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[入ってきたヒサタカにどうも、と礼をして。
サヤカの問いには、一つ、息を吐く]
何が起きている……ですか。
俺に言えるのは……日常が、崩壊したって事と……。
[そこで一度、言葉を切る。
続きを言うことには、微か、ためらいもあるか]
人、ならざるもの。
そんな存在が……ここにいる、って事……です。
[自分も含めて、とは。
さすがに声に出さなかったが、代わりに、ため息を一つついて]
……食べやすいもの、ね。
お粥でよければ、作るけど?
[唸るウミには、こんな問いを投げかけて]
………………………なるほど。
[ショウの返事に頷いて、そのまま近付いていく]
………何を手伝えばいい?
[ショウの目の前に立って尋ねた]
おまっ、近づくな!
[首痛いし。
とは言わなかった。プライドが許さずに。]
………取り皿と、箸!
[ハウス!とか犬に命令するような勢いで、炊事室を指さす。
怪我をした左手だったため、微かに痛んで、眉を顰めた。
調理場の入り口付近で待っていた仔犬が、
ショウの傍に歩いて来て、ヒサタカを見上げた。]
[給湯室の中にいる人影が誰か考える前に、その人が此方を見た。]
…フユさんか。
[疲れたようではあるものの、小さく笑みを浮かべた。一見、何時もとそう変わらないかも知れない。
その目を除いては。]
[ショウの言葉に手だけで応じると]
あーショウ先輩。どうも、夏風邪っぽいッス
[マコトの言葉に僅かに顔を上げてジッとマコトを見やっていたが、お粥を作ろうかという言葉には]
あー、お願いする。おいしいの作って
[ショウとヒサタカのやり取りには小さく笑って]
はい、一之瀬先輩。
ちゃんと手当てしておいた方がいいですよ。
[近くのテーブルで救急箱を開けて。
ウミの方へも顔を向け]
風邪薬もありましたから。
何か少し食べて、水月先輩もこれを飲んでおくといいと思います。
ん。
[水羊羹の、アルミ製のカップにスプーンが当たって
かちゃりと音を立てた。
フユはスプーンを一度口に運ぶくらいの間を取った。]
覚えたんだ。
[近付くな、と言われた瞬間、す、と目を伏せて、見上げた子犬と視線が合った]
……………
[見つめ合っているところへ、取り皿と箸、という声が聞こえて、顔を上げる]
………わかった。
[頷いて、厨房へ向かう姿は、どこか嬉しそうに見えたかもしれない]
……夢だと思って、逃げ出すのは、簡単ですけど。
でも……それじゃ……何もできないから。
[現実と、認めています、と。
サヤカには、はっきりとこう答え]
はい、はい、と。
それじゃ、しばしお待ちくださいませ。
[いつからかこちらを見つめていたウミの返事に、軽い口調でこう返し、調理場へと]
夏風邪ー?
[あー、何とかが引くっていうな。
そんな軽口は、今は出なかった。]
…そ、気をつけろよー。
[そう返したところに背後から声をかけられて、振り向く。
ヨウコが救急箱を開けるのを見て、うんざりした表情]
えー。
ほっときゃ治るって、マジで。
[仔犬は暫しヒサタカと見つめあっていたが、
調理場に向かうのを見送ると欠伸をして、
目を細めてかしかし、後ろ脚で身体を掻いた。]
[サヤカの言葉に流石にムカッと来たのか、不機嫌そうな目でサヤカを見やり]
……昨日も言いましたけど。現実以外の何だって言うんです?
夢ですか? 幻ですか? それとも単なる妄想とでも?
いい加減その温い思考に逃げるのやめていただけませんか
……正直ムカつきます
[そう言い放つ。そして、ヨウコが薬を持ってきてくれると]
あー、ありがと。後で飲むよ
[手を上げて、お礼]
…其処まで覚え悪いつもりはないな。
直々にお叱りも受けましたし。
[苦く笑う。やはりその目に感情はないが。
そういえば、この間の避けるような態度は何だったのだろうと思いながらも、見つめられるのに軽く首を傾げた。]
ほんとに、もう……。
あんまり、心配かけないでくれると、嬉しいんだけどな……。
[小さく呟きつつ、料理にかかる。
姉たちにいぢられていたのは伊達ではないのか、手際は決して悪くはないようで]
……もう、これ以上は……嫌、なんだから、さ。
[ぽつり、呟いて。思い返すのは、5年前。
分家の一人娘だった従妹のこと。
たまに遊びに来るといつも自分の後をついて来て、三人組の中に入りたがって。
幼馴染以外には上手く心を開けず、慕われる事に慣れていなかった自分は、どこか、彼女を持て余していて。
……身近に、年齢の近い者が少ない従妹が、自分に拠り所を求めていたなんて事には、幼さもあって気づく事ができなかった]
[そして、そんな小さな思いの行き違いが、魔を引き寄せやすいなんて事は、知る由もない事で。
……確か、あれは祭りの前の夜。
遊びに来ていた従妹が、どこにもいないと。
末姉に知らされて。
皆で手分けして探しに行った。
……探し回って、たどり着いたのは、神社の境内。
従妹は、そこにある桜をじっと見つめていた。
葉桜の季節のはずなのに、満開に花開いた桜──丁度、今の校庭の桜と同じように、それは、薄紅を散らして]
[その下で、どんな言葉を交わしたのかは、覚えていない。
もしかしたら、覚えていたくないのかも知れない。
ただ、微かに……「一緒にいたいのに」と。
そう、言われた事だけは覚えていて。
それに、どう返せばいいのかわからずにいたら──紅が舞って。
しろは、あかに。
小さな鈴が、チリン、と鳴って。
──同時に、何かが近づくのを感じ取った。
それが何かなんて当然わからないし、何より、その時は夢中で。
それを退けて護らないと、と。
そんな意識の赴くままに力を暴走させて──
意識が途切れる直前に、鋭い風鳴りの音を聞いたのは、覚えていた]
[それから後の事は、よく覚えていない、けれど。
しばらくの間、精神的に不安定な状態に陥っていた事。
周りのおかげで、安定を取り戻せた事。
その時に、一つ決意を固めた事。
それだけは、しっかりと認識していて]
……なのに……俺は……。
[悔しさを帯びた小さな呟きは、*誰かの耳に届いたか*]
そう。
[その目に何も読み取ることが出来なくとも、フユはヨウスケを注視したまま。
もしその様子を見た人間が榎本芙由をそれなりに知っていれば、フユが異性の目を見つめることなどそうそうしないと指摘をしたかも知れない。]
スケさんって呼ばれてるんだってね。
ショウが言ってた。
スケさんの近くでも、誰かが亡くなった……のだよね。
だって今、痛そうにしてたじゃないですか。
それこそ…何かあっても病院とか行かれないんですから。
[流石に最後の方の声は低くなるか]
だから、念のために…
[響いてきた派手な破砕音に一瞬首を竦め、そちらの方を見て溜息]
現実、か……。
[ふいに湧き上がる、ヒステリックに喚き散らしたい衝動を奥歯をギシとかみ締めることで押さえつけ。]
私には、未だこの状況を現実と認識できない。
あまりにも……かけ離れすぎてるもの。
どうして……そこまで現実と信じ込めるの?
もし、これが本当に現実だったとしても……。
原因が、"人ならざるもの"なら……私たちには何も出来ないんじゃないのかしらね?
[そして、冷めた瞳でウミを一瞥した後、溜息をひとつ*落とした。*]
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