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[浮遊感を消す形で、少女は目を覚ます。
鞄を手にし、何時もと同じように家を出て、少女は綿毛畑へと向った。]
ごきげんよぅ、こんにちはぁ!
[居る人々に何時もと同じ調子で挨拶をすれば
絵筆の事件のせいか、気分もすぐれないのだろう、
大人たちは露骨に眉を顰めて少女を見た。
少女は気にせず前を通り過ぎ、白いふわふわした畑へと入っていく。]
それは三番棚の薬液に着けておいてくれ。
水晶花のほうは……
[「実験」のために一度摘んだ花を置きに診療所へと戻り、
助手にてきぱきと指示を出す。
ミルドレッド自身は残りの往診へ向かおうと支度をしていると、
急いた様子のノックの音が続き、返答の間もなく扉が開かれた]
なんだ、騒々しい――
……長殿が?
[丁度その時だった。
彼女が紡ぐ歌が途切れたのは、大人の大きな声。
長が、という声と共に何人かの荒々しい男達が綿毛畑へと入り込んでくる。]
どうしたの…?
[少し面食らいながらも見ていると、
絵筆を探せ、ここにあったら見付かりにくい、などといいながら、男達はこの綿毛畑の綿毛草を引っこ抜いたり倒したり踏みつけたりしながら、畑の中へと足を踏み入れる。
生活に必要なものだから、それほど全て荒々しくなぎ倒す事は無いにせよ、踏まれ折られ、白い綿毛は幾度も散った。]
― 長の家 ―
[息急き切って室内に入れば詳しくは絵師にと言われ、
まずはと応接室に通される]
エーリッヒ、何があった!
[問うた直後に運ばれて来るのは、一枚の絵。
それを見るなり聞こえた低い呟きに振り返り、目を瞬かせた]
―布織り工房―
長様が?
[少女の手には、糸が絡み、アンバーの目がぱちぱちと瞬いた。
それから、つくり途中だった綿を手早く細い糸へ変え、立ち上がる。]
絵師様大丈夫かなぁ。
……だって、昨日も変な様子だったし。
ミリィせんせーとうまくいってないのかな。
[は? って顔で男達が少女を見た。]
え、違うの?
本当は絵師様とミリィせんせーがらぶらぶで。
オトせんせーと絵師様の間でミリィせんせーが揺れる乙女心だと思ったんだけど。
「今問題になってんのはそんなことかよ」
ううん、今は絵だよね。
長様の絵が見つかったんだっけ?
[窓の向こう側を見て、しばらくは声を聞き流す。
たまに、絵師がとか言う声も聞こえたが、少女は心ここにあらずだった。]
─長の家─
……俺も、できればこういう展開は見たくなかったんだけどねぇ……。
[悪態に続いて、零れ落ちたのはこんな呟き。
立ち上がり、運ばれてきた絵に軽く、手を触れる]
……間違いなく、『封じの絵』だ。
『絵筆』を持ち出したヤツが、その『力』を生者に……じじ様に向けたらしい。
[絵に向かうエーリッヒに場を譲り、横に立って見詰める。
鞄を持つ手に自然、力が篭った]
……馬鹿な。
心無い肉体は、唯の抜け殻に過ぎん。
死の訪れたものならばともかく、生者であれば何れ――
[目にしていないがために、確信はないが。
紡ぎかけた言葉に背筋に薄ら寒いものを感じて、口を噤む]
こういうときはさ、もいっかい海に潜って、げんをかつぐのが良いよね!
ってことでいってきまーす!
あ、でも長様ってどうなってるの?
いったら邪魔かなぁ
[明確な答えは返らない。
少女は少し考え、それから一度家により、長の家に向かった。
中にはミリィが入ったあとのようで、入ることは出来なかったけれど、外の人たちと話してどういう状態かは知ることが出来た。]
そっか。
絵が描かれるとそんな風になっちゃうんだ。
[実物を見ていないからか、現実感は伴わないことば。
少女は中を見るようにして、それから海へ向かう。
絵を見た人たちが、青色の話をしていたのを聞いたけれど、心は海を*望んでいた*]
[語られる予測に、軽く、肩を竦め]
まぁ、いい結果は得られんだろうね。
絵から解放すれば、事なきは得られるだろうが……解放には、つがいが揃う必要がある。
早いとこ、持ち出された方の筆を取り戻さんと、まずいな……。
……全く。
お前が抜けているからだぞ。
いっそ、あんな絵筆など、
[持ち運んで来た男が部屋を出て行くのを見送ってから言いかけ、
「なければ」との一言は爪を噛んで飲み込んだ。
子供染みている]
いや。
今、言っても仕方のないことだな。
……はいはい。
抜けてるのは、今更否定しないよ。
[飲み込まれた言葉は察しがついていたから、それには触れず]
とにかく、早いとこ『絵筆』を見つけないとな。
さすがにこうなると、悪戯の一言で片付けるわけにはいかない。
……と、探すのにこれが必要なんだっけ、そう言えば?
[言いつつ、ふと思い出したのは広場でのやり取り。
内ポケットから、布に丁寧に包んだ筆を出しつつ、確かめるように問いかけた]
……そうだな。
[口から手を離すと、額に当てて息を吐き出す。
一時閉じていた瞳を開いて、出された筆を映した]
ああ。
水晶花から作った薬と、
知りたいものに親しいものと、
知りたい相手の一部。
材料を揃え、呪を加えれば、真実の色を示すのだという。
と言えば格好は良いが、
匂いを辿って繋がりを探り白黒を判定するようなものだな。
[身も蓋も無い言い様で締めくくる]
問題は、一度に分量が作れないことと、信憑性か。
信憑性はなくても、今は手段は選べない訳で。
あー、なんか、切るもの持ってる?
[苦笑しつつ言って、布の包みを解く]
……しかし、じじ様がこういう事になると、荒っぽい連中抑えるのが難しくなるな。
どうやって、納得させたものやら。
まあ、確かだな。
都市もそれなりに広い、持ち物検査をするにせよ、
隠し場所など数多くあるだろうし……。
[解かれる包みから現れる漆黒を視界に入れつつ、
鞄から鋏を取り出して、持ち手の方をエーリッヒに差し出す]
これで良いか?
……持ち歩くのが一番の方法とは言え、
不用意に出したり私に見せたりしていいのか、お前は。
[つい小言めいたものが口をついて出る]
荒事は私の領分ではないからね。
絵師の鶴の一声でなんとかならないのか。
こういうときにばかり頼るのも癪ではあるが、原因だろう?
知られてない横道とか坑道も、結構あるからねぇ。
[軽く言いつつ、受け取った鋏で絵筆の毛を切り落とす]
ま、薬師殿は信用してますから、一応。
[小言めいた言葉には冗談めかして返すものの、続いた言葉には、眉を寄せた]
確かに原因だけどなぁ。
なるべく、落ち着かせてはみるが……どうなるか。
強行手段も、視野に入れておかなきゃならんかも知れん。
こうなったからには、持ち出し側も筆を大人しく返すとはちょっと思えんし……ね。
[毛を包むための紙を用意しようとして、
エーリッヒの言葉に動きを止めた]
……、…一応かっ。
[少しだけ、むっとしたような響きが滲んだ。
思案げな様子を認めれば、直ぐ、真剣な顔に戻るのだが]
強硬手段――?
[綿毛畑が蹂躙されていく様を見ているのは
なんだかとても、胸のあたりがきゅうっと
苦しい気が、して。
ぱたぱたと、走り出した。]
…いたい……。
[胸元を押えたまま
腰の辺りで、肩から提げた鞄を跳ねさせつつ少女は走る。]
―診療所―
[走って来たのは、診療所。
何度も前をうろうろしてからそうっと中を見ると、ブリジットが居るのが見えるだろうか?
ミリィが居る様子が見えなかったので、少しだけ眉を下げて]
…いない、の。
[呟いた。
周りの大人たちが、長が、とかどうとか、
ブリジットを含めて話をしているのが聞こえる。
目をパチパチと瞬いて、首を傾けた。]
[むっとしたような響きに何を思ったかは、表には出ず。
疑問の声に、軽く、肩を竦めた]
非力でか弱い平和主義者の俺的には、避けたい所ではありますが。
名乗り上げが期待できない以上、疑わしきは……の流れは止められないかも知れん。
[静かに言いつつ、鋏をテーブルに置いて、切り取った毛を差し出す]
……とはいえ、物理的にどうこうした所で、自白はせんだろうから。
最悪……あちらさんと同じ手段をとる事になるかも知れん。
[つまりは、疑いを多く寄せられた者を、一時的に『封じる』という事]
……できれば、やりたくないんだけど、ねぇ。
「で、さあ、筆がなくなって、
亡くなった人の絵を描くのはできんの?」
絵師の筆は2本あって、それで対になってるんだって。
だから、残ったもう1本で、絵師様も続けられるのだ。
…でも片方だけでもなくなっちゃうと大変みたい。
[エーリッヒから聞いた話、反芻しティムにも教え]
[やがて綿毛の畑に着いた。
息を吐き、一面の白へ瞳をはしらせると
布袋を肩にかけて、裸足で歩みつつ、仕事にはげみだした]
[エルザをみかけたら、手を振って]
[そして突然、男たちが畑へ踏み込んできた。
何かを捜索するような、彼らの挙動には呆気にとられて]
長さま、どうなっちゃったの?
いなくなっちゃったの?
[きょとんとした顔のまま
近くに居た髭の男の腕を手を伸ばして捕まえ
じっと目を見て聞いてみる。
少女のそんな様子に、男はぐ、と何かを飲み込み
乱暴に腕を振り払いながら、そうだ、と言った。]
絵を、かかれたの?
[絵師が描いたわけじゃねぇらしいよ、とだけ言って
男は大股に少女から離れていった。]
[差し出された毛を受け取り先の髪と同じように丁寧に包むと、今度は鞄に入れる]
……確かにそれは、起こり得ることではあるが。
そんなことに使うのか。
絵師の力を、 お前の絵を。
[一時、卓上に置かれた鋏に視線を落とした。
ひどく冷たく映る。
混乱に陥った町人らが暴力に訴えるよりは、あらゆる意味で――
絵師の力を誇示して抑えられると考えれば、マシなのかもしれないが]
第一そんなことをすれば、お前自身の身が危ういかもしれんぞ。
……正しい『用い方』ではない。それは、承知している。
[見上げる視線を、静かに見返しつつ、言葉を綴る]
だが、一番混乱を抑えられるのも事実だ。
俺の身の危険はまあ……十分にあり得るが、それを言ってたらきりがないし、それに……。
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