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[やがて。]
[起き上がり]
[ベッドから足を下ろす]
[然うして立ち上がり、扉へと]
[ふらり、ふらりと]
[歩き出す。][素足の儘]
[床の冷たさは気にならないのか]
[気付いていないのか]
[ぎぃ。]
[扉を開け]
[廊下へと彷徨い出て行く。]
[夢遊病者の様に]
[迷い子の様に]
[先程ナサニエルから逃げようと走り出した時と比べると、]
[それは格段に確りとした足取り。]
[時折][ゆらり、]
[平衡を崩して壁に手を着いて身を支えながらも]
コ エ
ど こ ?
[館を漫ろ歩く。]
[……或いは何かを捜し求めて。]
[ハッとした表情が浮かび]
ナいてる?
[宙を見据えたまま]
[濡れた頬に指を]
[まるで何故泣いたのか分からない、とでも言う様な]
[不思議そうな]
[……………………]
[何処を如何歩いたのか]
[広い館の階段の隅で]
[元々不確かだった足取りが]
[更に覚束無くなり][力尽きて]
[ずるずると]
[壁を背に]
[その場にへたり込む。]
[寄る辺無い子供の眸]
[そろそろ夜も明けようと言うのに暗い館の中]
[風の唸り声と][雨の叩き付ける音]
[膝を抱えて、胎児の様に]
[丸くまるく][身を縮めて]
―廊下―
[雨音は一向に止む気配は無い。客人の食事の用意を整え、自らも簡単に済ませる。
医者を尋ねに行った筈の使用人は未だ戻ってはいないようだ。この雨だ、村に辿り着いていたとしても戻るに戻り得ぬのかもしれなかった。
丁度広間に戻ってきたもう一人の使用人と入れ違いになるようにして、廊下へと出る]
[ 眠りにつくのは早かったが、恐らくは夢見の所為だろうか覚醒も早く、目覚めは御世辞にも良好とは云えなかった。何をするでも無く茫として雨音を聞いていたが、何時までも然うしていても仕方無いと思ったか、寝台を抜け出し着替えを済ませる。白のシャツに茶褐色のセーター、黒のスラックス。借りた衣服とは云え、矢張り慣れない和装よりは幾分か好いと思えた。
扉を開いて部屋の外へと出るも、静寂の包む館を支配するのは唸る風の声と雨降りの音ばかり。天候の御蔭か室内にも関わらずやけに寒く感じられた。]
[ 流石に靴のサイズは丁度とはいかず、彼にとっては些か大きい。普段より少しずれた足音は緋色の絨毯に吸い込まれるも、……カン、カンと、階段を降りる時には体重が掛かる所為か僅かに響く。一階に降り立てば先ずは食事をと広間に向かおうとして、目の前を通り掛った侍女に声をかけられる。]
ああ、今日和。……如何かしましたか?
[ 昨夜の事で何か云われるのか内心身構えていたが、其れは主目的では無かったらしくほんの一、ニ言で終わる。然し続いて告げられた言葉に緩やかに瞬いた。]
晩餐会?
[ 折角斯うして多くの人々が集ったのだから、其の機会を設けたいのだと云う。詰まりはアーヴァインもまた、広間で皆と共に食事をするのだと。]
……まあ、別段、反対する理由も有りませんが。
[ 序に靴だけは先に暖炉の傍で乾かしたからと、召使の女はハーヴェイを案内しようとして歩み始めるも、急に足を止め階段の方を振り向くと小さな悲鳴をあげた。]
……?
[ 其れは先日、ネリーが橋の前で立ち往生していた様子を思わせ、まさかと彼女の傍に寄って視線の先を追えば、案の定と云うか階段の隅で壁を背にして蹲る男の姿。丁度影に成っていた所為か、直ぐには見付けられなかったようだ。]
何でまた、こんな所に……。
[ 青年の呟きに我に返った侍女が慌てて駆け寄り声を掛けるも如何やら意識は無いようで、唯、寒さ故にか僅かに震えているのが見て取れた。]
[広間を出る間際、晩餐会をするという話を聞いていた。温室のほうで飾る花を幾つか選び、足早に戻る。先日の幽霊騒動の真相は知らされてはいても、やはり薄暗い廊下は何となく不気味であった]
…!
[ふと女性の悲鳴を耳にし、その足はびくりと止まる。階段のほうから小さな話し声のようなものが聞こえていた。
何かあったのだろうかと小さく息を飲み、はやる気を抑えながらそうと近づいて行く]
[ 周囲を窺うも降り続く雨の所為か、彼ら以外に動く人の気配は無い。如何でも好い時には居る癖にと内心悪態を吐いたが、其れで何かが変わる筈も無くて耳の辺りに手を遣りながら、男と侍女の傍に近寄りしゃがみ込んだ。]
取り敢えず、広間に連れて行きましょうか。
其処までくらいならば、俺一人でも運べますから。
[ 心配そうな表情を浮かべそう申し出る。斯う云った自分の性質は好い加減厭になるが、既に染み付いてしまったものなのだから仕方が無い。
意識が完全に無いというよりは朦朧状態なのか其れとも無意識の譫言か、何を呟いているように聞えた。殆ど声にも成らない呻きのようなものだったが。]
……失礼しますね。
[ 呼び掛けようとして名を知らぬ事に気付き、また何と云ったものか迷いながらも、幼子を宥めるように声を掛けながら体勢を崩させ彼を負る。]
非力と思わせておいた方が得なので、御内密に。
[ 御世辞にも逞しくは見えない青年が自分よりも体格の好い男を背負う姿は奇妙に見えたか、控えていた侍女が驚きに目を瞬かせるのに、冗談めかして彼は云う。]
[そこにいたのは青年と使用人の女性。それとあと1人、青年に負われているのが伺えた。青年の視線がこちらに向いたのを察して会釈し、そのままそちらに歩を進める]
ええと…
お手伝い致しましょう、か?
[事情を尋ねようかと思ったのだが、そう体格が良くは見えない青年が1人で男性を負っているのを見て、そちらが先かと思い直す。
それにしても然程重そうに見えないのには、僅か違和感を感じなくもなかったけれど]
[ お下げ髪の少女の姿を認めれば会釈代わりに今日和と声を掛け、]
事情の説明は……、
ずっと此の体勢も辛いので、取り敢えずは広間に着いてからで。
[矢張り冗談っぽく云って歩み出し手伝いの申し出には、そうですね、と呟く。]
扉を開けて貰えると嬉しいな、と。
……後は食事を頂けると。主に、俺の分を。
[ 其の言葉を聞けば侍女は此の場をネリーに任せ、自らは恭しく一礼をすると食事の準備に向かう。とは云っても既に作り置いている為に、温め直す程度の手間なのだが。其れを見送り、絨毯を踏み締めて広間へと向かう。]
―回想 昨夜―
[話をするのは楽しくて、やがて彼が部屋に戻るのを見送る。
残るのはわたしで、少し目を閉じた。明るくて、眩しくて。]
眠れるかしら?
[ううん、無理だわ。わたしは立ち上がり、水をもらう。
少しぬるめの水は、きっと薬をよくきかせてくれるだろう。
夢を見ない深い眠りは、*決して得られないだろうと思った*]
あ…はい。かしこまりました。
[頷いて、時折急ぎ足になりながら先導するように歩き出す。冗談めいた口調に、先程の違和感は既にどこかに消え失せていた。
両手に花を抱えながら、時折ちらと背中の男性を見遣る。意識はないようだった。
やがて先に広間の前に辿り着いて、扉を開く。細く洩れていた暖かな光が、廊下に溢れる]
どうぞ。
[扉の取手を握ったまま下がって、入るよう促した]
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