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―― 自宅 ――
[濡れた衣服が気になるようで足元へと視線を落とす。
人の居る場所では微塵もそんな素振り見せずに居たが
肌にまとわる冷たさには少しだけ参っていた]
水浴びには少し早かったなぁ。
[微か苦い笑みを浮かべ廊下で濡れた衣服を脱ぐ。
其れらを摘むと洗濯籠にほおりこみ
手早く着替えを済ませた。
ふと、廊下をみればぺたりぺたりと濡れた足跡]
そのうち乾くだろ。
[ぽつと零しそれはそのままにしておいた]
行くね。
イヴァン、ごめん…ありがとう。
[別れの言葉みたいに告げた。
先に口付けを受けた手を、もう片方の手で握り締める。
きゅ。と唇を噛み締めて、踵を返し駆け出す。
駆ける頭上、夜の好天を約束するような青空が広がって*いた*]
晴れてるうちに洗濯しとくべきかな。
[窓の外には澄んだ青空が広がっている。
男は独り言ちて悩むような素振りを見せた]
――…、ん。
[急ぐことでもない。
ならば気が向いた時にすればいい。
そんな風に考えて、其れを先延ばしにする**]
― 森の中 ―
[どこか遠くで狼の声が聞こえる。
その度にちょっとびくついて手がとまった。
それでもなんとか薬草を採り終わり]
さて、かえろ……ぅ……
[振り返った、道を見た。
――どちらから来たのか、森の中でよく分からなくてちょっと冷や汗]
……たしか、こっちだったはず。
[ぐるぐると周囲を見渡し。
木々が薄いほう――つまり明るいほうへと歩き出したが。
迷子になる可能性は82%だった**]
―― 自宅 ――
[玄関の扉を開けると、少し湿った屋内の空気。
机に昨夜貰った齧り掛けのチーズと硬くなってしまったパン。
すぐに見える台所は長く使っていない事が知れる有様だった]
そっち、作業場だから行ってて。
着替えてくる。
[示す扉の先は中庭に繋がる広い作業場。
大きな水槽や飴色に使いこまれた足踏みミシン、
それに油満ちた樽などが並んでいる。大きな窓は、換気の為。
中央には大人の男が大の字になってもまだ余る程の大きな机]
[濡れた服を着替え肘の傷は洗ってから清潔な布で拭いた。
作業場へと向かう。
鹿の皮を受け取ると、斜めに立てた板に打ち付ける。
鋭いナイフで内側の皮下組織に残っている脂肪と肉を削ぐのだ。
手袋をして、研いだばかりのナイフをゆっくりと動かす。
赤く白い皮の内側が、小さく削られてぽたぽたと床に落ちた]
…ね。
ミハイルは、人狼…信じてる?
[作業進めながら、ぽつりと問いを置く。
視線は手元に落とす侭に、神経は年上の男へと向けて]
俺、あの旅人に本を貰ったんだ。
人狼についての伝承を綴ったものがあって、
[サリ、サリ、と手元から音はなる。
開けた窓から外の風が入りこむのは、少し、さむいけれど
換気の為に閉める事は出来ない]
…、
――いや、やめる。
何でもない。
[そこまで言ってから、手をとめて顔を向けて少し動きを止め。
ふると頭を横に振り、からすの色の髪を揺らした]
― 森の中 ―
……あれ?
[明るいほうに向かったのに、見えたのはぽっかりと木々が隙間を開けて燦々と日が降り注いでいる空間だった。
どう見ても村ではない]
えーっと……きた道を戻ればいいのかな。
[後ろを振り返った。
歩いてきたあとは下草がつぶれていてかろうじて分かるけれど、それで帰れるかどうかは不安なところである]
……まあ、大丈夫。
[おじけ付く気持ちを隠すように呟いて。
来た道を戻る。
時々狼の声が聞こえて足をとめるけれど、近づいてくる気配はない]
……早く帰らなきゃ。
[急ぎ足で木々の間をぬけて行く]
[走る。背後から追う声は、あっただろうか。
走りながら目元を手で拭ったから、
せっかくの薄化粧もまた崩れてしまう。
走って、走って。人の居ないところを目指した。
気がつけば、ボクは森の端まで来ていた。
構わずがさがさと踏み入る。森の中なら人もいないだろう。
薄暗い木陰が、心細くもありがたかった]
――ひゃっ!
[風が木を揺らす音と、時折まじる狼の声。
そんな中、不意にがさがさと大きな音が聞こえて怯えたように立ち止まった。
びっくりして開いた瞳に飛び込んできたのは――]
─ 森の中 ─
……えっ?
[誰もいないだろう、そう思っていた。
なのに聞えた細い悲鳴。その声に、ボクも思わず立ち止まる。
がさり。草の音が響いた。
柔らかな、見慣れた髪がまず視界に飛び込む]
…カチューシャ…?
[掠れた、我ながら酷い声だった。
慌てて一度、手で鼻を啜り上げる]
― 森の中 ―
び、びっくりした。
[人の姿にほっとして。
そしてキリルである事を知って力なく呟き。
けれど、キリルの擦れた声と、泣いたような顔に別の意味で吃驚した。
彼女が泣いているところなんて、あまり見たことがない]
キリル? どうしたの?
[森の中で迷子になっていたことも忘れて、あわてて幼馴染の傍にちかよった]
[すん。と、鼻を啜る。
慌てて顔を整えたつもりだけれど、
あまり上手く行っていないのは明白だった]
ちょっと…、あの。考えごと、しようと思って。
……。カチューシャは?草摘み?
[心配げに曇る表情に、慌てて言葉を捜す唇が空転する。
辛うじて話を逸らすけれども、多分ばれてしまうのだろう]
[幼馴染の薄化粧はすこし崩れていたけれど、普段とちがって可愛らしくしているのは見て取れた。
考え事、と紡ぐ人を心配そうに見つめ]
そう。あたしでよかったら、聞くよ。
[話をそらそうとするから、言いたくなったら、とはつけぬまま相手を見つめて。
そらされた話題に乗った]
あたしは薬草を採りに。
薬草は取れたんだけど、ちょっと迷ってたから、キリルが来てくれてよかった。
[えへ、と情けない事を笑って告げる。
キリルが泣いているなんて、原因となりそうなのは一つしか思いつかないけど、恋に関しては聞くしか出来ないからそらした話題に乗るほうが楽で逃げたとも言える]
…ん、ありがと。
ちょっとね、イヴァンと…、
[少し考えるように首を傾げる。
口元に手を当てて、思う間少し]
……。けんか。
[一番、当たり障りのない言葉になった。
逸らした話、そのままにしなかったのは幼馴染の気遣いを感じたから]
ん。薬草?ならちょっと見るよ。
あれ…、これひょっとして兄貴が頼んだ?
[カチューシャの抱えた籠を覗き込む。
見慣れた草が幾つか見えて、瞬いた]
イヴァンさんと喧嘩……
何があったのか、聞いても……?
[考える間があっても、伝えてくれたことが信頼されてるようでくすぐったい。
首をかしげて問いかけた]
あ、うん。
薬草見ただけで分かるなんて、キリルすごいね。
あたしも入り口で花摘むつもりだったから、ついでにっていったの。
[どうして肩代わりしたのか、とかはロランの怪我の話になるからそれは言わずに。
しかしそれを言わないことでレイスが悪者になる可能性は考えていなかった]
ん。本当にちょっとしたこと。
イヴァンが、ええと…。
ボクを傷つけたくないって言うから。
ボクも傷つけたくなくて、だから、その……
……分からなくて逃げて、きた。
[最後の言葉を口篭る。
口にしてしまうと間抜けなようで、視線は自然と地面に落ちた。
そのまま緑の下草を見るともなしに眺める]
別にすごくないよ。慣れているだけ。
…兄貴はそれでカチューシャだけ行かせたの?
まったく。仕方がないな。
[殊更に明るく、常の口調へと戻す。
地面から籠へと視線を流す、目は幼馴染の顔を見なかった]
[本人が良く分からないというものが、聞いているだけのカチューシャに分かるわけがない。
それでもなんとなく思ったのは]
どっちも、相手を大事にしすぎてる、のかなあ……
自分の心が分からなくなるのは怖いね……
[ポツリ、と呟き。
何があったのかは知らないまま、キリルが口に出す事で落ち着けばいいと聞いているだけ。
最後の言葉には小さな同意を返した]
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