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[頬にガーゼを貼るならともかく、包帯を巻くのは、不鮮明な視界では骨が折れた。二度三度と失敗を繰り返しつつ、手当てを済ませる。
言葉は、交わされない。
身体の傷自体は、大した事はなさそうだった]
とりあえず、何か、飲む?
一応、紅茶の準備はしているけれど。
[蒼の瞳を覗き込み、問いかける。
けれど、返事はなくて――]
……アーベル?
[その身体が傾いだ]
[マテウスが自分で自分の治療する様子を見ながら]
[マテウスに連れて来られたエーリッヒの脇腹から出血しているようなら、急いで服を脱がす][薬を塗り][包帯を巻いていく]
[他にも腕などに擦傷があれば薬を塗りながら]
もう、無茶なことして・・・
死んじゃったらどうするつもりなのよ。
[何かを思い出したのだろうか]
[目に涙を浮かべ][エーリッヒの*治療をするだろう*]
[向かい合っていたから、地に伏すことはなかったが]
……あぁ、もう。
[嘆息。
部屋に寝かせるかとも問われたけれど、ひとりにすると不安だからと、リューディアと共にソファに寝かせることにした]
[作業の中断をしていた紅茶を淹れ直して、皆へと振舞う。
受け取られても、受け取られなくても、出来るのはそれくらいだったから。
カチャリとカップを置いたところで、マテウスを見る]
それで、何が、あったんですか。
[聞かなくとも、理解は出来ていた。
けれど、敢えて、尋ねた]
[――話を聞き終えたのち、感謝の言葉を述べて、一度広間を後にした。
すっかり冷え切った身体を、湯船で温めようと。
濡らさないようにと言われた右腕を持ち上げる。怪我の痛みはあるはずなのに、今は感じられなかった。湯のあたたかさも、また]
[濡れた髪を乱雑に拭き、ふたりの眠るソファを背に、目を閉じる。
眠る気はなく、眠れる気はしなかったけれど。
暖炉の火がはぜる音が、耳に届く]
[窓硝子越しに降り注ぐ月のひかりは、静かで、冷たい]
[暗闇の中でもなお、*紅がちらついた*]
[アマンダのはがれた爪を包帯で覆うように巻き、少し強めに縛っておいた。][血止めを兼ねて。]
[彼女の傷の手当てを終え、ノーラと供にエーリッヒの様子を見に行っていたミハエルに呼ばれ、次はエーリッヒの方へ。]
[アベルの方を見たが、ユリアンが居てくれたのでそちらは任せて。][跡が酷く残るような怪我ではなかったはずと、思い出しながら。]
[エーリッヒの怪我は思ったより酷く。][血と痣の残る脇腹と、左手に牙の跡。][他幾つかの裂傷。]
[脇腹の骨が折れて居ない事を確認して、ノーラに接骨木と黄柏を混ぜ置いていたものを渡す。]
これは血が流れて居ない、痣の部分にだけ塗ってください。傷口に塗ると、物凄く染みますから。
[一応言ったが、ノーラの手が滑ってうっかり傷口に薬が入った。][かもしれない。]
[左手の牙の跡は、防寒着が間にあったせいか、縫うほどのものではなく。][ならば包帯と鹿蹄草で足りるだろうと告げて。]
[後はノーラに任せ、次はマテウスの元へ。]
[自分で治療すると言っていたが、念のためと様子を見に行けば動きがおかしい。]
マテウスさん、大丈夫ですか?
[傍に寄り、二の腕に触れれば顔を顰められて。]
[筋肉痛に似た症状が出ていたので、痛む箇所を調べながら、丁寧に、冷蔵庫に入っていた冷たい湿布を張ってゆく。]
[よくよく調べれば、体中が痛んでいるようだったが。][流石に全身を冷やすわけにはいかず。]
[とりあえず腕と足にだけ湿布を貼り。][更に特別痛い箇所には湿布を追加し、他の箇所はそのままで、我慢してもらう。]
冷たくなくなったら言ってください。それから明後日は逆に暖めて。
その方が直りは早くなりますから。…無理に動かさないで下さいね。
[大きな剣を持っていたマテウスにそう告げて。][感謝と謝罪をされれば、ふるふると首を振る。]
いえ、ありがとうございました。守ってもらって…。
[言いながら自然、顔色は翳る。][先ほどの光景を思い出し。]
[月明かりに照らされた、赤い海。][むせ返る血の匂い。][あれは、目に焼きついて当分離れそうに無かったから。]
[全ての治療を終えれば。][糸が切れたように、ぐらりと体が傾ぎかける。]
[ミハエルに支えられ、すみませんと謝罪して。][部屋まで肩を貸すといわれたが、緩く首を振った。]
[支えられた肩は震えていて。][顔色は殆ど変わらぬ青と白の狭間にあり。]
…いえ、すみません。今日はここで眠っていたい…
部屋に戻りたくないんです。一人で居るのは、怖い。
[そう告げ、暖炉の傍の、ソファーはいっぱいなので、床の上に大袋を抱え横になり。]
[毛布もかける間も無いままに、薪の爆ぜる音を聞きながら、深い*眠りに落ちた。*]
[転がり落ちた手帳は雪の上で、女性の肖像を開いてとまる。
拾おうと伸ばした指先。
血濡れの手が触れた瞬間、その絵は白紙に。]
…ぁ………。
[痛いかと問われた声はほぼ同時。
痛みを自覚すると同時に視界が傾いで。
そこから先は朦朧として不確か。
次に目が醒めた頃には、薬の染みる痛みに、情けない声で呻いているだろう。]
[エーリッヒの手当てをしながら]
[お昼からのことを思い出していた]
〜回想〜
[昼食が終わった後、お皿の片づけをしていた]
[クレメンスが外に自衛団の人の姿を見つけたようだ]
ご飯についてですか?・・・はい、行ってらっしゃい。
くれぐれも気をつけてくださいね。
[少し違和感を覚えながら][外に向かうクレメンスを見送った]
[その後掃除を済ませると、ブリジットやイレーネと一緒に調理をしていた]
[娘たちと一緒に食事を作る母親の気分][できあがったカレーを皿と共に広間へと運んだ]
[広間に入ってくるマテウスらに挨拶をする]
[カレーに向かう一部の人たちの瞳に様々な感情が宿るのを眺めていると]
[広間でクレメンスに小さな袋を渡された]
・・・お礼だなんて、大したこともしてないのに
そんな、困ります。
[一度は断るが、再度渡されれば無碍に断るのも悪いかと思い]
[結局受け取ることになった][袋を開けて中を見る]
[出てきたのは銀の小さな天使]
まあ・・・
ありがとうございます。大切にさせていただきますわ。
[クレメンスに微笑みかけ]
[しばし天使を手の上に乗せて眺めていた]
[誰かがエビフライやヨーグルトの匂いがすると言えば、不思議そうに首を傾げ]
[虫の話が出れば]
そういえば、子供の頃はよく虫採りに行ったものでした。
時々その成果が食卓にも並んでおりましたわ。
[懐かしそうな顔で遠くを見るような目をする]
[やがて何かの音色が聞こえてくる]
あら、風流ね。
どなたが弾いてらっしゃるのかしら。
[周囲の人が絶句したり、リディが椅子ごと倒れたり、ユリアンが部屋を出て行くのを尻目に、しばしピアノに耳を傾けていた]
[ついっと手が滑り][目の前でエーリッヒの呻き声が上がる]
[現実に引き戻される]
あ・・・っ
ご、ごめんなさい、染みたかしら。
[先にブリジットに注意を受けていたのだが]
[どうやら傷口に薬が入ってしまったようだ][慌てて手を引っ込めた]
[その後は注意深く手当てを*すませていく*]
[暫く思考が麻痺したかのようにぼんやりとしていたが。]
[思い出したように。][うつらうつらしているユリアンの傍に近づき、少しだけ揺り起こして、右肘の痣の後を見る。]
[薬を付け直そうとして。][見れば昨日と殆ど変わっていない様子に。][むしろ昨日より悪化しているような色に。][心配するような視線を投げて。]
[無理はしないように再度忠告をして。][昨日とは違う薬をつける。][ひょっとしたら梔子柏皮湯じゃ駄目なのかとも思った故に。]
[触れれば顔を歪まれて。]
ごめん、ね。
[ぽつりと呟くそれはユリアンに向けられたものだが。][内には違う人達への謝罪も含まれていた。]
[ユリアンの治療を終えれば、足は自然と外へ向く。]
[あの血の海に戻ろうと。][生きている人を探そうと。]
[だが青白い顔をし、定まらない足取りをした少女を。]
[誰かが静止*したかもしれない。*]
[混乱・銃声・声]
[そして人は外から中へ]
[部屋の中にとどまっていた男は、様子のおかしい人たちを宥めるように声をかけたろう]
[何かがあったのは(否、むしろ何が起きたのかも)わかっていたが、それを理解していない(という嘘を演じるのには慣れている)様子で]
[話を聞いて、黙った]
そんなことが…
ギュンターさんが。
[声は小さく震えを持って]
[朝が来る]
[目覚めは早い時間だった]
[誰にも気づかれぬように、気配を殺して立ち上がる]
[目を覚ました人がいたら、申し訳なさそうに笑って]
[しぃと、人差し指を立てたか]
[向かうは外]
[さくりと雪を踏んだ]
―外・死体のある場所―
[一晩を越えて、室内とは違い、外のそれは血を止めていた]
[狼の死体があちこちに]
…ギュンターさん。
[ギュンターの死体のそばで膝をついた]
ああ、持っていてもくれなかったんですねぇ。
あれほど言いましたのに。
持っていたからといって――まあ意味もなかったでしょうけれど
[言葉は小さく、困った色]
御霊に安らぎがありますように。
[だんだんと陽が上る]
[雪が銀に輝く]
[祈りを捧げ、そこを後にした]
[その顔を、薄い白布で隠した]
[それから広間に戻る]
[そういえば洗って部屋に干しておいた白いハンカチは、もう乾いただろうか]
[とりとめもなく考えながら、やはり音をたてぬようにキッチンへ]
[コーンスープと、パンの食卓が、出来上がった]
[…いくつか真っ黒にこげたパンが捨てられていたりしたのだが、それはそれ]
[目を覚ました人たちに振るまうことに]
[食べたくないと言われても、無理にでも押し付ける]
[食べなければもたないのはわかっていた]
空腹は心を荒ませます。
…一応、一人暮らしをしてるんですから。これくらいは作れます。
[外へ向かおうとするブリジットにも]
そんな青い顔をしているのでは、倒れてしまいますよ。
せめて暖かくしてください
[呼び止め、まずはせめて一口でもと食事を勧めた]
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