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< それでも尚、白猫は動かなかった。
近くなった翠を、眸に映し込む。
先日、現したばかりの、幻の空の緑に似た色。
されど、それは見る見るうちに翳りを帯びてゆく。
昏く、昏く――限りなく闇に近い、暗緑色。
蠢くように、絶えず、揺らめいている >
[辿り着いた宿はひっそりと暗く、開いている様子もなかったが。]
もしアーベルが居ても、
さすがに今日は酒場開いてないだろうしな……。
[不気味に静まり返った宿の前で、独り言をぽつり。]
アーベル! 居る? アーベル!
[とりあえず、宿の扉を叩いてみた。]
そう?
俺は――俺が襲われれば良かったと思うよ。
[声の震えに気付いていながら、口調は淡々としていた。
普段の、冗談めかした笑みは、其処にはない]
……見て、みたかったしね。
[白猫の瞳が翳りを帯びてゆくのに合わせるように。
双つの翠は昏い色に、薄い色に。
そして暗紅色へと変化する]
『お見事です』
[風には乗らない、小さな小さな囁き]
[ふるふると首を振る。違う、ではなく、分からないの意を含め。
ふと微かに震える指に気づいて、片手を重ねた。]
えっと…いいの?
それは嬉しいけど、工房の人たちは……あ、今は居ないんだっけ。
[申し出には顔をあげて。
翳りはまだ取れてはいないが、表情はさっきよりいくらか上向いたものになっていた。]
[立ち去るエーリッヒに「ああ」と頷いて手を振りながら]
いや、俺も色んな奴と話しといた方がいいと思ってたしな。かまわねーよ。
[別れてから、再び診療所の方を向き]
さてっと、行ってみますかね。
[重ねられる手にほんの少し、震えが止まる。
手から伝わるイレーネの体温が身体全体へ広がるような感覚を覚えながら]
…この間から戻ってこない。
多分、避難したんだろう。
一言も言わず、書置きも無かったけどね。
来るのは、問題無いよ。
寝るスペースもあるし。
[良いのか、と訊ねるイレーネに一つ頷きを返す]
[ハインリヒと別れた後、足を向けるのは宿の方。
そちらに近づけば、聞きなれた声が耳に届き]
あれは……ユーディ?
[小さく呟いて、やや、足を速める]
< 彼がそう囁いたか、否かの瞬間。
眸から色は失われた。
次に出でたのは、
初めは中心に一点のみの薄い赤。
生まれたばかりの色は広がり、
深く、深く、
湧き出る血のように染まり、
闇の色を帯びて、
白との斑模様と化してゆく。
されど僅かに残るそれも、次第に暗紅に塗り潰された >
……居ないのかな。
[宿の周りを一周して、中の様子を窺うものの、それで何が判るわけでもない。ただ、微かに――気のせいかもしれなかったが――血の匂いが、漂っているようにも感じた。
それは、昨夜の惨劇の残り香だったろうか。]
[表に戻って、念のためにもう一度アーベルの名前を呼ぶ。
しかし、誰も出てくる気配がないのは相変わらずだった。]
< ――クルルゥ、
猫には似つかわしくない声があがる。
染まった眸のきょろきょろと動く様は、
狂気めいたものを感じさせた >
[耳に、熱を感じた。
刺すような痛み。僅か、眉を顰める]
……成る程ね。
[呟いて、歩みを速める。
診療所の建物と、その傍の人影が見えた]
[伸ばしていた手で白猫を抱き上げる。
胸元まで引き寄せれば、人ではない力を篭めた]
『いらっしゃるなら、どうぞ』
[熱を孕んだ囁きがその耳に注ぎ込まれる]
…そっか。
[ユリアンに何も言わずに消えてしまった事には、少し眉根を寄せむぅと行ったような表情を浮かべ。
少し考える。
宿でもよかったが、エルザらが死んだ後で部屋を借りるのは躊躇われていたのもあり。
またユリアンの傍に居られるのは、この状況下では何より有難かったので。]
…えっと、それじゃ、お邪魔していい?騒ぎの間だけ…。
[宜しくお願いしますと、ぺこり頭を下げて。
置いていた荷物を持ち、ユリアンが工房へと歩き出すならその後へと続くだろう。]
< 白猫の形をしたモノは、痛みを感じてはいないか、
小さく唸りをあげた侭。
されどそれは警戒ではなく何かの呼応するかのように >
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