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……ああ、言ってなかったかな、キミには。
ボクは、人でもなければ獣でもない、狭間のものだから。
人の法にも、獣の掟にも。
従わないし、従えない。
……だから、ね。
[微笑む。幼子のように、無邪気に]
ボクにとっては……ボクのたいせつなものをこわしたもの。
こわそうとするものは。
……ボクがこわさなきゃならないもの、なの。
[例え、それが何者であっても、と。
淡々と告げて。
銀色を振るう。
小さな刃が、少女の胸に吸い込まれて。
伝わる衝撃。
それが。
忌避し続けてきたものを、自らもたらした事を、巫女に認識させる]
[金の髪の少女は、驚きながらも、どこか。
哀れむような瞳を巫女へ向けたろうか。
その唇が、赤毛の少女の名を紡ぐ。
彼女に、自分のペンダントを、と。
かすれた声が、告げた]
……そう。わかった、伝える。
[それに対する呟きは、ごく、簡素なもので。
薄紫の瞳は、静かなまま。
*消え行く生命を見つめていた*]
[背後で青年と少女の会話が流れ]
「でも、私は…神父様の敵を討つためなら…人だって殺せる程に…なってしまったんです」
「前者です、と云いたいですが。……喰らったのだと、貴女は云うのでしょう。
[其れを耳に入れ乍ら][揺らめく焔に魅入られた態で]
[す、と][何気無く][暖炉にくべられた薪に手を伸ばす]
[其の行動は]
[対立する二者と其れに注視する者達][広間を覆う緊迫の空気故に]
[誰にも見咎められる事無く]
「敵を討ちたいのなら、此の時間に行うべきではなかった。
如何して、神父殿と同じ過ちを犯すのか。」
[其の言葉に一拍遅れて銃声。]
[少女の軽い身体が反動で後ろへと]
[青年の右腕から][鮮やかな赤が]
[同時に]
[侍女服の女性が掌中の“物”を]
[投付け様としたのか][手袋の白が閃いた其の瞬間]
[風切る音を立てて][飛来した物体]
[火の点いた薪が]
[其の手を打ち]
[掌から黒い塊が弾かれ落ちる]
[ハッと][驚きに打たれ]
[其れでも脚に手を走らせ][短刀を抜き放ち]
[人為らぬ速度で襲い掛かって来た影に]
[尚も抵抗し、][脚で蹴り付け]
[爪で掻き毟り或いは抉ろうと][手を]
[…然し、][其処迄、だった。]
[──圧し掛かった女の脚を両膝で押さえ付け]
[左手で][女の手首を][骨も砕けそうな力で握り締めて]
[黄金に煌く眸][細い月の形に歪んだ唇に]
[微かな嗤いを浮かべた]
[ 普段の彼ならば気付けただろう。旋律が何時の間にか途切れていた事も、彼女の気配が近付いて来ていた事も。然し人の意識は眼前に、獣の意識は男へと向けていた彼が“其れ”を知った時には全てが遅い。
闇色の双眸が月を宿し掛け、夜の獣が覚醒めようとした瞬間、銀の煌めきは碧の少女の手中に収められ、一驚を喫した彼の瞳から月光が消え理性の光が過る。]
な、……メイ!?
[ 少女の名を呼ぶも、寂寂とした薄紫の双瞳の巫女は留まらずに彼を傷付けた者を狙う。妙に淡々とした、其れでいて何処か稚い子供の如き声が彼の耳を突いた。]
馬鹿、何をして……!!
[ ――何をして? 其れは己に向けられるべき科白だ。“賭けに勝った”以上、其れはもう己が身を獣へと変え、全てを喰らうと決めたのだから。詰まりは碧の少女をも殺すと云う事。彼女が如何しようが、彼には何一つとして関係無い。
其の迷いが彼を其処から動けなくさせていた。其れは幾度目かの事。嗚呼、然うだ、彼女が絡むと何時も斯うだったと今更ながらに思う。]
──包帯を取りに行けば好かったのに。ネリー。
[獣の嗤い]
[睨み付ける女の][激しい瞳を][覗き込み]
[嘲笑い][揶揄する様に][囁く]
然うすれば、少なくとも、今此処で、こんな風に死なずに済んだ。
[然し続いた言葉には、]
[あえかに哀惜の色が滲んでは居なかっただろうか?]
[ ハーヴェイの両眼が見開かれ、そして緩やかに瞬かれれば其れは長い前髪に一時隠るる。
金糸の少女の胸から溢れるは消えゆく生命の焔の色。甘い芳香は渇いた獣の欲望を呼び起こす。彼方には男に組み敷かれ呻く護り手の少女。焔は潰えておらねど其れも“未だ”に過ぎない。
……ハ、
[ 歪む口許から零れるのは わらいごえ 。]
[最早耐え切れない、][と云った風情で]
[迸る赫い泉に口を付け]
[一滴も余さず飲み干そうと][貪り続ける]
[黄金の眸は蕩け][陶然と][赫の齎す快楽に揺蕩う]
[ ――緋色の雨が降り注ぐ。
緩やかに卓上に歩み寄った彼が手にしたのは、全てを見詰めていた真白の花。己が血で真紅に染まりし手を其れへと伸ばし、細き花弁に薄い口唇で触れる。
細めた眼に映るのは嘗て人であった者と人成らざる者。死者と生者、彼岸に往きし者と此岸に残りし者。
白の花を其の狭間へと放れば其の色も香りも染まりゆく。其れは手向け花か命を摘み採った証しか、真意を知る者は無い。]
[何時の間にかぐったりと][力を失った女の身体を抱き抱え]
[首に接吻を降らせる様に][忙しなく角度を変え何度も]
[犬歯で創を咬み拡げ][舌を尖らせ其処に]
[ぴちゃ][ぴちゃ][と]
[濡れた音が]
[静まり返った室内に虚しく響く。]
[ネリー][血に染んだ侍女服を纏った女性が]
[生まれたばかりの獣に抱かれ]
[息絶える迄の刹那]
[庇護していた少女を][霞みゆく眸で見詰め]
[弱々しく震える唇で][何か告げようとしていたのを]
[終に彼が知る事は無い。]
[ 歯車は何処から狂い始めたのか、或いは最初から狂っていたのか。広間は生命の証と揺れる焔とで緋く彩られ、其処に在るのは狂気の宴。人間には毒、獣には美酒を思わせる、噎せ返る程の甘い馨り。
護り手の少女の視線の先には、恐怖にか足を竦ませ震える幼子が。然し其の声を聴き留めたのは巫女だけであったろうか。
何時の間にかカーテンの向こうからは零れる月の光。少女へと緩やかに向けられる黒の視線も叉其の色を宿す。]
……武器庫では、どうも?
[ 柔らかに紡がれた科白に、少女は其の意味を理解したろうか。]
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