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[三人が家を出る頃、そっとキリルに言葉をかける。
頭を撫でながら。]
あなたに元気がないと、皆心配するわ。
だから、いつでもいらっしゃいね。
泣いた跡も、全部隠してあげるから。
[そんなことを言って、最後は笑顔で三人を見送ったのだった]
[悪い人、というのは多分そういなくって、全員を間違いなく愛してる。いるだけいいじゃないか。その通り。愛されていていいじゃないか。その通り。ただたまに全部炎で一度に燃えないかなーもう全部吹き飛べばいいのにとか思うのだ。1日に1回くらいのペースで]
[ある程度の年齢になれば、実際にそうなったら耐え切れないし、近くに大切なものを失った人たちもたくさんいるわけで、滅多なことではそんなこと口に出せないのも分かってた]
[そこらへんが、多分ささやかな萌芽]
―― 回想 ――
[幼馴染たちとやんちゃの限りを尽くしてストレスを発散し、まあ恵まれた少年期だった。かさこそかさこそと家で根回しを重ね、遠くの町に進学した]
[自由だった。何を食べようと何を着ようと何時に起きて何時に寝ようと泣かれることはない。すばらしかった]
[都会の生活は刺激的すぎて、ホームシックになっても帰るたびにあー実家爆発しないかなーと思って都会に帰る。そんな田舎者丸出しな学生が、故郷のノリでやんちゃをすれば結果は一つに決まってる]
[悪い仲間と交友関係が瞬く間に出来た。
そして、故郷の友人達にどれだけ恵まれていたのか痛感するのだ]
[え、それ壊しちゃうの。え、そこでその子殴るの?
ストッパーはちょっとずつ麻痺させられて、ウェルカム堕落と退廃と暴力の日々へ]
[仲間が付き合ってる女の子をぼこぼこにして、さすがにどんびいた時に言われた。言った相手は誰だっけ]
『何言ってんだチェリーボーイ。愛してるから殴るんだ。
愛は最高のスパイスだ。
愛しているからこそこいつの涙が狂おしいほど美味いんだ』
[そうかそうか。それで祖父も父も妻が泣いても根本的解決をしないのか]
[えーまじで?]
[まぁそんな日が長く続くはずもなく。
卒業不可であっさりと故郷に帰り、自分の価値観がかなりまずくなっているのを自覚し、後悔した]
[もう二度と町には出ないで真っ当に生きようと心に決めた。
幸い理性で善悪の判断は出来たし、まともな友人がいて、何よりあの暗い街から見るとはるかに眩いキリルに恋をした。大切で大切で、絶対幸せにしたいと誓った]
[幸せの絶頂だった――]
[疑えないというカチューシャの言葉に
困ったような微かな笑みが浮かぶ。
嬉しいと思うと同時に、それは心配の種でもあった]
ありがとう。
[先の内緒話は命を預けるにも似た行為。
曲げていた背を伸ばした男の顔は
いつものように淡い淡い微笑を湛えていた]
[じっと見つめていれば、花色の瞳が和らぐのが見えて。
了承されれば、ほっと息をついた。
頼った事を迷惑がられなかった事が嬉しくて微かに笑みを浮かべ。
近づく人に首をかしげた]
ユーリー、さん……?
[小さく名を呼ぶけれど、耳元で告げられる言葉に口を閉じる。
囁きが耳朶をくすぐり、その内容を理解するのにすこし時間がかかった]
…うん。ごめん。
[仕事があるというイヴァンに、困ったような笑みむけて
彼の家を後にする。
幼馴染みを傷付けた木材は持ったまま]
…――――――
[寂しげな笑みを残して。
その場を去る後ろに、車椅子の音だけが反響残した]
――、……ユーリーさんが、「うらないし」?
[イヴァンを信じている根拠を聞かされて、幾度か瞬きを繰り返し。
御伽噺に出てきた名前は、ただ唇で形をなぞるだけで声にはならなかった]
それは、イヴァンさんが正しいと思う……
そんな事、知られたら……きっと次に居なくなっちゃうの、ユーリーさんだもの。
[それは嫌だというように首を振り。
淡い笑みを浮かべる人を見上げ]
[カチューシャのくちびるが言葉を綴る。
音にならねど何を言わんとするかは伝わり
青を見詰めて、男はしっかりと頷く]
イヴァンが正しい、か。
それでも、居るか居ないか知りたい人は居ると思うから。
――…明日には、皆に伝えようと思ってる。
[淡くもあたたかな陽の光に似た髪。
男は揺れるその色に手を伸ばした]
心配してくれてありがとう。
……ん、それも、ちゃんと分かってるんだよ。
[自分が居なくなった後の事を考え
イヴァンの名を彼女に告げた男はそと目を伏せる]
―広場→茂みへ―
[陽が傾き始める頃。
広場には誰かいただろうか。
猟銃と、森に入る最低限必要な物を入れた布袋を肩に掛けて広場に立つ。
これから茂みを抜け、森へ入る。
森へ入る前の一服。
自分だけのジンクスのようなものだ。
どこでどんな獣に遭遇するか分からない。
最後の一服になるかもしれない。
今回は特に、…もしかしたら、人狼に遭遇するかもしれない。
そう思うと、普段以上に深く香りを吸い込み、深く吐き出した。]
カーチャは優しいね。
[真剣な彼女の言葉に微か顎を引く。
カチューシャが信頼する者になら
伝えても構わないと言うつもりだった。
其の思いは今も変わりないが、伝える機を逸した]
[頷く人をただまっすぐ見つめて。
ふわふわした髪に大きな手が触れるのをただ受け入れた。
優しい手つきを感じながら、告げられる言葉に瞳を伏せて]
……ユーリーさんが決めたら、反対はしないけど……
気を、つけてね。
ユーリーさんまで、居なくなるなんて、嫌だから。
[分かってるという人に、ただ、心配だとつげる言葉を紡ぐ。
優しくなんてないと知っているから首を振った。
ただ、これ以上、なくしたくないだけだった]
―― 自宅 ⇒ キリルとレイスの家 ――
[どうしたらいいか分からなくて、彼の無表情と声音が怖くて。
追い返してしまった]
………キリル
[話がしたいというのは本当だろうか。
無性に会いたくなった。ずるずると壁に寄りかかるように座り込み、顔を覆う]
ごめん、キリル。
ごめん、ユーリー。
[ユーリーは無罪の人を吊るすといった。
皆、本当にそれをやるんだろうか。
不安定な中で、出来てしまうんだろうか。
はっきりしてれば出来る、と思う。少なくとも自分は]
………よし。
[こうしているうちにキリルが食われたらと思うと怖かった。
獣避けの香料を小さな袋につめて立ち上がる]
[何か急くような気持ちで近道するため森を通り、キリルの家に向かう。途中誰かに会うだろか]
[柔らかに波打つカチューシャの髪を梳き撫でる指先が
頬の輪郭をうすくなぞり、離れゆく。
指先に触れるぬくもりは守りたいもののひとつ]
ありがとう、気をつけるよ。
[居なくならないとは言えなかった。
守れないだろう約束。
彼女には不誠実な事をしたくはない]
キミも気をつけて。
僕はキミが無事であることを願っているから。
[髪から頬へと流れる指がくすぐったい。
仕事をする男の指の固さを感じて、朱色が上る。
気をつけると言ってくれただけでも嬉しいから、小さく笑んだ]
うん……気をつけます。
今日はキリルの家に泊まるから、一人じゃないし。
大丈夫、だよ。
[ユーリーの花色を見上げて、安心させるように告げた]
[白く滑らかな肌が朱色に染まる姿は好ましく映る。
カチューシャを映す男の双眸が優しい色を濃くした]
――…ん。
レイスも居るだろうし
戸締りも――…、と。
[何処かで過保護だと揶揄る声が聞こえた気がして
続きをいうのを止めるのだが]
……送っていこうか。
[足の怪我もある。
さほど距離がなくともついそんな事を言ってしまった]
―広場―
[材木を膝に置いたまま、車椅子の音をたてて砂を踏む。
陽光は既に落ち少し欠けた赤い月が天に昇る。
見上げると烏色は写しこんで、赤。]
…月が 昇る。
[目を細める]
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