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[わざと音が立つように扉を開ける。
中に居るイレーネも気が付くように]
予想だけならできますけれど。
貴方もご覧になればすぐに分かりますよ。
[そう言ってミリィの部屋へと足を進めた]
イレーネ、お待たせをしました。
[アーベルの小さな笑いは陰により隠れて見えず。
紡がれる名を聞き、瞳に驚愕の色を宿す]
女将さんとノーラ…?
…お前…自分の姉を……?
[疑いとも取れる視線をアーベルに向けた。
身構えるように僅かに後退る]
[ミリィの手を取る。冷たいとはおもわないが、もう体温は大分少なくなってきていた。]
…絵、出来てよかったね。
おじさんとおばさん、きっと喜ぶよ。
[そう親友に、心からの微笑みを向けてから、入り口から扉を叩くような音がしたので、玄関へと向かった。
オトフリートや自警団の人間を見上げる、その顔は微かに青い。
親友を突然亡くした、哀れな少女の顔だった。]
――、
やあ。諸君、今晩は。
ブリジット=フレーゲがお邪魔するよ。
[後ろ手に扉を閉めてから奥に向かって歩いていく。幾らかいったところで止まり、室内を一望して紡いだのは、状況には不似合いだろう平坦な挨拶。
...に、アーベルが告げる声は届いたか否か]
――奪われるより前に。
自分の手でやっておけば良かったと思うね。
[否定と、肯定よりも物騒な言葉が零れた。
距離を取るユリアンへと近づいて、その横をすり抜けて行こうと歩む。
灯りに程近い方向から、聞き慣れた挨拶が聞こえた]
あぁ、フレーゲ先生。
声は、聴こえましたか。
いや、聴こえて“いる”のかな。
お医者先生…お帰りなさい…。
[青ざめた少女は、それでも自警団の人間には憎憎しげに映るか。
乱暴に自分を押しのけミリィの部屋へと向かう彼らの後を、心配そうについていった。]
…絵、大丈夫かな。破かれたりしないかな。
[うっかりそんな事をされては、ミリィの生が無駄になる。]
…こんな時ですのに、一人にさせてしまったりして。
考えが回りませんでした。申し訳ありません。
[イレーネに謝罪して部屋の中へと入る。
自衛団員は完成された絵画を見て、完全に絶句していた。
その視線を追い、片隅に彼女の最期の言葉と同じ文句を見つける]
『みんな仲良く』
[息が詰まった。軽く喉を押さえる。
引き寄せられかけていた絵画から目を背け、手を強く握り締める]
大丈夫ですよ。
その絵を壊すことなど、彼らにだってできるはずがない。
『ああ、遺作だしな』
『だがそいつに渡すわけにも』
…だそうですが。
[イレーネを見て、説得しますか?というように首を傾けた]
──っ。
[返された言葉に絶句する。
どこか尋常ではないその思考についていけず、アーベルの動きを注視しながら横を通り過ぎるのを見やった]
……奪われるより前に、ってことは。
アーベルじゃないってことか…。
[齎された言葉を何度か反芻し、ようやくその言葉を噛み砕く。
血塗れた姿のままブリジットに挨拶する様子に、酷く眉根を寄せて]
……客対応する前に、その格好どうにかしてきたらどうだ。
[言いながら、アーベルの紡ぐ言葉にブリジットへと視線を向けた。
声が聞こえるとは如何なることか、と]
そうしようかな。
動き難くて、敵わない。
[普段よりも、幾らか口数は少なく。
されど傍目にはさして変わりない様子で、幾らかのやりとりを交わしてから、緩やかな足取りで*その場を後にする*]
いいえ…ありがとうございました。
ミリィとたくさん、二人だけで話が出来たから。
…うん、ほんとうはいけないんだって、分かってるけど。
それでも。
[謝罪にそう返しながら、後に続く。
自警団員の様子には少しだけほっとした。
説得するかと問うオトフリートには、緩く首を振った。]
…私が貰っていいものじゃないから。
[みんな仲良くと、銘のように入れられたそれに込められた願い。それを含めて、これは誰か一人のものにするべきではないとは朧気に感じていた。
そんなことしてはいけない。
――魅入られて帰って来れなくなる。]
ああ、アーベル。
聞こえたよ。聞こえている。
ノーラが、女将が。
呼び声、だろう?
[「そこ」へ向け再び歩き出しながら、アーベルに答える。一言一言ははっきりと、しかしどこかばらけたように。自分がやっておけば、という物騒な言葉にはそちらを見るが、それ以上の反応はせず。ユリアンの方も一瞥し]
そう。重なった。
重ねたのだ。重なりは引き出した。
変容は、変容を。
時を錯誤したる増加。
呼び声は呼び声を呼ぶ。
[普段とあまり変わらない動きのアーベルに不信感が浮かぶも、姉弟の死であれでもショックを受けているのだろうか、と思うと突く言葉も失われる。
目の前から姿が消えると、赤が見えなくなったことで安堵の息を漏らした]
…呼び声は、呼び声を呼ぶ?
……先生よ、あんまり分かりにくい言葉は並べないでくれないか。
噛み砕くのに時間がかかる。
[今までブリジットの叫びや言葉は極力聞かないようにしていたため、向けられた言葉が何を意味するのか理解出来なかった]
そうですか。
[手に触れてくる感触に、僅か目を細める。
小さく震えていた手は、やがてゆっくりと解かれる]
ミリィは容疑者だったかもしれませんが。
死者までを疑い手荒に扱うようなことはしませんよね?
…静かに眠らせてあげてください。
せめて彼女だけでも。
[自衛団員に告げて、冷たくなったミリィの手を取る。
すみません、と呟きながら手にした薬液を注ぐ]
同じです。数日ならもちます。
それだけあれば恐らく…解決するでしょう。
[開かれたままの扉の前。一度止まってユリアンを振り向き]
……。
私には聞こえる。残骸の欠片が。
呼び声が、影の片鱗が。
そう、例えば――自衛団長殿の声が。
[変わらず曖昧に紡ぐが、最後の呼び名は鮮明に]
御伽に伝わりし、声を聞く者。
死人の声を聞きたる者、それが私だ。
変容が起きた時には皆に結果を伝える。
自身で以て決めた通りに、伝えよう。
ノーラと女将は、死んでいる。
[相手も既知である事実と]
ミリィも、死んでいる。
[自警団長の声。
それは既にこの世には居ない者。
その声が聞こえるとなれば]
…死人の声を聞く者…。
[反芻するように呟き。
そして続く名前に瞳を見開いた]
ミリィ、も?
…異形じゃなくて、異形にやられたのでもなくて。
じゃあ、何で死んだんだよ…!
[誰かが手を下したとでも言うのか。
不意に浮かぶのは、ミリィと親友である少女の顔。
何事も無ければ良いのだが、その身を案じ不安が過ぎる]
[オトフリートの震えが収まったのを確かめてから、手を放した。
自警団へ彼が向ける願いは、自分の願いでもあり。
それが叶えられるようだとすれば、ほっとしたように、青い顔にやっと小さな笑みを浮かべるだろうか。
薬を塗る様子をぼんやりと、眺めながら。
数日で終わる、には果たして終わるのだろうかといった不安の色を浮かべた。]
…おじさんとおばさんと、早く会えるといいね。
[ぽつりと呟いた。]
何処で死んだかはわかる。自分の家で、だ。
何故かまではわからない。
ただ、静かだった。
それまで止められていた物を届けはしたが、……
[そこまで言うと扉の奥へと消えていき]
何故そう言えるか、ですか?
それは私も幾つかの伝承を知っているからです。
長くても10日までは掛からない。
それだけの間に起きてしまうという事件なのですよ。
空気が篭らないようにしておけば、どうにかなるでしょう。
…それに、私はミリィが人間だということは分かっています。
医者ですしね。何かの力を使われている時ならともかく、力を失って亡くなった後までも騙されはしません。
[それは嘘ではない。だが真実でもない。
本当は、真偽を最初から知っているのだから]
…すみません。少し休ませてください。
流石に…堪えてます。
[溜息というには大きい息を吐いた]
…ミリィの、家。
原因は分からない、けど、死んだのは──。
[本当なのか。
その言葉は口からは出ることなく]
静か、って。
止められてた物って…?
[訊ねるもブリジットは奥へと消えていく。
問いの答えを貰うために追いかけようと思ったが、その奥からアーベルが赤に染まって出てきたのを思い出し、思わず踏み止まった]
……。
[そこにあった物を見下ろす。広がる赤。ノーラとエルザの残骸。視線は真っ直ぐそれに向きながらも、宙を見つめているように。拳を、ノートなどの束を、握り締め]
呼ぶ。それは。天からの物か。
地からの物か?
糸か穴か。どちらでも――そう、どちらでも!
呼び声には違いない。そうじゃないかい、女将。
違うかね。それも有様。
再び進み出した腐食は全身をも覆うか。
それならば。――恐ろしい事だ!
[ブリジットが何かまた叫んでいる。
何を言っているのかやはり意図が読み取れなかったが、死者の声を聞いているのだろうか、とは漠然と思って。
ふと、先程聞いたミリィの話を思い出す。
ブリジットは自宅での死を感じ取ったと言っていた。
彼の少女はそのことを知っているのだろうか。
また無事で居るのだろうか。
護ると決めた少女の安否が気になり、宿屋を飛び出した。
当ても無く、イレーネの姿を*探し回る*]
[何かを押さえ込むように、また何かに話しかけるようにぶつぶつと呟く。時折大きくあがった声は開いた扉の向こうにも響いただろうか。そのうちに奥から戻ってくると]
死に際は穏やかだったのだろう。
[一言、抽象的ではなく告げた。丁度飛び出していったところで、届いたかどうかはわからなかったが]
重なりあい成った形相。
赤いそれではなく……
そう、赤いそれではなく。
赤のモザイクは増え。
侵食していき。……
[また呟きながら不安定な歩調で進み始め。そのまま店を出、どこへかと*消えていき*]
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