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うむ……そうか。
アナは強い子じゃの……。
[そして、アナの話で、ドロテアの籠に揺れる黒い花を思い出したのです]
黒い子が、白い子を……。
じゃあ、黒い色の牧師どのは。
[足もとに落ちたランタンにも、いつの間にやら同じ色が灯っていました]
……そうじゃの、ドロテアの望みは違っていたかもしれん。
でも、嬢ちゃんにはこうする理由があったじゃろう。
誰も嬢ちゃんを責めはせんよ。
[おじいさんは、二度もひとりぼっちになったアナを見詰めました]
……今夜は、どうするんじゃ。
家に一人では辛かろう。
人狼さん。
〔迷いもなく言ったアナは、
人のかたちをしたものと、
ランタンに灯る炎を見た。〕
アナは、牧場に行きます。
だって、フリーたちのお世話をするひと、いなくなってしまったもの。
これから起こるかなしみは止められても、起こってしまったかなしみは、もう、変えられないんでしょう?
そうか、そうしなさい。
[こうなっては誰も信用出来ないだろう、という言葉は呑みこみました]
羊たちがたくさんいるから、あそこなら寂しくないじゃろうな。
[そして、アナの言葉に頷いて、ぽつりと呟くのです]
そうじゃのう。壊れたものは、元には戻らん……。
……これから起こる悲しみ、か……。
[アルベリヒを納めても、背高のっぽなはずの体は極普通の棺に簡単に収まってしまいます。
いいえ、それどころか棺が大きすぎて見えるほどでした。
そんな羊飼いの棺を前にしてゼルマが語る言葉を、木こりは黙して聞いています。]
……夜、元の獣の姿にだな。
覚えておく。
[じっと見つめる老婆を見返して、木こりは重く頷きます。
話が本当なら人狼を見つける手がかりになるのですから。]
はい。
〔ベリエスの、いろんな言葉。
アナは、たったの一度、頷いた。〕
ベリエスお爺ちゃん。
ベリエスお爺ちゃんのこころは、どんな色を、していますか?
[老婆と弔いの準備を追え、木こりは教会の鐘を鳴らします。
ゴーン、ゴーン。ゴーン、ゴーン。
弔いの鐘は羊飼いと旅人、そして牧師の為に響きました。
老猫も物悲しく鳴いています。
戻ってきたドロテアに手伝ってもらい、やがて牧師のいない弔いが始まるのでした。**]
くすんだ色。
……アナのこころは、どんな色をしているんでしょう。
もしかすると、同じかもしれません。
〔あかい羊が、あかいアナに、身をすり寄せる。
怪我をしているのかいないのか、まるでわからなかった。
アナは、落ちていたランタンを拾い上げ、空を見上げる。〕
夜になっちゃう。
ベリエスお爺ちゃん。
早く帰りましょう。
旅人さんのお弔いをしなくちゃ。
牧師さまも。
牧師さまが、人でもあったというのなら。
いや、アナの心は、きっと澄んでおるよ。
[だってアナは、間違ったことをしていないのですから]
そうじゃのう、早く帰ろう。
こんな時だからこそ、弔いを忘れぬようにしなければ。
[そして二人は、並んで帰るのでしょう]
〔ふたりと一匹で帰り、亡くなった人のことを報せたあと。
身を清めるように言われたアナは、宿のお風呂へと入ることになる。
水に流されて、あかい色は見えなくなっていく。
洗われたフリーも、白い毛並みを取り戻す。
けれど、消えないもあるって、アナは気づいていたに違いない。
ぽた、ぽた、ぽた。
たくさん、しずくが落ちていく。
* 黒い炎はいつの間にか消え、鐘が長ぁく、鳴り響く。*〕
[弔いの鐘が鳴り響く。
牧師さんもまた、弔いの箱のなか。
だからみんなが見よう見まねで、祈りを捧げるよりありません]
[おじいさんも、祈りました。旅人と牧師のために。
羊飼いにも、祈りました。心の中で、ごちそうさま]
[ドロテアの籠の黒い花。
メルセデスの色を映した黒い花。
そういえば、メルセデスも言っていました。
どこか様子がおかしかったと。何か感づいたのかもしれないと。
おじいさんにだけ聞こえるように、言っていたのです]
[弔いの儀式が終わったあと、おじいさんはもう一度、教会へと戻りました。
そこにはドロテアが、ひとり取り残されたようでした。
彼女が不思議そうに首を傾げると、おじいさんは言ったのです]
ああ、ちょっと忘れ物をしたんじゃよ。
今夜のおかずを忘れてたんじゃ。
[おじいさんが帽子を取ると、そこには毛の生えた三角耳が。
おじいさんが口を開けると、鋭く尖った獣の牙が。
そしておじいさんのふりをした狼は、ドロテアの体をもぐもぐ、ごっくん]
うむ、なかなか美味じゃった。
[狼は、長い舌でぺろんと口を舐めました。
赤いしずくがぽたりと落ちます]
ドロテアは、不思議な力を持っていたようじゃの。
これは心の色を見る力か。
[狼は、満足そうに頷くと、お腹をさすりさすり自分の家へと帰りました。
月明かりに照らされて、しっぽが機嫌良く揺れました**]
[アナとベリエスから、メルセデスの死の知らせが届きます。
木こりは声にならない口を大きく開け、がこんと閉じて奥歯を噛みしめました。]
牧師さんが人狼?
そんなはずねえ。そんな……
[唸るような呟きは、皆の祈りの声に紛れて消えまっした。
大男は教会から白布を持ち出し、のっしのっしと歩きます。]
[ベリエスが冥福を祈り、アナが宿で血を洗い流す頃。
木こりは川辺でむっすりと顔を顰めました。
二つになった旅人と、赤くなった黒い牧師。
木こりが渋面も露に口を引き結んでも、何か言うものは誰もいません。話せません。
いえ、アナならもしかしたら何か聞こえたのでしょうか。]
………。
[大男は厳つい背を屈め、赤い黒の牧師を白で包みます。
そして弔い途中の旅人を睨むと、土の下へと埋めました。
もう起きだしてくるなと言うように何度も土を掛けました。]
[牧師が教会の棺へ収まり、見よう見まねで皆が祈ります。
木こりは祈る役ではないから、代わりに鐘を鳴らしました。]
牧師さんが人狼なら、ドロテアさんが無事なわけねえ。
だったらまだ人狼はいる。
オイラはそれを探して、斧で……。
[去った後の教会で何が起こるかなんて知りません。
老女のくれた知識を元に木こりは夜の村を睨むのです。**]
――翌朝・自宅――
[朝になると、狼の耳としっぽは引っ込んで、牙も元通りの歯になりました。
くんくん、おじいさんはごちそうの匂いが残っていないか、丁寧に確かめます。
狼の鼻ではかすかにわかるけれど、人間にはきっとわからないでしょう]
さて、今日の獲物はどうしようかのう。
力の強いドミニクか。
ランタンを持った嬢ちゃんか。
頭の回るばあさんか。
[おじいさんのふりをした狼は、散歩の支度を始めました。
今晩の獲物を見定めるように。
そして、誰かが教会から知らせを持ってくるのを、のんびりと待ち続けるのでした]
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