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[てく、てく、と牧場へと続く道。
向こうからはパジャマ姿の少女が歩いてきます。
彼女の脇には、紅白の羊。
彼女の後ろには、赤い足跡]
こんにちは、アナさん。
昨日はよく眠れましたか?
[怯えた様子の羊を見やり、
牧師は少女に丁寧に挨拶をします]
ええ、きっとお伝えしておこう。
[そう言って、慌ただしく行ってしまったドロテアの背中を、おじいさんは見送るのです]
[それから、おじいさんは、村のあちこちを探しました。
そして、いつしかその足は、村の外れへと。
さらさら流れる川のそばへ、少しずつ近づいていきます]
−−牧場−−
[ドミニクを見つけたゼルマは我慢が出来なくなり、単刀直入に質問します。]
ドミニク。あんた、ルイを手に掛けたんだって?
[つき従うヴァイスは少しばかり逃げ腰です。]
[どうしましたシリーさん?ああ違いますか、デリーさん。
いいえ、アリーさん、エリーさん、その立派な角はイリーさん?
もしかしたら、その毛並みはベリーさんでしたか。
牧師は思いつくままに、羊の名前を呼びました]
え、アルベリヒさんが行方不明なのですか?
[揺らめくランタンの灯りを見ていた牧師は、
少女の言葉に、驚いたように身体を仰け反らせます]
[ぱたぱたと、教会へ向けて急ぎ足。
でも、そこには人の姿はありません。]
……どちらへ?
[ちいさく呟いて、村へと引き返し。
たどり着いた広場で話を聞くと、牧師様が牧場の方へ向かわれた、という話を聞けました。
どうかしたの? という問いに無理に笑ってなんでもありません、と答えるとまた急ぎ足。
牧場へ向けて、走るのです。]
[木こりは牧場へ向かいます。
緑の中の羊雲たち、その陰に赤い果実を見つけます。
羊飼いの帽子が中身をなくし、ちょこんと鎮座してました。]
からだをなくした…食われちまったってことか。
羊を守ろうとしたか、アナを守ろうとしたか。
アイツなら……アルベリヒならどっちもだな。
[木こりは涙もろい羊飼いを思い、大きく息を吐きました。
今日の木こりはずた袋なんて持っていません。
羊飼いの家からシーツを借りて、残された欠片を集めます。]
そうだ。
オイラがやった。
[老婆の声に止まった手が、再び動き出します。
小さな欠片を丁寧に、白かったシーツに集めるのでした。]
〔行ってしまうゼルマを、アナは手を振って見送った。
それからまた、アナはちいさな足で広い道を歩いていく。〕
こんにちは、牧師さま。
〔いつもと違う格好のアナは、いつも通りにご挨拶。〕
全然違います、牧師さま。
神さまの光は、牧師さまの目を曇らせてしまったかしら。
〔おびえる羊の名前を当てられないメルセデスに、アナは言う。
ゼルマに話したのと同じように、アルベリヒのことを話していたけれど、行方不明という言葉にはちょっと首をかしげてみせた。〕
からだはあったけれど、こころがどこか、行ってしまったの。
それとも、アナには見えないだけかしら。
そういえば、牧師さま。
アナは聞きたいことがあったんです。
牧師さま、
牧師さまは、人はそれぞれに、与えられたお仕事があると言いました。
それなら、人狼に与えられたお仕事って、なんですか?
――川縁――
[ルイのからだが、二つにわかれてごろんごろん。
鋭い切り口は、木こりの斧を思い出させます]
[おじいさんは、しばらく黙って旅人を見詰めた後に言いました]
『探し物を見つけました』
ドロテアからの伝言じゃよ。確かに伝えたからのう。
[そうしておじいさんは、家へと引き返そうとしました。
家には確か、作物をしまう袋があったはずです。
人間の体が入るかどうかはわかりませんけれど]
[足が止まったのは、紅白の羊に驚いたからでしょうか。
それとも、どう声をかければいいか、悩んだせいでしょうか。
一番の理由は、アナの投げかけた問いが、自分も聞きたい事だったから、でしょうけれど。]
……。
[ちょっと迷ってから、ゆっくりそちらに近づきます。
黒い花はゆらゆら、迷うように揺れていました。]
[ドミニクが頷くのを見て言葉をつづけました]
そうかい。確かにルイさんが来てからいろいろなことがあったものね。村のためを思ってやったのだと思いたいわ。でも少し聞かせてほしいんだよ。ルイさんが人に化ける獣だと思った理由ってなにかあるのかい? 実際そうだったのかい?
もうひとつ不思議なのはアナはルイが人間だと言っていたことだよ。
[木こりの背中に問いかけながらアルベリヒだったものに十字を切りました。]
おやおや、これは手厳しい。
羊なんて、……、どれもみな同じですから。
[牧師は悔し紛れに、羊をこっそり睨みます]
からだはあって、こころがない。
こころがあって、からだがない。
どちらも大変、困ります。
どちらも急いで探しましょう。
不思議なことをお聞きになりますね。
人狼に与えられたお仕事ですか?
さあて、私にはわかりません、けれど。
[牧師は指を口にあてて、考えます]
狼の仲間なら、
人を食べてしまうのがお仕事なのかもしれませんね。
[牧師はおお恐ろしい、と天を仰ぎ見て、
ぶつぶつと祈るようにつぶやきます]
同じではなくて、全然違うものだと思います。
神さまはひとつとして、同じものをお作りにならないもの。
同じものを作ろうとするのは、人間だけ。
〔大変だという言葉にはこっくり、おおきく頷いて。〕
うん、大変、困ります。
だから、そう。
アナは旅人さんに、こころの欠片をお届けしなくちゃ。
[老婆はなんとかドミニクの手伝いをしてアルベリヒだったものをひとつにまとめます。]
アルベリヒ、あんたのチーズはおいしかったよ。
[何も言わぬものに向かって、昨日までの感謝を口にします。]
[おじいさんは、袋にせっせと旅人を詰め込みます。
しかし小さい方はともかく、大きい方はひとりではどうにもなりません。
仕方がないので、他の人を呼びに行きました。
みんな牧場に行っていると、村の人が教えてくれたかもしれません]
……冷たいもんじゃ。
ルイが余所者だったからかのう?
[おじいさんは、いつかの自分も余所者だったことを、ふと思い出すのでした]
[木こりは老婆に背を向けたまま、手を動かし続けます。
けれど、ちゃんと聞いてる証拠に時々動きが鈍るのでした。]
…旅人さんが来るまで、オイラの村に人狼なんか出なかった。
女将さんが消えたのも、ホラントが噂しだしたのも、全部アイツが来てからだ。
人狼か人間かなんて、前も今もわからねえ。
[ゼルマの手伝いで纏まったシーツを固く結び合わせます。]
アナはきれいな色って言ってた。
それしかオイラは聞いてない。
食べるのが、お仕事ですか?
お腹が空いたのなら、ごはんを食べるのは、当たり前のことです。
お仕事だとしたら、不思議だって思います。
当たり前ではなくて、しなくちゃいけないって、ことなのかしら。
でも、人狼は、人で、狼なんですよね。
とっても、不思議。
どうして、半分ずつなのかしら。
人なら、人を食べてしまわなくたって、きっと、いいのに。
アナさんは、神様のことをよくご存知なのですね。
神様もお喜びになっておられます。
[牧師は笑顔の仮面を作って、頷きます]
おや、旅人さんが、どうかされたのですか?
こころの欠片とは、いったい何でしょう。
どこにあるのでしょうか。
[牧師は不思議そうにパジャマ姿の少女を見ます]
牧師さまは、牧師さまなのに、知らないの?
〔アナがメルセデスとおはなししていると、フリーが服の袖を引く。〕
ああ、そうね、フリー。
早く行かなくっちゃ。
牧師さま、失礼します。
ルイさん、からだをなくしてしまったの。
木こりさんが、切ってしまったから。
〔そういうと、ぱたぱた、駆けていこうとする。
その途中で、ちょうど、こちらへと来るひとを見た。〕
こんにちは、ドロテアお姉さん!
[老婆はドミニクに話しかけます。]
アルベリヒはホラントと同じように喰われた、ように思えるね。
もし、アナが獣だったら、人間に化けなおしたとしても、羊たちが寄るとは思えないよ。
きれいな色、確かにそんな言い方だったね。あたしにはそれが人間だ、という意味に聞こえたんだ。アナには何か特別な力があるんじゃないかね?
[いつからこんなに詮索好きになったのだろう、と溜息をつきながら、アルベリヒを運ぶ手伝いをするのでした。]
人の時には、人のお仕事
狼の時には、獣のお仕事
ヴァイスと一緒で、食べて眠るのが、お仕事。
きっと、そんなものなのでしょう。
きっと、そんなものなのでしょう。
[牧師は歌うように、二回言ったのでした。
羊に促されるように、ぱたぱたと駆けていく少女を見送ります]
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