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……そう、か。
[ 黒曜石の瞳は薄紫の中に掠めたものを見留めたか緩やかに瞬かれ、微かに息を呑んだか然れど上下する喉は長いネックの下に隠れる。]
メイは、メイ。
[ 確認する様に繰り返す其の言葉。]
変わらない、よな。
[ 否、其れは何処か云い聞かせているかの如くに。]
うん……。
[僅かな刹那、目を伏せつつ、頷いて]
ボクは、ボク……変わらない。
[確かめるように、呟く。
それから、伏せていた瞳を上げ]
……なんか……ヘンだよ、ハーヴェイ。
どうかしたの?
[からかうように、問いを投げる。
口調はいつもと変わらない、けれど。
どこか、何か、軋んでいるような。
そんな様子も伺えるやも知れず]
……だぁれが変だっての、失礼な奴だな。
[ 何時もと変わらない、普段通りの光景。然し――否、だからこそ、ピアノの調律が狂っているが如くに奇妙な此れは、不協和音とでも云うべき感覚。]
如何も、しない。俺も、お前も、何も無い。
[ 薄い口唇から紡がれる淡々とした声は否定の言葉を重ねる。]
[「何、してるの」
――幼い彼女の声。
「何って」
――月明かりに照らされたこどもはわらって。
「開けて欲しいって、言うんだ」
――窓が開いていた]
[……ああ、あの子か。
双眸を開く。
目の前の彼は、あの子と同じ。
“施設”に獣を招き入れ、一番最初に殺された人間と]
[だとすれば、人狼は*誰――?*]
―階段―
失礼なのは、お互い様な気ー。
[むっとしたような口調で言い。それから、わずか、目を伏せて]
……何もない……か。
ほんとに、このまま。
何も変わんないなら、いいのにね。
[呟くように言いつつ。
いつの間にか途絶えてた旋律を*再び織り成して*]
……そうだな。
[ 同じ様に黒曜石を伏せ短く答えれば、睫毛の下に陰は作られ青年の表情は何処か遠く虚ろなものとなり、窓から注ぎ込む月光が薄暗い室内を照らす。]
何も、変わらないのなら。
[ 微かな頷きと共に洩れた呟きは心からの言葉か、上辺の虚偽か。再び流れ出す旋律に僅か宿した色を和らげ、暫し其れに身を委ねるかの如く目を閉じる。其の音色だけは変わるまいか、*其れとも其の明澄さすらも失われるか。*]
[青年の取り出したナイフの刃が光る。]
[攻撃の隙を窺うように][油断無く構えられた其れを]
[少年の躯を抱いた儘、][一瞥して尚、平静を保ち]
あんたは一つ誤解をしているよ。
俺が裏切ったのは人間じゃない、
人狼だ。
[しかし]
[愛する女を無惨にも喪い][冷たく激しい怒りに燃えた男には]
[其の言葉は耳に入らなかったのか、][或いは最早如何でも良い事だったのか、]
[両手の塞がった目の前の敵に向かって][鋭い突きを]
[身体の中心を狙って繰り出された刃を]
[体を捻って最小限度の動きで躱し]
[躱されたと見るや][翻って]
[素早く薙ぐ様に閃いた白刃に]
[すっと][衣服が切り裂かれて]
[が]
[抱いていた少年の躯を、]
[急に]
[刃持つ男へと投げ渡す様に]
[放り投げる]
[意表を突かれた男は]
[驚愕し思わず其れを抱き止め]
[次の僅か数秒の間の出来事は]
[ナサニエルに認知出来たかどうか。]
[躯を投げると同時に駆け寄り、]
[思わず受け止めたナイフ持つ手を捻じり上げ]
[其の持ち主の胸に突き刺した。]
[青年は驚きの表情を形作って倒れる。]
[其の身体を跨ぎ、]
[青年が倒れた弾みで床に放り出された][少年の躯を抱き上げ]
[詫びる様に][乱れた髪を整えて遣り]
[ナイフの柄を胸から生えた様に突き出した]
[青年の眸が動き、其の姿を追う。]
[彼の口唇が微かに動いたのを見て取り、]
……ナイフは抜かない方が良い。
抜けば一気に出血する。
[と其れは、]
[事の成り行きに呆然とした様に立っている]
[傍らの侍女姿の女性に向けてか]
[倒れ伏した青年に向けて言ったものなのか。]
[再び少年を抱いて立ち上がり、]
[浅い息をして横たわる青年を見下ろす。]
[其の眸には][憐憫も怒りも何も無い]
[唯、寂かな虚無。]
トビーを休ませたら、あんたも連れてって遣るよ。
ローズが好きだったなら、あの女(ひと)の側に行きたいだろう?
[階段を上がり][廊下を進み]
[少年が泊まっていた客室に至る]
[昨日まで少年の休んでいた寝台の上に]
[少年を降ろして寝かせ]
[着衣や髪を整え]
[幾度も然うした様に][上掛けを掛けて]
[階段へと戻って来た時には]
[未だ青年には息が有った。]
[其の側に座り込み、付き添っていたネリーに]
……あんたは手を出すな。
[言い置いて、青年の身体を抱き上げた。]
[じわじわと体内で拡がる出血に、青年の顔は蒼白であったけれど][意識は未だ保たれており]
まだ喋れるか?
出来たら、ローズの居る場所を教えて呉れ。
其処へ連れて行く。
[耳元で囁けば]
["ローズの居る場所へ連れて行く”と言う意味を理解したのか]
[眸に光が宿り][力無く持ち上がった手が]
[廊下の先にある部屋を指し示す。]
[多分其れは]
[「其処へ」とかそんな言葉だったのだと思う。]
[青年の示す部屋の扉を開けると]
[冷たい屍臭]
[寝台の上に横たわる死んだ女]
[青年を抱えた儘][扉を閉め、内鍵を掛ける。]
[部屋の中へと歩み寄り]
[死した恋人の隣に、]
[瀕死の青年を横たえる、]
[婚姻の褥の如くに。]
[然うして}
[青年の刺さった儘のナイフの柄に手を掛け]
[一息に抜き取る。]
[丁度、出血を止める栓の役割をしていたそれを。]
[開いた傷より][勢い良く溢れ出す血液]
[赤く赫い][生命の泉]
[甘い馨りに酔った男は]
[青年の着衣の前を乱暴に開く]
[釦が飛び][布地が裂け]
[滑らかな膚を露わにし]
[湧き出づる泉の源][ぱっくりと開いた傷口に]
[口唇を寄せ]
[ごくごくと喉を鳴らし]
[鮮紅の美酒を飲み干す。]
[蜂蜜の様に蕩けた][琥珀色の眸は]
[淡い黄金の光を][其の底に宿し]
[恍惚と揺蕩う。]
[剥き出しの平らかな胸に指を這わせ]
[愛撫に似た手付きで弄る。]
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