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[肩を貸すという申し出を断れたが、それでも...はブリジットが気になっていた。
薬師として自分以上に精神と肉体を酷使したのだから、疲労度は限界点を越えているだろう。それでも気丈に振舞える彼女は、正直尊敬に値していた。
だから、彼女を見誤ったのかもしれない。
彼女を寝かしつけた後、自分も治療した人達の顔色を確認してから、少し休むつもりで椅子に腰を下ろした途端、意識は一気に深海の底まで運ばれてしまった。
無理はない。
何せ、あそこまで大量の血を目にして、吐き気をもよおす血臭に包まれ、更に命の危険と隣り合わせになれば、未経験の人間にとってはかなりの精神的負担を生み出していしまう。
結果として即座に深い睡眠に落ちたのは彼のせいではない]
ん……。
[目覚めた時、ぼんやりと重たい瞼の向こうに人影が見える。
その姿をしばしぼ〜っと見つめていて、その中に2人の人物がいないと気付いた時、一気に血の気が落ちた]
神父様? それにブリジットさん?
[神父については、何とはなく不思議な空気があったので、外に出たのかと即座にイメージできた。
だが、まさか疲れて眠っていた筈のブリジットまでいないとなると、少し話が違う。
失礼と思いながら、トイレや自室を確認し、姿が見えない事を確認すると、青ざめた顔色が更に白くなった]
さ、探しにいかないと……。
[混乱してしまった頭に、マテウスやエーリッヒに声をかけるという選択肢は残っていなかった。
...は足早に集会所の外に飛び出すと、感だけを頼りに*走り出した*]
……ん。
[慌ただしく閉まる、扉の音で目を覚ました。
ブリジットの治療で、一度意識は覚醒したのだが、訪れた朝日に安堵してか、結局は眠ってしまっていたようだった。
くぁ、と欠伸をして目を擦り、立ち上がる]
何か、あったのかな。
[されど、事情を知るものはいなさそうだ。
幾らか、人の姿がないのは見て取れたが、不用意に追うことは、しなかった]
[まだ眠っているものにかけられた毛布をかけ直す]
[誰かが用意したらしいスープを温め直して、食事を取る。
食欲の有無で言えば、無いと言えたが、元々体力はさしてないのだから、食べなければもたないのはわかっていた]
[背凭れに身体を預け、行儀の悪い姿勢で食事を終えたのち、一度自室に戻る。
卓上に置いていた袋の存在に、ああ、せっかくの満月だったのに、ひかりに当ててやらなかったと思う。
作りかけの、雪の結晶を連ねたブレスレット。使う石はまだ、決めていなかった]
[袋にしまうと、上着を羽織り手袋を嵌め、再び階段を下りた]
[眼を開けて、最初に写したのは黒い色だった。
最初はそれが何だか分からず、手で押してみる。少し堅めで、でも柔らかい。]
・・・・・ソファ?
[少し考えて、正体を導き出す。
僅かに身動ぎしながら起き上がり、それが正解だということを知った。如何やらソファの上で、背凭れのほうを向いて寝ていたらしい。]
でも、なんで。
・・・・・っと、・・・ベルにぃ?
[ふと息遣いが聞こえ、眼を向けるとアーベルが寝ていた。首を傾げ掛け、鼻につく匂いに僅かに顔を顰めた。]
[そっと扉を押し開けて、外に出た。
先程まで寝ていたから、バンダナはしていなかった。長くなった髪を、風が揺らしていく。左手で押さえる]
[踏み荒らされた地面。全てを覆い隠す雪は、降ってはくれなかったらしい。赤の軌跡も、点々と残っていた。
視線を逸らして村の方へと向けると、遠く遠くに、何かの影が見えた。
目を凝らす。獣ではなくて、人の姿。そして、声。
相手からも、僕の事が見えたのだろう。何事かを、怒鳴るように叫び始めた]
……なに、それ。
[耳を疑った。]
[狼の襲撃。団長の死。
人狼の存在は、もはや疑うべくもない。
だから、容疑者をここに隔離する。
それまでは、昨日と似たような(状況は違ったが)話だった。
けれど、万が一、村に戻ってこようものなら――]
止むを得ない手段、って、なに。
[呟きは届かなかっただろう。
問いではなかった。答えは、理解していた]
[人狼が存在するか否かに関わらず、村の人間は、敵となったのだ]
[一方的な通告のあと、影は小さくなり、村の方へと消えていった]
[嗅ぎ慣れない臭いだったから、何かは分からない。
ただ何となく不快だった。]
お風呂、行ってこよ。
[誰にともなく呟いて、周りを起こさないように抜け出す。食事を勧められたなら、彼女には珍しく湯浴みの後でと断っただろう。
外から何か、怒鳴る声が聞こえた気がしたが。]
……本当に、「自衛」しかしないわけね。
[悪態をついた。
あの様子だと、恐れをなして、仲間の弔いすらしていないのだろう。
義より、己の命が惜しいから。人間なら、当然のことか]
[頭がぼうっとする。]
[脱衣所に入る。鏡の中、見つめ返して来る顔が別人のようで思わず笑ってしまった。
首を振り、上着に手を掛ける。]
・・・・・あれ。
[なるべく見たくはなかったのだが、思わず眼を向けてしまう。
小さな左肩、そこに蒼色があるのは変わらず。
ただ、一層色味を増している気がした。
眉を顰め、それからはできるだけ眼を逸らし続けたが、結局そう長くなく広間へと*戻ることとなった。*]
[ざく、ざく、]
[白い雪を掬い取って、大きめの玉にする。
そこから胴体と頭に大ざっぱに作りわけ、手袋を外した。
指先のあたたかさで解けるのを利用して、細かいカタチを整えていく。
雪で作った、文字通りの、雪の花]
[昔にも作ったことがある、と思った。
町に越してきて、初めての冬。
村ほどではないけれど、雪が積もったことがあった。
雪に覆われた噴水広場の近くで遊んでいると、誰かとはぐれたらしく、泣いている女の子がいた。
なんとか笑って欲しくて、僕は手袋もしていなかったのに、雪でいろいろなものを作って、ふたりして、目をきらきらと輝かせたっけ]
[細工の楽しさを知ったのは、あのときだったような気がする。
真っ赤な手で帰って、母には酷く叱られたものだけれど]
--少し前・広間--
[クレメンスに呼び止められ。][そのまま外へ出る事はなかった。]
[食事を少し強引に進められ。][食欲は全くといっていいほど無かったが、それでも。]
[すこしづつ、すこしづつ、パンを口に運ぶ。][食事を終えるまで、時間は流れた。沢山と。]
[そうしてようやく、ほんの少し血の気の通った頬を手に入れて。]
[今度こそ外へと向かう。][再びクレメンスに呼び止められたが、大丈夫ですと僅かな笑みを返し。]
天使が付いてくれてますから。
[そんな冗談を口にして。][大袋を背負い外へ。][ふらりと。]
--外・死体だらけの場所--
[日の光に照らされて、赤い色はより一層鮮やかさを増していた。]
[血の海に沈む千々に飛んだ手足。][息遣いは聞こえない。][鼓動も。][何も。]
…。
[ぎゅぅと大袋の紐を握る。][血には多少なりと慣れていたと思っていたが。][それでもこの量の血は、やはり堪えた。]
[一人一人(判別の付く限り)命の流れを確認したが、どれもこれも、ただの肉の欠片で。]
[その冷たい事実に目を伏せる。]
[神は知っていたけれど。][祈り方を知らないので。]
[かわりにごめんなさいと、小さく呟いた。]
[もう施しても意味のない治療を、それでも赤く染まり骨のみえてしまった腕や足、腹に布を巻き。][本当は埋めた方がいいのだろうが、それをする力は、今の自分には無い。]
[続けていれば、どこか遠くから怒鳴り声が聞こえた。][ぼんやりと声のほうを振り返り。][微かに聞こえるその意味を知る。]
[だが、無言。][それが結果どういう事を齎すか。][それを思い描く余裕はなかった。][ただ、帰れないんだとだけ受け止める。][それが何時までかも分からないままに。]
―集会場・広間―
[目覚めは、意識に唐突に。開かれた蒼の瞳はしばし。己の置かれた状況を捉えきれずに呆然と]
……俺……。
[掠れた声。奇妙に、喉が渇いていた]
[身体の震えを抑え込むように、自分で自分の肩を掴む。
鎮まらない、静まれない。
誰かに呼びかけられたかもしれない。
でも、聞き取れず。
ふらり。
立ち上がって、外へと彷徨い出た。
押し止める者があったとしても、歩みは止めずに。
白の世界へ。
カラスがそれに続いた]
…………。
[外に出る。ぼんやりとした視界はただ、白のみを映して]
……う……く……。
[零れるのは、低い呻きと、そして]
……わあああああああっ!!!
[絶叫。
言葉で表せないものを吐き出したくて、ただ、叫んだ]
……た、く……。
ふざ、けろ、じじい……。
[叫びの後、掠れた声で呟いて。
中に戻るべき、と理解しつつも、何故かそんな気になれず。
集会所の外壁に寄りかかるようにして座り込み。
小さく小さく、歌を口ずさむ。
肩に止まり、案ずるように覗き込むカラスの脚。
そこにつけられた小さな飾りは何故か、これまでのように*光を放つ事なく*]
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