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ねえさま……!
[白いその手は引かれ離れ]
[離れゆくその人を追いかけようと]
[されど何のいたずらか]
[足を滑らし着物を汚す]
なんもあらんなんてなか……
ねえさま、苦しそうじゃ
〔消えゆく白の君によりてか
滑りし臙脂の子によりてか
青の天に舞ひ上がるは白の欠片。
履物をして其方に向けゆるゆると歩み出せば
揺れる深紫は童の姿を認める事が出来ようか。〕
おやまあ、臙脂の子。
着物を汚してしもうて、どうしたね。
どこぞに足を引っかけて、転びでもしたかい。
[しゃなりと歩み寄りしゃがんで視線を合わす]
此方の名前が欲しいのなら、
“あやめ”と呼ぶが好いよ。
[湯殿で汗を流した後。
何かに惹かれるように館の外へ。
巡る水車の傍らで、てん、てん、と鞠をつく]
ひいや ふうや
みいや ようや
いつやの むさし
ななやの やくし
ここのや とおや
[最後のひとつきと共に、手に還る、鞠をひょう、と空へ投げ、受け止めて]
…………。
[紅緋の瞳は、霞の向こうをじぃ、と見る]
そうかい、怪我はないかね。
元気なのは好いけれどお気をつけ。
[空いた手を伸ばして汚れを払おうと]
おやまあ、聞えちまったかい。
そうさ、あれは此方がうたっていたよ。
音の坊はひとりかい、
風の坊が一緒かと思うたよ。
怪我はあらんよ。
おら、どんくさいけ、すぐ転んでしまうんじゃ
[汚れを払う白い手に、少しだけ驚いて]
[その手を止めようと手を伸ばす]
よごれてまうよ、あやめねえさま。
ふうれんにいさま、一緒と違うんよ
えいかねえさまが一緒じゃったけ
[妙に早くに目が覚めて、朝餉は後でと童子に断り、一人ふらりと外に出た。ふらりふらりと鎮守の森に足を踏み入れ、小さな祠の前に出る]
はてさて、天狗の祠とは、何を祀っているのやら。
[小さく笑って悪戯に、水飴ひとつ、置いてゆく]
ゆくかもどるか…今一度…
[空を見上げたその頬を、さやと撫でるは風の音か、遠く聞こえたわらべ歌か]
白の君か、
はてなさてな、
今は姿が見えぬけれども。
[伸ばされれば手を離して立ち上がり]
なぁに、
すぐ落ちるのだから気に留める事はない。
[代わりに臙脂の髪にぱさり乗せる花冠]
[華の紋を両手で抱え。
またしばし、川の向こうをじぃ、と見やる]
この川の向こうに……?
[呟く声は、霞に沈むか。
ゆる、と一度首を振り。
時折、ひょう、と鞠を空へと投げつ、川に沿って歩き出す]
あちらに走っていかれてもうたん
[反対側を指差して、あやめねえさまにそう答え]
大丈夫か、おら、しんぱいじゃぁ……
きれいな花で、まよわんじゃろか……?
[頭の上にのせられて]
[きょとんと彼女を見上げようか]
あやめねえさま?
なんじゃぁ?
あれまあ。
けれどもきっと大丈夫さ、
鈴の音が導いてくれるだろう。
それにゆくもかえるも出来ぬのだから。
[臙脂の子の貌に眼も唇も弧を描く]
花で編んだ冠だよ、
懐かしゅうて、ついついね。
坊は作ったことはないかい。
そうじゃの。
綺麗な鈴の音じゃったもの。
じゃけん、おらも迷ってもうたんじゃ
[続いた言葉に、首を傾げて]
できぬの?
ゆくも、かえるも?
[それから頭に手をやって]
[触れるはふわり、花びら]
お花のかんむり……
おらは作った事、なかぁ
小ねえさまがたがつくっとったのぅ……
[口唇から零れた言葉に、驚くは本人で]
……小ねえさま、って、だれじゃろぅ?
[白の中。
たたずむ人の影ふたつ。
遠くに見て]
…………。
[ゆる、と首を傾げた後、ふるり、首を振る。
何か、何か、浮かぼうか。
何か、何か、見えようか。
白き霞のかかりし向こう]
はてなさてな、迷うは己が心ゆえ、
鈴の音が美しゅう聞えるのも同じかな。
坊には聊か難しかろうかね。
[緩く首を傾げば深紫はふうわりと]
天狗の神巫とやらが言うておったよ、
我らが里に迎える者を選びたいのだとね。
それがゆえ、今はここに在るしか出来ぬだろう。
[音彩の言の葉に瞬きをはたりはたり]
小ねえさま。
はて、誰だろうかね。
何か思い出しそうかい。
心が迷うてしもうておるん?
[あやめねえさまの言葉は、その通り難しく]
おらにはようわからんのじゃ……あやめねえさまは、頭が良いのじゃの。
……天狗? あまかける、いぎょうのもの?
[しかしそれは難しく]
里、里。天狗の里?
選ぶというたのなら、鈴は、神巫さまが鳴らしておったんじゃろうか……?
[首を傾げて]
……ちいねえさま。
たくさんおった、ようじゃよ。
ゆめ、けさのゆめ。ちょっと、見たんじゃ……?
[どこかおぼつかない言葉]
ひいや ふうや
みいや ようや
いつやの むさし
ななやの やくし
ここのや とおや
[紅緋の瞳、見やるはただ、霞の先。
小さな声で、唄紡ぐ。
てん、てん、と。
華の紋がゆるりと巡り]
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