと思いながら、問い掛ける。]
[懇意の者、と言われた所で自分が知るはずもなく]
俺もただの泊り客だからなぁ…
[それだけ呟き、思い出したようにルーサーに告げる]
ローズを部屋の前に置いてきたままなんで、向こうに戻るよ。
一人にしておけないし。
牧師さんも無理はしないようにな?
[そういって部屋を後にする。
でも…あの部屋に寝かせるわけにも行かないな……
と呟きながら]
[青年の言葉に頭を巡らせる。部屋は確か二階の角にあった筈だ]
ああ、はい。
宜しければご案内致しますが…
[言いながら、メイの様子を見て]
その…如何なされたのですか…?
[ぐったりした様子に眉を僅か寄せ、尋ねた]
ええ、私もそろそろ自室に引き上げさせていただきます。
ローズさんの世話は任せます。
ナサニエルさんも、ご無理はなさらずに。
[普段通りの口調に戻し、ナサニエルに声をかける。]
ああ、御願いします。
[ 問い掛けられれば紡ぐ言葉は矢張り曖昧で、]
……疲れが出たらしくて。
[端的にそう答え、ネリーの先導に従いヘンリエッタを伴って、階段を昇っていく。一人で寝る事になったと知った少女は臆面には出さずとも些か不安そうに見えたか。]
[部屋の前で待つローズは、その様子から何かを察したようで不安そうな瞳で此方を見て。
これには答えずもう一度中へ。
幸い、シーツに血の跡などは無かったけれど、それでも気分の良い物ではなく]
…この部屋は使わない方が良い。
何処か、別の部屋へ…俺の部屋で良いかな?
[ただ、一人にはしたくないというそれだけの理由だけど。
ローズが頷くのを見て部屋へと向かって。
ドアを開け、ローズをベッドに入らせ、自分はそのままで]
おやすみ。傍に居るから。
[そういって側に椅子を運び座って、彼女が眠るまで見守って。
いつしか眠ったのを見届けたなら、自分もそのまま椅子の上で*眠ってしまうだろう*]
そう、ですか。
[それだけ返した。それ以上を追及しないのは使用人の性なのか、そのような気が起きないからなのか。
青年を先導してやがて角の部屋まで来る]
こちらです。
[そう言って、扉を開けた。
ふと視線をずらせば、不安げな少女の姿がその眸に映る]
如何も有難う御座います。助かりました。
[ 室内に入り寝台へと寝かせて毛布を掛ければ、部屋を出る間際其の寝顔を見遣り、声は紡がずにお休みと口唇の形だけで挨拶を告げ、]
……其れじゃ、俺も休ませて貰いますね。
[ヘンリエッタの様子には気付いたか、其れともネリーに任せておけば好いと思ったか、兎も角軽く会釈をして其の場を去る。
然し自室に戻る事は無く階段を降り、厨房に入り中を見れば既に冷め切った豪勢な食事が並べられていたが、直接はソレを見ていないとは云え流石に食欲は湧かずに、紅茶を淹れたカップだけを手にして広間へ向かう。]
[ すっかりと人気の無くなった広間、ソファには睡り続ける男の姿。]
……やれやれ。
[ 心底面倒臭そうに頭を掻きつつも、椅子の一つに腰掛け紅茶を啜る。
時計の針を見遣れば、針が幾度か周回を終えている事に気付き驚く。時間の経過等、全く感じられなかった。然し其れでも、今夜は*寝付けそうになかった。*]
おやすみなさいませ。
[去って行く青年の背に、声を投げかけた。
そうしてその場に残されたのは、彼女と赤毛の少女の2人だけ。彼女は少女に宛てがわれた部屋まで送るつもりで少女を伴い廊下を歩く。
が、いざその前まで来ると、少女は彼女の服をきゅ、と掴んだ。
ああ、と小さく息を洩らし]
…私の部屋で宜しければ来ますか?
[縋るようにこちらを見上げる少女に小さく笑んで告げる。
頷くのを確認して、階下へ向けて再び足を*踏み出した*]
-ネリーの部屋・早朝-
[眩しくて自然と目が覚めた。辺りの静けさに、そう言えば雨は夜に止んだのだと気づき、昨夜の出来事を思い出す。
不安に身を起こせば、同じ部屋で寝ていたはずのネリーの姿はなく。
働き者の彼女のことだ、仕事だろうとは思ったけれど不安で、寝台から抜け出すと廊下へ出た。]
[[広間に行こうとして玄関前を通ることに躊躇った。
あの場所にはもう何もないと知ってはいても、目の裏には凄惨な光景が焼き付いている。
立ち止まり、迷う少女の目に、人影が映った。
一瞬警戒して身を強張らせたものの、昨日、朝ご飯を出してくれた使用人の女性だと気づき、胸をなで下ろす。
声をかけようとして、一歩踏み出した時、彼女もまた自分に気づいた。]
-玄関前-
[使用人の女性は、自分の顔を見てぎょっとしたように後ずさり、背を向けて走り出す。
その顔に浮かんでいたのは、まぎれもない恐怖。
何故、そんな顔をされるのか分からなくて、思わず後ろを確認したから反応が遅れた。
走り出した彼女をわけが分からないままに追い掛ける。]
ねえ、待ってよ。
どうしたの!?
[恐ろしかった玄関も走り抜けて、外に出た。
朝日の眩しさに一瞬目が眩んで立ち止まる。
もともとの距離に加え、大人と子供の差で、既に彼女とは遠く離れていた。
吊り橋の中程を渡る姿が確認し、そちらへ駆け寄る。
昨日までの湿気から比べたからだろうか、やけに乾いて感じられる空気が、咽を締め付けた。]
―早朝―
[ 昨晩迄の雨が嘘の様に、カーテンから射し込む陽光の煌きが青年の頬を照らす。]
ん……。
[ 何時の間にか組んだ腕を枕にして寝ていたらしく、緩慢に身を起こせば左肩を掴んで首を回し、指に巻いた筈のテープが取れている事に気付く。騒動の最中に失くしたかと不可思議に思いつつ、椅子を引いて立ち上がれば男の傍らへと歩み寄れば、其の頬に僅か残る筋は涙の痕だろうか。濡れたタオルを乗せては置いたが其れは最早殆ど用を為しておらず、暖炉の火が弱まっているのにも気付けば、取り敢えずは厨房に向かおうかと項に手を遣りつ広間を出た。
其れと同時、聞えて来た少女の声に何事かと視線を遣れば、外へと続く扉が開け放たれていた。其の先に見えるのは、赤髪の少女の姿。]
[橋のたもとまで追ったとき、既に使用人は橋を渡り切っていた。]
ねえ、なんで……!
[叫んで、吊り橋に手をかける。先に渡った者の所為か、揺れが激しくて一歩踏み出すのを躊躇った。
ただ、逃げ出す背中に視線を突き立てる。
自分の声が届いたのかは分からない。
遠くてこちらを降り返った彼女の表情は良く分からなかった。
その手が動き、赤色が閃く]
―自室・早朝―
[明け方にわすかにまどろめただろうか、浅い眠りから目覚め。
胸騒ぎを感じて窓の外を見れば、炎をあげて燃え落ちる釣り橋。
唖然として窓を叩くも、填め殺しの窓は動かず。]
[ 不審に思い外に出てみればヘンリエッタの叫びが聞えた。]
何をして……、
[ 声を投げ掛けようとした刹那、少女の小さな背の向こう、其の髪の赤より鮮やかに閃いた色に目を瞬かせ――其れが何なのかを理解すると同時、赤はロープへと移される。物が焼ける臭いと薄い煙とが漂うのを認めれば無意識に躰は動き、吊り橋に歩を踏み出し掛けた少女へと駆け寄り、其の小柄な体躯を抱き寄せる。]
行くな、危ない!
[ 火の回りは予想外に早く、此岸と彼岸とを繋ぐ唯一の橋は炎をあげて崩れていく。焔に揺らめく恐怖に充ちた瞳は見えずとも、其の狂った哂い声は耳に届いた。]
[向こう岸に見えたのは、長年ここに使えてきた使用人の姿で。]
…あなたですら…自分さえ逃げられればそれで良いと…。
[ぎり…と奥歯を噛みしめる。]
―厨房―
[ざあ、と水の流れる音。
広間と厨房を往復し、“最後”どころかついぞ開かれることのなかった晩餐会の痕を機械的に片付けて行く。
本来ならば2人でやるべき作業。しかし今朝隣室の扉を叩いても、もう1人の使用人の女性からの返答はなかった。
悲鳴を聞いて駆けつけた客人たちとは違い、何の予告もなしにいきなりあのようなモノ―切り離された主人の足―を見せられたのだ。仕方ないのかもしれない。
或いはそれでも尚変わらず後片付けなどしている彼女のほうが、既に何処か狂ってしまっているのかもしれなかった]
[ふと叫ぶような声が聞こえ、窓の外を見る。
彼女の部屋で寝ていた筈の少女が、橋の手前で立ち尽くしているのが見えた。
そして、その対岸には]
婦長様――?
[呟いた瞬間。
緋色の焔が、その姿を紛らせる]
─二階・客室─
[まどろみから目を覚ます。
自分がどこにいるのかわからなくて、戸惑い]
……ボク……は……。
[ぼんやりとした意識。
思い返される、昨夜『視た』もの]
……っ!
[悲鳴を上げそうになるのを、とっさに押さえ込み]
……だめ。ひとは、たよれない。
ばーちゃん以外には……わかってもらえない……。
[低く呟く。薄紫の瞳には、冥い決意]
[ ゆっくりと燃え落ちていく橋、炎の彼方に遠ざかる女の背中が垣間見えた。伝い落ちる汗は熱さの為だけだっただろうか。黒曜石の瞳は緋色に揺らめく焔を移し、乾いた空気は喉を灼くかの如く、強く彼らを苛む。
――もう逃げられはしないのだと告げるかの如くに。]
[ふる、と首を振ってベッドから起き出す。
お湯を使って、気持ちを切り替えよう、と思って。
立ち上がるのと前後して、窓の向こうに閃く不自然な色]
……え?
[惚けた声を上げて窓辺に寄れば、目に入るのは、燃え落ちる吊り橋]
や……ど、どして……?
[呆然と。ただ、呆然と。呟く]
[しばし、その場に座り込んでいたものの。
このままではいられない、と立ち上がる]
……でも。
どうすれば、いい……?
[外界から隔離されたこの場所で。
何をすればいいのかと。
そんな疑問を感じつつ、ふと、鏡を見て]
……色。
[昨夜、問われた事の意に、ようやく気づいた]
―二階・自室―
[浅い眠りの中、何か、自身の感覚を逆撫でる様な異様な気配に目を覚ます。
目の前のローズはいまだ眠りの中で。
立ち上がり、窓の傍へと歩み寄る。
異様な、嗤う様な叫びと、漂う煙]
…なんだ?
[窓の外、焔を上げて燃える吊り橋。
橋の向こうに見えるのはここの使用人か?
それ以上確認しようにも嵌め殺しの窓は開くことは無く]
………
[言葉も無く、見つめる先で
吊り橋が音を立てて燃え落ちる]
[燃え落ちる吊り橋。
翠色の双眸には、呆然と立ち尽くす赤毛の少女も、それを抱き留める青年も既に映ってはいなかった]
…
[右手は窓枠にかけたまま、ずるりとその場に崩れ、落ちる]
…クク…
[身体は小刻みに震えている。怯えているのでも、泣いているのでもなかった]
――回想 夜の広間にて――
[屋敷の主の声掛けで集められた客人の元に、最後まで主は訪れず。
届けられたのは、変わり果てたアーヴァインの肉体の一部だった。]
[一変して恐怖に満ちる客人に誘われるように、主の部屋へと向かえば。
そこにはまだ新しい記憶と然程変わらない情景が、リアルに描かれていた。]
――あぁ…またこの悲劇が…繰り返されると…いうの?
[咽返る血生臭さに少女は静かに目を閉じながら、誰にも聞こえないように呟く。
疼く傷跡。蘇る悪夢。それらに成長を止めた体は耐えられなくなったのか――
ふらり――少女は割り当てられた客室へと足を運んだ。]
[吊り橋…外界とこの地を繋ぐ唯一の物。
それが失われた今、此処より外に出る術は無く]
……逃げ道は、無し…かよ。
[昨夜の、あの、惨状。
あれを引き起こした物はまだ此処に居る筈で。
それが意味することに気付いて唇を噛む]
俺達を見捨てたのか…?
俺達も……殺されるのか……?
あんな風に?
[ぞくり、最中に冷たい感覚が走る。
旅の途中、幾つもの危険に晒された事はあった、けれど。
無意識に懐に隠したナイフを探り、呟く]
また…やらなきゃいけないのか……?
――翌朝――
[目を覚まし、視線を窓の外へ。
ようやく上がったらしい雨は日の光に反射し、更に眩しさを助長している。]
…アーヴァインさんが…あんな姿になってすぐにこの場を立ち去るのは…幾らなんでもさすがに…気が引けるわね…。
[身支度を整えるも、旅支度を出来るはずもなく――少女は窓の外のつり橋へ、少し恨めしそうに視線を送った。]
[と、その時。一人の使用人らしき者が橋を渡りきった所で何か妙な動きをとっているのに気付いた。]
あっ…
[少女が声を漏らした瞬間――つり橋はだらりと宙に舞い――赤い炎が――まるで宙をひらひらと舞うように、橋全体を包み込んでいった。]
[自分の、今、居る場所。]
[食卓と思しい大きなテーブル]
[暖炉]
[自分が寝ている、ソファ]
[花][白い]
[それは花瓶に活けられた白い花で]
─玄関ホール─
[ゆっくりと、ゆっくりと、歩みを進め、階段を降りる。
開け放たれたままの扉、その向こうに見える光景。
燃え落ちた橋。
吊り橋の側に住む祖母は、状況を理解しているだろうか。
否……わからないはずがない。
彼女もまた、幾度となく。
同じ様な状況で、人の死を『視た』と言っていたのだから]
……幾つ。
いつまで。
視ることになるんだろうね、ボクは。
ボクが、死ぬまで?
[呟く声は、微かに震えを帯びていたか]
[物憂げに][ゆっくりと起き上がる]
[ぽとり。]
[額から][乗せられていたタオルが]
[胸の上に落ちる]
[それに眸を落とし]
[ 軈て其れは完全に燃え尽きたか、嘗て橋であったものは灰となって奈落の底に落ちていく。幾らかは風に乗り、其の場に佇む青年と少女の頬は僅かに汚れるか。]
……何時までもこうしていても、仕方無いな。
[ 溜息を吐くと、呆然としているヘンリエッタを促して館の中へと向かう。]
この状態はまるで…二年前の情景を映し出しているようね…
[燃え盛るつり橋を見て――少女は色も湛えずぽつりと呟く。]
全く…神様もいじわるな事を――
[虚ろ気な瞳は果たして過去を未来を、現実を見ているのか――解らないままで…]
そういえば…傷を追った方は…果たして大丈夫なのでしょうか…。
[現実を見つめる為の防衛策から零れ落ちた言葉なのか。
ふと思い出したかのように、昨日広間で横たわっていた青年の事を思い出したように、僅かに紅色を浮かべた唇を静かに動かすと、少女は靴音を鳴らし、ゆっくりと階下へと降りていった。]
――二階廊下→広間へ――
─広間─
[広間に入れば、ずっと眠っていた男性が起き上がっている姿が目に入る。
彼が額に手を当てる様子に、やや、首を傾げ]
えっと……大丈夫、ですか?
[そっと近づいて、声をかけて]
[ 入る間際に玄関口を見遣れば、黒んだ緋色が散っているのが目に入った。観音開きの扉をゆっくりと引けば、軋んだ音を立てて閉まる扉。外界の熱い空気は遮断され、館内は奇妙な静けさに包まれる。
ヘンリエッタの頬の汚れに気付けば、先に厨房へと向かい濡れたタオルで其れを拭い、序にボウルに氷水を入れて少女に預け、彼は奥に置かれていた薪を幾らか手にする。何方も言葉を発する事はなく沈黙の儘に作業は進められた。]
[向けられる感情にしばし、戸惑うも。
表情は、なるべく穏やかにしようと試みる。
それは、自身の内心を押し隠す意味もあるのだけど]
でも、話せるようになったなら、だいぶ、よくなってるのかな……?
[問いを投げられれば小さく首を横に振り]
ううん、それはボクじゃない……ナサさん、かな?
[入ってきたウェンディを振り返り、礼を返して。
首を傾げる男性へと向き直る]
うん、ナサニエルさん。
結構、長く付き添ってたみたいだし。
[怪我をした青年とそして運ばれてきたヘンリエッタの様子に、何か手助けを使用かと思ったが、青年にはメイが、そしてヘンリエッタにはハーヴェイが付いているのを見て――]
あんな事があった後に、部外者が手出しするのも…快く思わないわよね…
[過去の経験から、人との距離を取る術を自然と身に着けてしまった少女は、小さく唇を噛んだまま――]
[いまだ眠るローズを振り返る。
アーヴァインの死に酷く傷ついたであろう彼女の髪をそっと撫でる。
自分にはなんの力も無いけれど、せめて彼女だけは]
……俺が守る、から。
[ナイフを取り出し、それを抜く。
こうなった以上隠す理由もない。
鈍い輝きはそれでも傷つけるには充分すぎる力を持って]
出来れば、使いたくないんだけど、ね。
[そう呟いて、それを鞘に収めてベッドの脇に寄せた椅子に座る。
ローズを一人には出来なくて。
その寝顔を見守りながら、そのうちに自身もまた*眠りの中へと*]
……何だ、起きてたのか。
[ 小さく呟かれた言葉はメイに対しての物だろう。金髪の少女には会釈を返して、ヘンリエッタにはボウルを卓上に置く様に云えば、茫とした彼女は言葉の儘に従い、其の儘椅子の一つに腰を掛けた。目の前で道を絶たれた衝撃は余程強かったのだろう、焦点のぼやけた目で何処か遠くを見詰めているように見えた。]
其方も、目が覚めた様ですね。
[ メイの隣を通り抜け男の方へと寄れば、失礼、と落ちたタオルを拾い上げる。]
─自室─
[いつも通りの時刻に目を覚ます。
焦げ臭い臭いに気付き、嵌め殺しの窓から階下を見やる。
そこには、燃え落ちる瞬間の橋。]
……ふふ。
『始まった』ようですね。
あの時と同じ舞台じゃないですか。
主よ、これは少々悪戯がすぎるのではないですか?
[薄く笑む。動じた様子は全くない。]
これで、誰も逃げられなくなった。
この事態を引き起こした、人狼でさえも。
[『いつもと違う服』を着込み、デスクに置いてあった黒縁の丸眼鏡をかけ。声を殺し哂う。]
今回は人と人狼、どちらが勝つのでしょうね。
[どれだけの者が気付いているだろう。
嵌め殺しの窓の意味に。館を結ぶ吊り橋の意味に。
そして、この館の本来の『機能』に。]
さあ、ゲームスタートですよ。人狼さん。
せいぜい逃げ回りなさい。
私も容赦はしません。まだ死体になりたくありませんから。
[哄笑。ひとしきり笑った後、広間に向かう。]
─自室→広間─
……何だ、てなに、それ。
[投げかけられた言葉に、少しだけ怒ったように呟いて。
呟く男性には、うん、と頷く]
今は上にいるみたいだけどね。
[それから。ハーヴェイに脅える様子に気づいて]
……えと……大丈夫だよ、怖がらなくても?
─広間─
[ドアを開け、ルーサーが姿を現す。
ただし、着込んでいるのはいつもの黒衣ではなく、詰襟タイプのローマン・カラー。
神父が身に付ける服である。
その他、首に下げているものはシンプルなクロスではなくロザリオ。
黒縁の丸眼鏡もかけているので、昨日とはまるで別人にしか見えない。]
おはようございます、皆様。
どうなさいましたか。そんなに慌てて。
[そして、いつもの穏やかな微笑。]
いや?
目が覚めた様で好かった、って安心の心算だったんだが。
[ メイに声を返しつ氷の入れられた水にタオルを浸せば些か手も冷えるか、其れを固く絞れば水が滴り手は僅かに赤らむ。男の脅える様子を端目に見れば、]
……面倒見といて警戒されちゃぁな。
[極々小さな声を洩らして、溜息を吐く。]
! ! !
[扉より現れた][黒衣の男を眼にした途端]
[激しい恐慌が襲う]
[見開かれた眼][湛えられる恐怖]
[無意識の反応なのか]
[ソファに己の背を一杯に押し付けて]
[少しでも遠ざかろうと]
うん、大丈夫。
だから、怖がらなくても平気だよ?
[ふわ、と笑み。安心させられれば、と。
それ以上に、自分の不安を周囲に気取らせまいと念じて]
……安心してるように、聞こえないし……。
[それから、ハーヴェイの言葉には、大げさなため息をつき。
そこでようやく、ある事に思い至る。
ここで、館の主を『視た』後の記憶がない事から、気絶したのは察することができるのだけど。
……その自分が、客室にいたのは何故なのか、と]
そういえば……何でボク、部屋に戻ってたんだろ。
さあ。寝惚けて歩いていったんじゃないか。
[ 自分が運んだ等とは云わずに冗談めかして声を返し、手に付いた滴を払う。黒の瞳を見開けば、極端な反応を見せた男へと視線を遣った。]
……あー……っと。
確かに怪しくて如何しようも無い方ですが、行き成り何かしたりは……、
しないと思います、多分。
[ 軽く笑えばフォローに成っていないフォローをいれる。]
[ギルバートの様子を一瞥した後、もう一度皆に向かってにこりと笑う。]
あはは、やっぱり服装を変えたらわかりませんか。
実は私、神父だったのですよ。
わけあって30年間ほど牧師のふりをしてましたけど。
何せ、異端審問官の神父なんて何かと噂を立てられやすくって。
それでも、時々出てしまう言葉や『昔の習慣』で気付かれた方もいるかもしれませんね。
[悪びれもせず、にっこり。]
[ドアが開く音を聞いて、少女はそちらへと視線を動かす。
入ってきた男は、ここに着たばかりに見かけたような気がする人物で――
と言っても吊り橋が切られた以上、余程の身体能力が長けた者で無い限り、この屋敷に入ることは不可能な話なので、昨日の晩餐会に同席していた者の一人ではあるだろうという認識なのだが――]
おはようございます…神父…様?それとも…
人の仮面を被った獣かしら…?
[青年がおびえる様子には、心配そうに見つめ。
最後の言葉は、自身にしか聞こえないように呟き、少女は優雅に会釈をする。
淡い口許に綺麗な笑みを浮かべて――]
寝惚けてって……まあ、いいけど。
[何となく釈然としないものの、追求してもはぐらかされるのは読めていたので、それ以上は言わず]
……異端審問官……って。
[ルーサーの姿を見やって、小さく呟く。
聞いた覚えがあるようなないような。
祖母からの『口伝』に、その言葉があったやも知れないけれど。
はっきりとは思い出せずに]
異端審問官、というのはですね。
一般的には神罰の代行者とされています。が。
[一度、言葉を切り。]
その実、やる事は『バケモノ退治』ですかね。
人に害成すものを打ち倒すお仕事なのですよ。
[メイの呟きに、答えを返す。]
……物凄く、脅えられてますね。
[ 男から牧師――否、異端審問官の神父へと視線を移し苦笑する。]
それで。如何してまた、其の様な格好を?
いやなに、大したことではないのです。
皆様が人狼の恐怖におびえられているようですから。
『退治屋』自らが姿を現した、という次第で。
もう安心です、と言ってあげたかっただけですよ。
[唇に人差し指を当て、悪戯っぽく笑む。
この場には、やや相応しくない笑み。]
……ああ。
[ルーサーの説明に対し、こぼれた声は感情がやや、失せていたか]
ばーちゃんに、聞いた事があるよ……。
[小さく呟き。
それから、酷く脅える男性を振り返る。
何故ここまで脅えるのか、と、疑問を感じつつ]
大丈夫……?
[神父姿のルーサーの微笑には、動揺することなく微笑を湛えたまま]
――いいえ?私には神父様にしか見えませんわ?
それとも…自身が『何か別なもの』として身を潜めていらっしゃる可能性があるから、そんな言葉が?
[くすくすと小さな笑い声。少女には悪意は、無い――]
でも…本当にルーサーさんが『何か別なもの』として潜んでいるのでしたら…。わざわざこんな子供の言葉には反応なさらないと思いますけどね。
[さも楽しそうに、ルーサーの仕草を見つめている。]
[自身が味わった経験からか、感覚が麻痺し始めているのかも知れない――]
[ ルーサーの説明には一応納得の様子を見せるも、瞳は一瞬細められ再び苦笑。]
……余計、脅えている方もいらっしゃるようですが。
ああ、そういう事ですか。
確かに、ね。
ま、普段は無害な人物に見せかけていた方が有利な事も多いですから。
で。私が何者なのか、と申しますとね。
神父の皮を被った、死神ですよ。
[ウェンディに向かって、穏やかに微笑む。]
いやあ、そこまで私が計算出来る訳ないじゃないですか。
これを見て余計怯えた方は、彼が初めてですよ?
[相変わらず、その穏やかな微笑は崩れない。]
[ソファの背を][指が白くなるまで]
[ぎゅっ、と][強く掴み、]
ここ、いやだ。
でる…。
[逃げ場を探す様に][視線を彷徨わせ]
[今朝方まで高熱に魘され]
[また]
[ほんのしばらく前には酷い怪我を負っていた怪我人]
[である筈の]
[隙を突いて]
[素早い動きで駆け出し][扉の外へ]
[穏やかに微笑むルーサーの言葉に、少女はますます楽しそうにころころと笑い――]
『退治屋』さん、足元を掬われないように、我らをお守りください、ね…。
[胸の前で小さく十字を切る。既に神を捨てた少女にとって、その行為は冒涜以外の何者でもないのだが――]
[そして続けて付け加えられた言葉には、口許を緩めて]
死神…、一体誰に対してのでしょう…。
でも、死を司る神が…死に追い込まれないように、お願いいたしますね…。
[穏やかな微笑には、同等の笑みを――]
でるって、ちょっ……。
[押し止める間もなく。
動く事もままならないと思っていた男性は、素早い動きで扉の外へ]
……出るって……出られない、のに……。
……ああ、そういえば。
[ぽん、と手を打ち。]
吊り橋、落ちちゃったらしいですね。
困りましたね。これじゃお医者さんも来られないでしょう?
[確か未明だか明け方頃の話でしたっけ。と皆の周りを見回して問う。]
[ウェンディの仕草と微笑みを見て、笑みを深める。]
ふふ、随分落ち着いておられますね。感心します。
勿論、『バケモノ』に対する死神ですよ。
……もっとも私も人の身ですから、明日の朝には死体で転がっている。
なんてこともあるかもしれませんが。
その時はご容赦くださいね?
[冗談めかした言葉、そして穏やかな笑み。
しかし、眼鏡越しの目は全く笑っていない。]
……如何したものやら。
[ 奇妙な程に普段と変わらぬ調子のルーサー。やけに楽しそうに笑うウェンディ。未だに茫としている様子のヘンリエッタ。……昨夜見たメイの様子も気に掛かる。]
取り敢えず、……食事でも、取って来ます。
[ 然う一言告げれば、立ち上がり広間を後にしようとして、]
あ。火、弱まっているので。薪、御願いします。
[机の脇に置かれた木を指差すと、ヒラと手を振って其の場を後にする。
橋を渡れずに戻って来たらしい男の、狂気を孕んだ哄笑が耳に届いたが声を掛ける訳でもなく、一瞥し其の儘*通り過ぎた。*]
[クククク]
[喉の奥で嗤い、]
[暗い暗い館の中へと]
[戻っていく、][或いは]
[今初めて]
[彼は][此処へ]
[やって来た。]
[聞こえた哄笑に、ふと、表情が陰る]
……いっそ、壊れちゃえば、ラクなんだろうけどね。
[呟いて。
左胸に手を当てて、ぎゅ、と掴む。
そこにあるモノは、果たして狂気を呼び込むのか、それとも正気を括り付けるのか。
そんな事を、ふと考えつつ]
[少女はそっとルーサーに近付き、小さな何かを手渡し――]
落ち着いて…見えますか?これでも…内心恐怖で満ち溢れているんですけど、ね?
まぁ、そう見えるのでしたら…経験がそのように見せているのかもしれません…。
[小さく微笑み――]
そうですわね…。神父様も血の通われる人ですから…。死と隣りあわせでは…ありますよね…。
でもその時は――仕方がありませんし…。私も神父様のお力添えになれるように…なれるように…
[最後の言葉は小さく漏れるように呟く。]
[穏やかな笑みにはもう…同等の笑みなど返せない――]
メイさん。
[歩き出したメイに、声をかけ。]
そんな事を言ってはいけません。
希望は、まだ潰えていない。
[その声が聞こえたかどうかは、わからない。]
─館外─
[崖の縁に立って。
今は渡る術もない、対岸を見やる。
恐らくは無意識の内に、そこに『理解者』の姿を求めて]
…………。
[だが、そこに求める姿はない。
歩く事も儘ならなくなりつつあったのだから仕方ないだろう、と、理性は理解しているものの]
……帰りたい……よ。
[感情は、縋る者を求めて。小さな呟きを風鳴りに溶かす]
[ぽん、と空いた方の手がウェンディの頭に置かれる。]
心配させてしまってすみませんね。
大丈夫、そう簡単にやられるものですか。
[元気付けるように、暖かい微笑を。
先程の目が笑ってない微笑ではなく。本物の。]
[少女はメイの言葉を耳に捉え、複雑そうな微笑を浮かべる]
狂ってしまえば…。
――そんな事望まなくたって…その内狂わざるを得ない状況に…なってしまうというのに…
[悲しそうに目を伏せ、呟く。
瞼に浮かぶ情景は、愛情に溢れていた人々の、変わり行く姿か、それとも穏やかだった日々か――]
[館に入り、玄関ホールでしばし立ち尽くした後。
音楽室へと、足を向ける。
今は。
少なくとも、何も視えていない、今は。
余計なことを忘れよう、と]
─…→音楽室─
─音楽室─
[音を奏でるものの眠る静寂の中に滑り込み。
鍵盤の蓋を開いて。
ゆっくりと、指を落とす。
弾ける音色が、澄んだ空気に響いて消えた。
変わらない、音。
それが安堵を呼び込んだか。
ほんの僅か、張り詰めたものの緩んだ表情で、*静かに旋律を織り成して行く*]
[ぽん、と置かれた手の温もりに、少女は軽く視線を上げ、ルーサーを見上げる。
掛けられる言葉と…その手の温もりに…]
ほんと…?ほんとうに…簡単には…死なないの…?神父様…。
私…わたしっ…もう…人が死ぬのは…見たく…ないの…
[励まされるような笑みに、少女の緊張が一気にほぐれる。
歳相応の――素直な反応。円らな瞳からは…一筋の涙が零れ落ちた。]
[ウェンディの頭に手を置いたまましゃがみこみ、彼女に視線を合わせる。]
今までよくこらえてきましたね。
どうぞ、今は好きなだけ泣きなさい。
[懐からハンカチを取り出し、差し出す。]
[ 食事を手にして部屋へと戻る途中、聴こえてきた明澄な旋律に足を止め、黒の瞳は柔らかに細められる。仮令其れが他者の為に弾かれたものではないとしても、響く其の音色に心は幾許か平穏を取り戻す。]
……。
[ 緩やかに瞬いて首を振り階段を一段一段と昇れば、清廉の演奏は徐々に遠ざかって行く。宛がわれた部屋へと入り扉を閉じれば、*後に訪れるのは静寂。*]
[涙を拭って微笑んだウェンディに安堵したのか、立ち上がる。]
さて、と。
私はこれから、アーヴァインさんに手向けの花を持っていこうと思っているのですが。
ついてきますか?
[ついてくるならどうぞ。
そう言っているような気がする。]
[ハンカチを手渡されれば、そのほのかな温もりに何かを思い出したのだろう。
少女は一度だけ嗚咽を漏らすと、ふっと顔をあげて――]
アーヴァインさんの…?
付いて行っても…いいですか?私も…彼に最後のお別れをしたいです…
[立ち上がったルーサーに問い掛けるように。少女は薄紅色の唇を開いた。]
わかりました。
一度、温室に向かいます。
そこでお花を摘みましょう。花籠は温室にありますから。
……それから、遺体の様子はあまりにもひどいのでシーツを被せてあります。その点については平にご容赦を。
あれを見せるわけにはいかないものですから。すみませんね。
[と、謝ってから、ウェンディの手を引いて*温室へ。*]
―広間→温室―
[手向けの花を選ぶ段取りを聞き、少女は改めてアーヴァインが死出の旅路へと向かったことを実感する。
ここ数年の内、一体何人の死者に花を手向けて来たのだろう…。
日に何度も蘇る記憶に、少女は小さく溜め息を吐く。]
まずは温室で花を摘んでからですね?解りました。
ここの事は…神父さんが詳しそうなので…。お任せしちゃうかも知れませんが。
[段取りを聞きながら、少女は僅かに微笑み――]
死者の気持ちを考えても…多分その方が良いのかもしれません。死して尚…無残な姿を晒されるのは――あまりにも可哀想ですから…。
[謝罪の言葉に同意の言葉を重ねて。
少女は温かく大きな手に引かれて、温室への道のりを歩み始めた。]
神父さんの手…温かいな…。
――お父さんの手も…こんなに…温かかった…な…。
[途中、ルーサーに父の面影を重ねれば、きゅっと握る手に*力を込めて*]
――広間→温室へ――
―厨房―
[どれ程の時が経過しただろうか。
窓の外、風に頼りなく揺れていた吊り橋は、外界と通じる唯一の手段は、既に杭と僅かな縄を残すのみ。
ここは完全に閉ざされた空間となった]
――ありがとうございます、婦長様。
[既に姿の見えぬ使用人は、恐らく逃げ去ってしまったのであろう。自らの保身のために。
その人に向かって、その方向に向かって、彼女は恭しく礼を述べた]
[大量の食器の重なったシンクでは水が溢れかけていた。
とめどなく流れていた水を止める。ごぽ、と音をたて、小さな排水口に水は集まり落ちて行った]
…
[それを見届けて、彼女は厨房を後にする]
―厨房→…―
おや。
[少女を連れた"神父"の姿に軽く会釈を。
気丈に振る舞っているようにみえたが、その目はやや赤みを帯びていたかもしれず。]
手向けの花を摘んでおりました。
…何がよいのかわからぬので、とりあえず姉の好きだった花を。
[手駕籠には白百合と鈴蘭。そしてクリスマスローズ。]
…そうですか。
["神父"から状況を説明され、複雑な表情で彼の丸眼鏡の奥をみる。]
…義兄をあんな風にした犯人はこのなかに…。
[握った拳が小さく震えた。]
えぇ、敵を。
[もういちど、彼を見る。
昨日感じた不信も隠さぬままに。]
…あなたは、きっと…自分の家族や恋人でも、そうだと知れば殺すのでしょうね。
[思わずこぼれた愚痴は、彼に届いただろうか?
ごゆっくり、と言い残して母屋に*帰る*]
―自室―
[がちゃり。
重い音と共にケースの錠が外される。
中にぽつりと取り残された銀色の小箱。
少し重量のあるそれを腕に抱いた。中からは何の音もしない]
――…
――温室――
[ルーサーの手に引かれるまま訪れるは温室。
静かに扉を開ければ、銀糸漂う先客の姿が目に入る。
少女はその先客に軽く会釈をして、彼の手にある籠を見つめた。]
[籠から顔を出すのは、季節感がまばらな花――。しかしそれはどれも美しく咲き誇り…。零れ落ちる香りは死を嘆く溜め息のように思えた。]
―回想―
[一人でベッドを使うのは申し訳なくて、彼に手を伸ばすけれど。
それは断られてしまって、でも近くのぬくもりは、安心させてくれる。
自然な眠りに引き込まれたのはどれくらいぶりだろう。
暗闇の中で、目を覚まして。わたしは、起き上がって。
椅子で眠る彼に、近付いて。]
わたし……は、駄目、なのに
[目がひりひりとする。痛む。
だけれど先の、アーヴァインの様子が浮かんで、わたしは一度、ぎゅっと閉じた。
探さなくちゃ。
ママの声が蘇る。
早く狼を見付けないと、犠牲者が増えてしまうわ。あなただけは生きていてほしい。お願いよ、マリィ。
いつも穏やかな母の声は、そのときは悲しみに彩られていたから。
それでもわたしはしっている。母が最初に調べたのは……]
[わたしはそっと、自分の左手、小指の爪に、口付ける。
手を伸ばす。
目を覚まさない彼の、その口許に。
やさしい言葉。
ねぇ、でもわたしはしっている。言葉は嘘もつけるのを。
起こさないように指の腹で、そっと触れた。
暖かい。
ねぇ、こうやっても起きないのは……あなたが安心しているせい?
心のうちで問掛けながら、わたしは指を離す。
特別な指よ。こえを思い出す。
この指があした、かわっていたら。
わたしはどうなってしまうだろう。
時間にしては数瞬。
触れたあたたかさを受け取った小指に、もう一度、口付けた。]
[神父と青年の会話を、少女はただ黙って聞いていた。
繋いだ手は…離さず。ただ黙って――]
[途中、銀糸の青年の口から漏れた言葉に、僅かながらに反応する]
――敵…
[その一言で、少女には何が思い浮かんだのだろうか。
ゆっくりと立ち去っていく銀糸を見送りながら。
少女は、そっとルーサーの表情を*盗み見た*]
薬、とってこなきゃ。
睡眠薬と、それから……
[肌身はなさず持てといわれた薬を思い出す。
それは隠しておかなければ。]
[小さく呟いて、わたしはベッドに戻った。
久しぶりの睡魔を嬉しく思うと同時に
わたしは……*夢に引き込まれた。*]
[やがて小箱は元通りスーツケースの中に納められた。
来た時と同じように、それは部屋の隅に置かれる。
扉を開け、廊下へと足を踏み出した]
―自室→廊下―
[アーヴァインの私室]
[鮮烈な緋に染められた室内は]
[今は黒ずんだ絳へと変わり]
[寝台の上の盛り上がり]
[其処に無造作に掛けられた敷布も]
[亦同じ色に]
――温室――
[立ち去るコーネリアスの後姿と、ルーサーの表情を見比べても、少女には何一つ汲み取れる物はなく。
温かい手をすり抜ければ、温室に咲く花を一つ一つ見て回り、芳しい香りに顔を近づけては、思案するように指を伸ばす。]
静かにお眠り 可愛い子 バラの花に守られて
カーネーションもその眠りを優しく見守っているわ
夜が明けたら また神様が目を覚ましてくれるから
静かにお眠り 可愛い子 空に舞う白い天使が
色褪せない天国の花が咲く木陰に誘うから…
[薄紅色の柔らかい唇から、微かに子守唄が零れる。
それは誰に向けての歌声か。少女にすら*今は解らない*]
[摘み取った花を手に義兄の部屋へ。
佇む行き倒れの男の姿に軽く頭を下げ。]
…あなたは悲しんでくれるのですか。
[微かに声をかけると、遺体へと歩み寄り、花を手向ける。]
義兄さん。
姉さんを看取った時、あなたはどんな気持ちだったんでしょう…。
[物言わぬその遺体に、小さく問いかける。]
[階下に降りれば、廊下に響くピアノの調べ。
メイがまた、奏でているのだろう。
西日が長い影を作る時間。
こうしてピアノを弾く姉の横で歌い、義兄はそれを静かに笑いながら聴いていたものだ。
部屋に入る。
メイは気づかぬまま音色を奏で続ける。
それに合わせるように*紡ぐ歌声。*]
―ナサニエルの部屋―
[わたしが幾度目か目を覚ましたとき、彼は眠っていた。
指先をそっと見る。
何も変わらぬ事に安堵して、そっとたちあがり――
窓の外。
違和感を覚えた。]
[そっと部屋を出る。
その前に、彼にそっとタオルケットをかける。
わたしはそのまま外へ向かう。
消えた釣り橋の方に]
―つりばしのあった所―
ない、わ。
…どうして
[呟きは口の中に。
わたしは崖の縁に近づく。
そこからは焦げた臭いがした、気がした。]
―厨房→広間―
[刻んだ野菜を入れて煮込んだ簡単なスープとパン、デザートにプディングを添えて。広間へと料理を運ぶ。
それは夕食というには些か控え目かもしれなかったけれど、あんなことがあった後ではどれだけの需要があるか分からなかった。むしろ食べて貰えないかもしれない。
それでもこれは彼女に与えられた仕事だった]
アーヴァインさんは、
ころされたのね……
[昨日のことを思い出すと、体はふるえる。
部屋の中には、きっと、何かがあったのだろう。
わたしは、あの契約主と会わなければ。
彼を、弔いたいと思ったけれど――
その場所を知らない。]
誰かに
―→広間―
[誰に聞けば良いだろう。わたしはわからなくて、とりあえず広間に向かう。
中を見れば、ソファに人の姿があった。
彼女は知っているかしら?]
―二階・自室―
[ゆらり、体が傾いではっとして、自分が眠っていた事に気付く。
いつの間にか掛けられていたタオルケット。
心当たりは一人しかなく、ベッドに目を向ければ彼女の姿は無く]
……何処に?
[部屋に戻ったのだろうか?
人の部屋、と言う事で気を遣わせてしまっただろうか、と思いながら、軽く髪を掻き揚げて]
あまり心配しすぎるのも迷惑…かな?
[一人になりたいのかも知れない、と一人思い。
立ち上がってもう一度窓の外を見て。
あれが夢では無いと確認をして。
そして、今朝のあの出来事について何か判るかもしれない、と広間へと向かう]
―ニ階・客室―
[ はたと顔を上げれば外は深い闇に覆われ、ランプの灯りが室内を照らすも其れは些か心許無い。文机に向かっていたが、ペンを握る右手の側面にはべっとりと黒インクが付着しペンの中身は大分軽くなっていた。]
ハンカチ……も、無いんだった。
[ 靴は回収したものの、其の他は彼の女中に任せた切りで何処へ遣ったか知れない。手を洗いに行こうとクルリとペンを一度回転させてから、卓上に置いて手帳を閉じる。雨に濡れた其れは乾きはしていたものの、紙は収縮し其の表面は多少がさついて、以前に書いた文字は最早読めなくなっているだろう。]
―広間―
こんばんは
[声を投げるけれど、どう続ければ良いのかわからない。
わたしは、料理を見る。
食べたいと思えなかったけれど、彼女が作ったのだろう。少し、悩む。
食べなければいけないと、思った]
――食欲がおありでないなら、無理はせずとも。
[悩んでいる様子を見て取ったのか、女性にそう告げて。
そこにいつものようなぎこちなさはない]
―→広間―
[広間の戸を開けると食事の匂いが届いて、そういえば昨夜から何も食べていなかった事を思い出す。
恐らくこれを用意してくれたであろうネリーは、疲れているのかソファに沈んでいて。
その彼女に軽く頭を下げ、とりあえず食事を、とテーブルに向かう。
そこにローズの姿を見つけ、知らず安堵する自分が居て]
こんばんは、気分はどう?
[当たり障りのない言葉を掛けて、席に着き食事を始める]
食べないと、体力がつかないわ。
やせすぎても…
[と、扉の開く音に口をつぐむ。
入ってきた彼の姿を見れば、幾分かほっとした。]
こんばんは、ナサニエルさん。
…ありがとう。わたしは大丈夫。でもあなたの方が、つらくはない?
[ベッドを使わせて貰ってしまったから。]
あ…それなのに、お礼も言わずに、部屋を出てしまって、ごめんなさい
[用意された食事は簡素なものだったけれど、それは緊張に疲弊した胃には心地よく。
それに、もし今肉を出されても…あれを思い出してしまうだろうから、その心遣いにも感謝をして。
何よりも、食べなければいざと言う時に何も出来ないだろう、と食事を口に運ぶ]
[ 空の食器を乗せたトレイを手にして階下に降り厨房へと入れば、溢れる程に水の溜まったシンクが目に入る。カチャと小さく音を立てながら食器を片付ければ、黒ずんだ右手を洗い始めるも汚れは大分しつこく、冷水に指が赤味を帯びても僅かに色が残った。後は風呂の際に洗うしかないかと諦めて、蛇口を捻り水を止める。
ポタ、ポタ、ポタ。濡れた手から零れ落ちる滴。其れを見詰める黒の瞳。]
少しでも休めたのなら良かった。
[ローズの此方を気遣う言葉に笑って答える]
俺は平気。
野宿とか慣れてるからね。
…礼はいらないよ。
それに、俺が起きるのを待っていたら何時になるか分からないしね。
―温室―
[『…あなたは、きっと…自分の家族や恋人でも、そうだと知れば殺すのでしょうね。』
去り行くコーネリアスの声が、私の胸に突き刺さった。]
そういうものはね、予め捨てているのです。
異端審問官に、情はいらない。
[その言葉が彼に聴こえたかどうかは、わからないが。
表情は、作り物じみた笑顔のまま。]
そうだ、ウェンディさん。
花を摘んでいくついでに、夕食のデザートに使う果物ももいでいきましょう。
苺に木苺、石榴に葡萄。よりどりみどりです。
生で食べてもいいし、私がそれを使って何かお菓子を作るのもいいかもしれない。
何か、好きな果物はありますか?
[コーネリアスを見送った後、ウェンディに向かって笑いかける。]
─音楽室─
[旋律にあわせて紡がれる歌声に気づいたのは、いつだったろうか。
夢中になっていたため、気づいた時はいつの間に、と驚いたけれど。
それでも、何となく。
気を鎮めたい、という思いは彼の方が強いのではないかと、そう、思えたから。
手を止めず、声もかけずに。
しばらくは旋律を紡いでいた]
――温室――
[ルーサーに声を掛けれれば、唇から奏でられる旋律は消え失せ。芳しい花から少女は顔を上げて振り返る。]
果物…。いっぱいあるのですね…。
えっと…私は…石榴と葡萄が…食べたいです…。
――神父様はお菓子作りもなさるんですね…。
[自身に問い掛けられた言葉に耳を傾け、少女は僅かに考えを廻らせて、自分の希望を唇に乗せた。
向けられた微笑に、微笑を乗せて――]
[ 滴を拭き取り厨房を後にするも、広間には向かわずに宛ても無く館内を彷徨う。如何にか外へと脱出する手段を捜す――恐らく麓に向かったであろう侍女が彼の様子では、村からの救援を期待するのは無理だろう――為というのは単なる云い訳で、人の多い場所には出向く気には成れなかったから。
零れる旋律に混じる歌声は青年の耳にも届いたか、音楽室の前を通り掛かれば一度立ち止まるも、中に入る事は無く其の儘通り過ぎる。]
―広間―
あんな風に眠れるのが久しぶりだったから、少し驚いたくらいだわ。
でも…野宿になれていても、ここは屋内だわ。それにあそこは、あなたの部屋よ
…でも嬉しかったの。
あなたが起きなかったから。
わたしが部屋にいても、良かったのかなって
[わたしは少し考えて、スープに手を伸ばす。]
いただくわ。ありがとう
ええ。
30年程前、家事全般に目覚めまして。
特に料理やお菓子作りは大好きですよ。
食べるのも作るのも。
では石榴はそのままで。
葡萄はジャムとコンポートにもしちゃいましょう。
楽しみにしていてくださいね?
[石榴と葡萄を摘んでから、温室の隅の方へ。]
[何曲目のそれになるのか、自分でもわからない最後の一音を響かせた後。
手を止めて、振り返る。
いつかのように、邪魔をしたかと気遣うコーネリアスには、いいえ、と微笑むものの。
……その後に、どう、言葉をつなげればいいのか、しばし、思い悩む。
自分が『視た』ものを。
彼が直接見た事は、想像に難くないから。
あの時聞こえていた『声』を拒絶せずに、ちゃんと聞いていればよかった、と今更のように後悔する。
もしかしたら、彼への伝言もあったやもしれぬのに、と]
−回想−
[アーヴァインに引き止められ、ショールをローズマリーへと返した後。彼は手にした鞄を置くべく、与えられた部屋へと戻った。
階段を登る足取りが重かったのは、気のせいではなく気疲れのだったのか。サイドテーブルに鞄を置き、そのまま転がったのが運のつき。
次に気が付いたのは、翌朝の事だった。]
[温室の隅の方。
臙脂色のあざみ、ロベリア、黄色い弟切草にカーネーション、黒百合、青いムスカリが咲き乱れている。
蕾のままの『何か』は、まだ花開かぬまま。]
ここの花だけは私が植えた物なのですよ。
だから摘み放題なのです。
[といいながらも、取り出したのは鋏。]
棘のある花もありますので、ウェンディさんは花籠を持っているだけで結構ですよ。
怪我でもしたら大変です。
[葡萄と石榴を入れた花籠を一度地面に置き、
鋏で花々を切り始める。]
[ 腕を組み顎に手を当てて思考を巡らせつつ歩んでいけば、廊下の角に突き当たり眼前には閉ざされた扉。他と比べれば些か異質な空気を放っているようにも思える其の部屋は、普段から書斎以外に大した興味は無かった青年の目をも惹いたのだけれど、一度として立ち入った事は無い。今は亡き――然う、彼は死んだのだ――館の主に訊ねたところ、手許に鍵が無いのだと笑ってはぐらかされた記憶が有る。
試しにドアノブに手を伸ばし回して見るも、矢張り施錠がされた儘だった。]
……何か在れば、と思ったんだが。
[ 其処が凶器と狂気の眠る場所だと、青年は未だ知らない。]
[ルーサーの言葉を聞くと、少女は一瞬目を見開き、それからぱちぱちと瞬きを数回繰り返して――]
三十年前から…。では今ではもう、手馴れたものですよね?
[三十年前に彼を今の姿に変えてしまった出来事があったのだろうかと、ふと思いながらも言及せずに――]
じゃぁ、神父様のお考えのままに…。
楽しみにしていますわ。
[ふわりと微笑むと、隅へと足を運ぶルーサーの姿を見送りながら、少女は再び花を摘む]
天使のパンは 人々の糧になりました
天から与えられたパンは 形あるものとなりました
あぁ 驚くべきことに
主は自らを糧としてくださる
貧しき者たち
卑しきしもべたちへ――
[神に感謝する歌を口ずさみながら――]
…眠れたのは久しぶり?
[その言葉に少し驚いて、少し冗談めかして]
でも、君を椅子に寝かせるわけにもいかないだろう?
嫌だったら最初から部屋に入れないさ。
君が俺に危害を加えるわけでもないしね。
そうだろう?
[本当は時々目を覚ましてはいたけれど、それは彼女が心配だったからで。
彼女の心配とは別の事、だから、言わずにいた]
−回想−
[――しかもご丁寧に、風邪まで引いて。
目が覚めたのは、疲れが取れたからではなく、早朝の冷え込みに耐えられなかった為だったらしい。]
………ぅっしゅ。
ぁーあ。やっちゃったぁ…。
[元々、幽霊に怯えてろくに寝ていなかったのが祟ったと自分に言い訳するも、そもそもベットに転がらなければ風邪など引いたりしなかったはず。
自業自得と半ば諦め、冷え切った身体を温めようと頭から布団に潜り込んで。]
[歌を口ずさみながら、僅かに埋まった花籠を携えて少女はルーサーの元へ。]
[ルーサー自らが育てたと聞けば、感心を示し、怪我をするといわれれば指を引っ込め、取り出される鋏の重なる音に、静かに瞳を閉じては摘まれた花を入れるために花籠を差し出す。]
さて。
花も摘み終った事ですし、アーヴァインさんのお部屋に向かいましょうか。
[ひとしきりウェンディの歌に耳を傾けた後、声をかける。]
さがさ、な、ければ。
[決意。]
[何を探そうと言うのか][それは]
[言の葉に乗ることは無く。]
[死臭に包まれた部屋から滑り出る]
[言葉に詰まって目を伏せれば、やはり、心配そうに名を呼ばれて。
やっぱり、優しい人だなあ、と思いつつも。
そうやって気遣われる事には。
裏返しの恐怖がついて回る。
勿論、それは自分の勝手な都合でしかないのだけれど]
えっと……平気、です、から。
[精一杯の笑顔を作って、顔を上げる。
薄紫の瞳に、不安を浮かべぬようにと念じつつ。
隠せているかはわからないけど]
[温室に来た時と同じようにウェンディの手を引き、アーヴァインの部屋へ。
花籠は、花と果物で満たされていた。]
―温室→アーヴァインの部屋―
[スープをすくう。口に運ぶ。
一口は呼び水となる。]
おいしいわ
[彼女に礼を言う。
それから、ナサニエルの言葉に、やっぱり優しい、と思った。]
良いのよ、わたしはどこでも。気を使う必要なんて無いわ?
あなたに危害を加えるなんて、するはずもないわ。
本当に、ありがとう。
でも…あなたが嫌でなければ、一緒に寝て欲しかったわ
[それは純粋に、そう思った。
ベッドは狭くないし]
ありがとうございます。
[こんな状況ではあれど、自分の作ったものを褒められれば素直に嬉しかった。相手の職など既に如何でも良かったこともある。
音楽室のほうから微かに聞こえていた音が止んだ、と思った。そういえばよく誰かが弾いているけれど、それが誰かは確かめたことはない。
だからというわけでもなかったけれど、広間の人々に退席の旨を告げて廊下へと出た]
―広間→廊下―
―アーヴァインの部屋前―
[アーヴァインの部屋の前までやってきた。
先程どこかへ姿を消したはずの行き倒れていた青年が佇んでいる。]
……おや?
彼はここにアーヴァインさんの遺体があることを知っていたのでしょうか。
[はて、と考え込み。]
[ 暫し其の扉を眺めていたものの、仮令解決策が此処に在ったとしても開かないのでは仕方が無い。
其の場から離れて階段の方へと向かえば、“神父”が金髪の少女を伴って上がっていくのが見えた。彼らの通った後に柔らかな香りが漂うのは、少女の手にしていた籠の中身の所為だろうか。旋律は何時の間にか消えていた。]
……一緒に?
一人で眠るのは不安だった…?
ごめん、俺そういう所疎いから…。
[彼女の意図は不安だけではなかったのかも知れないけれど。
そこまでは考えが至らずに]
[少女はルーサーと青年のやり取りを静かに見守りながら息を潜めている。]
[さらり――]
[花の香りが零れ…]
[かさり――]
[花籠が少女の衣服を掠める…]
―廊下―
[広間を出、前を見ると青年の姿が見えた。階段を上っていく2人の姿は丁度入れ違いになったらしく、見ることは出来なかった。小さく会釈をしながらふと、奥の部屋へと目を止める。
その部屋の中に何があるのかは彼女も聞かされてはいなかった]
如何かなさいました?
[目の前の青年に視線を戻し、尋ねる]
[ 少女の問い掛けに顔を僅か斜め後方に向け、視線だけで其の部屋の方角を見遣る。何を訊ねているかは容易に理解出来、目を戻せば口許に軽く握った手を当て、]
……開かずの扉、とでも云うんでしょうか。
鍵の掛かった儘の部屋がありまして。殆どは解放されているのに、珍しいなと。
[曖昧に笑みを浮かべながら返す言葉も、矢張り何処か曖昧か。]
ちがうわ、そうじゃなくて。
いくら大丈夫だと言っても、無理な体勢で寝たら疲れが残ってしまうもの。
…あなたがそばにいてくれるのがわかったから不安なんて思ってなかったわ。
[それは本当のことだから、言葉はすんなり表せた。
――それにわたしには、それしかない。
この言葉は言わなかったけれど。]
[何かを口ごもるメイに、静かに笑いかけ。]
…言って楽になることならば、聞いて差し上げても構いませんよ。
…言いたくなければ無理には聞きません。
[背を向けて、ピアノの縁に身を預け。]
…感謝しますよ、メイ。
少し、楽になれた気がします。
[その音色のおかげで、と。]
……仕方ありませんね。
すみませんが、通らせていただきますよ、っと。
[青年の反応にしびれを切らせたのだろう。
ウェンディの手を引き、青年の横をすり抜けアーヴァインの部屋に滑り込む。]
あんなに過剰な反応をされると、流石にへこみますね。ふう。
―→アーヴァインの部屋―
−回想−
[次に目が覚めたのは、いや、覚まされたのは夕方で。
部屋を掃除しようと入ってきた使用人のおばさんが、布団の異様な盛り上がりに気付き、それを剥いだ為だった。]
ぅーーー。いま…なんじですかぁ…?
[眠気と渇きで擦れた声で問えば、夕刻である事、そして晩餐会が催されるが無理せず休んでも、と心配を込めた声がかけられた。]
んーーー、大丈夫じゃないかなぁ。お腹も空いてきたし。
[汗だらけの額に手をやり自分で熱が引いた事を確認して、大丈夫だいじょうぶと笑顔を返す。
湿ったシャツを脱ぎ、それでやけに慣れた様子で身体を拭うと、鞄ごと浴室へ移動し、軽く汗を流して着替えした。]
一晩くらいなら平気さ。
今夜眠れば取り戻せる。
[それは本当の事だから、笑顔で]
不安はなかった…?本当?
…俺が君に……
いや、なんでもない…ありがとう。
ああ…
私も、あの部屋の中は存じ上げなくて。
[嘘を吐く理由も特には見あたらないから、正直な言葉を告げた]
元からいた方なら、何か知っていらっしゃるかもしれませんが…
[何となく言葉を濁す。
主も使用人もここにはもうおらず、割と良く訪れていると聞く目の前の青年も知らぬと言うのだから、可能性は薄く思えた]
[緊迫した空気から開放され、息を吐くルーサーに同意を重ねるように、少女もまた。細く長く息を吐く。
部屋に入れば、立ち込める錆びた匂い――
その匂いに、改めてこの屋敷の主人は亡き者だと実感させられる]
――願わくば…主の下で安らげることを…
[祈りの言葉を口にして、少女は摘んできたばかりの花を手向ける。
唇からは、微かな鎮魂歌が伝っていた――]
[自分の前を通り過ぎる黒尽くめの男には]
[明らかな警戒を示すが]
[手を引かれ][通り過ぎる]
[金髪の少女の視線]
[それには][途惑いに似た][物問いたげな眸を]
えっと……。
ありがとう、ございます。
[似たような事を、少し前にハーヴェイにも言われたな、と思い出しつつ、小さく呟いて]
でも……えっと……良かったです。
お役に立てたなら。
[元々は自分のために弾いていたのだけど。
それで誰かが安らげたなら、それはそれで嬉しく思えて。
作った笑みではない、本当に安堵した笑みがふと浮かんだ]
―アーヴァインの部屋―
[果物が入った花籠を置き、あざみ、弟切草に黄色いカーネーション、ムスカリ、ロベリアを遺体の周りにばら撒いていく。]
これだけ色とりどりの花を手向ければ、寂しくないでしょう、きっと。
[花を撒き終え、にこりと笑いつつ。]
……そうですか。
[ 元から返答は期待していなかったのだろう。緩やかに首を傾ければ浮かべる表情は変わらず微笑で、其れから嗚呼と思い付いたように僅か目を見開く。]
俺の服……って、もう乾いてます?
[ 場違いに暢気な問いだったが、彼にとっては其れなりに重要な事。]
―広間―
ん、それなら良いのだけれど。
[少し、ほっとした。
続いた言葉に、少し困惑する。]
えぇ。
…わたしに、なに?
[問われれば、ああ、と手を合わせる。如何やら半ば忘れかけていたようで]
確か…
お持ち致しましょうか。
[そう告げて、廊下を2、3進んだところで立ち止まり]
あ、お食事の用意は出来ておりますので。
宜しければ。
[広間のほうを示すと歩み出す]
[問い返され、ほんの少し返答に詰まって。
小さな声で答える]
……君に…何か…酷い事をするかも、って考えなかった?
[もちろん自分にそんな事をするつもりは無かったのだけれど]
[声を掛けられれば、はっとした様子で顔を上げ]
何でもありませんわ、神父様…。
…アーヴァインさんは無事…神の元へ辿り着けるのでしょうか…
[唇に乗せた言葉は、目の前の彼が無事天国へとたどり着けたかという心配――]
−客室−
[”あれから”どうやって部屋に戻ったのかも定かではなく。
ただ、恐怖に満たされて、しっかと掛けられた内鍵を睨むように布団に包まっていたけれど。
空腹のまま長い時間放置された胃が、きりきりと痛みを訴えて。
飢え死にするよりは――と。怯えながらも、部屋を出る。]
うん、そうですね。
……お腹も空いたし。
[ほとんど何も食べずにいたのだから、ある意味では当たり前といえる呟きをもらし。
鍵盤に蓋をしてから、自分も音楽室を出て、広間へと向かう]
─音楽室→廊下─
ああ、済みませんが御願いします。
……矢張り、着慣れた服の方が動き易くて。
[ 軽く頭を下げて少女を見送り、次いだ言葉には解りましたと声を返す。ふと何かに気付いたかの如く緩やかに瞬き視線を巡らせるも、直ぐに首を振った。]
ひどいこと?
[言われた言葉が少しわからなくて。
それから、理解できたとき、なんだかとても――
あぁ、わたしの仕事をもう知っているはずなのに、彼は気を使ってくれているのか、と
嬉しい、のか、なんだか少し、恥ずかしくて。]
もし、あなたがそうしても。
わたしは、それをひどいこととは思わないわ。
あなたなら。
[それはいつもの睦言でもあり――だけど他の誰に対したときより]
―回想・釣り橋前―
[青い空を揺らめかせる赤い線。
炎は揺らめきながら、彼女の視界を埋め尽くし、緩やかに谷底へと消えた。
煙のせいだろうか走ったせいだろうか。喉が痛い。]
[返ってきた言葉には、安堵のため息――]
そう解れば…安心します。
[少女は既に神の存在を信じては居なかったが、アーヴァインの事を思うとおのずと縋りたくなるのは、彼女の血筋の所為だろうか――]
それでは神父様…そろそろ広間に戻りませんか?
この場所は…あまりにも――
[「悲しすぎる――」
最後の句は告げずに…。少女はルーサーの手を再び握った。]
―使用人の部屋―
失礼致します。
[部屋の主はもういないけれど、一応そう告げて部屋へと入る。彼女よりずっと家事に手慣れていた女性が居なくなってからというもの、当然ながら仕事は格段に増えた。それでも彼女にとっては橋を見た時に告げた感謝の気持ちのままで、恨む気持ちなどは起こらなかった。
火の消えた暖炉の傍に目的のものを見つけると、手袋を外して確かめる。粗方乾いているのを確認してそれを手に取り、頭を下げてそこを出た]
―…→廊下―
ええ、戻りましょうか。
……そうだ。
食後にチェスなどどうでしょう?
最近、なかなか相手をしてくれる人がいなくて。
[にこりと笑んでから果物の入った籠を拾い、ウェンディと手を繋ぎなおして部屋を出た。]
―アーヴァインの部屋→広間―
[ゆるゆると]
[廊下を進み]
[足を止め、]
[立ち去った部屋の中より][あえかな歌声][鎮魂歌]
[耳を澄ますが]
……ちが、う。
−廊下−
[幼い少女のソプラノの声に、ぎこちないながらもそちらに顔を向ければ。館の主――だったモノ――の部屋の扉が目に入り、ビクリと身体を竦ませる。
彼は見てはいなかったけれど、何があるかは大人の会話から概ね想像は付いていた。
――彼が想像するより、遥かに凄惨な光景であったが。]
………っぅ。
[微かに上がってきた胃液を飲み下し、ゆるく首を振るも。眠り続けたのが不幸中の幸いか、既に痛みは引いていて。]
……ぁれ? あの…人……?
[代わりに気付いたのは、かの人の部屋を後にするように動く、茶色の髪の青年の姿。]
チェスですか?
神父さんのお手に敵うかどうかは解りませんが…私でよかったら…
[ほのかに笑みを取り戻し。空になった花籠を持って、少女は手を繋ぎ、アーヴァインの部屋を後にする]
さよなら…アーヴァインさん…。
あなたを……ごめんなさい…。
[立ち去り際、小さく落とされた言葉は誰の耳にも届かず、床で弾けて――]
――アーヴァインの部屋→広間へ――
[壁を伝い、廊下を進む姿は、館の主を物言わぬ死体へと変えた(と彼は思っている)犯人像とは結びがたくて。
心の奥底では怯えをはらみつつも、少しづつ近づいて声を掛ける。]
…ぁの、どこへ…行きたいんですか…?
[必要とされるなら、手を貸そうと。]
…俺?
[ローズの事を思えばそれは「よくある事」なのかも知れないけれど。
それでも彼女を傷つけるような事は出来なくて]
…望まない事を無理強いをする気はないよ、俺。
……俺なら…良いの?
[確認するように訊く。
気持ちが騒ぐ…それは今まで感じなかった感情]
―一階・廊下―
[ 広間へと入ろうとすればニ階へ上がって行った筈の男と少女の姿が見え、一瞥すれば頬笑んで頭を下げる。扉は未だ開けておらずに、立ち止まり手を掛けた儘。]
─一階・廊下─
[音楽室を出て、広間へと向かう。
広間にはちょうど、人が集まり始めている所らしい]
…………。
[ふ、と。
自分の瞳の変貌の事が気にはなったけれど。
隠しようもないのだからと割り切って、そちらへと向かった]
[彼が知っているのは、ぐたりと意識なく横たわる青年の姿だけで。
強い光を放つ琥珀色の双眸に、気圧されたまま動けずに。]
………ぁ、
[けれど、額に浮かぶ汗の珠に気付けば、具合が良くはない事が察せられて。撥ね退けられるのを半ば覚悟しつつも、手を伸ばそうと、]
[自分を支え、抱き留める青年の腕の向こうに、ヘンリエッタはいつまでも橋を見ていた。]
なんで……?
[同じ問いが繰り返される。
青年に促されるまま体は動いても、心はそこに止どまったまま。]
ああ、いえ。今丁度、部屋に入ろうとしたところで。
御見掛けしたのに、御挨拶もしないのは失礼ですから。
[ 云いながら両開きの大きな扉のノブを回して、ゆっくりと押す。暖かな空気が広間の中から流れ、幾人かの気配が在るのが感じられた。]
御二人は……何方にいっていらしたんですか?
[ 顔は二人の方に向けた儘、先程の様子を思い返しつつ訊ねる。]
あなたが、わたしを望むなら。
どれだけ酷いことをされても構わないわ。
…あなただからよ。
あなたはとても優しいから。
[好きになる、とか、求める、とか。
そういうものはよくわからなくて。
…それはもうずっと前からだけれど。
ただ。
彼なら、彼だけは、何をされても構わないと思って。]
館の主へ、花を手向けに。
[短く答える。]
もっとも、別の収穫もあったりしますが。
[花籠には葡萄、石榴、そして数日前に見たきりだった真っ赤な苺。]
[佇んでいたハーヴェイの声。問いかけ。開けられたドア。暖かい空気。
それらを無言で受け止めながら、少女は大人達をただ見上げていた。]
[何処へ――?]
[死出の旅路へ出向く者を見送りに――]
[口には出ない答えが少女の心を流れる。]
[かさり――]
[空の花籠が…揺れる]
……そう、ですか。
[ ルーサーに然う答えはするも、直後。バタン。瞬時にして閉まる扉。]
ああ、美味しそうですね。……苺、未だあったんですか。
[ 何事も無かったかの如くに応対する。]
[名乗ってから、初めて青年の名を知らないという事実が頭を掠めたけれど。
堰を切ったように続けられる青年の言葉に、意識は奪われて。つっかえながらも言葉を返そうと。]
ぇっと、ここは…アーヴァインさんの館です。
村からは離れてて…崖の上、と言うのが近いかなぁ。
…あ、村は吊り橋を渡って山を降りた所で……お兄さんはその吊り橋の近くに倒れてた、のかな、うん。
あの、お兄さんは…村の方から来たの?
その怪我は…村に何かあったの?
[――途中からは、村にいる家族の心配が口をついて出たが。]
─広間前─
[意を決してやって来た広間の前では、一種奇妙な光景]
……なに、やってんの?
[一度開けた扉をすぐに閉めたハーヴェイやルーサーの様子に、かくん、と首を傾げて]
[ローズの言葉に苦笑して軽く首を振って]
君にそんな酷い事はできないよ。
君を望んでも…望んでいれば尚更傷付けたくはないから。
俺は優しくない…臆病なだけだよ。
…嫌われたくないだけなんだ、君に。
―一階・廊下―
[部屋の前で服の皺を軽く整え、広間への道を歩む。大分人が集まっているのが遠目に伺え――というより、何故か広間の扉の前に、のようだったが。
階上から微かに声が聞こえた気がして、そういえばあの緑の髪の少年は大丈夫なのだろうかなどと思い、見上げた]
-回想/広間〜ヘンリエッタ私室-
[赤に捕われた少女の耳に、他者の言葉は届いていたのだろうか。
ただぼんやりと、目の前で交わされる言葉を、感情を見ていた。
昨夜から一時に色々なことがあり過ぎて、何を受け入れ何を拒否すれば良いのか分からない。
全てを受け入れるには、少女の心は幼過ぎた。混乱したまま、自分の部屋に戻り寝台に身を投げ出す。
眠りだけがただ、ここから逃げ出す手段であったから。]
なんでもないって……。
[とてもそうは見えないのだけれど。
しかし、追求を遮るようなルーサーの笑顔に、う、と言葉につまり]
よくわかんないけど……入らない方がいい、ってコト、なんだね。
[それでも何となく、察しはついているから。
こう呟くに止めておく]
[圧力さえ感じる笑顔には、子供でよかったと思いながら]
あら、神父様…
苺も採っていらっしゃったのですね…。
これはジャムか何かに?
[鈴なりの声で問い掛けを――]
[自分の立て続けの問い]
[少年の精一杯の返答に]
[一心に耳を傾けていたが]
たおれ、ていた……
[肌蹴た夜着より覗く][体中に巻かれた包帯]
[幾らか解けたそれに手を遣り]
[考え込む仕草]
[が、][少年の「村」と言う言葉に]
村……?
村…何処、の……
何かあった…?
[懸命に何か思い出そうと]
[噛み締められるよに呟かれる名に、小さく頷く。
そうして、続けられる問いには、一瞬意味が判らずに、]
しにん…?
[しにん=死人。一拍置いて、ようやく意味が繋がって。]
……っ…!
ぁ……あの、ひとは……アーヴァイン、さん…この館の、主…です。
[すぅと青年に負けぬほど、顔色をなくして。
――それでも答えたのは、何故、だろうか。]
-ヘンリエッタ私室-
[どれくらいの時が立ったのだろうか。
自分の叫びで目が覚めた。首に、肩に全身にまとわり着く汗が気持ち悪い。]
目が覚めても、大して変わらないわね……。
[寝てる間に目に滲んだ涙を手のひらで拭い、濡れた布巾で体の汗を拭う。
夢見は決して良くなかったのに、不思議と心は落ち着きを取り戻していた。
朝からずっと遠かった体の感覚が濡れた布巾の感触と共に戻っていく。]
これが、現実。
[少女は、鏡に映る自身を見て呟いた。]
[ メイの言葉には然う云う事、とやけに神妙な顔付きで頷くも、何時までも此処に居ては躰が冷えてしまうかと腕を組んで眉を顰める。真剣に悩むべき事は他にも在る筈なのだが。
と、ルーサーへと目を遣れば或る意味では夢見る乙女の如き表情。……牧師から神父――異端審問官へと変わっても、根本的な部分は変化していないようだ。]
……其処まで想われれば、苺も幸せでしょうね……。
[ 声に呆れの色が含まれていたのは否めない。]
なに、か……
……………………
!!!!!
[出し抜けに]
[激しい恐怖が][顔を覆い尽くす]
[全身が震え][脂汗が額を伝う]
[少女は摘み立ての苺の用途にうっとりするルーサーに苦笑を漏らしながらその姿を見つめて――]
そのまま食べても…加工しても良いのなら、どう食すか更に迷っちゃいますね…
優しいわ。
…わたしにはあなたを嫌うなんて、ないわ。
あなたが居てくれたから、今、こうやって、話していられるんだわ。
…わたしの仕事を知っても、そばにいてくれて。
どうしてわたしが、あなたを嫌う理由なんてあるの?
そんなの、ないわ。
あなたがわたしを嫌うことはあっても。
[最後の言葉は否定されそうだから、
わたしは音が聞こえたのを良いことに、席を立って扉へ向かう。]
どうかしたの?
入ってくればいいのに
……問題は、ここだと寒いってコトくらい、かな。
[神妙な顔つきで頷くハーヴェイの言葉に、一つため息を。
ルーサーの夢見る表情は、気にしない事にした。
言っても始まらない気がしたから]
[青年の、身体に巻かれた包帯に手を遣る仕草や、”村”という言葉への、よく判らなさ気な反応に、微かに心が緩む。]
『あぁ。この人はきっと、村から来たんじゃない。』
えぇと、山のふもとの…ボクの住んでる、小さな村です。
[眉を寄せて記憶を辿ろうとするのを邪魔せぬように、息を潜めて。]
なに、か。あった、む、らで。
おも、いだせ、ない。
こわい、こわい、こわい…………
[自分の身体を抱き締め][真円に眸を見開き]
[鏡に映るのは乱れた赤毛に取り囲まれた不機嫌そうな顔。幼く、不安に怯えた娘。これが、自分だ。
威厳も、勇気もなにもなく、ちっぽけな。
ヘンリエッタは唇を噛み締めると、鏡の中の自分を睨み付けた。
しばらくの後、一つうなずいて無理矢理に笑みを作る。
乱れた髪を結び直そうと、鏡台の上においたはずの櫛を探そうとしたヘンリエッタの目に、何か見慣れないものが映った。]
[嫌う事はない…その言葉がとても嬉しくて。
どう答えようかと考えている間にローズが席を立つのを目で追って。
ドアの外に人の気配を感じて、あ、と思わず頭を掻く]
…良いから入って来いよ。
そんな所じゃ風邪引くぜー?
[照れ隠しからか、少し大きな声で外の面々を呼ぶ]
……まあ、確かに。
[ 同じ事に気付いた様子で溜息を零して云うメイを見遣ると粗同時、扉の内側から聞える女の声。つい視線は揺れて周囲の面々を見回す。]
御気付きになられていたようで。
[ 終わりの言葉はルーサーへと向けたものだが、意識は帰って来ているか否か。]
[全身を震わせるその姿に、手を伸ばして、触れて。支えようと]
「なにかあった」
「むらで」
「こわい」
……むらがっ!?
村がどうしたんですかっ? 何があったんですっ!?
[単語が、形を成して繋がって。
支えようとしたはずの手は、なけなしの力で青年を揺さぶろうと、]
[傍らに駆け寄った少年に]
[一瞬][ぎくり][身体が仰け反ったが]
……だいじょ、ぶ。
こわ、いの、は。
[長い息を吐き][何とか其の侭留まった。]
[最初、ごみかと思った。
乾いて萎びた小さく丸い何か。
ごみ箱に捨てようと手をのばし、その触感に違和感を覚える。
思わずじっと確認すれば、白に縁取られた中心はどこか見覚えのある色で。]
あ………ああああああああ!!
[それが何かを理解した時、手の中の物を放り出すと、少女は悲鳴をあげて部屋を飛び出した。]
[揺さぶろうと伸ばされた手]
[反射的に払い除け][……ようとして]
[途中で止め]
さわる、の、だめ。おさえられ、な、い。
て、言ってたら、中から呼ばれたね。
[中からの呼びかけに、くす、と笑みをこぼす。
その笑みが、どことなく呆れを含んでいたのは何ゆえか。
にこにこするルーサーには、あえて、何も言わないことにした]
[扉の向こうから男女の声が聞こえれば、僅かにバツの悪そうな笑みが少女からも漏れる――
どうやら少女の感は当たっていたらしい]
[しかし少女は素知らぬ振りをしてルーサーの手を握ったまま――]
[かさり――]
[花籠が揺れる…]
[彼女が歩みを進めるのは――神父が歩みを進めてから…]
だな。
[ メイに向け苦笑を浮かべつ開かれた扉から広間の中へと入ろうとして、]
……な……?
[上から聞える少女の悲鳴、絨毯の甲斐も無く響き渡る足音。]
[広間の前に溜まっていた面子を迎えようと内側から扉が開いた。
それに気付いて、そちらに歩み出そうとしたが]
…!
[階上からの声にその足は止まった]
[どこからか……多分、上から聞こえてきた、悲鳴。
反射的に、歩みが止まる]
……なに……?
[呟くような声は、僅かに、震えを帯びていたか]
[家族への災禍を思ったか、うっすらと涙を浮かべていたものの、]
「だいじょ、ぶ」
[つたないながらも、そう告げる青年の言葉に、動きを止める。
次いで、告げられた言葉は、よく判らなかったけれど。
ただ、触れられるのは嫌なのだろうと――傷が熱を持って痛むのだろうかと――小さく頷いて。]
[扉が開いて外にいた人々を迎えようとしたその時
何処か…階上からの悲鳴のような、声]
…何、今度は…?
[思わず立ち上がり扉の方へ、と]
……な、に……?
[払い除けようと伸ばされていた青年のに、ぎぅと掴まっていることにも気付かないまま、怯えたように辺りを見渡す。]
[我に返ったルーサーに微笑まれれば、同じように笑んで――]
そうですわね…。
[手を引かれるように、歩みだそうとしたその時――
聞こえた悲鳴に。少女の足も止まる。]
[背中を伝う汗――
握る手は、無意識に力が込められ…]
神父様……
[薄紅色の唇からは縋るような声色――]
[もつれ、震える足で、助けを求め走る。
彼女の求める助けがどこにあるかは分からなかったけれど、恐怖から逃げ出したくてただ走った。]
いや! 誰か! ネリ−!!
…………。
[半ば、無意識の内に。
右手で、左胸に触れて]
違う……ひとが、死んだわけじゃない……。
[何も視えないし、聴こえないから、と。
消えそうな声で、ぽつり、呟いて]
――!
[反射的に顔を上げた。
あれ程の悲鳴を聞いたことがなかったから、誰の声なのかすぐには理解出来なかったのだけれど。
呼ばれる声で、それは確信へと変わる]
…お嬢様っ!?
[青年の服を持ったままなのも忘れ、階上へと足を運ぼうと]
[階段の向こうで、声が聞こえた。
まだ聞きなれないはずなのに、何故か確信を持って彼女だと分かる。
自分をそう呼ぶ人は、他にはいないから。
その声を目指して転げるように階段を降りる。
彼女の耳は間違えていなかった。
階下に緑の髪の少女をみとめ、ヘンリエッタは彼女に飛びついた。]
[腕の中の温もりが、少しは恐怖を和らげてくれたのか。
駆けて行く足音が、広間の方へと消え行くのをなんとなく認識して。そして、彼女――あの高い悲鳴は男ではないだろう――が”何処”から来たのだろうと、ゆるり、首をめぐらして。]
『あれ』――?ですか…?
[呟かれる言葉に、少女は僅かに反応して――
ルーサーの顔を見上げるのではなく…彼の持っている籠に瞳を落とす。]
[かさり――]
[花籠が…]
[さらり――]
[金の絹糸のような髪筋が…]
[何処からか訪れた風を受けて、静かに揺れる]
[扉まで歩み寄れば、赤髪の少女がネリーに縋りつくのが見え。
ルーサーの呟きに一瞬首を傾げかけ、その答えに行き着いて]
……まさか、アーヴァインさんの……
[昨夜、遺体から欠けていた、物
それを思い出す]
[果たして必死に駆け降りて来たのは、あの少女。
勢いに押されて後ろに数歩下がりながらも、懸命に抱き留めた]
…何が、ありました?
[宥めるようにその背を撫でながら、ゆっくりと尋ねる]
[震える声で、要領を得ない迄もネリーに自分が見たものを告げる。
話す度に、その感触が光景が思い出されて、喉元に込み上げる苦味を必至に堪えた。]
見つかったら…悲鳴…?
[返された言葉に…少女は瞳を上げて…]
つまりは肉体の――…一部…?
[口にすれば、口内が乾いていく感覚に見舞われた。]
『あれ』……?
[ルーサーの呟きと、やって来たナサニエルの言葉]
…………。
[思い出したくもないのに、思い出したのは、昨夜視たもの。
それと、関わりがあるのだとしたら。
それならば、ヘンリエッタの狂乱も納得できるものの]
……なんで……そんな……。
[掠れた呟きがもれるのは、止められず]
―広間―
あ、れ?
[名前を聞いて。
何かが、なんとなく伝わって。
わたしはそっと、部屋の隅に*逃げた*
言葉はききたくなかった。]
[ 暫し動きが止まりはしたが、我に返ればハッと顔を上げ階段の方角を見遣れば、朝に見た赤髪の少女が決死の体で駆け降りて来てネリーへと飛びつくところだった。何が在ったのかは神父や周囲の声に察せたか敢えて問わずに、視線は不安定な様子を見せるメイへと向けられる。]
……メイ?
[ 青年自身は其の光景を見ておらず、想像に過ぎないから其の狂乱は何処まで理解出来ていたか解らない。唯、小さく名を呼ぶ事しか出来ずに触れようかとした手は、宙を彷徨い途中で止められた。]
…大丈夫です。
大丈夫、ですから。
[懸命に話す少女に諭すように声をかける。一体何が大丈夫なのだろうと思うけれど、他にかける言葉が見つからない。
抱き締めたままの少女の話の端々から大体のことを掴めば、階上を睨めつけるような視線で見つめた]
[漏れる、問い掛けにも似た言葉に。帰ってきたのは包み込むような抱擁で――
少女はそれ以上何も追及してはいけないのだろうと、思考を留め、ただ与えられる温もりにだけ意識を集中させ――]
神父様…
[一言だけ呟いた言葉には、一体どれ程の想いが篭っていたのだろうか――]
[名を呼ばれ、は、と我に返る。
声の方を振り返り、どこか不自然な様子の手に、一つ、瞬いて]
あ……と。
なに?
[やや、小首を傾げるようにして、短く問う。
平静を装おうとしてはいるけれど、どこまでそれは出来ているか、自分でもわからなくて]
…………。
[何やら思案顔。]
やはり、何らかの形でアーヴァインさんに密接な関わりを持つ方の所に置かれたのではないですか?
その方が……
[恐怖を煽る事が出来る。
その言葉は飲み込む。]
…かかわりを、もつ…。
[そういえば、あの少女は義兄の娘だといっていた。]
だからといって…どうやって。
[違う考えが一瞬脳裏をよぎり、やや口にするのを躊躇う。]
相手は人狼です。
「どうやって」ではなく「どうして」という観点で見た方がいい。
……何か、別のお考えでも?
[首を傾げつつ、聞く。]
聞かせてください。
それがどれほど恐ろしい考えであったとしても。
きっとそれは、この事態を解決する鍵となりうるはずだ。
[コーネリアスに、話してくれないか。という視線を向け。]
以前、古い書物で読んだのですが…、
[ふと思い出した、その凄惨で切ない物語。]
とある男と、後ろめたい関係になった女がおりました。
二人は、ひと目を忍んで逢瀬を重ねましたが、その最中に…女ははずみで男を殺してしまいました。
その男を失うのを恐れた女は、男の身体の一部を切りとり、そっと持ち出して逃げたそうです。
…大切だから傍に置きたい…そういうのは、
いえ、流石に考えすぎ、ですよね?
……。
[ 余り他者の機微に聡いとは云えぬ青年でも、其の様子が不自然なのは明白で、如何したものかと視線を彷徨わせ額に手を遣り息を吐く。]
無理すんな、って云っても其れこそ無理だろうが。
少しは吐き出せ。
[ 然う云い遣るも神父の言葉を耳に留めれば其方へと視線を向ける。]
……人狼?
昼にも、云っていましたが……。『退治屋』だとか。
[ 訝しげな声。]
[悲鳴の衝撃から][暫く後]
トビー。は、なれて。つら、い。
[震えがまた]
[それでもしがみ付く腕を捥ぎ離そうとはせず]
[不快感と恐怖の入り混じった][眼。]
ねえ、なんで。
なんで、あんなことするの?
あんな、酷い……。
[足以外のアーヴァインの遺体を彼女は見てはいなかった。
昨日見たものも十分に酷いものだったが、自分の部屋にあったあれは、既に人であったとは思えないものだ。
アーヴァインの遺体を自分達が見ることを止められた理由がやっと、実感として理解できる。]
なんで私なの?
ええ。
異端審問官とは、元々そういった職業です。
職権濫用をなさる方も少なくないのは、嘆かわしい限りですが。
何をお聞きになりたいので?
[ハーヴェイの方へ視線を。]
[ネリーに縋る少女と、周りで交わされる会話に暫し思考が止まる。
その視界の隅でローズを捕らえ、部屋の隅で座り込む姿にそっと近寄る。
その様子は怯えているようで、視線を合わせるようにして囁く]
…大丈夫、ローズ。
大丈夫、だから。
[そう言ってそっと抱き締める。
少しでも安心させようと]
す、こし、やす、みたい。
どこか、ある?
[じっとりと][脂汗の浮いた]
[蒼白な顔面に][何とか笑みめいたものを]
[少年に向ける]
……書物の読み過ぎではないのですか。
[ 其の様な話は彼も読んだ事が無くはないが、コーネリアスの云い様に口唇から零れたのはそんな感想。あくまで物語上の話だ、馬鹿げている。
ルーサーの視線を受ければ何を訊ねたものかと口許に手を当てるも、今直ぐに言葉は出て来なかった。]
取り敢えず、広間に入りましょう。此処では冷えますから。
[ 然う云って、皆を促す。]
[休める場所と訊かれて、その顔色と脂汗に改めて驚く。]
えぇと、何処か部屋に…お兄さんの部屋って何処…ううん、ボクの部屋でいいならそこに…っ!
[自分の部屋に戻れるのなら訊きはしないだろうと、まだ遠くはない自分の部屋へと、笑みに答えるように頷いて。]
何故、…?
[視線は階上を睨んだまま。その手に僅か力が籠る]
それは、…
恐らく奴等だから、です。
人の気など知らない…いえ、知っているからこそ、あのようなことを。
[小さな小さな、囁くような声。
あのようなことをする生き物を、彼女は一つしか知らなかった]
[少し落ち着いた様子のローズをソファに座らせて、自分もその隣に座る。
手は離さないままで。
やがて広間に人が入って来るのを見て、ほっと息をつく。]
……そんな簡単に出来ない事くらい、俺だって解っている。
話したって、理解して貰えない事もあるんだし。
[ 俯いたメイに返す言葉は素っ気無く、何処か冷たい響きを持つか。然れども其れは確かに本音に違いない。彼とて他者に云えない事くらいは有るのだから。]
けど、俺はこういう云い方しか出来ない。他に知らない。
[ 少しばかり苛立ちを孕んだ表情は近しい者にしか見せぬもので、然し其れも瞬きをして再び吐息を洩らせば、直ぐに消え失せる。]
中。入っとけ。
[ コーネリアスの声は聞えていたろうか、振り向かずに開かれた扉の内へと入る。]
[突然聞こえた、ネリ−以外の声に肩を怒らせて顔をあげる。
見上げればそこには牧師……いや、今はもう神父となった男の姿。
彼の側には金の髪の少女。その背後に居並ぶ面々に、やっと他にも人がいたことに気づく。
他者の存在が、抱き締めた腕の温もりが、ヘンリエッタに安心と落ち着きを少しずつ取り戻させる。
落ち着きは、少女に昼間話を聞いた時から心にあった疑問を思い起こさせる。]
……あの音が聞こえた時、私達は皆、広間にいたわ。
玄関にあれを置いてくるなんて不可能じゃないの?
……ああ。
[コーネリアスの言葉を聞き。]
やはり。
この場所は……呪われているようですね。
30年前に、全て封印したと言うのに。
[ぼそり、と。]
[突き放すような言葉に、小さく息を吐いて]
……わかってるよ、そういう言い方しかできないのは。
でも。
[でも、どちらかといえば。
その方が自分にはありがたいから、と。
それは心の奥で呟くに止め]
ん……ここ、寒いから、ね。
[代わりに声に出したのは、こんな呟きで。
ゆっくりと、広間の中に入って行く]
[懇願の眼で見つめられて。
傷に触れぬように、すぐ支えられるようにと傍らに寄り添いつつ、彼の部屋へと案内する。
最後にベットメイクされたまま、誰も寝ることなかった剥き出しのシーツに倒れこむように沈んだ身体に、剥ぎ取ったままだった上掛けをそっと被せて。
洗面台に置かれたままだったタオルで、額の脂汗を拭った。]
……どうしよう。誰か…呼んだ方がいいのかな…。
[呟きに答える声は無く。]
「三十年前――」
[ルーサーから漏れた言葉に、少女はピクリと反応する。
しかし解かれる抱擁にその変化を滲ませることなく、少女は男の手に導かれ広間へと足を進める。]
[途中、ネリーと共にやって来た、憔悴しきったヘンリエッタを視線に収めれば、眉を下げ泣きそうな顔で頭を下げて――]
……三十年前?
[ 其の単語を耳に留めれば片眉を上げ、記憶を探れば其れは確か先日、証であるという薔薇の指輪を見せられて聞いた物。其の時は触りの部分しか聞かなかったが、今となっては状況が異なっていた。]
今回の件と、何か関係が。
30年前……封印……。
[耳に入ったルーサーの言葉に、僅か、眉を寄せる]
……ばーちゃんが……言ってたこと……?
[呟きの後半は、我知らず、口をついたもの]
[皆が話す声が此処まで聞こえてくる。
人狼…その言葉にあぁ、やはり、と唇を噛む]
……何故?
[昔、自分が人を傷つけたときの事を思い出す。
暗い夜の森の中、襲ってきた男は……それは
赤い眼をしていた、と
それが、人狼だったと言う確信はないけれど]
わからない。
じゃあ、どうすればいいの?
[彼に答えを求めたのは、彼が聖職者だからだろうか。それとも、その自信に充ちて見える態度の所為だろうか。]
−客室−
[汗を拭いたタオルを、洗面器に注いだ冷たい水で絞って、青年の額に乗せる。]
……ちょっと、待ってて…すぐ帰ってきますから。
[食事と、水。それから着替えも。
いくつかを頭に浮かべながら、助けを得る為に、広間へと]
−客室→広間−
[ 呟かれた言葉の続きを問うでもなく、後から入って来たメイを見遣れば無言で椅子を引いたのみで、ハーヴェイ自身も其の一つに腰掛ける。其の距離は僅かに、開かれているか。普段と変わらず頬杖を突きつつ、皆の話を聞く体勢を取る。
ネリーが用意をしたのか、卓上には人数分の料理が並べられていたものの、スープは既に冷め切っていた。]
関係者……。
……『力』について、聞かされた時に。
少しだけ、聞いたけど……。
[詳細には、祖母は触れなかった事を思い返しつつ。
引かれた椅子に、かくん、と力なく座り込んで]
[ずっと嵌められていた左手の白い手袋を無造作に外す。
コーネリアスが手渡されたものと瓜二つの、薔薇を象った銀製の指輪。]
まずは、この指輪と密約について話さなければいけません。
この指輪は『秘密の共有』を約束するものでした。
アーヴァインは『人狼審問』の真実を、そして私は異端審問官としての地位を。
その秘密を共有する代わり、お互いに見返りがあったのです。
その見返りについては黙秘させていただきますが。
アーヴァインは部屋の管理を、私は鍵の管理を。
鍵と部屋を同じ人物が所持していては、すぐに事が知れてしまいますからね。
[事も無げに。]
[それは幼い頃に聞いた昔話――
人の姿をした化け物が、村を襲った恐ろしい御伽噺。
その話を聞いた幼かった少女は、ずっとそれは作り話だとばかり思っていた。]
[――二年前…人狼の手によって両親の命が奪われるまでは…]
[二年前のあの日、村の誰かが言っていた。
三十年近く前に起こった、無残な事件の詳細を――]
[その事件が、今、目の前で語られている事と合致するかは、少女には判らない。
しかし――]
きっと…あの悲劇は…繰り返されるのでしょうね…
[そっと呟くと、少女はルーサーの話に耳を傾けた。]
[広間では、赤々と暖炉の火が燃えていて、廊下で冷え切った身には熱いくらいなのに。
何故か、ひどく冷え切った空気に満たされているような気がした。]
……ぁの、 なに…が……?
[ひどく蒼褪めた顔色で、ゆるりと見渡して。
その場を支配するルーサーへと、視線は釘付けになる。]
[ 武器庫。次いだ台詞に思い当たったのは、先程見たばかりの開かずの部屋の扉。嗚呼、其れで閉ざされていたのかと心得て僅かに目を伏せるも、軋んだ音を立てて開いた扉へと視線は向けられる。タイミングの好い其の音は、まるで彼の部屋の封印が解けたかの如き様相を思わせた。]
って、何だ、トビーか……。
[ 具合が悪いというのは侍女から聞いていたが、此処数日顔を逢わせる事は全く無く、随分と久し振りに見る気がする。]
……如何した、大丈夫か?
むかしばなし…?
[酷く緊張した雰囲気とは裏腹に聞こえる単語に、小首を傾げる。
けれど、それ以上は何も言わずに。”昔話”に耳を傾けて。]
[異端審問官。――“人狼”審問。
遠い昔に聞いた覚えのある言葉。奴等の名が入っていた]
…!
[錆び付いた鍵と、管理の言葉に]
まさか、あの部屋…?
[先程の会話を思い出す]
[神父の話の最中、扉が開く音が聞こえて息を飲む。
そっと振り向けば、緑の髪の少年が扉を開けて入ってくるのが見えた。
自分とそう年の変わらないように見える少年。そして、同じく年の変わらないように見える少女を見る。
自分達はまだ、何も知らないのに。何の力も持たないのに、ここに閉じ込められて、為す術もない。
大人には分からない不安を、無力感を。
二人に話し掛けて、共感を得たかった。]
[30年前と聞いて、今まで何度か出てきたそれに姿勢を正してじっとルーサーを見る。
その姿はいつもと違って見えて。
それは服装のせいかも知れなかったけれど]
…いったい、何が?
[一言だけ呟いて、その言葉を待つ]
むかしむかしのお話。
人狼が巣食ったある村に、一人の異端審問官がやってきた。
彼は、『人狼を探したいが身内を疑うなど出来ない』と言う村人にこう言ったのです。
「無条件に相手の言う事を鵜呑みにする事は『信じる』とは言わないのです。
言葉を交わし、互いの意志を確認する事で初めて『信じる』事が出来るのですよ」と。
「どうしてもその手を汚したくなければ、私が裁きましょう。
あなたたちは、ただ誰を裁くかを選ぶだけでいい」とも言いました。
そして村人は処刑する人間を多数決で決め、処刑はやってきた異端審問官が行ったのです。
人狼は全て退治され、平和が訪れました。
しかし、無実の罪で殺された者がいないわけではなかったのです。
家族や友人、恋人を失った者達は嘆き悲しみました。
数日後。
異端審問官が、教会の一室で毒を飲み倒れていました。
マグカップには冷めかけた薬入りのホットミルクが、
隣には赤ワインの瓶とグラスが2個が置かれていたという。
書きかけの報告書が残ってはいたが、遺書は終ぞ見つからなかったそうな。
『人狼審問』は村の外れにある、吊り橋一本を隔てた山の中にある建物で行われていました。
その建物は非常に頑丈に出来ており、窓は嵌め殺し。容易に脱出など出来ません。
そのうえ、不測の事態が起これば吊り橋を燃やすだけで。
すべて、丸く収まるのです。
多くの村人達はこの建物――『集会所』と呼ばれていたそうです――の存在を知りません。
何故なら、そこに送られた者のほとんどは。
……生きて、帰ってこないから。
[くすり。
ルーサーが、笑ったような気がした。]
[途中から入ってきた彼には、広間に満ちる空気はよく判らなかったけれど。なんだか邪魔をしてはいけないような気がして、そのまま扉横の壁にもたれて静かに佇む。]
[赤い髪の少女の眼差しと、金の髪の少女の微かな微笑に、ひとつ瞬いて。
自分と年の代わらない少女達に心配はかけたくなくて。
「だいじょうぶ」と口の動きだけで伝えて、微かに口の端を上げ笑みを形作った。]
[少女はルーサーの昔話に、嘆きの念を込めた溜め息を漏らす――]
無実の…罪で――
[語られた内容は、少女が事実体験してきた物と然して変わらず…。
ただ、違うのは――少女が居た村には…平和など訪れなかったという点のみ――]
[ 曖昧に頷くトビーを見留めれば其れ以上問い掛ける事も無く、口唇を引き結び黙して神父の語る昔話を聞く。何時の間にか男と少女とが運んで来た花籠は卓上に乗せられ、其の内には幾らかの色彩が覗いていた。死した館の主が流していた液体とは異なろうが、酷く鮮やかな赤は其れをも思わせようか。]
……そんな事が…?
[ルーサーの話にそれしか言えなくて。
そしてふと思い出す]
ホットミルクがダメなのは……
[その、異端審問官は……それは訊く事が出来なくて]
奇しくも同じ状況、
[ 神父の言葉を次ぐように、周囲を見渡して呟く。]
……と云う訳ですね。
[ 組んだ手で隠された口許は歪んでいただろうか。]
……ふふ。
書類上は服毒自殺ですよ。
『無実の人間をも殺した事への後悔』がその動機、だそうです。
[ナサニエルに向かってにこりと笑う。]
[ルーサーの語る、その建物。
それはとても自分が知っている場所のように思えて]
まさか、此処が……?
[知らず、口の中が渇く。
……生きては帰らなかった
それが意味することは……]
……俺達も、同じ…?
[嵌め殺しの窓、焼け落ちた橋。符合するいくつかの言葉。]
神父さんは、人狼審問を始めるの……?
[彼がその服を着ていることの意味は問わずとも明らかだったけれど、それでも尋ねたのは、自分で推測できる事実とは逆の答えを期待していたから。]
[語られた『昔話』に、目を伏せて。しばし、言葉を、さがす]
……そうやって……死んだひとが。
何者か知るために。
必要になったのが……ボクらの一族の力。
人の死を視て。
声を聴く。
霊視の巫女。
そして、30年前でいうなら……それは、ボクの、ばーちゃんだった……。
そういう、事、で、いいの、かな?
[今聞いた話と、祖母から聞いた話と。
二つを組み合わせて出た結論を、問いとして、投げる。
薄紫の瞳は、いつになく、無表情で]
霊師の巫女……?
[聞きなれない言葉に首を傾げ振り向けば、感情の見えない薄紫の瞳。
それははじめて会った日の笑顔とは遠く離れた表情。]
[ 問いを投げ掛けるメイの薄紫を見遣る黒の瞳が僅かに揺らぎ戦慄く。無表情に紡がれた言葉を聞けば、昨晩の彼れが何だったのか、結び付けるのは難なく。]
……其れじゃ。
[ 館の主――アーヴァインの死を視、声を聴いた。然ういう事なのかと、声にはせずとも内心で推測する。……したとて、彼には理解の及ばぬ事ではあれども。]
[少女は重苦しい空気から逃げようと、扉の近くで佇む少年を見る。
僅かに動く唇が発した言葉に…何故だか少女自身が救われたような気分になり、微量の安堵を浮かべながら、再び神父の話に耳を傾け――]
逃げられない…牢獄――
繰り返される…悪夢。
またしても…神は…
なんて…意地の悪い――
[浮かぶ笑みは冷笑か微笑みか――]
[そして聞こえて来たメイの言葉に――]
これで…役者は揃った…みたい。
悪夢の…始まり――
[小さく呟くと、少女は背中の傷に意識を飛ばし――]
今度は…生き延びられるかしら…
[自嘲の笑みを零して――]
[生まれた時から、何の疑問も持たずに接してきた牧師の――否、神父の語りだした”昔話”に、半ば口を開いたまま聞き入って。
そうして、告げられた内容と、今の状況にようやく思い至り先程までとは違う意味の――言葉をなくしての、沈黙。]
……ぇ…?
[それから、同じく良く見知った村人の――メイの言葉を、ゆっくりと反芻して。人の悪い牧師の”物語”ではなく、本当にあった事なのだと、血の気が引いて。]
[『人狼審問』と言う言葉、語られた昔話、そして、この場所。
符号が合い過ぎていて
そして吊り橋は燃やされた]
……俺達に…殺しあえ、と?
疑わしい者を……
[だけど
知っていた…解っていた
それしか生き残る術はないのだ、と]
そう。
[投げた問いに対する答え。
それを聞いてこぼれたのは、簡素な言葉で]
……ばーちゃんが、どんなに不便でも吊り橋の側から離れないって頑張ってたのは。
そのせい。
……いつも、言ってた。
自分は、『生き残ってしまったから』。
だから、『声を聴き続けないといけない』って。
信じるか、それとも信じないか。
それは貴方達の判断に任せます。
私は、ただ語るだけ。
[ゆるりと微笑んで花籠から石榴を取り出し、一粒食べた。]
神父様…?
私は――あなたの言葉を信じますわ…
勿論メイさん…あなたの事も――
[一言だけ呟くと、少女は綺麗な微笑を浮かべて、花籠から同じく石榴を取り、齧る――]
神父様の育てた果実…甘くて美味しい――
『人狼審問』で使われていた武器は、その鍵で開く場所に保管されています。
異端審問官が殺害された場合は、それを使って村人達が殺しあったそうですよ。
[石榴を食べながら、赤錆びた鍵を指差す。]
[ メイの言葉を耳にする。思考が止まる。……喉が渇く。
神父の動きに倣うようにして、花籠から赤い果実を一粒摘めば口許へと運んで噛み締める。水分が口内の渇きを潤し、甘くて酸い味が舌の上に広がった。]
……。
[ 其の果実の味は何かに似ているのだという話を読んだ事がある。]
[殺しあう。
青い髪の男の言葉が耳朶を打つ。
そう、人狼審問とはそういうことだ。
人狼事件に直接かかわり合ったことのないヘンリエッタも、それは知っていた。]
狼を全て処刑すれば、ここから出られるの……?
[処刑する。自分で紡いだ言葉の響きに、ヘンリエッタは戦いた。]
[周囲の視線や声には、何も答えようとせず。ただ、小さく息を吐いて]
……アーヴァインさんの最期の姿、視た。
声は、拒絶したから……何を言ってたのか、わからなかったけど。
視えて、聴こえたのは、力が目覚めたからで。
力が目覚めたなら、始まりなんだって。
ばーちゃんは言っていた。
……だけど。
[それまで、淡々と語られていた言葉が途切れ。無表情だった瞳が、揺らぐ]
ボクは……人の死は、視たくない……。
声も……聴きたくなんか、ない……。
[わずかに、震える声で呟いて。それ以上は抑えが効かなくなったのか。
感情があふれ出す前にと──立ち上がり、広間から駆け出した]
[ルーサーの「いる」とか「出る」という言葉と場違いな笑みに、ははっと乾いた笑み。]
ぅそ、でしょう…?
またボクを怖がらせようと…思って……?
[そんな事のために、わざわざ全員の前でそんな作り話なんてしないだろうとわかっているのに。それでも口にしたのは、そうだと言って欲しかったからで。]
って……!
[ メイの声に僅か感情が宿るのに落としていた視線を上げるも、其の時には既に小柄な背中は去っていくところで、反射的にガタリ音を立てて椅子が引かれた。然し立ち上がったコーネリアスの姿を見留めれば、何処かバツが悪そうに座り直す。]
[駆け出すメイの背に、思わず立ち上がって、逡巡するようにハーヴェイを見た。
只人には見えざる物が見えてしまう彼女の気持ちはヘンリエッタには分からない。
おそらく、ハーヴェイもそうだろう。
けれど、昨日文句をいいつつメイを運んだ彼を、ヘンリエッタは見ていた。]
─二階・客室─
[部屋に駆け戻り、ベッドに飛び込んで。
ぎゅ、と身体を丸める]
……う。
[泣きそうになるのは、押さえ込む]
……ダメ、だよ。
ひとを頼るのは。
苦しいだけ……。
受け入れて、でも、裏切られるなら。
踏み込まれない方が、いいんだから。
[言い聞かせるように。小さく、呟く]
で、ですね。
この『人狼審問』の被害者は「全員、人狼に食い殺された」事になっているのですよ。
……「処刑された者もいる」なんて知れたらどうなるか。おわかりでしょう。
[くす。]
……それで、どうやって捜すんだ?
ただ、疑わしい奴を突き出せばそれで良いのか?
捜す方法は無いのか……
[理由もなく殺されるのはごめんだ、と。
自分は余所者、まず疑いが向くのは自分であろう、と
そう考える]
[順番に、ゆるりと首を巡らせる。]
『牧師様…ううん、神父様なのかな。お茶目な所のある、なんだか憎めない人。けれど、今はとても怖い…色んな意味で。
ハーヴェイさんは…物静かな毒舌家(彼視点)だけど。でも本当はイイヒトなんだって、知ってる。
メイさんは…苛めっ子だけど、嘘を付くような人じゃなくて。
ローズマリーさんは…きれいで優しい。』
……。
[ 笑みながら紡がれた神父の言葉には沈黙を返すのみで、もう一つ、赤の果実を口内に放り込めば無造作に其れを噛み潰した。]
ありますよ。探す方法。
[さらりと、簡単に言ってのける。]
一つは、死者から聞き出し生者の証言との齟齬を見つけること。
一つは、占いにより生者の正体を割り出す事。
どちらも出来なければ、お互いの話から真偽を割り出す他ありませんね。
[ルーサーが告げる言葉…含み笑いさえ浮かべて。
その意味に気付き、呟く]
全て人狼のせいにしたって言うのか?
自分たちの罪まで、全て……?
……殺させておいて、そんな、事を……
[訝しげなハーヴェイの顔を、少しの非難を込めて見上げる。
それが、彼の所為ではないことは知っていたけど。]
泣きそうだった……。
[言わずとも、それが誰のことかはわかるだろうから名は告げない。]
[立ち去るメイの後姿を、何処か哀れむような視線で見つめると。
少女は果実を齧り。そして咀嚼と嚥下を繰り返しながら、武器庫の鍵を見つめる。]
[と、耳を掠めたルーサーの言葉に]
人狼に…食い殺されたことに…?
[不思議そうに首を傾げて――]
[――そこまで考えて、二人の少女を見やる。
1人は、神父の言葉を肯定し。
もう1人は、処刑と言う単語を口にして。
ぐらり、身体が傾ぐのを気力で支える。]
[捜す方法、それがあると聞きその言葉に聞き入る。
死者から、というのは、多分先ほどのメイの言葉通りなのだろう。
そして、いまひとつは]
占い……?
そんな事が出来る奴がいるっていうのか?此処に……
[辺りを見渡す、縋るように]
……。
[ ヘンリエッタの非難の視線にか紡がれた言葉にか溜息を吐けば、再び椅子を引いて立ち上がり、コーネリアスを追うようにして些か乱暴に広間の扉を開く。]
[ルーサーの口から語られた、人狼を探す方法。
その方法を聞き、少女はすっと目を伏せる――]
やはり…そのような不完全な方法でしか…
人狼は探せないのですね…神父様――
[言葉から真偽を見出す方法。それは身内とカテゴライズされる村の住人の方が有利で――
少女の記憶にも、その事実ははっきり残っており――]
じゃぁ…真っ先に疑われるのは…部外者の…私ね――
[そう言って、自嘲気味に微笑む。
他の人物の名を上げなかったのは――少女の優しさか…]
[メイを案じて広間を出て行くコーネリアスの姿に、少しの安堵。
けれど――不意に蘇る姉の声。]
「むかしむかし、あるところに――」
「おおかみはおばあさんを食べてしまい、その服を着ておばあさんのふりをしました――」
[彼と幼い弟に、物語を読んで寝かしつけるのは姉の役目で。
そして、彼女が語る物語には何故かよく狼が出てきていた。
本を買い与えたのは両親で。家畜を飼う生活ゆえに、狼の危険を幼心に気をつけさせようとしているのだと信じていたけれど。
真実は、何処にあるのだろうか――?]
じゃあ、結局占いも霊視も信じられないって言うこと?
[簡単に狼が見つけられるのではと喜んだ分、声には落胆が混じる。
けれど、先ほどのメイの様子を見れば、彼女が嘘をついているようには見えなかった。]
メイがもし嘘をついているなら、あんなに嫌がるとは思えないよ。
[ウェンディの言葉に首を振る]
…いや、俺も同じだ。
俺も余所者…しかも身元不明と来てる。
疑われるのは……
[それ以上言えず。
口の中は渇ききっていて]
[ 意外にも早いコーネリアスの足に追い付けたのは階段を昇った頃で、部屋から洩れる明かりに照らされる銀の髪は煌きを零し、其の様相は肖像画の女性を――そして何より人成らざる者を思わせたか、僅かばかり躰が震えた。]
……。
[ 呼び止めて何を云おうとしたのだろう、言葉はなかなか出でずに、]
済みません。俺に……行かせて、貰えますか。
[漸く言えたのは其の一言ばかり。]
[メイを追って出ていった二人の背中を見送って、少しだけ満足げに微笑む。
あの人ならきっと大丈夫。そう思うのは、自分もまた今日の朝彼に救われたからだろうか。
二日酔いで具合が悪そうにしていた印象しかない銀髪の男も、メイのことを気にかけていたのは少し意外だったけれど、彼もまた優しい人なのだろう。]
[ナサニエルの言葉に、少女はゆっくりと視線を上げる。
僅かに微笑を湛えれるのは、余裕が有るからだろうか――]
身元不明は…私も一緒です…。
だから――そうやって自分を…追い込まないで?
[覗き込むように視線を合わせ――微笑む――]
[ルーサーの”探せる”という言葉への期待は、続けられた言葉にあっさりと手放されて。
ああ、と嘆くような吐息を吐くネリーを見上げ、彼女も自分と同じ気持ちになったのだろうと瞼を伏せる。]
………どうして、こんなことに…
[彼に言える事は、それしかなくて。
ウェンディの声は耳に届いたけれど、その自嘲気味な笑みを見ることも出来ずに、重い溜息を落とした。]
[”部外者”
昨日、親しくなりたいと願った少女の言葉にヘンリエッタは体を強張らせる。
自分は、部外者なのだろうか。
確かに、ここには二日前に来たばかり、良く見知っているものもいなければ、自分の身を保証するものもいない。]
部外者だと、疑われるの……?
[ここに、自分の身の潔白を証明してくれるほどに信じあえる人物はいない。
それが示すことの意味を確認するように、言葉をこぼした。]
[ウェンディが此方を覗き込むように微笑むの見て、漸く此方も薄く笑いを]
ありがとう。
お互い、困った事になったものだね。
[それだけを返し、ちらりとヘンリエッタに視線を送る]
……誰だって自分の知り合いは疑いたくない。
そういうもんじゃないのか?
[子供に言うにはきつい言葉とわかっていたけれど、言葉を選ぶ余裕は無くて]
[――俯いたまま、脳裏に思い描く。
晩餐会の時に聞いた名を混乱した記憶から引っ張り出しながら。]
『ウェンディとヘンリエッタは…まだボクと代わらないくらい、小さいもん。大人のアーヴァインさんを…できるわけない。
ネリーさんは…幽霊が怖いっていうボクを庇ってくれた。優しいから…きっと、違う。
あの怪我をしてる人は…違うよね? だって、動くのも辛そうだもん…元気な…元気だったアーヴァインさんに敵うわけない…。』
[――残ったのは、二人。大人の、よく知らない、男の人。]
……ええ、ですから。
通常は、公正な立場を取る事の出来る異端審問官が必ず一人いたのです。
彼らは情に流される事なく、事を行いますから。
[『彼ら』の中に、ルーサーは入っているのだろうか。]
[些かばつが悪そうに、広間へ戻ってくる。]
…やはり、僕などよりは彼の方が適任でしょうから。
[苦笑いを浮かべて、ソファーへ。]
[ 歩むのに合わせ揺れる銀を黒の瞳が見送り、軈て其の姿が薄闇の中に失せていけば、無意識にか触れられた肩を押さえて小さく息を吐いた。灯りの零れる部屋の扉の前に立ち、逡巡の後に扉を規則的に二度叩く。木と骨とが打ち合う軽い音。]
……メイ、起きてるか?
[ 当然の如く何と声を掛ければ好いか解らず、当たり障りの無い問い掛け。]
─二階・客室─
……え?
[ドアの向こうから声がかけられ。
誰か来るという事がそも想定外だった上に聞こえてきた声もまた、予想してなかったからか。
気づかないフリをする、という事に意識が回らず、思わず声がでた]
……起きてる……けど。
[広間へと戻ってきた様子のコーネリアスに、ゆるりと顔を上げて。いささかばつの悪そうな様子に、ほんの少し気が緩む。]
『コーネリアスさんは…長い間見てなかったけれど、きっと、大丈夫だよね?』
[脳裏を先程の姉さんの声が過ぎったけれど、首を振って打ち消す。
残るは、1人。]
神父様は――私達部外者も…本当に公平に見れるの?
本当…に?
[少女は視線に何処か縋るような色を滲ませて――
静かにルーサーを*見つめた*]
[”お願いです”
そう、神父は言った。
ただ、部外者だと言うだけで、出会ってから日が浅いと言うことだけで、彼は疑おうとしているわけではない。話を聞こうとしている。
子供である自分の言葉も、ちゃんと聞いてくれた。
ヘンリエッタは、小さく頷いた。]
私、死にたくないから、できる限り自分のことを話すように、狼を探すように頑張る。
[不意に頭に乗せられた温もりに顔をあげると、先ほど自分を抱きとめてくれたネリーの顔があった。
意識せず、顔がほころぶ。
彼女の手は暖かい。昨日、自分の部屋へとヘンリエッタを呼んでくれたネリーが狼なんて言うことはあるのだろうか。
彼女を、自分は信じられるだろうか。
ヘンリエッタは、緑の瞳を確かめるように覗き込んだ。]
[ルーサーの言葉に溜息を吐きながらも頷いて]
つまりは自分で身の潔白を証明しろと?
[目を伏せる。
それ以上の言葉が浮かばず、ちら、とローズを見遣る
彼女は信じてくれるのだろうか?]
……悪い、ちょっと休ませて貰う。
冷静にならないと…
[そういって、ずっと沈黙をしたままのローズの手を取り部屋へ戻ろうと。
此処に置いてはおけないと、そう呟いて]
[彼が蒼髪の青年に一瞬向けた視線は、幾分か険があったかもしれない。
それは青年自身の言う”余所者”だからか、それとも――仄かに憧れている”きれいなお姉さん”の手をずっと握り締めていたせいなのか。]
………ボク、もう…休みますね。
なんだか…疲れちゃった…………。
[テーブルに置かれたままのパンをいくつか手に取って。ふらふらと、広間を後にする。]
[ 返って来た声に何か返答をとは思うも、慣れぬ状況に頭の中は真っ白に成り、]
……そ、……か。
[洩れ出た途切れがちな声ですら、特に意味を成すものではない。クシャと髪を掻き上げ視線をうろと彷徨わせ、唸り声の様なものを幾度か零す。]
あー……っと、……その……悪かった。
[ 不自然な沈黙が下りた後に零れたのは何故だか謝罪の言葉。]
[ナサニエルの言葉に、ネリーを見上げた視線をはっとずらす。
青い髪の男を、挑むように見上げた。]
でも、部外者の私達なら誰でも疑えるわね。
私達の見る目が一番平等かも。
[嘘だ。
ネリーは疑いたくない。そう思った自分の心を見透かすような言葉に、ヘンリエッタは唇を噛む。]
[室内は未だ、疑い合う冷たい空気の中で。
赤毛の少女に視線は行く。]
…もし、あの行き倒れの方を襲った者と、義兄を襲った者が同じならば……。
[そう、それができたのは後から来たあの少女だけ。]
いや、あの行き倒れも…殺されかけて逃げてきた人狼でないとは言い切れないか…。
−廊下−
[そのまま、階段へと向かいかけて。
ロビーに飾られた、コンスタンスの絵が眼に留まる。
そうして、再び蘇る、姉の声。]
「おおかみは――おばあさんのふりを――」
『狼から身を守るには、どうすればいい?』
[廊下に立ち尽くして、必死に考える。
――やがて彼は、足を階段とは違う方向へと動かして。]
−廊下→厨房−
……ふえ?
[次に聞こえてきたのは、これまた予想外の言葉で]
えと……な、なんで……謝る、かな?
[何か、謝られるような事があったかと。
思わず真剣に考えるも、思い至らず]
[異端審問官と名乗る彼に視線を向け]
…出来るだけ公平にお願いしたいものですね。
[そういって、広間を出ようとした所で、トビーの視線とかち合う。
それはまるで睨むようで]
仕方がない、か。
[そういってもう一度部屋に居るものに会釈をして、広間を後にする]
[ 再び意味を成さない唸りを幾度か上げた後、自分の不甲斐無さに半ば呆れつつガシガシと頭を掻けば髪は乱れるも、其れに構う余裕も無い。]
いや……。
俺、無神経な事、云い捲った……だろうな、と思って。
[ 謝罪しながらも推定の語が最後に付くのは矢張り自覚が足りないか。]
……ああ、何て云うか……。
謝りたかったんだから、……素直に受け取っとけ。
[ 余りの如何しようも無さにか、半ば投げ遣りな口調。]
−厨房→客室−
[そぅと廊下を覗き、誰もいないのを確かめて。
自分に与えられた客室へと戻る。途中、パンを一つ二つ落としたけれど、拾いに戻るのももどかしくてそのままに捨て置いて。
かちり、と内鍵を掛ければ、そのままドアに凭れるようにずるずると座り込んだ。]
……ふぅ。
ぁ、お兄さん…大丈夫かなぁ…?
[抱えた食料と水をサイドテーブルへと投げ出して、青年の顔を覗き込む。
よく眠っているのか、それとも意識が戻らぬのか。やや早いものの、規則正しい呼吸に安堵して、ベットに凭れかかり。
緊張から解放された安堵と共に、*意識を手放した。*]
―→二階・自室―
[疲れたような様子のローズをベッドへと導き、寝かしつけて。
自分の腕を引き、何かを促すような仕草には緩く頭を振る]
だめ。
疲れてるんだろう?休んだ方が良い。
…一緒に眠ると…自制できる自信ないし。
[そういってそっと額に口付けて。
ローズの寝息を確認して、そっと部屋を出る]
[神父の笑顔に、少しだけ頬を紅潮させてヘンリエッタは口を尖らせた。
その頬の赤みは、怒りなのか照れなのか、少女の表情からは判断がつかない。]
平等にと言うなら、そうやって子供扱いしないで下さい。
私は、神父さんも疑ってるんだから。
人狼は、いつの間にか人そっくりに成り済ますことができるって聞いたわ。
神父さんがいつの間にか狼になっている可能性だってあるんでしょ?
[言いながら、想像していくうちに少女の顔が曇る。この神父もまた自分にとって疑いたくない人間になりかけているのに気づいて。]
……うん。確かに無神経だった。
でも。
でも、ね。
……腫れ物扱いで、怖がりながら大事にされるよりは。
ずっと……気楽だよ……。
[答える声は、だいぶ落ち着きを取り戻しているようで。
投げやりな口調に、笑みをもらす余裕も、戻りつつあった]
うん……素直に受け取っとく。
……ありがと。
……ふふっ、ごめんなさい。
子供扱いした事は謝ります。
けれど、なんだか。
ヘンリエッタさんやウェンディさんが。
まるで、私の娘みたいに思えてつい、ね。
[穏やかな笑み。疑われかけている事に気付いているのかいないのか。]
あー……?
[ 礼を云われる等とは思わなかったようで、間の抜けた声が洩れる。]
……大事に扱う、とか……そういうのは苦手なんだから、仕方無い。
昔から付き合いのある奴には、な。
[ 続いて零れたのは半ば自嘲めいた言葉で、余計な事だったかと口を噤んだ。]
取り敢えず、……其れだけ、云いたかった。
では、私もそろそろお暇しましょう。
ウェンディさん。チェスは明日にしましょう。
[にこりと笑って、ウェンディの手を引く。果物が入った花籠も忘れずに。]
部屋まで送っていきますよ。なんでしたら、子守唄もおまけにつけておきます。
では皆様、おやすみなさい。
[ウェンディの手をしっかりと握る。
その温もりを信じたいと、*思った。*]
―広間→ウェンディの部屋―
―二階・自室前廊下―
[ドアを閉め、それに凭れて]
……こんな事になったら、迂闊に手ぇ出せねーだろ。
[半ば苦しげに呟き]
俺は……もし俺が……
ローズを一人には出来ない…俺は……
[答えは見つからず混乱を招くだけで。
溜息を吐いて部屋へと戻る。
そしてそのままベッドサイドに座り込みそこに凭れて。
答が出ないまま、*意識は眠りに飲まれていく*]
[苦手なんだから、という言葉に、知らず、笑みがこぼれる]
……確かに、そうかもね。
[逆に言えば、だから気を許せるのかも知れないけれど、それはわざわざいう事でもないから、と心の奥にとどめ]
ん……わかった。
それじゃ……ボク、そろそろ、休むから。
ハーヴェイも、ちゃんと、休まないと、ダメだよ?
[どうにか、いつものペースを取り戻しつつ、こう言って。
すぐには眠れないだろうけれど。
少なくとも、昨夜よりは自然に*眠りに落ちられる気がした*]
はいはい。
[ まるで保護者のような云い様に二度、余り気の無い返事をするも、幾らか調子を取り戻したのに気付けば、零れる吐息は安堵を孕んでいたろうか。]
解ってる、って……、
[ 言葉の途中、額に当てていた手を外し傍の壁に突いて己の躰を支えれば、瞳は僅かに見開かれ床に落とした視線は定まらずに幾らか揺らめく。]
……其れじゃ、お休み。
[ 数瞬の後に体勢を元に戻して然う返した声は些か擦れるも、其れは今のメイには気付かれる範囲では無かったろう。一言、就寝の挨拶を残せば扉の前から立ち去り、薄暗い廊下を歩んで自らに宛がわれた客室へと戻っていく。
部屋に入れば寝台に寝転がり天井を見上げた儘、*眠れぬ夜を過ごすだろう。*]
[少年の泊まる客室]
[少年の示した寝台に][半ば倒れ込む様に]
[身を横たえ]
[ぎゅ][顔が歪む]
[嘔吐を堪える、][そんな様に口元と胸を押さえ]
[何くれと無く世話を焼いてくれる][少年には]
[苦痛を湛えた眸][でありながらも]
[感謝を示したいとでも言う様に]
[幾らか和らいだ][視線を送る]
[ばたり][扉が閉まる音]
[少年が部屋を出て行った後]
[其れでも彼の前では耐えていたのだ、と言うかの様に]
[確りと眼を閉じ][シーツの間でのた打ち回る。]
[長い苦悶、]
[其の果てに]
[疲労に吸い込まれて]
[やがて]
[少年が水と食料を抱えて][戻って来た頃には]
[力尽きた儘][眠りの中に堕ちて居た]
―深夜・自室―
[衣服の首元を緩めただけで、寝台へ身を預ける。
窓から差し込む月明かり。]
…全く。
[自分の性分に呆れかえる声]
[夜の白む頃]
[暗闇の中で][目醒める。]
[光のまだ][届かない室内]
[気怠る気に身体を起こす]
[寝台から下りようと][眼を遣ると]
[凭れ掛かり][眠る][少年の姿]
[すまなさそうな視線]
[けれども][あどけない寝顔に]
[ふと][口元が綻び]
[ベッドを降り]
[少年に手を伸ばす]
[一時逡巡し][が、克己の色]
[恐々と][触れ]
[何とか抱え上げると、]
[最前迄自分が寝ていたベッドの上に]
[寝かせる]
[そっと][上掛けを其の上に]
[周囲を][ぼんやりと見回す]
[サイドテーブルに置かれたパンと水]
[それを眼にした途端]
[ごくり、と][喉が鳴る。]
[腹を押さえ][暫し考え込む素振り]
[空腹なのを確かめる様に]
[躊躇いが浮かびつつも]
[パンを手に取り]
[口を付ける]
[一口]
[ゆっくりと噛み締め]
[呑み込んだ]
[そして、]
[水を一啜り。]
[暫し]
[間を置き]
[無我夢中の態で]
[少年の持ってきたパンの][粗方を喰い尽し]
[水差しの水も][殆ど空になった頃]
[手の甲で口を拭い]
[満腹した、と言う様に][大きく][息を吐く]
[……が。]
[ベッドに突いた左手を][腹に当てると]
[ふらり]
[其の侭][ずるずると]
[ベッドに寄り掛かり][背を預け]
[身体を丸めて]
―ニ階・客室―
[ 瞼を下ろし睡りに落ちたのは既に明け方に近い頃で、然し快眠を得られる筈も無く、窓から注ぐ月明りが陽光へと其の役割を手渡し始めても、悪夢に魘されているのか息苦しそうな呼吸が喉の奥から洩れ出て額に汗が浮かび頬を伝う。仰向けから寝返りを打てば、震える手が白い敷布を握る。]
……ッ、
[ 短い吐息が零れるも音とは成らず口唇が震え微かに動いたのみに終わり、自身の喉に当てられようとした手は其処までは到達せず少し距離を置いて止まった。]
[ もう一度寝返りを打てば俯せとなり、喉に触れようとした手は強く枕を掴み其れに顔を埋める。暫しして漸く呼吸も落ち着いたか何時の間にか黒曜石の瞳は開かれ、敷布と枕とを掴んでいた手を寝台に突いて身を起こす。]
……最悪。
[ 自らの手を見遣れば固く握り締めていた所為か俄か白くなっていて、其の色に微か自嘲めいた笑みを零す。汗に濡れた衣服を脱ぎ捨てようとするも、昨晩は自身の服を受け取り忘れた事に気付いて、嗚呼と顔の側面に手を当てた。]
気持ち悪いが仕方無い……。
[ せめて躰だけでも拭こうかと、緩慢に起き出して部屋を後にする。]
―回想―
[異端審問の話は、きいたことがあった。そう、わたしが傷を受けた時。
あの時もいた。
そして――わたしのママの占いを聞いて、異端だと言った。
人狼を占えば命が縮む。体が壊れる。わたしは言うか言わぬか悩む。
……言わなければと思うけれど。
ナサニエルにいわれるままに、わたしは席をたつ。疲れていると言われても、わたしはそうは思えなかった。
彼が部屋を出たすきに、瓶を開ける。薬を噛み砕く。
すこし苦い味がした。]
[ じとりと汗ばんだ肌。雨は彼れ以降降り出す気配も無く、外の空気は乾いていようが室内は其れ程でもない。余り動く気も起きずに普段よりも緩やかに足を進め、鈍鈍と廊下を歩み階段を降りていく。汗をかいた所為か、喉が酷く渇いていた。]
[わたしは幾度めかの目覚めで、そっとベッドからおりる。
眠るナサニエルの姿を見て、そのとなりに腰を下ろす。]
あなたは人だわ。
絶対に
……あとで、言わなきゃ駄目ね
牧師……ううん、異端審問官のひとに。
[たとえわたしの力が、人のものではないと言われても……わたしはそれの理由をしらない]
―そして今 ナサニエルの部屋―
[今はまだ眠りの中にいる彼に、わたしはタオルをかけて立ち上がる。
アーヴァインは死んだ。]
……わたしは欠陥品なのよ。だから
[彼がわたしを望むなら。
わたしは本当なら逃げなければいけないのかもしれない]
…………
さがさなければ。
[昨日よりも][発語が滑らかになっている]
[決意の面持ちで][大儀そうに立ち上がり]
[少年の上掛けを直した後]
[のっそりと歩き][扉へ]
[少年の眠る部屋を][後にする]
―二階 廊下―
[黒のワンピースはシンプルで、
それは本当は普段着だったけれど。
背があいているのはボレロで隠そう。
わたしはひとつ、息を吐く]
[ 厨房に入ればコップに水を汲み其れを一気に呷り、喉を鳴らした。空になるのはほんの数瞬の事で、水の滴る器を流し台に置いて再び廊下へと出、]
……あ、っと……若しかして。
[昨晩の記憶を探り、彼の騒動の時にお下げ髪の少女が何かを手にしていたのを思い出す。次いで神父の話が始まったが為に彼女と話す機会は無かったが、恐らくは彼れだろうかと思い直し広間に向かえば案の定置かれた儘の服。其れを手にし序に浴室に寄ってタオルを乗せて、自室に戻ろうと階段を昇る。]
[見知らぬ、女性。]
[此の館の人間の何人かは未だ知らず]
[何人かは意識の定かで無い時に][其れと知らず]
[見ていた者で]
[ぎくり]
[とその場に][立ち止まり][立ち竦む]
[また口を開き掛け]
[あ、と言う様に][一瞬]
[自分の着衣に][目を落とし]
ふく……かして、もらえない、だろうか。
[困った様に]
わたしはローズ。ローズマリーというわ。
この館は……
[すこし、言い淀む]
……ん、人狼が、いるの
孤立してしまったここに
館の主が、ころされてしまった
……今日和。
[ 彼等を無視しても自室には迎えたが何と無くそうはせずに、近付くと然う声を掛ける。丁度聞えたローズマリーの台詞には、僅かに眉が顰められたか。]
じ、ん、ろ、う………………
[考え込む仕草]
こりつ……
やかたの、あるじ、たしか、アー…
[眉を顰める][思い出せないらしい]
ころされた。へやにあった、したい?
服。
[あぁ、と目をやって]
……うん、アーヴァインさんのはあわないかもしれないけれど、お客様用のがあったはずだわ
こんにちは、ハーヴェイさん
[階段を上ってきたらしい彼に頭を下げて、
わたしは青年にうなずいた。]
アーヴァインさんは部屋で
[それ以上は口にできず]
―広間―
[昨日の食事を片付けて厨房で食器を洗い、広間に戻る。
案の定、昨日先にいた2人の他は殆ど手がつけられてはいなかったが、特に思うこともない。パンだけは新しいものに取り替えてまた置いておいた。
卓上に置かれたままの、錆び付いた鍵]
…
―ウェンディの部屋―
…………。
[むくりと起きる。最近夢を見る時間が長くなった。
どうやら、椅子に座ったまま寝入っていたらしい。
首だの、腰だのがぎしぎし言う。……もう、歳だろうか。]
さて、メモだけでも残しておかないとね。
[机に走り書きのメモを残す。
『しばし、室外へ。
起きたら出来るだけ部屋の外には出ないように、室内にいる時は鍵をかけておいてください。ノックの音と、私の声が聞こえるまでは。
追伸:広間に例の鍵を置いてきました。
貴方は、あれを使う事などないかもしれませんが』]
[ふらり、と。音も立てずに室外へ。]
[ 今日和、と会釈を返して薄い笑みをローズマリーへと向ける。男に対しては、如何かが反応したものかと困った様子で軽く眉を寄せるも見詰められれば首を傾け、]
……ええ、そうですが。
ああ、そう云えば……名乗っていませんでしたね。
[口許に手を添え、今更気付いたかの様に目を瞬かせる。]
あ、こんにちは
[でてきた牧師様の姿に頭を下げる]
ん、そうね
着替……たしか一階にあったと思うけれど。
牧師様……じゃなかったですね。神父様はしっています?着替の場所
―廊下―
[『共犯、かな?』
『ええ、共犯ですとも。』
『罪はみんなで分け合おう、ってね。
あ、甘いな、これ。』
『みんな共犯、かぁ。
ん、美味しいっ。』
『ほの甘く芳しき、輝ける紅の果実の天上の味は、
盗人の罪すらも、赦し賜う也?』
……あの時交わした会話を思い出す。
……今でも。
その約束は、取り付けられるだろうか?
皆、『共犯』となってくれるのだろうか?]
…………………はい?
[考え事をしながら歩いていたらしい。
ふと気付くと、私は果物の入った花籠を抱えたまま、ローズマリー達の目の前に*突っ立っていた。*]
[ ローズマリーの方へ向き直る男の様子を見れば、行動には出しはしないものの内心肩を竦めるか。服を欲しがっているのだと察せば手許に視線を下ろすが、自分と此の男とでは体格が異なるが為に用を成さないかと思う。]
ネリーさんに訊けば解るかと思いますが、忙しいでしょうからね……。
[ 然し斯うして暢気に会話を交わしていると、昨日の話が嘘の如くに思える。]
ええと、着替えでしたら。ううん。
[必死で思い出している。が、効果は芳しくない]
……すみません忘れました。
それよりお腹空いたでしょ。
苺がまだありますけど、食べますか?
[にこりと笑って、*花籠を突き出し。*]
−客室−
[とろとろと。甘い、眠りの中。 夢を見た気がする。
――やがて、腹の虫が生きる為に激しく鳴いて。彼は目を覚ます。]
……んー。ごは…ん……。
[寝ぼけたまま、ぼんやりと辺りを見回す。
サイドテーブルに散るパンの欠片に、手を伸ばして。緩慢な動作で口に運び、]
……っ、けほっ…!
[咽て、涙目に。]
ネリー……
[迷いの表情][誰であるか分からない、と言った]
[黒尽くめの男が][花籠を差し出す其の動作に]
[びくっ][思わず後退り][懼れ]
ギルバートさんと仰るのね。
わたしのことはローズと呼んで?
[それから神父さまの言葉、ハーヴェイの言葉に]
ん、そうね。
ネリーさんに聞けば分かるでしょうけど……
浴室まわりにはありそうね
探してみる
[さしだされたその果実には]
ん、わたしはいいわ。あなたが食べて
―*→一階*―
[ハーヴェイの言葉は耳に入ったものの]
[近くに居る黒尽くめの男への]
[激しい嫌悪感][恐怖][の為に]
[返事をする余裕も無く]
お下げ髪の女性の方です。
色々と任せ切りで申し訳無いのですが。
[ 首を僅かに傾けた儘に男――ギルバートと名乗った彼に掛ける言葉は人当たりの好いもので、一階へと向かうローズマリーには服を抱え直し片手を振って見送る。]
……また脅えられていますね?
[ ルーサーに苦笑を零して、突き出された花籠には矢張り首を振る。]
俺も遠慮しておきます。
[堰が治まった時には、彼の目もしっかりと覚めて。]
……ぁれ? ボク、どうして……?
[温かな布団に包まれている自分に気が付き、小首を傾げて。
見渡せど室内にない、その姿を、呼ぶ。]
…お兄さん……?
[返事はなく、その視線は扉へと流れ、沈黙。]
――客室――
[少女が目を覚ますと、既にルーサーの姿は無く。
一瞬だけ不安に煽られ部屋を見渡せば、机には一枚の紙が動いた空気によってその存在をアピールする]
…神父…さま?
[かさり――]
[乾いた音を立てる紙を手に持ち――]
[少女はその紙と小さな契約を結ぶ]
やれやれ。すっかり嫌われたものですね。
おいしいのに、苺。
[花籠を引っ込め、肩を竦めて笑う。]
ま、私も考えたい事が色々御座いますので、失礼しますよ。
[会釈した後、ふらふらと一階へ。
花籠を持っていない方の手には、*やはり聖書が。*]
―廊下→一階―
[ ルーサーが立ち去るのも見送りはしたものの、視線は一瞬片手の聖書へと向けられたか。ギルバートが青年の名を紡ぐのに、緩やかに瞬いて頬笑む。]
……ええ。
[ 其の肯定が何を意味するのかは曖昧ではあれど、微かに返しながら然う声を零す。然し汗が引けば訪れるのは寒気で、つい立ち話をしてしまったがそろそろ着替えねば拙いかと思う。]
俺も、失礼しますね? 此処で待っていれば、大丈夫かと。
[そろり、そろり。
音を立てぬよう、扉へと近づいて。耳を当てる。]
『……だれ…?』
[青年が出て行った=内鍵は開けられたと気付かぬまま、夢で見た言葉を思い出して。その声を拾おうと。]
[身支度を整えながら、少女は昨夜広間からの帰り道の事を思い出す。]
[握られた大きな手。そして部屋での子守唄。
初老の、僅かに掠れたテノールに乗せられた歌声に、少女は在りし日の父親の面影を重ね――眠りに落ちていた]
モーツァルトの子守歌なんて…もう久しく聴いてなかったな…。
昔はよく父が…母が…歌ってくれてたけど…。
[くすり――]
[笑い声は日差しが差し込む室内へ――]
[ふわりと――]
[優しく宙を舞う――]
[――漏れ聞こえたのは。
渋い声の、失礼するという言葉と、遠ざかる足音。
よく知っている青年の、失礼しますねという声と…やがて扉が閉じる音。
それから、昨日少し聞いただけだから自信はないけれど――
怪我してるお兄さんの、こえ?]
……おにいさん…?
[扉に凭れるように呟けば、体重を預けられた扉は緩く軋んで、やや隙間を広げ。ぴょこと頭を覗かせたように見えるだろうか。]
[後ろから聞こえた][声]
[歳若い少年のもの]
[キイと][何かの軋む音]
[振り返ると][ひょっこりと覗く]
……トビー?
[しっかりと嵌めた手袋越しに錆びた鍵の重量が伝わる。
脳裏に“人狼審問”の言葉。
牧師――否、異端審問官を名乗っていたか、彼に頼り切るつもりは彼女にはなかった。第一あの男が人狼でないと誰が言い切れる?
けれど開かない扉は実際にあるのだし、武器庫の話は嘘ではないのだろう。
審問が、本当に行われるのであれば――]
[エプロンのポケットに、鍵を滑り込ませた。かさり、という音をたてて]
[返って来た、思いの他しっかりした声と、人気のない廊下に安堵して。なんだか久し振りに、にっこり笑って。]
……よかった。元気になったんだ…。
[夜、ベットの上で苦しんでた姿や、朝、吐き気を我慢していた事なんて知らないから。素直に青年の回復を喜んで、扉を開けて、廊下へと。]
[一寸驚いた様に]
[しかし][薄っすらと][脆く][柔らかい笑みを]
……うん。げんきになった。
ありがとう。
ねむれた?ベッドのよこにいた。かぜ、ひいてない?
―広間―
[ワインセラーに寄ってワインを数本持ち出し。
広間の大テーブルを陣取って飲み始める。]
………はは、ははははは。
やはり30年前と何も変わらない。
[私を信用する者などごく僅か。
誰に、自分の考えを話せと言うのだ。
話したところで、相手か自分が殺されてしまえば。
…………何も残らない。]
主よ、私に何を為せと言うのだ。
私の言葉など、何の意味も持たないと言うのに。
[血のように赫きワインを飲み、鮮やかな赤い苺を齧り。
声を殺して、泣いた。]
[柔らかな笑みと元気になったという返事に、ほぅと息を吐いて。
次いで、尋ねられた内容に、きょとんと瞬くも。直に理解し、元気な声で返事する。]
…はいっ! だいじょうぶです!
えっと、お兄さんがベットに寝かせてくれたんですか…? ありがとうございます。
[なんだか嬉しくって、惨劇を一時忘れ、]
―廊下―
[歩く度、ポケットの中の鍵が擦れる音がした。なるべく音がしないよう、少し慎重に足を進める。
浴室から出て来たローズマリーと目が合った。いつものように会釈を]
如何かされたのですか?
[彼女の抱える服―恐らくは男物―に目を留めた]
─二階・客室─
ん……。
[夢から、覚める。
あまり、いい夢ではなかったのか。
顔には微かに、泣いたような痕跡も]
……わかってるけど……ね。
でも。
[小さな呟き。それがどこへ向けられ、何を意味するのかは、呟いた当人以外に知る由もなく]
……ま……いいか……。
[今更だし、という呟きは、ため息に紛れたか]
こんにちは
[挨拶だけして、わたしは広間の前へ]
―広間―
[扉を開ければそんな姿。わたしは驚いて。
でも包帯をとらなければと頭をさげて救急箱をとる。それはすぐにわかったからそのまま部屋をでて二階へ]
……。
誰に、話せと言うのだ。
[人狼が、誰なのか。
私の他に、冷静な判断が出来る者はどれだけいるのか。
否。
私とて、既に冷静ではいられない。]
……?
[テーブルの上に目が行った。
鍵がない。]
……誰かが、使っているようだな。
あるいは、何処かへ隠したか。
[公平を期す為にそこへ置き去りにしておいたのだが。
やはり、私が保管しておくべきだったやもしれない。]
[起き上がり、しばし、ぼんやりと。
昨夜の出来事を思い返して]
…………。
[ため息、一つ]
……嫌だって言っても……でも。
どうしようも、ないんだよね、この力。
[自分から望んで発動させる力なら、ともかく。
望む望まざるに関わらず、視えてしまう、聴こえてしまう『力』に。
拒絶する事自体無意味なのだと。
そんな考えから、自嘲の笑みをもらして]
……はあ……あー、もう、やめやめ、らしくないっ!
落ち込みなんて似合わないの、自分でわかってるんだから!
[テーブルの上の花籠を見やる。
そろそろ、苺は加工しないと拙いだろう。]
タルトにでも、しますかね。
[飲みかけのワインに栓をし、メモを残し、花籠を持って。ふらつきながら厨房へ。
『厨房を勝手に使います。 ルーサー』と、簡潔な一文。]
─広間→厨房─
ギルバートさんに
[そこまでいって、言い直す]
怪我をしていた方に持って行くの
着替えたがっていたから
ん、薬もとらないと
[わたしはそういって広間に入る>>693]
─広間─
[焼きあがったタルトと花籠、花籠に放り込まれた聖書を抱えて厨房から戻ってくる。]
……さて、と。
最悪、一人で食べないといけないかもしれませんね。
[毒殺される、と警戒する者も少なくないだろう。
自嘲的な笑みを浮かべる。]
[目覚めると既に日は高い。
当然ながら、働き者のネリーの姿はなく。
寝坊をしてしまったことに少々の後ろめたさを感じつつも肌の不快感に顔をしかめた。
眠っている間に、汗をかいたのだろう。
寝間着が肌にまとわりついて気持ち悪い。
そう言えば昨日は体を洗っていないことに気づいて、立ち上がる。]
[耳慣れない名に首を傾げかけて]
…ああ。
そうでしたか。
[理解して頷く。眸に何か…警戒するような色が過ぎり、すぐに消えた。
広間に向かう背中に頭を下げ、廊下の奥――武器庫へと*向かう*]
[苺タルトをテーブルの真ん中に据え置き、
元の席に戻って飲み始め……]
おや。
どうされました。
[入ってきたローズマリーに、目を瞬かせ。
傾けていたグラスからワインが零れ、赫い染みを作った。]
[必要なものを両手に抱え、浴室へ。
広く暖かな浴槽に体を埋めると、体中の力が心地よく抜けていくのを感じてため息。
初めてここを見た時は、毎日お風呂に入れると言う贅沢に感動したことを思い出し、笑う。]
ここへくれば、少しは楽になるって思ったのにね。
[あの場所では生きていけないと思った。
自分が生きる為に、ここに来たのだ。
けれど今、自分の生存は前よりも危うい。]
[そう言えばさっきパンの欠片を口に含んだだけ、と思い出せば、急激に空腹が苛んできて。
青年から、部屋の食料を食べたのだと聞けば、お兄さんの為に持ってきたのだからと首を振って、気にしないでと笑んで。]
とりあえず、何か、探してきます。
……おにいさんは?
[廊下での遣り取りを知らない彼には、お兄さんがどうして廊下に立ったままでいるのかは判らなくて。きょとんと見つめ。
ローズと服を待っているのだと聞けば、少し目を大きくして、急にそわそわと。]
……んと、それじゃ、ローズマリーさんに会ったらボクの部屋にいてると伝言しますね。
こんな所で立ってたら、また具合悪くなっちゃうかもですし。
[早口で言い訳しつつ、ぐいぐいと青年の背を押して、部屋で待つようにと告げて。自分は厨房へと。]
−廊下→厨房−
[手だけは昨日、嫌と言うほど洗ったけれど、思い出してもう一度洗う。
自分も、あんなふうにごみのようにバラバラにされるかも知れないのだ。
暖かな湯舟のなかだと言うのに、ヘンリエッタは身震いした。
湯面に漣が広がる。]
嫌。死にたくない。
[そう呟いて、ヘンリエッタは顔を被った。]
−厨房−
[厨房には、焼きあがったばかりの甘い匂いがまだ満ちていた。
生唾を飲み込み、食料を漁る。
パンと、水。それから、林檎を3つ。あと、自分が運んできたチーズの塊を引っ張り出し、愛用の小さなナイフで大きく切り取った。]
……何か、入れるもの…あ、あった。
[チーズを破いた紙で包み、入れ物を探して見回せば、卵を運ぶのに使うのであろう籠があって。それに食料入れ水袋をベルトに結び付けて、出来るだけ急いで部屋へと。]
取りあえず、気持ち、切り替えないと、ね。
[独りごちた後、立ち上がり。
窓から、外を見つめる]
…………。
[ほんの一瞬、瞳が陰るけれど、それを何とか打ち消して。
とにかく、何か食べないと、と部屋を出て、下へ向かう]
[ローズマリーが出て行ったところを見送り、2本目のワインを開ける。]
……冷めちゃいますね、タルト。
[くすり。
苦い笑みを浮かべ。]
[やや、覚束ない足取りで階段まで来れば、色々と抱え込んだトビーが上がってくる所で]
……なに、その大荷物。
[思わず、呆れたような呟きがこぼれた]
[階段を登りきった所で、ドアの開く音に気付いて、ぎくりと立ちすくむ。]
…ぁ、メイ、さん…?
[それが知っている顔である事に安堵し、小さく息を吐く。]
[妙にほっとしたようなトビーの様子に、くす、と笑んで]
足元、ふらついてるよ?
大丈夫?
[軽い口調で問いかけつつ。
ローズマリーの心配げな様子に、わずか戸惑いながら、礼を返して]
[あきれたようなメイの呟きには、また馬鹿にされるかもと思いつつも素直に、]
…これは、ご飯です…。 知らない人が……怖いから…
[知らず視線を伏せたのは、”知らない人”と仲良くなっているローズマリーの表情を見たくなかったせいだろうか。]
――客室――
[少女は窓から差し込む光に本を読みながら、時を刻んでいたが――]
……っー…
[癒えた筈の傷口が疼きだすのを感じる。
そう言えば昨日は薬も塗らず寝床に入った事を思い出し、軽く溜め息を吐く――]
少し位外に出ても…大丈夫よね…。
[置かれた紙の契約――破るのはほんのちょっとの時間――]
[少女はそっとドアを開け――]
[静かに廊下へと足を…]
――客室→浴室へ――
ん、少し、落ち着いた?
…よかったわ
[メイに微笑みかける。
それからトビーの言葉に、わたしは首を傾げる。]
知らない人?
[誰のことだろうと首を傾げて]
[ローズマリーの心配そうな声には、仄かに心が温かくなって、空元気も元気とばかりに。]
…ぁ、これくらい平気です!
ちょっと、お腹が空いてるだけ…だもん。
[メイの軽い口調には、ちょっと拗ねた風に口を尖らせるも。本気で拗ねているのではない事は、付き合いの長いメイであればわかるだろう。]
[ 漸くシンプルな黒の上下に着替えを終えれば部屋を出、階下に向かおうとすれば一箇所に固まる人の姿。緩に黒の瞳を瞬かせ其の中にメイの姿を見留めれば僅か視線は逸らされるも、階段を通らぬ訳には行かず傍に寄れば軽く頭を下げた。]
……大荷物だな。
[ トビーを見て思わず零れた言葉が似通っているのには気付かない。]
――浴室――
[途中、廊下ですれ違った人達に軽く会釈をして、少女は足早に通り過ぎた。
部外者が立ち入ってはいけない雰囲気に――胸が押しつぶされそうになったから――]
[滑り込むようにして中に入った浴室。誰も居ないのだろうかと、室内へ軽く視線を泳がせれば…]
誰か…居る?
[脱衣場の籠には衣服――
しかし少女は気にも留めずに服を脱ぎだした。
――殺せるものならここで殺してしまえばいい――
そんな思いを胸に抱いて…]
[そして疼く傷を抱えながら少女は中に入る――]
[水蒸気と響く音に、平常心を保ったままの声色で――]
こんにちは?お邪魔しますね…。
[知らない人が怖い、という言葉に、僅かに眉を寄せる。
こんな状況では、それも仕方がないとは思うから、それ以上は追求はせずに]
そうなの?
情けないなあ、しっかりしなさい、男の子っ!
[拗ねた素振りに、くすくすと笑いつつ、からかい半分の言葉を投げる]
……ええ、まあ。
何とか……ですけど。
[それから、ローズマリーには短くこう返す。
思い過ごしなのだろうけれど。
何かの弾みで簡単に切れてしまう事を悟られているようで、少し、落ち着かない感じがしていた]
あ、そうだわ
ギルバートさんはどこかしら。服、持ってきたのだけれど
[シンプルなシャツと黒いパンツ。誰でもはけるようにと、デザインなどはないけれど、それを見せる]
あと、包帯
[それからメイに微笑みを向ける]
ん、それなら良いの。
辛いのに無理をしては駄目よ?
いつか壊れてしまうわ
[不意に掛けられた(というか、きれいなお姉さんに意識がいってて気付いてなかっただけ)落ち着いた声は、彼のよく知ってる人のもので。
顔を上げると同時にむくれてしまったのは、まぁ色んな意味で足元にも及ばない青年への微かな反抗心ゆえだろうか。]
……大丈夫だもん。
[そんな風だから、余計に子ども扱いされるのだとは気付かずに。]
[突然かけられた声に、びくりと体を震わせる。
小さな水音が、先の声とともに浴室に反響した。
思わず身を守るように自分を抱き締めながらも振り向けば、ぼんやりとした湯気の向うから見えたのは煙る金髪。]
あ……。
[自分とさして年の変わらないであろう少女の顔を確認し、その強張った表情がゆるやかに和らぐ。]
こんにち……は。
[しかし、彼女もまた人狼である可能性をもった者なのだと気づき、緩みかけた頬は中途半端な状態のまま奇妙な表情を作った。]
……お早うさん。
[ メイの言葉にヒラと手を振り挨拶を返すも其の目は眇められ、]
まあ、俺はお早うでは無い訳だが。
[確りと憎まれ口の様なものを叩くのは忘れない。
トビーの強がりめいた口調を聞けば自然と悪戯っぽい笑みの形になり、腰に手を当てて荷物を沢山持った少年の様子の見遣る。]
はいはい。
[ここで叫んでもきっと、誰も気づいてくれない。
そんなことを考えたのに逃げようとは思わなかったのは、自分と同じくらいの年の少女を心底疑う気にはなれなかったから。
そのかわり、確かめるような視線を少女にのばした。
他人の裸体を見つめるのが不躾であると言う意識は、ヘンリエッタの環境にはない。]
別に、無理は……。
[してない、と。いつもの調子で言いかけて、止まった]
……あんまり、してないですから。
[大して変わらないけれど、完全な否定をする事は避けて。
曖昧な答えを返し]
……どうせ寝坊だよ。
[ハーヴェイにはぽそ、とこんな言葉を投げ返す。
実際大幅寝過ごしたのだから、その点に反論の余地はなし]
しっかりって……ぅー。
[彼なりに、考えた上での行動なのだけれど。
ローズマリーの前で、誰に怯えているのかを言うのは躊躇われて。
それでも、いつもどおりに見えるメイのからかいの声と笑い声に、尖らせた口元が緩む。]
……ギルバート…?
…ぁ、お兄さんならボクの部屋に!
[ローズマリーの告げる名には、不思議そうに小首を傾げるも。
手に持つ服に、怪我人のお兄さんの事だと気付いて、小さな声を]
[メイの曖昧な言葉には、少し、悲しくなった。
でもわたしは頷いて。]
ん、それなら良いのよ
…ちょっと昔の友人を思い出しちゃっただけだから。
その答えなら、大丈夫ね
[そしてトビーの言葉に]
あ、お名前。そうね、怪我をしていた人のことだわ
あなたの部屋にいるのね
眠っているのかしら?
用事が有るなら早く済ませた方が好いんじゃないか。
[ 拗ねてみせたかと思えば表情を和らげたり首を傾げたりと大忙しの少年を見遣り、然う声を投げ掛ける。手は腰に当て体重を片足に寄せた体勢で視線だけを向けはしたが、恨めしげな視線は当然気にはしない。
メイの零した寝坊の単語には軽く笑みを浮かべてからかいの表情を見せるも、]
……眠れたなら好かったな。
[小さく云えば、僅かに目を伏せ其の場に皆を残して階段を降り始める。]
俺は下に行くんで、此れで。
[跳ねる水音と響き渡る天然の音響の中、聞こえて来た声は年端も変わらない――]
あなただったのね…、こんにちは。ヘンリエッタさん…。
[僅かに安堵した表情で少女は、煙る向こうで身を守るヘンリエッタの表情を見て…小さく苦笑を漏らし――]
驚かせちゃってごめんなさいね…。私の身の潔白が証明されていないのに…近付いてしまって…。
[謝罪を口にしながら、少女はヘンリエッタに背を向けて――]
そうだよね…さすがに…何処の誰ともわからない人物と二人きりで居るのは嫌だよね…。
でも…どうしても背中を流したかったから。
少しの間だけ――我慢して…
[実際人狼と対峙してきた所為なのか。少女は人を警戒するという自己防衛の感覚が麻痺していた。そしてその感覚は時に、他人との尺度を計り間違えてしまうことを――
相手の反応を見て初めて思い出すほど鈍くなっていた。]
まあ、ある意味トビーくんらしいけどね?
[くす、と笑んで。ぽふ、と少年の頭を撫で。
ローズマリーの言葉には、ほんの少し、首を傾げる。
ただ、その言葉の意味を追求する気にはなれなくて、また、曖昧に頷くに止めた]
[ローズマリーの言葉に、部屋にいるであろう青年を思い出し、大丈夫かなと心配が首をもたげて。]
……あ、元気になったって……言ってたけど。
お薬塗りなおした方がいいよね、ぅん。
じゃぁ、ローズマリーさん、こっちです。
[腰に手を当ててこちらを見やる青年の姿には、こう、むらむらと「ハーヴェイさんのかっこつけー!」と叫びたい衝動に駆られたが、青年の発する「用事を片付けろ」という言葉には反論の余地などなく、内心歯噛みしつつもこっくり頷いて、先頭に立って歩き出す。]
うん、まあ、眠れたけど……。
[ふと、そういうハーヴェイは眠れたのかと気になったものの。
問う前に、彼は下へと向かっていて、ため息一つ]
……と、ボクも下に用事あるんだっけ。
[それからふと、思い出したように呟く]
[親しくなりたいと思ったはずの少女の謝罪の言葉に、反射的に罪悪感を覚える。
なんで、この子を疑わなくちゃいけないのだろう。自分と同じ子供で、同じように不安でいっぱいだろうに。
やり場のないいら立ちに唇を噛み締めた。]
あなたは、私が怖くない……?
[聞きかけて、少女の背の傷跡が目に入る。
水音のなか、ヘンリエッタの息を飲む音が小さく響いた。]
ん、ありがとう。
[トビーの後ろについていく。
そっと、荷物を左手に寄せ、右手を口元に近づけた。
メイからも見えないだろう]
[髪に泡を絡ませ、少女はヘンリエッタの様子など気にも留めずに指を滑らす――]
[と、聞こえた質問に。少女は指を止めて――]
怖くは――無いわ…。
私はここに来るまでに…散々人を疑ってきたから…だから…もう…。
[言葉を切り。一呼吸置いて。自身に言い聞かせるように――]
私は人を疑いたくは無いの…。
[そして再び指を動かす。
背後で聞こえたヘンリエッタの声には…。静かに静かに微笑んで――]
結局、神を信じ人を疑い続けても…何も救われなかったから…
[その言葉は、背後に居るヘンリエッタに届いただろうか――]
さて、と。
[小さく呟いて、階段を降りて行く。
ここ数日、まともに物を食べた記憶がないから、体力が落ちているのは感じていて]
……お腹空くと、考え、暗くなるもんね……。
[正直な所、食欲はないのだけど。そうも言っていられないだろう、と思いながら]
[ 下に行くとは云えど別に当てがある訳でもなかったのだが、部屋に篭っている気にもなれず広間へと向かう。或いは彼の部屋の鍵が気になっていたのかもしれないが。何処と無く慎重に扉を開けば、昼間からグラスを傾ける神父の姿。]
……何なさっているんですか。
[ 緊張が解けたかやや力の抜けた声。]
−客室−
[部屋では、青年がぼんやりとベットに腰掛けていた。
ドアの開く音に、ぎくりと身を竦ませるも、それが少年と女性と気付いて、身体の力を抜く。
こちらを見るその顔には、ぎこちないながらも笑みが浮かんでいたか。]
……ただいまです。お待たせしましたー。
[ほんの少し茶目っ気をこめてそう言うと、サイドテーブルに残るパンくずを払い、そこに食料を出して。腰に結わえた水袋も乗せた。籠は、また使うかもと横に置いて。]
[入ってきたハーヴェイに対して、グラスを掲げつつ。]
何って、見ての通り酒宴ですよ。一人きりの。
[テーブルの上を指差す。鍵が置いてあった場所には、苺タルトが。]
残念ながら、鍵は苺タルトに化けてしまいました。あはははっ。
[珍しく、かなり酒が回っているようだ。]
―トビーの部屋―
遅くなってごめんなさい。よくわからなかったから、たくさんもってきたわ
[合うサイズ、探してと言って]
着替えるならでていきましょうか?
[ 額に手を宛がい小さく溜息を零す。昨晩の話は夢か何かだったのかと少々疑いたくなった。実は嘘でしたと云い出さないかと期待したいくらいに。]
然様ですか。
酒は飲んでも飲まれるな、と云いましょうに。
[ 一人きりの酒宴と聞けば何と無しに視線は壁に掛けられた絵へと向けられるも、現状では最早此の様な機会を持つ事は有り得ないだろうかと思う。然し卓上へと視線を戻せば、再び洩れる溜息一つ。]
随分な手品ですね。
[ 此の神父が隠し持っている、というのは薄い気がした。――ならば誰が。]
─厨房─
……なんだろ。
誰か、お菓子でも作ったのかなー?
[残り香にこんな呟きをもらしつつ。
お菓子、という言葉にふと、祖母の事を思い出す]
ね、ばーちゃん。
ばーちゃんは……わかってたの?
いつか、こういう事になるって、さ……。
[答えは得られないとわかっている──わかりきっている、問い。
それでも、問わずにはいられなくて、早口に呟く]
[金の髪を洗う水音が、浴室にこだまする。
飛沫と共に立ち上ぼる湯気で痛々しい傷跡が霞む。]
じゃあ、貴方はここに疑わなきゃならない狼はいないと……?
疑わないで、狼を見つけらるの?
[ハーヴェイの言葉に、くすくす笑いつつ。]
ま、正体無くすくらいに飲みたい日もあるってことですよ。
鍵の行方は存じません。
先程ここへ来た時から、消失していました。
どなたかが使っている最中か、あるいは使われないために隠したか。
その二つではないですかな?
[グラスの酒を飲み干す。
床には、空になったワインボトルが3本。]
[昨日と比べ、明らかに意識のはっきりした様子の青年に手伝いを申し出れば、包帯だけ巻きなおすのを手伝ってほしいといわれて。
濡らしたタオルで身体を拭き、持ってきてくれた薬を塗っていく。]
[あわあわするトビーに微笑みがこぼれる]
ん、まあ、良いのだけれどね
[そっと着替えをさしだして]
良い子ね
じゃぁ、トビー君にまかせるわ
[着替を置くと、右の手で、そっとトビーの頭を撫でようと]
何時も飲んでいらっしゃる方の台詞と思って聞くと、微妙な気分です。
[ 声には若干呆れというよりはからかいめいた響きが籠められるも、床へと視線を落とせば眉間には皺が寄せられる。酒に強い事は知っていたが、其れでも相当な酒量だ。斯うして立っていても仕方無いと、机に近寄れば椅子の一つに腰掛ける。]
後者である事を望みますが、ね。
[ 其れは理想に過ぎぬだろうか。呟く様な声を落とすと同時に目は神父の手元の書物へと向けられ、其の中身を知る事はあるまいが僅かに目を細める
―武器庫―
[周囲に視線を巡らせ、誰もいないと判断して。そうと手をポケットの中に忍ばせる。
硬い感触。指先で摘み上げたそれを暫し見やり、鍵穴へ差し込む。
ゆっくり、回す]
…!
[がちゃん。
錠の外れる重々しい音に思わず身を竦ませ、再度辺りを見回す。
――別に悪いことをしているわけではない。…そう思うのだけれど]
いえ。
[ 手を組んで卓上に乗せ口許を隠す、何時もの癖。]
神父殿に此の様な事を聞くのは失礼かと思いますが。
神を信じられていらっしゃるのかな、と。
[ 伏目がちに男を捉える黒の視線は何処か冷たい。]
[部屋をでて、わたしはすこし申し訳なく思う。それでも右手の小指の爪に口付けて]
きっと変わらないわ
[小さく呟いた]
―→一階 広間―
あんまり色々と動かしちゃうと、悪いかな……?
[と、言いつつ。実はここの厨房の無断借用は日常茶飯事なのだが。
取りあえずは、と目に付いたものを適当に挟んだサンドイッチを作る。やはり、肉の類は口にしたくない、という無意識は働いていた。
色々と考え込んでぼんやりしていたためか、少し作りすぎた気はするものの、それは仕方ないや、と余った分はそこに置いて、厨房を後にする]
─…→玄関ホール─
…………ふむ。
[眼鏡越しの目は少し細められ。口元の笑みは変わらないが。]
信じられる時と、信じられない時がありますね。
割合にして半々くらいでしょうか。
……ふふふ。
[可笑しそうに、声を立てて笑う。]
もしかして。
神父の皮を被った無神論者、とでも思っておられましたか?
[テーブルの上に置かれた苺タルトの熱が、徐々に冷めていく。]
[ヘンリエッタの声に、再び指を止め――]
アーヴァインさんが亡くなってしまった以上、人狼は確実に居るでしょうね…。
だから誰かを疑わなければならない。
それが悲しい現実です。だから…私が口にするのは所詮綺麗事でしかないのですよ…。
[くすりと笑みを漏らして――]
ただ、闇雲に疑って真実を見落としてしまうよりは――
人を信じて…耳を傾ける方がずっと…後味が良いという話です。
たとえ最終的に罪無き人を…この手で殺めるとしても――
[そこまで言って、少女は頭からお湯を被る。
流れた金糸が、背中の傷を覆った。]
─玄関ホール─
さて、どうしようかな……。
[広間には、人の気配。
何となく、そちらに行くのはためらわれて。
じゃあ、部屋に戻ろうか、と思い、階段の方を見れば、ちょうど降りてくるローズマリーの姿が目に入った]
あ……。
[それからふと、思い出す。ずっと引っかかっていた事を]
えっと……大丈夫なんですか……あの人。
[ギルバートさん、でしたっけ、と。
先ほど交わされていた会話で漏れ聞いた名を付け加えつつ、問いを投げ]
[ 視線は皮の表紙の本から黒衣の男へと向けられるも、声を立てて笑う様子を見ても青年の表情は変わる事は無く何処か遠い様な感情の浮かばぬ様相。]
単に俺の方が無神論者なので、御尋ねしたかっただけですよ。
[ 然う声を紡げば隠された口許は僅かに笑みを象る。]
……まあ、神の代行者の名を騙って。
己の云い様にしたがる人間、……というのは存在しましょうが。
[ 此れと示された物は何方を指していたのか、其れも叉彼の知るところではない。]
―ホール―
[わたしは階段をおりきって]
ん、大丈夫だと思う。怪我はそんな酷くなかったわ。
良かった。
あとは気持ちかしら?
怖がっていたものね
もっとも。
神は、ただ祈るだけでは救ってくださらない。
……自ら考え、動く者にこそ。祝福があるのです。
[それは、誰に向けられた言葉か。]
[細く差し込む明かりに反射して、何かがぎらと光った。
――小さく深呼吸。喉が渇く。
扉を少しずつ、少しずつ開いて行く。
ある程度の隙間ができるとするりと中へ。
鍵は鍵穴に差し込んだままだった]
そう、ですか……。
[酷くなかった、という話に、ほっと安堵の息を吐いて]
……かなり、怖がってたから……落ち着けたなら、良かったけど。
其れは祝福ではなく自らの力だと思いますが。
[ 端的に一言だけ告げれば視線は漸く卓上のタルトへと向けられる。]
……ああ、折角の御菓子が冷めてしまいましたね。
トビー君が、着替も手伝っていたから、人がこわいわけではないのかもしれないわね。
……何かあったのでしょうね
[悲しいなにかが。わたしはそう言って、すこし考える]
脅えた子どもみたいだった
自らの力だけでは、どうにもならない事がありましてな。
[さらにグラスを空ける。]
例えば、今の状況。
互いが疑心暗鬼に陥り、孤立して……さて。これからどうなるのやら。
[くつくつと哂う。]
食べません?
まだほんのりと焼きたてのいい味がしますよ、きっと。
[にっこりと笑顔で。取り皿はないがフォークとケーキナイフはタルトに刺さっている。]
もしかして。
[黒縁丸眼鏡の奥に潜む目が、すっと細められ。]
毒が入っている、なんて思ってます?
脅えた子供……。
[例えられたものに、ふと、瞳が陰るものの、それはすぐに飲み込んで]
……心の傷なら、急いで回復させようとしない方がいいのかも知れないですね。
[そんな余裕はあるのだろうか、という疑問は意識の奥に止めて]
そうね、生傷をえぐるようなものだわ。
[目を伏せる。情景をおいやる。
メイの様子には気付かなかった。]
悲しいことがなくなれば良いのに
其れこそ、神に頼っても如何にも成らないかと。
人の心の在り様等、神の入る余地は無いでしょう。
[ 話は平行線を辿ると判断したか其れ以上は口にせず、シルバーの突き立てられたタルトを見遣れば組んだ手を外して手を伸ばして、]
折角ですので、頂きます。
[男が目を細めて告げた言葉に、彼の瞳も叉細められるも其れは僅かに弧を描く。]
いいえ。昨晩“彼れ”の話をしてからでは、タイミングが悪過ぎる。
そんな解り易い事はなさらないと思っていますので。
[ あくまでも信用して述べている訳では無いと云った風な口振り。それに、と云いながら柔らかな其れにナイフを入れればさくりと切れ、フォークで刺し口許に運べば広がるのは甘く円やかな味わい。]
毒は御嫌いではないんですか。
……
[ほう、と息を洩らした。感嘆か、或いは恐れか。
部屋の中は想像とはかけ離れ、まるで展示されたオブジェのように物が並べられ、ぐるりと周りを取り囲む。東洋の刀、細身の剣、重量感のある斧。
けれどこれらは人殺しの道具なのだ。全て、一つの例外もなく。
良く見れば、それらの中には本などで見たことしかない拷問器具のようなものもある。
翠の眸は魅入られたようにそれらを見つめていた]
……悲しいことがなくなれば。
[静かな言葉を反芻して。一度、目を閉じ]
でも。
悲しいことと、嬉しいことは、裏返し。
片方だけじゃ成り立たないです。
[それから、目を開けつつ、こんな呟きを]
……ばーちゃんからの受け売りですけど。
さて、と。じゃ、ボク、部屋に戻りますね。
[にこ、と。どこか作ったような笑みを浮かべてこう言うと、足早に階段を駆け上がり、自室へ向かう]
ええ、大嫌いですよ。
毒殺は、するのもされるのも嫌です。
……昔、差し入れのホットミルクに盛られましてね。
[剣呑な印象を持つ、笑み。]
[メイのことばにはすこし、微笑みがこぼれた。]
そうね。
あなたのおばあさまは素敵な人だわ
……でもね、楽しいことがひとつでもとても楽しかったり、いっぱいあったりしてほしいなって思うの。
えぇ、また
[メイを見送り、わたしは広間へ向かう]
[少女はお湯に流された髪を一束握っては水気を取り――]
所詮この世の中には、神も救いも無いのです。
人狼を探す手立ても完璧ではない。人を信じられない。
そんな状況で…一人だけで人狼に立ち向かえますか?
私は…立ち向かえません…。
だから――私は人を疑いたくないのです…。
仲間が欲しいから…。一緒に戦ってくれる人が欲しいから…。
[濡れた髪をタオルで拭きながら、少女は振り返り――]
この背中の傷はね、ヘンリエッタさん。村中の人が信じあえずに分散した結果、人狼に立ち向かえずに負った傷跡なの…。
だから私は――無闇に人を疑う怖さを…知って居るからこそ綺麗事に縋りたくなってしまうの…。
[そう言って小さく微笑むと、髪を纏めて体を洗い始めた。]
そうですか。
……人とは、得てして孤独なものですね。
解り合えたかと思えても、何時裏切られるとも知れない。
[ 昨晩は確りとは口にしていなかったが、得られた答えに嗚呼矢張りと納得して、サクサクとタルトを幾らか口にすれば椅子から立ち上がる。向ける表情は神父の其れとは対象的に、既に何時も通りの穏やかなものへと変化していた。]
御馳走様でした。美味しかったですよ。
……妙な話をして申し訳ありませんでした。其れでは。
[ 御酒は程々にと一応注意を促せば、にこやかに会釈をして広間を出て行こうとすれば、丁度入って来るローズマリーの姿。矢張り頭を下げるも特に話す事も無く其の儘通り過ぎて廊下へ出、ふと周囲を見渡し階段の方ではなく一階の奥へと。]
[ふと手を見れば、嵌めたままの手袋は鍵の錆で赤茶けた汚れがついていて、軽く眉を顰める。恐らくはポケットの中にも同じ汚れがついているのだろう]
後で洗わないと…
[溜め息混じりに床に目を落とす。
婉曲した刀身を持つ剣。その下に並べられた大小の瓶は毒薬の類だろうか]
[ふ、と息を吐き。]
恋人の仇を取る為、だったそうですよ。
ちょうど、今滞在中のローズマリーさんと瓜二つの方で。
[4本目のワインを完全に空ける。
ぽたり。
最後の一滴が、グラスの中に。]
……毒を盛った人物はね。ハーヴェイ君やローズマリーさんもよくご存知の人物です。
[去り行くハーヴェイを、名残惜しげに見つつ。]
おや残念。ここからが面白い話だったのに。
─二階・客室─
[部屋に戻って、一つ、ため息]
……あとで、お湯使わせてもらお。
[小さな声で呟きつつ、取りあえずは、と*作ってきたサンドイッチを食べ始めた*]
―… → 一階・武器庫前―
[ 去り際に投げ掛けられたルーサーの言葉は聞えていたか否か、然し何方にせよ振り返る事は無く、歩みを進めれば軈て角の部屋の扉に辿り着き、其の鍵穴に差し込まれた儘の赤錆びた其れが見え、僅か目を見開き驚いた表情へと変わる。
否、彼の場から失くなっていた以上、容易に予想出来た事だった。そして中に人が居る事も推測出来たろうに、其の扉をそっと開いてしまったのは迂闊だったとしか云い様がない。]
うん。
疑うのも、疑われるのも嫌。
[頷きかけて、殺めるの言葉に目を見開く。]
でも、人を……殺すなら、私は中途半端に信じたくない。
でも、私は今、殺してもいいくらい疑ってる人はいない。
ねえ、あなたはいるの……?
ん?
ああ。聞いておられましたか。
[穏やかな微笑。]
いやなに、悪い異端審問官が毒で『殺された』理由をね。
恋人の仇打ち、だったそうです。
人狼でもないのに、多数決で決められて撃ち殺されて。
……で。
復讐の矛先は、手を下した異端審問官に。
[グラスの中身を、一口。]
―広間―
えぇ、聞こえていたわ。
……そんなことがあったの。
そんなことをしてもなにも変わらないというのに
[とても悲しいことだと思う。
それから彼を見て]
はなしたいことって、なんだったのかしら?
わたしも、あなたに話したいことがあるのだわ
聞きたいことは一つだけですよ。
あなたは。
[数瞬の沈黙。]
『特別な力』を持っていなくても、相手を信じ抜く事が出来ますか?
仮定の話ですよ。直感で答えてくださって結構です。
[人の良さそうな笑みで。ローズマリーを見やる。]
[ヘンリエッタの言葉に、少女は困ったように微笑んで]
私は疑われたらそれはそれで仕方が無いと思っている人間なの――
諦め…ではないけど…ね。どうしても消極的になっちゃう。
[体を流して、湯船に身を沈めながら…]
実は私も…そこまで疑っている人は居ないの…。
楽観的よね…。アーヴァインさんが死んで…神父様が異端審問官として動き始めたというのに…。
誰一人として疑う人が居ないって言うのも…。
[微笑みは、薄紅色の唇を緩めて――]
[すっと伸ばした指先は――]
[ヘンリエッタの髪筋へ――]
ねぇ、ヘンリエッタさん…。今も…私の事が怖い…?
――ッ!
[軋んだ音。扉の開く音。人の気配。
心臓が跳ね上がる。
いつ誰が来るとも限らないのだから、あまり長居すべきではなかった。だが今更後悔しても遅い。
大丈夫、見ていただけなのだから――まだ]
[恐らくは背後にいるだろう人物に気取られないよう、息を整え。
それからそっと振り返る]
[特別な力。
彼は、しっているのだろうか。
わたしは、じっと彼の目を見る]
人によると答えたいのかもしれない。
でもわたしは、信じられないのだわ
……ママだってそうだったもの
[言わなければと思っていたこと。
すこし、口唇を震わせる]
わたしは、昨日。
……彼を判別したわ。
…………でしょうね。
[一瞬だけ見せた、寂しげな顔。]
結果は仰らなくて結構。
『今も傍にいる』事自体が、証明になりますからな。
[二番目の答えに対して。特に感情の色は見られず。]
[ようやくワインを飲み終わる。
テーブルに両肘を突き、そこに顔を近づける格好に。]
……で。
私の事は、『狼かもしれない』と思わないのですか?
[感情が全く見えない、眼鏡越しの目]
[ 室内には予想通り――或る意味では予想以上――幾つもの武器が並んでは居たが、其れは一見すれば美術館か何かの如くに見えた。然し注意して辺りを窺えば、周囲に漂う香りが僅かに散る黒ずんだ赤い色が其れらを否定し、此れらは美術品等ではない、“実用品”なのだと無言の意志を放っている。
其の只中に深い森を思わせる緑髪の少女は居り、今正に此方へと振り向くところだった。其の表情は薄暗に隠れ見る事は出来ない。]
……あ。今晩和。
[ 擦れた声が僅かに零れ、続いた挨拶は余りにも場違いだった。]
ママは。わたしを占ったもの。
わたしの友達だった子を占わなかったの。
いつも思い出すのだわ
……ママの首がわたしを見るの。
だから信じたいけれど信じられない。
それでももし彼が人狼だったとしたら。わたしは指を切り落としていたかもしれない。
でもあなたのことは信じているわ
異端審問官さん
異端審問官は、人でなければならない
ちがうかしら?
……昔ね
わたしの子どもの頃の話よ
異端審問官だった人をしっているの。
彼は、そう言っていた
それに……
わたしの仕事、あなたは嫌うかもしれないけれど、しっているでしょう?
情報は伝わってくるわ。いろいろと
[振り返る直前、聞き覚えのある声が降ってきた。振り返ると予想通りの青年の姿が目に映り]
あ、ああ。
…こんばんは。
[あまりに普通の挨拶の言葉だったことにやや面食らったか。
それでもなるべく平静に聞こえるよう、言葉を紡ぐ]
それは光栄。
何せ、他の皆様方は大抵疑心暗鬼に囚われていましてな。
昨日の話も、どれだけ真摯に聞いてもらえているのか。
[弱弱しいため息。]
……私はね、疑う事に疲れ始めているのです。
何せ、私の武器はあまりにも限られている。
そして、何よりも。
情が移ってしまった。異端審問官としては、失格なのですよ。
異端審問官は、人で……。
[その言葉を反芻する。]
ああ、その事ですか。
[ぽむ、と手を打ち。]
いえ。買う方は軽蔑しますけど、売られる方を軽蔑する事はありません。
まあ、体にも心にも宜しくないお仕事ですから。
足を洗う事をお勧めしたいのですがね。
[苦笑い。]
……凄い数の、武器ですね
[ 片手には抜き取った鉄錆の鍵。何をしていたかと問うのは余りにも愚直だった。力を行使し生を絶つ為の品々を眺めながら云うも、少女から一定の距離を保つ青年の表情も叉陰になり相手には見えまいか。]
―広間―
このような状況なのだもの、皆は信じたくないだけかもしれません
信じなくてすむのなら……
ん、いいえ。
人が人に情を覚えるのは当然だわ異端審問官としては失格かもしれないけれど……
ねぇ、わたしにあしたがあれば
あなたの情が向く先を、判別しましょうか?
……いいのですか?
[右手で顔を覆う。顎の先を伝う、一筋の涙。]
では。
ウェンディさんを。
私に涙を見せ、父と慕ってくれるあの子を。
[涙を拭い、決意したように。]
まあその人の意見、かもしれないけれど。
幼いわたしには残ってしまった言葉だわ
[それから意外そうにして]
まぁ、かまわないの?
驚いたわ
でももう手遅れね。わたしにはあの仕事をやめることはできない。
それがわたしの……
[懺悔は止める。薄く笑う]
待遇も悪くはないもの
ですね…
…こんな部屋だったなんて。
[改めて部屋に並ぶ数々の武器に視線を巡らせながら、独り言のように、或いは青年に向けた言葉だったのかは定かではない。
彼は偶然、ここを通り掛かったのだろうか。ちらと伺うも、表情は見えない]
今日は、無理だけれど。
あした……で良い?
[名を聞いても顔は浮かばず、しかし続く言葉にわたしはあの子かと思う]
今日は。
トビー君なの。
この指で。
[右手の小指を撫でる]
ええ、構いません。
むしろ、願いを聞き届けてくれた事に感謝したいくらいです。
ローズさん、その。人狼の事なのですが。
[逡巡するが、言葉を続ける。]
人狼が多重人格者、というケースはありうるのでしょうか?
[少なくとも、私が出会った中にはそんな者はいなかったのだが。と付け加え。]
[ 扉を離れれば外から注いでいたランプの光も消え失せる。然し其の刹那、部屋の片隅に置かれた短刀に気付いたか。一歩、其方に足を踏み出して、]
……取りに来たんでしょう。力を欲して。
[“貴女も”と極々小さく先に添えられたのは無意識だったろうか。]
神父様は大袈裟だわ。
[くすくすと笑ってしまう]
……多重人格?
[わたしは困惑する。
すこし、聞いた話の数々を思い出す。]
人狼としてのその人と、人間としてのその人がいるとか、聞いたことはあるかしら。
くわしくは知らないけれど……夢でうなされるんだと言っていたわ。
狼の人格なら、悔いずにすんだのに、とか。
[彼はわたしの背に涙を流していたっけ。
顔は覚えていないのにそんなことばかり覚えてる]
わたしが見たのではないからわからないけれど。
あの人に聞けば分かるかもしれない。でも……旅の途中だったし、今はどうやっても無理ね
[先に添えられた言葉には、気付いたのか否か]
…そう思われますか?
[見つめる先――青年に返されるのは、否定も肯定もしない言葉。
左の手が右の袖の辺りに少しだけ触れ、離れる]
……さて。
私は、あの子の元に戻らなければ。
書置きだけはしておいたのだが、心配で心配で。
[花籠と聖書を持ってがたんと立ち上がり。]
貴方も。
大事な人の所へ行った方がいい。
もうすぐ夜だから。
人狼が誰を狙っているのか、わからないから。
こんな状況で面白そうだから見に来ました、なんて理由は無いと思います。
[ 足は再び止まり、鍵の持っていない方の手を肩を竦めるように動かせば同様に影が揺らめく。口許には何時もの如く苦笑めいた表情が在るのだろう。]
……本当に人狼とやらが居るのならば、何んなにか上手く化けているか解らない。
用心の為、或いは――……
兎も角、其れを欲するのは極自然な事だと思いますが。
[ 少女は知るまいが、其処には先程神父に対して口にしたのと同じ心情。]
―ウェンディの部屋―
[ドアをノックして、声をかける。……沈黙。
ノブを回すと、あっけなくドアは開いた。]
……ウェンディ?いないのですか?
[部屋を隅々まで探すが見つからず。
立ち尽くしたまま、*途方にくれる。*]
[わたしは神父様を見送る。
その姿が見えなくなって、表情を作るのをやめた]
大事な人は、いないのよ
宿ったあの子を、殺したわたしには…そんな人をた作ってはいけないのだわ
[それでも立ち上がって、二階へ向かう]
あなたは……前にもこんなことを……?
[流れる血は止まっても、今も痛々しい傷跡。
魅せられたように、そこから目が放せない。
信じる。彼女の言葉を胸のうちで繰り返す。]
私は……ネリーを信じたい。
ネリーは、私を部屋に入れてくれた。
狼なら、その時に私を殺してしまうことも出来たはずよ。
でも、あの人は優しかった。
まあ、…興味もございましたけれど、ね。
[変わらず何処か曖昧な言葉。けれど青年の言葉を初めて肯定するような含みがあった]
牧師様…いえ、異端審問官様に頼り切る訳にも参りませんからね。
[その口調は何処か皮肉めいていたかも知れず。
青年の濁した言葉の先には触れない]
[息苦しさを覚えて、浴槽をでた。
洗面器に満たされた冷たい水を顔に浴び、頭を冷やす。
信じること、疑うこと。二つの言葉が頭のなかでぐるぐるまわる。]
―玄関 外―
[頭を冷やしたかったのかもしれない。わたしは外に出る。
あぁ、何もないと思った]
ぜんぶ……
ぜんぶ、ないことなら良いのに
[もしも人狼だったら、死んでしまう指。
それを見ても彼はかわらず心配してくれるのかしら
わたしは目を伏せる]
[ぎゅ、と手をにぎりしめる。
それからなんだか、綺麗なものを見たくなった。]
―→庭園―
[近づくにつれ、耳にとどく歌声]
……そうですね、彼一人に任せる訳にも。
[ 返す言葉にも僅かな含みが籠められていただろうか。少女に向けられていた視線は逸らされ、再び室内を巡り一点で止まるかと思われたが直ぐに逸らされる。]
俺は、此れで。……鍵は此処に置いておきますね。
[ 鈍い音を立てて傍の机へと置かれる赤錆の鍵。辺りに漂う奇妙な匂いの元は此れと同じものか、其れとも――。]
御邪魔しました。
[ まるで友人の宅へと遣って来た訪問客が帰るかの如き気さくさで然う告げれば、何の武器を手にする事も無く*狂気の眠る部屋を後にした。*]
ああ、そうですか。
…此処でのことはご内密に。
[口に人差し指を宛て冗談めかして言えば、青年を見送って。何も手にした様子がないのを見れば密かに眉を寄せたか。
置かれた鍵を手に取り]
ああ、そろそろ夕食の用意をしないと…
[既に聞く者も無き部屋で、独り呟く。どれだけ食べて貰えるか分からないけれど、とは声には出さずに。
錆びた鉄のような、――あの時嗅いだのと同じ臭いがやたらと鼻についた]
[少女は伸ばした手を引いて――]
えぇ。二年前に――
お陰で…私には還る場所も、愛情を注いでくれる両親も全て…失ったわ…
[くすりと――]
[笑みが零れる]
[そしてヘンリエッタの言葉に、少女の視線は揺らぐ]
[円らな瞳に映る情景は――]
[記憶が見せているものなのか…]
ねぇ、人狼が何故…素知らぬ振りして人の中に紛れ込めるか…知ってる?
――彼らも私達と同じ『情』というものを持っているからなのよ?
[くすりと。また笑みが零れる――]
だから…優しさだけを頼りにしたら…駄目よ?
本当にその人を信じたかったら――
命を失ってもいいと思わなければ駄目……
[そう言うと少女は湯船を出て、上がり湯を体に掛けながら――]
信じて裏切られて悲しむのは――自分なんだから…
[冷水を被り、頭を冷やしているヘンリエッタに僅かながらの哀れみを覚えて。少女は浴室を後にした]
[睨み付けるようだったその目は、悲しげに伏せられ。]
…正直、あなたのような方には、この場所に近づいて欲しくないのです。
この奥には…姉が眠っておりますから。
[それだけを言うと、踵を返して*母屋へと。*]
[短刀を一つ、手に取る。その刀身は未だ使われたことがないかの如く、僅かな明かりに反射して銀色の光を放っていた。
傍に置かれた鞘に丁寧に納め、服の下に隠す。
或いは使うことがあるのかすら分からなかったが]
[それから漸く扉の外に出て。
錆び付いた部屋は元の通り封印された]
―武器庫→…―
−客室−
[ギルバートの包帯を巻きなおし、着替えは自分で出来る様子なので任せて。汚れ物を手に部屋を出る。
辛うじてまだ陽は沈まぬ間に、手早く片付けてしまおうと浴室へ。]
−→浴室−
−浴室−
[中に入ることなく、脱衣籠に汚れ物だけ放り込む。]
ネリーさん、ごめんなさい…。
[おそらくは、ひとり館をまかなっているであろう少女に小さく謝罪の言葉を零して。そのまま、ぱたぱたと廊下を走る。]
−浴室→外−
−外−
[館の外へと踏み出せば、ひやりとした空気が肌を刺す。
空は、赤く赤く燃えて。明日は天気が崩れるなぁと何処か冷めた頭で考えた。]
…あぁ。…急がなくちゃ。
[しばし、その見事な染色に見惚れていたものの、赤から紫へと移り行く空に気付いて。目的を、思い出す。
家庭菜園の端。肥料の生産も兼ねているであろう、鶏小屋へと。]
――脱衣場にて――
[タオルで水気を吸い取った背中に、少女は慣れた手つきで薬を塗布していく。
ふと、先程ヘンリエッタに対して述べた言葉を思い出しながら]
私は神父様の事を…本当に疑っていないと言い切れる?
[ぽつり。言葉を零す]
――それは愚問ね…。たとえ神父様が人狼だとしても…。私はあの人を信じるって決めたから…。
[漏れる笑い声は自嘲を含みながら辺りに広がる――
甘い…薬品の匂いと共に――]
さぁ、そろそろ部屋に戻らないと…。神父様との約束を破ったことがばれてしまうわ――
[少女は手早く着替えを済ますと。浴室のドアを開けて部屋へと戻っていった]
――浴室→客室へ――
[着替えを貰い][新しい包帯と薬で][傷の手当てを]
[皮膚に斑に広がる][黝い痣]
[額の裂傷][切れた皮膚には瘡蓋が張り]
[けれども][此処に辿り着いた時の有様を見れば]
[短い間に][驚異的な回復を見せている]
[甲斐甲斐しく][手伝ってくれる少年には]
[既に][打ち解けた表情を見せて]
[感謝と][労いの言葉を]
―庭園―
知っているわ。
[囁く声は、風に紛れてしまうくらい、自分でもわかるくらい弱くて。
彼がいなくなってしまった後、そっとしゃがんで、手を合わせる。]
……でもね、女にしか癒せない傷もあるのよ。
わたしはただのspareでしかない。
ねぇ、アーヴァインさんはあなたをずっと愛していたわ。
……だから、次の生を受けたら、幸せにしてあげてね。
[そっと、呟いて。
わたしは立ち上がり、]
―→玄関―
[独り][部屋で]
[汚れた衣服を持って出た][少年を待つ]
…………
[眉を顰める][真白い包帯に包まれた][右腕]
[其の傷痕の上を][擦りながら]
命を失っても……。
[金の髪の少女を、その背中の傷を見送って、ヘンリエッタは投げかけられた言葉をくり返した。]
私は、嫌。死ぬのも、殺すのも、大切な人が殺されるのを見るのも嫌。
死んでいいなんて思えない!
[もういない彼女に向かって、呟く。
抑えたはずのつぶやきは、最後の言葉だけ激しく叫ぶように響いた。
きっと、彼女と自分は違うのだろう。
疑うことも、裏切られることも自分は知らない。
なぜなら、自分は一度も、本当の意味では人を信じたことなどなかったから。]
わからないよ……。
[わたしは女であるしかなくて。]
……部屋、戻らないとね。
心配されてしまうわ。
[神父さまの言葉を思い出す。
調べて欲しい。という言葉。]
……それでもあなたは気づいているかしら。
もし彼女が人狼だったとして、あなたに殺せるのか、ということに。
[それなら、もしそうなら、わたしが、と。
心の中で思って。]
[わたしは扉を開けて、中に入る。]
あぁ、そうだ。身体を温めてからじゃないと。
[服を置きっぱなしだと気づいて]
―→浴室―
[ただ、自分とそう年の変わらない、外見的には自分よりも少し幼くさえ見えるウェンディの年に似合わない大人びた微笑を怖いとは思わなかった。
彼女は人を疑うことを知っている。
もう疑いたくないと言う彼女の言葉に何故か胸が締め付けられた。
それは、自分の胸にある疑いたくないと言う気持ちとは全く別の物に思えて。]
あなたも、今私を殺せたはずよ……。
[歯を食いしばるように呟いて、少女は浴室を出た。
脱衣所には金の髪の少女の姿は既にない。]
[浴室から出てくる少女が見える]
こんにちは。
[難しい顔の少女に、挨拶を。
隠し子、という嘘をついた子だったと、頭の中ではそう思って。]
-浴室/脱衣所-
[体の水滴を拭き取り、服に袖を通そうとしたところで人の気配を感じた。
ウェンディが戻って来たのかと思い振り向いた先には意外な人物。
顔だけは見知ってるが、まだまともには話したことのない大人の女性。]
……こんにちは。
あなたも、お風呂?
[綺麗な人だ、そう思うけれど、ほとんど言葉を交わしたことのない彼女は、ヘンリエッタには他人としか認識できず。
まるで身を守るように服を纏いながら、やや警戒した目線を緑の髪の娘に向ける。]
―脱衣所―
お風呂に入ってたのね。
温かくて気持ち良いわよね。ついわたしも入ると、入りすぎちゃって。
[他愛も無い話を、投げて。]
うん、わたしもお風呂よ。
ちょっと、寒くて。
……こんな状況じゃ、仕方ないかもしれないけれど。
わたしは、何もしないわ?
[服のボタンを外しながら。]
[ローズマリーの口からこぼれた他愛も無い話に、ヘンリエッタは拍子抜けしたように頬の力を抜く。]
こんなに簡単に、贅沢にお風呂に入れることって今迄無かったから……珍しくて。
[長居してしまったのだと、思わず素直に答える。ああ、なんだか普通の会話だ、と頭の隅で思いながら。
彼女のような綺麗な人が、そんな他愛の無い話もするのが意外に思えた。]
私、あなたを疑っているように見えた?
[”何もしないわ”の言葉にはっとして顔をあげる。]
[心のなかを見透かされたようで狼狽える。
彼女を疑ったのは、今も疑っているのは事実だ。
それなのに狼狽えるのは、そのことに後ろめたさを感じるからだろうか。]
……狼の可能性は、ここにいる誰にでもあるって聞いたわ。
狼が自分から何かするよなんて言うわけないもの。
―脱衣所―
わたしも、そうよ。あんまり贅沢なお風呂、入ってないわ。ここは広くて、来るときはいつものんびりしちゃうの。
[それから、緊張が緩んだ声で、少しほっとする]
ん、まあ緊張しているようには見えたけれど。でも、仕方のないことだわ。
わたしは、ローズマリーというのよ。ローズって呼んでほしいわ。
ローズ……。
[もたらされた名を確かめるように口で転がす。
見る者を引き付ける花の名前。確かにその名は彼女に相応しい。]
そう言えば、あなたの名前初めて聞いたわ。
私はヘンリエッタよ。
[少しの逡巡の後、好きに呼んで、と付け足したのは、そう言わないと不公平な気がしたから。]
―二階・客間(自室)―
[浅い眠りはいつしか深遠にと落ちていたようで、ゆらりと傾いで目を覚ます。
流石に不自然な姿勢が堪えたか顔を顰めて]
……ローズ?
[ベッドを見るもそこに既に姿は無くて。
昨夜のあの話が蘇り、唇を噛んで]
俺は明日にでも居なくなるかも知れない…
そうしたら君は……
[アーヴァインを亡くして嘆いていた彼女を思い出す。
その悲しげな表情を。
あんな思いはさせたくはなかった]
ん、ええと……それじゃあエッタ、でいいのかしら?
[わたしは少し悩んで、そう言って。]
そうね、わたし、あんまり皆と話せていなかったかもしれないわ。
名前を知らなくても無理はないと思う。
一緒の館にいるのに、ね。
[苦笑して、わたしはそういう]
[ロビーの肖像画の前でしばし佇んだ後、広間へと。
がらんとした部屋には、人の気配もなく。
転がった酒瓶と、取り分けられた菓子類の残り。]
――客室――
[少し早足で少女は割り当てられた部屋へと向かう。
胸には、罪悪感が広がる。
それは約束を破ったというものと――信頼を裏切ってしまうような行動に出た自分への戒めがそうさせるのだろうか――]
[かちゃり――]
[鍵のかかっていない部屋のドアを開けて――]
[パタン――]
[静かにドアを閉めれば視界に入る…ルーサーの姿]
あの…神父様…約束破って…ごめんなさい!
[開口一番。少女は謝罪の言葉を唇に*乗せた*]
[ローズマリーの言葉にこくりと頷き。]
前いたところでは皆そう呼んでた。
こんな長い名前、私のいたとこじゃ似合わないから。
[続けられたローズの言葉に心持ちうつむく。]
話を聞きたいって、じゃないと、誰が狼かわからないからって、神父さんが言ってた。
だから、私は貴方とも話したい。
[自分が信じたいのか疑いたいのか、どうするべきなのかまだ答えは出ていない。
けれど、相手を知ることでしか答えは出ないのだ。]
私に、狼を見分ける力があればよかったけど、私にはそんな力無いから。
話して考えるしか無いの。
[それぞれ、思い思いに部屋で過ごしているのか…、それとも恐ろしくて閉じこもっているのかも知れず。
軽くため息をつけば、ソファーへ。]
……へ?
[振り返ると、そこにはウェンディが。]
良かった。無事で……。
部屋にいなかったから、さらわれたのかと……。
[ウェンディに近づき、きつく抱きしめる。]
他の人ならいざ知らず、ウェンディなら気付いていたでしょう?
狼は、夜に行動する、と。
[半ば涙声で。]
[目の前の綺麗な人は館の主を殺した狼かも知れない。
自分が疑いを口にしたことで、もしかしたら殺されるかも知れない。
そう気づくと、少しだけ膝が震えた。
それを寒さの所為にして、目の間の女性を見つめた。
でも、自分はこうするしか無いのだ。
疑いを口にして、相手の話を聞くことでしか信じることが出来ない。]
前、いたところは、どんなところだったの?
[なんとなくそう尋ねて]
そうね、えぇ。私もあなたと話したいわ。
見分ける力……
わたしが持ってる、って言ったら?
[微笑んで、尋ねて。]
さ、風邪引いちゃうわよ? 髪、濡れたままは駄目。
[暫し、そのまま思考の海へ。
しかし答えなど出なくて。
一人で居たい 居たくない 逡巡して。
あぁ、そうだ、誰か一人……でも誰を
その答えも出せぬまま。
一人では居たくない、と広間へと向かって]
─二階・客室─
[開かない窓越しに、空を見上げる。瞳はどこか虚ろで]
……はあ。
だぁめだなぁ……。
[こぼれるのはため息と、自嘲の呟き]
―厨房―
――さあ、一体誰が。
[オーブンの中を時折見ながら、ぽつりと洩らす。
誰が使ったのか、先程まで厨房には甘い香りが漂っていた。しかし今は大分薄くなり、その代わりに香ばしいチーズの香りが辺りを支配する。
椅子に座り頬杖をつく彼女は傍目には休憩を取っている風に見えたかもしれない。けれど頭の中はちっとも休まってはいなかった]
―ニ階・客室―
[ 扨、青年は部屋に戻れば武器を手に取らなかったのは何故かと自問する。自らが武器を有する事を少女に知られたくなかったが為か、手にするのが恐ろしかった為か、将又過去を想起させるが為か。理由は幾らか浮かべど正解は見付からない。
彼の手許にあるのは、護身具にも成らぬペーパーナイフと古びたジッポライター。此れで何が出来ると云えようか。
天に輝く月は目の覚める様な美しさを魅せ、射し込む光を受け卓上に置かれたナイフの刀身が鈍い光を放つ。吐息を一つ零せばライターをポケットに仕舞い込むと、立ち上がり頭の後ろに腕を回し思い切り伸びをした。]
前いたところは……あんまりいいところじゃ無かったよ。
汚くて、狭くて、怖いことばかり。
でも、母さんがいた頃は楽しかった。
[その頃は少なくとも、信じられる人がいた。
母のことを思い出して、涙腺が緩むのを隠したくてうつむく。
涙を堪えて食いしばる唇が、次のローズの言葉に思わず開いた。]
あなたが……?
[思わずぱっと顔を輝かせてローズを見上げ、その後逆に警戒を見せる。]
神父さんが、嘘をつく人もいるって言ってたわ。
メイは……信じられるかなって思うけど、あなたのことはまだわからない。
……部屋、こもってても、仕方ない、かぁ。
[小さく呟いて。取りあえず、下に行こうかと思い、部屋を出ようとして]
……禊……。
[何故かふと、頭を過ぎった言葉。それを、きつく頭を振る事で振り払い、部屋を出る]
―→広間―
[何となく気は進まなかったけれど、一人で居るよりは集まっていた方が、と。
そう思い扉を開けると、銀髪の先客があり]
こんばんは、コーネリアスさん。
[ごく普通の挨拶。
そして広間を見渡して]
……ローズは、来ていないんだ…。
[捜しに行くべきだろうか?とも思ったが行き違いも困ると。
そう行き着いて手近な椅子に腰掛ける]
―脱衣所―
[話を聞いて、少し、自分の生活を思い出す。]
お母さんは……
ん、大変だったのね。
[それから、警戒の色を強くした少女に、苦笑して]
そうね。あんまり話してないもの。
わたしは…それに、この力が好きじゃない。命を縮めるんですって。だから狼を見つけたくないのかもしれないわね。
[ウェンディを抱きしめながら。
ふと、思い出した事がある。
あの時口にした言葉。確か……]
……では……宿題……。
『ばらの下で』……
答え合わせは……私の気が向いた……
[小声でぽつりぽつりと呟き。]
答えが……合っていたら……ちょっとした、ご褒美……。
何が、欲しいか……。
[何故今頃になってそれを思い出したのか、気付いた。
私は、まだ]
答え合わせを、していない。
[足早に部屋を出て、階段へ。
二、三段降りたところから、勢いをつけた跳躍で一気に残りの段を飛び降り、着地する。
……以前はこれをやって気づくと、血相変えて飛んできた者は、今はいないのだと。
ふとそんな事を考えて]
おや。
[その姿を見て、なんだかほっとしたのか、軽く会釈をして迎え入れる。]
…あの方なら、先ほど庭園で見ましたが。
[あの女のことは、名前ですら呼ばぬほど。]
命を、縮める?
死んじゃうの?
[少女の目が大きく見開かれる。昨日のメイの声を思い出す。
力を持つと言うことは重いのだ。]
力を使わないこととか、出来ないの?
使いたくないなら、使わなければいいんじゃないの?
[目の前の女性がもし、本当に人狼を見分ける者だとしたら、彼女の力は自分にとって嬉しいものだとはわかっていたけれど。
敢えて尋ねたのは、自分がもしその立場にあったらと考えたから。]
[ 行く宛も無しに廊下を歩んでいれば丁度メイが階段から跳び下りる様を見留め、上から半眼で其の姿を見下ろす。]
……なーに、危なっかしい事やってんだ。
正しくはね、なんだか少しずつ、身体が死んでいくらしいのよ。
毒素というか……合わないんですって、身体に。
端っこからぼろぼろ崩れてしまうことになるの。
薬もあるんだけどね
[彼女の言葉も、やさしいと思う。
だって、知りたいはずなのに。]
ん、それがね。できないのよ。
なんだろう……血が騒ぐっていうのかしら。どうしても調べないといけないって思っちゃうの。
それにね……もし調べなかったら、皆が死んでしまう。そんなことにはしたくないのよ
[わたしは小さく微笑みを作る。]
ウェンディ。
[意を決して、切り出す。]
私には、話しておかなければいけない事がある。
貴方に向かって吐いてきた嘘の事を。
私が、あの男に抱いてきた感情の事を。
……もしかしたら、この話を聞いたら貴方は私を嫌うかもしれない。
それでも、聞いて欲しい。お願いだから。
[そして、ウェンディの*返事を待つ。*]
起きたら居なかったんで、ちょっと心配で…。
[答えを返す彼の様子には気付かぬままで]
…庭園?
……一人になりたかったのかな…。
[昨夜の出来事を思えばそれも仕方がないと考えて]
貴方は何故此処に…?
ん……?
[上から聞こえた声に、くる、と振り返って]
別に、珍しいことでもないけどー?
結構、いつもやってるし。
[軽い口調で、さらりと返し]
…いえ、なんとなく人恋しくて。
[肘をついて組んだ手に、目を伏せ。]
義兄を殺した人狼とやらが居るとしても、僕以外全員…というわけでもないでしょう?
こうして言葉を交わしていた方が落ち着きますし。…一人で居るよりは安全な気もいたしました。
[脳裏には悲鳴をあげて抱きついて来た少女の姿。涙すら浮かべて縋る姿。一度ならず二度までも、彼女はその娘の恐慌状態を目の当たりにしていた。
その姿と、主を死に際まで弄んだ人狼の像は如何しても重ならない]
――違う。
[声に出してそう言うのは、それでも頭の何処かで人狼の狡猾さを理解していたからか。
でもきっと彼女は違う。
ならば、如何するべきか?]
[ 両手をポケットに入れた儘にトン、トン、と慣れた革靴で一段一段と階段を降りて行けば、緋色の絨毯を踏んで溜息を吐いて、]
然様で。怪我しても知らないが。
[他人事の口調で矢張り軽く返す。]
[人恋しい、と聞いてふと、自分もそうなのかと思い。
そんなことは今までなかったのに、と少し困惑。
しかしそれは表には出さずに]
確かに大勢の方が良いかもな。
一人では良くない事ばかり考える。
人狼は…どうだろうな、居た所でそう多くは無いと思いたいね。
[目の前の綺麗な顔が、白い腕が、崩れていく。
それは少女にはどうにも想像がつかなくて。
言葉が見つからず、ただぼうと口を開けたまま。
その微笑が、なんだかとても儚く見えた。]
……占いの力を持っていたら、誰も疑わなくて済むと思ったの。
[力があればよかった。
自分が先ほど投げたその言葉は、彼女にとってどう響いただろう。
占いの力に頼れば、無実の人が誰も死ぬことなく狼を殺すことができると思っていた。
けれど、彼女に頼ると言うことは彼女に代わりに死ねと言うことなのだ。
何に頼っても、結局は誰かを死に追いやるのか。]
私は、あなたを信じない。
占わなくても狼を見つけるわ。
[そう告げる言葉が、既に彼女が占い師であると認めかけていることに、ヘンリエッタは気づかない。]
…そうですね。
[些か弱弱しい笑みを向け。]
そう沢山は居ないのでしょう。多分、人狼よりは人間の方が多い。
人狼相手に一対一じゃおそらく敵わないでしょうし…そのような状態では、多分みなさん無事では居られないと思います。
そうね、そうかもしれない。
占った人だけは、信じられるわ。
言い換えるとね、それは誰も信じられないって言うことなのよ。
[困ったように笑って]
大丈夫よ、わたしは死なないわ。薬があるのだもの。ママだって……あ、本当のお母さんね。わたしの本当のおかあさんもそうだったけれど、薬を飲んでいれば大丈夫。
わたしも持っているの。
[それは今飲んでは、毒薬になるのだけれど。そんなこと言わなくても大丈夫]
でもありがとう。
あなたはとても優しい子ね、エッタ。
この程度で怪我するほど、抜けてないから。
運動神経は、自信あるんだからね?
[くす、と笑いつつ、こちらも軽くこう返す。
笑い方は、比較的いつもの、自然なものに近いか]
[取り出したその刃物へと目をやる。]
物騒ですが便利なものですよね。何かと役には立ちます。
…いえ、使い方次第…なのでしょうか。
[いつか見たあの部屋の刃達も、おそらくそうなのだろうと思いつつ。]
――客室――
[謝罪を口にすれば、怒声が飛んでくると思っていた少女は、ルーサーの態度に少しばかり驚いた表情をしてから――]
ごめんなさい…、起きた時はまだ日が高かったから…大丈夫かと思って…。でも気が付いたら…夜になってて…だから慌てて…
[きつく抱きしめられる温もりに、少女は警戒心を解いていく――
それが危険なことなのかどうかは。もう、少女には判別できないのだけれども。]
[暫くの抱擁後――
意を決して身を離すルーサーの、ただならぬ雰囲気に。少女は僅かに顔を強張らせる――]
「嫌うかも知れない――」「嘘の事を――」
[負の言葉が並ぶ彼の言葉に。少女は一度だけ深く息を吸い込むと、何かを決心したようにすっと目を細めて――]
解りました、神父様。
あなたのお話…、聞かせてくださいな?
[少女は今まで見せた事の無いような大人びた微笑を湛え――]
[目の前の神父を見上げた。]
……まあ、其れでなけりゃ、態々此処までは来られないよな。
[ 片手をポケットから引き抜けば、其れを項に遣り首を横に傾ける。]
広間にでも行くところだったのか?
[薬を飲んでいれば大丈夫との言葉に、知らず力のこもっていた肩が少しだけ落ちる。
目に明らかな安堵の光。
けれど、それに続くローズマリーの言葉には狼狽えて。]
なんでそうなるの!?
私はあなたなんて信じないって言ってるのに。
うん、そうね
[小さく笑う。
子供の言うことは、とても素直で、わかりやすいのだとは言わない。]
さあ、風邪を本当にひいてしまうわ?
温まっていらっしゃい?
[わたしは服を脱いで、タオルを身体に巻く。*背中の傷は見えてしまっただろうか?*]
―→浴室―
あぁ、人間の方が多い筈だ。
一対一じゃ勝てないだろうね…
[思い出すのは昔、自分を襲った赤い眼の男。
夢中で何度も刺して、そのまま逃げた。
……勝ったわけじゃなくて。
彼の目が隠したそれに向けられたと知ると、笑う様な表情で]
護身用だよ。
旅をしていれば珍しい事じゃない。
こんな物で勝てるとは思ってないけどね。
[使い方次第、と聞いて少し胸は痛んだが]
ま、そういう事。
[変わらず、笑顔のままで。
続いた問いには、僅かに首を傾げ]
ん……部屋にこもってても何だかな、って思って。
取りあえず、宛もなく出てきたとこ、かな?
まず最初に。
私は、あの男……アーヴァインを嫌っている。
30年前に、毒を盛られて死にかけたから。
だから、私があの男の為になると考える行動は基本的に取っていない。
瀕死だったあの男に止めを刺したのは、あの男の言葉を聞きたくなかったから。
シーツを被せたのは、私が二度と奴の顔を見たくなかったから。
手向けの花は、私が30年間分溜め込んだ悪意をばら撒く為の物。花言葉の本で調べれば大体分かる。
そして。
私は、あの男が神の元に辿り着いたなどとは微塵も思っていなかった。
むしろ煉獄の焔で焼き尽くされていればいいとさえ思っていた。
[抱擁を解き、語り始める。
語られるのは、故人への憎悪。]
[戸惑ったまま、逃げるように脱衣所を出る。
彼女の儚い笑顔はなんだかとても暖かく、優しく見えて、それがもどかしいような懐かしいような気持ちにさせて、落ち着かない。
その優しさは、自分の心を弱くさせてしまいそうで、何も答えることが出来なかった。
脱衣所を出る背中にかけられた、暖まってらっしゃいの言葉にくしゃみを返す。]
えぇ、山道でも、夜道でも…何が起こるかわかりませんから。
…自衛のためならば、仕方のないことです。
[やや複雑そうな色を浮かべた笑みでうなづく。]
……っと、
[我に返る。危うく料理を焦がしてしまうところだった。
外れた袖のホックを留め、オーブンを開ける。ジャガイモの皮をジャケットに見立て、粉チーズや炒めた玉葱などを上に載せて焼いた料理―ジャケット・ポテト。本来なら昼食に良いのかも知れなかったが。
皿に載せ、厨房を後にする]
―厨房→…―
似た様なものだな。
[ 返って来た答えに首筋に当てていた手を外せば、周囲へと視線を巡らせる。然う云えば、彼の鍵は元の場所へと戻されたのだろうか。]
……此処に突っ立ってても仕方無いし、広間でも行くか?
行きたい所が有るなら御自由に、だが。
……本当なら、この感情は隠しておくべきだったのでしょう。
しかし、そうも言っていられなくなりました。
何故なら。アーヴァインを殺した人狼は、私と同じ感情を抱いていた可能性が高いから。
つまり、やはりあのバラバラにされた遺体は故人に関わりのある者にショックを与える為の所業だという事。
足が玄関にあった事は解せませんが。
おかしなことに気付きませんか?
もし、分割された遺体が故人と親しい人物の元に送られるのなら。
……何故、『彼』の部屋には何もなかったのでしょう?
貴方も、見かけているでしょう。
『彼』が花を選んでいる所を。
……もしかしたら、明日私は死んでいるかもしれない。
だから、伝えておきたかったのですよ。
一番信頼出来ると思えた、貴方に。
ばら撒かれた花に…違和感を覚えたのは…やはり――
[摘まれた花の中に黄色いバラが含まれていた時点で気づくべきだったのかも知れない。
彼の――本当の気持ちを――]
では…人狼は…アーヴァインさんになんだかの恨みを…?
[頷く様子にその理由は察しがついて]
用心に越した事はないからね。
自衛の手段は今は必要だろう?
使わないに越した事はないけど…そうも行かないみたいだ。
……それに、彼女は守らないとね。
ん。そうしておくか。
[ メイに然う云い遣れば広間へ向かおうと足を踏み出すも、丁度厨房から出て来るお下げ髪の少女の姿を見留めれば其方へと黒曜石の瞳を向けて、]
ああ。ネリーさん、今晩和。
……何か、御手伝いしましょうか?
[大皿に載せられた其れを見遣り声を掛ける様子は、武器庫で遭遇した事等無かったかの如く自然な対応。]
彼が花を…
[その言葉で全てが合致した。
銀色の美しい髪と姿の――]
彼が…?一体何故…
そして…神父様はどうして私に?
[そして次いで浮かび上がる疑問を――]
でも…彼は…晩餐の席にいた筈では?
それに…人狼は単独行動を…起こさない――
…そうですよね。
僕も…コレでも旅して見聞を広め、物語を歌い継ぐ詩人ですから。
武器の扱いくらいは多少。
…ですが……。
[やはり、人と人が殺しあうことには、抵抗があって。
そして、あの部屋にあった刃物たちは、自分が使う棒杖とは違い、最初から人を殺すためのもの。]
単独行動、も何も。
死体が発見されたのは時間差がありますよ。
私達の目の前で切り裂かれたわけじゃない。
殺してからパーツをばら撒くまでの時間はあったものと推測されます。
つまり、人狼は単独でも十分行動可能という事なのですよ。
寒いの、苦手だしね、ボク。
[冗談めかした口調で言いつつ。
ちょうどやって来たネリーにや、と挨拶して]
……大変なら、言ってくれれば、手伝うよ?
[家事にはこれでも慣れてるから、と声をかけ]
え、…ああ。
申し訳ありません、ぼんやりしていたみたいで。
[青年の声に振り返り、2人に会釈をしながら詫びる。申し訳なさそうではあるが、そこに不自然さは感じられない]
いえ、大丈夫です。
このくらいは1人で。
[その後の申し出には微笑んで]
……考えてみてください。
あの死体、足と腕と目が片方ずつ別の場所に置かれていた。
少々気持ち悪い話ですが。
懐にしまいこんで、捜す振りをしながらばら撒くという荒業も出来ないわけではない。
では…人狼は…その彼だけだと…言うことでしょうか?
――彼は、広間に来る前にアーヴァインさんを殺して…
そしてからくりを仕掛けて…晩餐の席に参加した。
とでも?
[少女は僅かな違和感を覚えながら、目の前の男に質問を投げ掛けた]
[守る為に殺せるか……
そう問われて、ほんの一瞬の沈黙
だけど、返す言葉は一つだけ]
…そうしなければ殺されてしまうだろう?
−客室−
[卵を持って部屋と戻れば、青年は右腕を庇う様に腕に手を遣っていて。ぼんやりと思考に耽っていた瞳は、鋭くこちらへと向けられ、そして彼とわかれば、やや穏やかな色を浮かべた。
打ち解けられてきた様子が嬉しくて、彼も笑みを返して。それから、手にした卵を掲げるように見せて、胸を張った。]
ほら、卵とってきたんです。栄養たっぷりですから…ね?
[美味しくて栄養のある卵は、病気をした時になんかによく母さんが食べさせてくれた物で。彼はそれが特効薬だと半ば信じていた。]
風邪引かれても、困るしな。
[ 視線だけをメイに向けて然う云えば、再びネリーを見遣り申し訳無さそうな様子には首を振り大丈夫という答えに対しては僅か首を傾けたが、]
……そうですか?
何か出来る事があれば云って下さい、御一人では大変でしょうから。
[微笑を湛えつつ答え、広間に向かおうと緩やかに歩を進め始める。]
-浴室前廊下-
そういえば、もう誰かを占ったのかな……。
[ローズマリーに聞きそびれたことを思い出し、けれど占いなんかに頼るものかと首を降る。
濡れた髪から飛んだ雫が絨毯を湿らせた。
髪をよく乾かさないままに出て来た所為で、肩の辺りが冷たい。
暖かい火と、食事を求めてヘンリエッタは広間へと足を向けた。]
ばら撒く事…。
[確かに人狼なら…人を食らう者ならそれ位の荒業は出来るだろう。
しかし――少女の記憶には何処か引っかかる物があり――]
では神父様――
あなたは…彼を殺せば。この忌まわしい事件が解決するとでもお思いで?
全ては彼一人の仕業だと――?
それはわかりません。
ただ、『彼』が人狼である可能性は限りなく高い。
今の私にわかるのはそれだけなんですよ。
……感情のパターンが私と似ていましたからね。
[もっとも、どう切り出すかは問題ですね。
そう言って、腕を組みながら考え込んだ。]
今、風邪引いたら、辛いしね。
[冗談めかした口調で言いつつ。
ネリーには、やや心配そうに無理しないで、と言って。
自分も広間へと足を向ける]
感情のパターンが…
[そこまで聞き、少女は口を噤む。
もしそれで『彼』が人狼だったなら――
目の前にいる神父の格好をした彼もまた――]
でも…まだ仲間売りするには…時期が早すぎる…
[少女はルーサーに聞こえないように独り言を零すと、腕組みする彼をじっと見つめていた。]
ああ、では何かあればお言葉に甘えさせて頂きましょうか。
[言う言葉は軽く冗談めいていた。]
それにしても、お2人とも随分と仲が宜しいようで。
[同じような言葉を掛ける2人に小さくくすり、笑う]
[顔を伏せた相手に視線だけを送って]
俺はね、自分はどうなったって良いんだ。
どうせ捨てられた命だ、今更どうなろうと、ね。
だから、守りたい。
命に代えてでも、ね。
[ギルバートに向かって、にこっと笑い。
手にした卵の尖った方を、軽く叩いてひびを入れる。
尖った方を上に向け、そうっと割らぬように、少しだけ殻を外す。
それから、殻の下にあった薄い膜を、ぴりりと破いて。]
いただきまーす。
[そこに口を当てて、ちゅるりと吸い込むように。 ごっくん。]
[広間に向かう途中、食欲をそそる匂いにつられて顔をあげれば、そこには見慣れた緑のお下げ髪。]
ネリ−!
[思わず声をかけ、彼女に駆け寄ると、他の皆について広間へ向かった。]
[ 小さく笑う少女の口から紡がれた言葉に、黒の両眼が僅か見開かれ、其れから緩やかに瞬かれる。困った様な笑みを浮かべれば、]
単なる腐れ縁かと。
[減らず口を叩き広間の扉に手を掛けゆっくりと引けば、軋んだ音を立てて開く。]
ふふっ。疑われちゃっていますね、私。
[じっとこちらを見つめるウェンディに笑いかけ。
声までは聞こえていないようだが。]
……まあ、この推理を信じるか信じないかは貴方次第です。
私が語った『30年前』の話と同様に、ね。
[”お行儀がいい”とはお世辞にもいえないけれど、手も器も汚さない一番いい食べ方だからと、ギルバートにも卵を一つ渡して。
戸惑う姿に気付くことなく、手にした殻をゴミ箱に捨てようと立ち上がって、小さな悲鳴。]
……ぁ。
いっけない…! 鍵かけなきゃ!
[割れやすい卵を持っていたから、早く置かなきゃと気が焦っていて。内鍵をかけるのを忘れていた。]
[少女はルーサーの言葉を何度も噛み砕きながら反芻する]
ルーサーさんと同じ…感情パターンだから…
だから…『彼』が?
だったら神父様は…何者?
――解らない…
[呟いて…視線を伏せる。
今、少女の心を覆うのは、『彼』に対しての疑惑ではなく、目の前の初老の男に対しての感情――]
[目まぐるしく回る嘘と真実の狭間で――]
[それでも得た結論は――]
それでもまだ…神父様を信じてしまいたくなるのは…私が甘い人間だからなのかしら…。
ねぇ?神父――?
[父のような存在の彼を――慕うこと――]
…そうですか?
[青年の言葉にはそう返しながらも何処か楽しげで。メイの反応にさらにくすくすと笑いつ、広間の扉の前に立つ。
彼女を呼ぶ声がして振り返ると、赤毛の少女が駆け寄って来るところだった]
ああ、こんばんは。
[声の元気さに安心したのか笑みを返して]
……仲がいいっていうのかな、これ……?
[誰に言うでなく、ぽつりと呟きつつ。
走ってきたヘンリエッタには、や、こんばんは、と声をかけ]
そうです。
[ ネリーの言葉に返すのは矢張り苦笑か、背後から飛んで来た声に顔だけを向ければ赤髪の少女の姿。軽く声を掛けてから扉を潜り、中に居た銀髪の男と青髪の男に微笑と共に会釈をして、]
今晩和。……今日は静かですね。
[昨晩一同が此の場に会した事を思いながら、然う声を掛けた。]
[ウェンディの手を、優しく握り返す。]
私はね、異端審問官としては失格なのです。
……情が、移ってしまいましたから。
[困ったように、微笑む。]
この事件が終わったら。
私は、異端審問官を辞めようと思っているところなのですよ。
[かしゃん。
軽い音を立てて、卵の殻はゴミ箱の中へと跳ねて、砕ける。
それを確かめることなく扉へと駆け寄って、内鍵へと手を伸ばす。]
-広間-
[室内にいたあまり接点の無い二人に多少警戒するも、自分と一緒に部屋に入って来た面々を振り返り、その懸念を取り払う。
ここには人がたくさんいるから、大丈夫。そう心の中で考えると、テーブルについて食事に手をのばした。]
こんばんわー。
[広間に入り、場にいる二人に一礼して]
あは、やっぱりこっち、あったかいや。
[それから、室内の温もりに、思わずこんな言葉を口走る]
[――脳内に繰り返し響く、姉さんの声。]
『うん、わかってる。ちゃんと鍵かけるから――』
[それに従って、彼は、扉の内鍵を―――]
―浴室―
[シャワーを浴びる。使い慣れているシャワーは、いつもと同じようにわたしの肌に当たって、弾ける。
身を清める。
それでも清まるはずはない。
わたしは男を愛するためのものだ。
わたしは女でありながら子を残せぬ欠陥品だ。
そして何より。
わたしは人殺しだ。
肌を伝う雫は、落ちていく。わたしはわたしの罪を思う。この腹の中で生まれなかった子を思う。
そっと撫ぜても、もう何もない。]
―広間―
こんばんは。
[先に来ていた2人にぺこりと会釈し、テーブルの上に料理を並べる。
先程置いた鍵がそのままそこにあるのをちらと横目で確認して、後ろに下がった]
[握り返される手の温もりに。
少女は口許を緩めて――]
情――?
[誰に?とは聞かなかった。そして辞める理由も――]
では、神父様がこの事件を解決して…安らかな日々を送れる様に――
…誰に祈りましょう?
[少女は握り締めた手をそっと唇に寄せて――]
[ふわり――]
[花のように微笑み――]
生憎…私は二年前に…神を捨ててしまいましたの…
[悪戯っぽく呟いた――]
[ どうぞと掛けられた声に微かに頬笑んで、手を伸ばしてシルバーを取る。食欲は然程回復していなかったが、此処で断るのは失礼に当たるだろう。然し昼間に神父と交わした会話――特に毒薬の単語が脳裏を過り一瞬手を留めかけたが、ヘンリエッタが居る事を考えれば、其の様な事はせぬだろう。]
確かに。
[ 暖かいという言葉に頷き、卓上の鍵に一瞬視線を向けるも触れる事は無い。]
…少なくとも、ひとりきりの部屋よりは暖かい。
[メイの答えにそう答えると、若い女中に礼を言いながら、食事に手を伸ばす。]
[焼き立ての芋はまだ舌に熱い。チーズの匂いが食欲をそそった。
ネリーが私達を殺すつもりなら、今迄の食事に毒を混ぜてしまえばいい。
昨日だって、その前だってチャンスはあった。
やっぱりネリーを信じたくなるのは、自分が不安だからだろうか。]
―→脱衣所―
[程よく温まって、わたしは脱衣所へ戻る。
身体を拭いて、黒のドレスを身に着ける。
身体に残る傷跡は、ボレロで隠す。
膝上の丈のワンピースは、好きだったもので。
少し悩んで、そっと足を外に向ける。
こんな夜だけど、だからこそきっと星はとても綺麗だろう。
月も静かに、輝くだろう。]
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