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〔眠る紫苑の男を立ち去る白の君を見送り、
聊か行儀悪く指に纏はる飴を舐め取りて。
膳の席から立ち上がり縁側へと向かへば、
叉も行儀悪く細き足を外へと投げ出さむ。
膝の上には花冠、
手の内には風車。
真白がゆうらり揺れて、
羽根がくうるり廻る。
仰ぎし天には変わらず星はなきままで、
朱唇は空気を振はすも音を紡がずに。
けれどもそれも束の間の時、
*眠りの淵へと落ちゆくか。*〕
[白の花咲く野を、白の袖翻し、白の霧に包まれて。
蜻蛉(かげろう)のように頼りなく、ゆらりゆらりと歩み往く。]
[時の移ろいはわからねど、白の衣が霧に濡れれば、袖翻るも重くなろうか。]
[あちらもこちらも霧に白く包まれて。
されど、決して交わりはせず。]
[たん――]
[ふわり衣翻し、跳んだ先は…元の場所。]
…やはり、繋がらぬか。
もしやと思うたのじゃがな…
[撫子色から零れるは落胆か、はたまた諦観の吐息かや。]
[落ちたくないと言った眠りの淵]
[見る夢はしりたくないことも教えるか]
[一度失せた筈の]
[戻らぬ筈の、小さな黒真珠の入った守袋]
[中身は既に失せていようか]
[真実の夢には]
[何ら効力を持たずに]
[されど今一つ忘れたことが]
[忘れを許さず、暴くのをやめる]
[白の闇の中]
[*目覚めて悲鳴は口の中*]
[朝餉を取りに踵を返し、ふと思い出すは白の花冠。
戯れに一輪摘んで、薄き唇紡ぐは何のいと。]
ゆく…かえる…ゆく…かえる…
[ひらりはらり、散りゆく白は*朝霧に溶けて*]
[朝餉を終え久々に館の外へと歩み行く。行くその先は―]
確かこの辺りだった―よな?
[見る位置が違う故か確信までは至らぬが、恐らく間違いないだろう。
―そこは初めて降り立った地、記憶を失って最初に見た景色―]
[己はここの何をそう気に入っておるのかと思わず苦笑いをもらし―]
そう言えば―まだ試しておらんかったな。
[ふっと真剣な面持ちとなり、小川へ向かい歩を進める。
まだ少しばかり離れておるが―
たっ――
僅かに勢いをつけ軽々と飛び越して―
――たん
しかし降り立ちしは元の岸―]
―やはり閉ざされておる、か。
[ただそれだけを確かめて、再び館へ戻り行く―]
[ゆる、と眠りの淵より浮き上がる。
開いた紅緋は、幾度かのまばたきの後、周囲を写し。
傍らにいた童が起きているや否やを確かめる事もせず、ただ、苦しげに見えてか頭を撫でて、床から抜けだす]
[童子たちに誘われるまま、朝餉を済ませて。
華の紋を抱えて、ふらり、ゆらりと館を抜け出る]
[風に揺れ舞う白の花。
その中をふらり、ふらりと彷徨いて。
やがて、深き緑に足を踏み入れる]
…………にてる。
[包み込む静謐に、零れるのは呟き。
そのまま、宛もなく、奥へと進み。
やがて、たどり着けるは小さき祠。
紅緋がまばたき、それを見つめ]
ひいや ふうや……
[静寂の後、紡がれしは唄]
みいや ようや……
[てん、てん、と。
つかれて回る、華の紋]
いつやの むさし
ななやの やくし
ここのや とおや
[ひょう、と。
投げられ、還る、華の紋。
小さな手は、受け止めたそれを確りと抱きしめ]
……ゆく、かえる。
……風漣には、わかんない。
[小さな呟きを残して、童はその場を離れる。
そのまま何か探すよに、*静謐の奥へと*]
[目覚めたなら、まず湯あみをする。
白く薄い肩の下まで湯に浸かれば思わず吐息をひとつ。
ややしてから、自分の体を蜜色で見下ろした後、もう一度ためいきをついてから湯殿を出る]
[今日もやはり髪をおろしたままで縁側に面した板の間でお天道の日を浴びる。
やがてあたたかさと入浴後の気だるさゆえにすぅとしずかに寝息をたてるだろう。
そのうち両の膝を抱えこんでころりと丸くなって眠る様は、まるで赤ん坊のようでもあるだろう*か*]
[やがてゆるりと起き上がる]
[すこしばかり顔が白く]
……だめじゃぁ
ちがうんは、見とうないん
隠しごとは、かくさんと
ちいねえさまがた、おいかりじゃぁ……
[ぎゅうと握った、守り袋]
[中身がないことも]
[誰が見付けてくれたのかも]
[何もしらずに]
[食事をすこしもらったら]
[たちあがって]
おらがおったら、みんないっしょにならん……?
そんなの、いやじゃぁ……
[ちいさく言うと]
[童子たちからも離れる]
[どこへゆこうか]
[離れれば]
[何もしらずに*いられるだろうか*]
〔やがて瞼の裏より紫黒の眼現れて、
朝餉を済ませて縁側を歩みゆけば、
赤子のやうに眠りに落ちる人の姿。
くすりくすりと小さく笑ひしは、
童子らか女かはたまた何方もか。
真白き花の冠に、薄緑の風の車。
時移ろわぬゆえか天狗の里ゆえか、
枯れず変わらずその傍らに残されり。〕
〔庭に降り立ち腕を組みて草を踏む。
風に揺れるは深紫の髪に藍墨茶の袖、
見つめる先は天の彼方の遥か遠く、
そこにあるは青き空に白き雲ばかり。
さらさら流る川のせせらぎに、
さやさや噂す風のささめきに、
ざわざわ騒ぐ森のざわめきに、
けれどもこの場にて聞こゆは何もなし。〕
[一足早く昼餉をもらい、誰も居ぬを計りて湯殿へと。
朝霧に濡れた衣を残し、湧き出る湯に浸かりてしばしまどろむ。]
いい湯じゃった。
…む、我の衣はいずこぞ…?
[恐らくは代わりに置かれし白衣と浅葱色の袴を身につけて、乾くまでの一時を小部屋にて一人過ごす。]
[障子窓から空見上げれば、髪を揺らして風渡る。
くすりくすりと笑い声、風に乗ったか空耳か。]
[手持ち無沙汰か気紛れか、飴色取り出し唇へ。
そうと息を吹き込めば、澄んだ音が風に流れゆく。]
[ピィー…ヒャララ…ピィー…ヒョロロ…]
〔耳に届くは祭囃子に似た笛のおと。
風は噂を止めてその音色を運ばむ。
小さく朱の唇から吐息を洩らせば
ゆうるり瞼が下り紫黒は隠されて、
訪れる黒の夜のやうな闇に何思ふ。〕
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