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―東殿・氷破の部屋―
[壁に手を当てながら、ゆっくりと立ち上がり、廊下へと出て行く]
そう、遠くまでは……、いえ。
遠くまで逃げていてもらいたいのだけれど……。
[ふるり、頭を振るいながら、壁伝いに回廊を進んでいく]
< 散る光を黒の瞳に写し、暫し眺めた後に歩み出す。
石の影響を受けた所為か、少し、眩暈がした。
直接対峙したものよりは、格段にましなのだろうが。
平時よりも遅い足取りで、精神の力に霞む影輝の残滓を辿り――違和感 >
……、消えた?
< 小さく声を上げる。
それでも感じられた場所へと向う。
一室から、微かに冷気が漏れていた。倒れる影は、流水の竜だ。
一瞥してからその先を行くと、壁を頼りに歩く歳若い女の姿。実際には、幾つも歳を重ねているのは知っている >
ブリジット。
< 静かに、声を投げた >
―東伝・回廊―
[壁伝いに幾らか歩いたところで、背後から声を掛けられてはっと振り向く]
……ノーラ!
無事だったのね。良かった……。
[ほぅと安堵の息を零し、微かに笑んだ]
< 無事を喜ぶ様子に、知りはしないのだと悟る。
しかしそれを表には出さず >
……一体、何が。
< 彼女の傍へと寄り、僅か左に顔を傾けた >
―東伝・回廊―
[ゆるりと一度首を振り、]
どこから説明すれば良いのか分からないけれど……。
[口元に手を当て、悩ましげにして]
……アーベルが、揺らされたものだった。
それで剣を狙って、さっき襲ってきたの。
この際だから……大丈夫よね。
ザムエルが、剣を持っていて、それで……そうだ、彼の姿は見ていない?
[影輝の竜へと、尋ねた]
いえ。
< 左右に首を振る。嘘ではない。
沈黙を一拍置き、ブリジットの進んでいた方角に眼差しを向けた >
ザムエルが所有している事は、知っていました。
影輝の気配が感じられましたから。
そして、今は――感じられない。
―東伝・回廊―
……逃げられなかった、か……。
[もっと早く、色々な手を打てれば良かった。
そう悔やんでも、今はもう遅い。水竜が言っていた通り、これからが大切なのだと
自分に言い聞かせて]
剣の気配自体が感じられないということは……、どこか遠くへ行ってしまったのかしら。
わからない。
剣の存在そのものが分かるわけではないから、
力が抑え込まれただけかもしれない。
< 先程まで首飾り――もう一振りの剣を有していた腕を掴む。
黒布の下の手は、傷痕こそないものの、痛みを残していた >
ともかく、行ってみましょう。
残滓は辿れる、筈。
< 言うなり、先へ進もうと一歩踏みだす >
もし、二つが手に渡れば、どうなるのでしょうね。
―東伝・回廊―
……お願い。
もしかしたら、まだ何か対応できるかもしれないから……。
[こくりと頷いて、先に進みだした影輝の竜へと続く]
二つが、揃ったら――
確か、一つになるんだったかしら?でも、殆ど扱い切れないと……
……世界の終わりでも、やってくるのでしょうかね。
< 揺れる焔が積み重なった惨劇の跡を照らす。
生まれた影を踏み、影輝の力を遡る >
終わりが訪れれば、次は、始まり。
今の理のない、新たな世界がつくられる――
< 確証のない、疑問交じりの科白。
氷破の竜よりも、歩みは幾らか速い >
そうであれば、良いのに。
< 距離は幾らか離れつつあった >
―東伝・回廊―
終わりと始まりは、表裏一体――か。
[幾分歩く速度の早い、影輝の竜の後に続きながら]
……もし、そうだとしたら。
新しい世界が見れなさそうなのは、残念ね。
[ゆるり首を振り、少し開いた差を埋めるべく、早足になる]
終わり自体は、恐ろしくないですか?
< 不意に、振り向いた。
その瞬間、詰まりかけた距離、
足下で揺らめくのはブリジット自身の影 >
―東殿・回廊―
[急に振り返られ、ブリジットは瞳を瞬かせて]
ああ、そうね。
なんだか、気付いたら終わってそうだったから。
痛かったり、苦しかったり、熱かったりするのは、ちょっと難儀かしらね。
[井戸端で話すかのように、どこか苦笑めいて呟いた]
この世界には、良いところもある。
……良いところがある分、その裏には悪いところもあるのだろうけれど……。
[心竜の青年の事を思い出しながら、呟く]
……そうですね。
全ては表裏一体。
光があるから闇があるように。
< 氷破の竜の足下の影が、地面から剥がれ宙に浮かび上がる。
ブリジットそっくりの姿を象った黒は、ゆらゆらと揺らぎ、形を変える。一時大きく膨れ上がり、ぐるりと渦を巻いた。主たる彼女に襲い掛かるような動きを見せるも、一時視界を覆ったのみで、直ぐに霧散する。
灯りをともす焔は弱まり、光と闇の境も縮まる。
影も大分、薄らいでいたようだった >
自身が消えるから、ではないの。
< 何事もなかったかのように、言葉を続ける。
今まさに、消えた影を見詰めながら >
ひとりの力で為せることなど、知れているのに。
―東殿・回廊―
[己の影に、目を瞬かせて。
影が襲い掛かるように見えると、僅かに身構えるも。
間も無く霧散して、目の前に再び、影輝の竜の姿が見えた]
ああ……自身が消えてしまうから、か。それもありといえばありね。
[苦笑して呟き、そして続けられた言葉に、こう答えた]
そう。ひとりの力じゃ出来ることなんて高が知れている。
だから、手助けする。協力しあったりもする。
[少し目を伏せ、呟く]
それが第一に来るとばかり。
< 実を言えば、襲う気はあった。
それを止めたのは、力が足りなかったか、自身の意志か。
真意を口にはせず、前へと向き直る。
影もまた、いつの間にか、ブリジットの足下に還っていた >
剣の力を使わねば叶わない程の願い、
どれだけの者が集わなければいけないのか。
< 掌に視線を落とす。
願いの事など、ブリジットは報せていない筈だった >
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