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――客室――
[一枚の紙を手に取り、少女は無言でそれを握り締めると。
無造作にドアを開けて部屋を飛び出した。]
どうして…?
どうして片時も離れなかったのに、『今回だけ』一人で出て行ったの?神父様…。
――調べたい物って…夜が明けてから…せめて人狼が動けなくなる夜明け以降では…だめだったの?
[少女は屋敷内の廊下を駆け巡りながら、ルーサーの姿を探し始める。
脳裏に浮かぶのは、走り書きに記されていた言葉――調べ物――と、夜が明けても戻ってこなかったら――の二つの文。
それが何を意味しているのか――
解らない少女では無く――]
――客室→広間→アーヴァインの部屋へ――
[少女は記憶を辿り、神父と共に向かった場所を見て回る。
花を摘み取った温室を覗き、広間へ。
そこに武器庫の鍵が置いてあることを確認すれば、少なくても武器庫には用が無いと思われ――]
調べたいもの…調べたい…。
人狼が活動する時間にでも調べたいものって何…?喰われたあのお姉さんの事?
――きっと違う…。死体損壊について調べたければ、昨日の時点で済ませている筈…。
二人で巡って…まだ行って無い所は何処?――夜中で無ければ駄目な場所とは…?
[――少女は記憶を遡って――]
[一つだけ合致した場所のドアノブに手を掛け――]
[かちゃり――]
[静かに扉を開いた――]
――室内へ――
――アーヴァインの部屋――
[ドアを開けると、まだ温め切れていない風が室内を漂っていた。
開け放たれた窓に、靡くカーテン。
その緩やかな動きに目隠しをされながら、少女は一歩ずつ室内へと歩みを進める。]
[潮の満ち干きに似たカーテンの動きに合わせて、揺らめく赤の色彩――]
[ふわり――]
[目隠しが外れれば――]
[少女の目に映し出されたのは――]
しん…ぷ…さま?
[横たわる、変わり果てたルーサーの姿――]
-ネリ−私室/朝-
[目がさめると、いつものように彼女の姿はない。
いつもならすぐに身支度を整え、部屋を出るヘンリエッタだが、今日は違った。
寝台の上、膝を抱えたまま動かない。
赤褐色の目は目の前の壁を指すけれど、少女が真に見ているのは記憶の中の光景。
緑の髪の少年の血に汚れた無惨な顔。
赤く染まった床と、赤く染まった青髪の男の腕。
少年を殺したのは、人ならざる力ではない。]
……人だって、人を殺せる。
[ならば、人と獣と何が違うと言うのだろう。]
[少女は口許を緩め、綺麗な笑みを携えながら。
ルーサーの横たわるベッドに近付き、腰を下ろす――]
神父様…、こんな所で寝ていらしたんですか?
もう朝ですよ…?窓も開けっ放しで…。起きないと風邪引いちゃいますよ…?
[気丈にも微笑を絶やさず。
しかし声は次第に震えを増していく――]
…ほら、腕が片方…無いですよ?何処に落として来たんですか?足だって…見当たらないし…。
…もぅ、神父様がこんなに寝相が悪いとは…私…わた…し…思わなかった……。
――っねぇ?神父様、心臓が…腕が…脚が…無いよ?どうして…?ねぇ!どうしてなの!どうして……
[少女の声はやがて悲痛な叫びに変わり――]
[室内を包み込んでいった――]
[まだ狼はいると、緑の髪の少年に祈りを捧げた神父はいった。
けれど、それはもう意味のある言葉には思えなかった。狼が何人いようと、いなくなろうと、人が疑い、殺しあうことができるのなら同じだ。]
何人殺せば、終わるのかしら?
[呟いて、誰もいない部屋を見回す。
先日までは、一人になると不安だった。
けれど、他者といたからといって決して安全ではないことを、今のヘンリエッタは知っている。]
――アーヴァインの部屋――
[どれ位その場所で時を刻んでいたのだろう。
もう流れ出る血液も無い、屍と化したルーサーの傍から片時も離れることなく、少女は静かに歌を口ずさんでいた。]
眠れ良い子よ ひつじも小鳥も眠り入り
庭も野原も沈黙し はち一匹も飛んでいない
銀色に輝く月が 窓からこちらを覗いている
うつろな月明かりの中で ねむりなさい
[いつかルーサーが少女に歌っていた子守唄。その味のある歌声が、今では懐かしく感じる――]
ふふっ…神父様ったら、子守唄を歌ってやるぞ!って意気込んでいた割には…歌詞すらあやふやで…。
結局――私が歌詞を教えてあげたんだっけ…
[遠くを見つめる眼差しから]
[ふわりと笑みが零れる]
ねぇ、神父様――私はこれから…どうすればいい?
――どうすれば…あなたの仇が討てる?
教えて……どうすれば良いの…?
[虚ろ気な瞳の少女は――]
[ふわり――その場から立ち上がると…]
[何かを求め彷徨うように]
[遺体のある部屋を後にした――]
――アーヴァインの部屋→…――
―広間―
[ゆらり、視界が揺れる
静寂
既に広間には誰も居らず、目の前、既に冷たくなった少年]
……俺が……
[ただ、それだけ繰り返す]
『……同じでは、有りませんよ……。』
[深遠に沈む思考に微かに届いたそれは、誰の物かまで思い出せずに]
――廊下――
[少女は行く当てもなく屋敷内を彷徨っていた。
その姿は、何か手掛かりを求めるような物ではなく、ただ現実から逃げるように――]
[ふと――
階段を緩やかに降り、一階の廊下に差し掛かった時、ピアノの音色が少女の耳を擽った。]
[その音色に誘われるように――]
[さらり――]
[少女は色褪せた金糸を揺らして――]
[重々しいドアをそっと開けた――]
――音楽室へ――
…同じじゃない…?
[あぁ、そうだ
奴らは好きで人を殺すのだ、と
弄ぶように、残忍に
殺して、喰らって、打ち捨てる]
……俺は?
[目の前の少年を見る
ローズの姿を思い出す
胸が痛む
悲しみ
それを感じるうちは、人で居られる気がした]
─音楽室─
[扉の開く気配に振り返る。目に入ったのは、金色の髪]
ああ。
どうしたの?
[静かに、問う。
どことなく憔悴した様子から、彼女が自分と同じもの──その現実を見たのだと、察しはついていたけれど]
―厨房―
[昨夜のスープを暖める。
あの日錆をつけた手袋は、既に白く綺麗になっていた。けれど未だ持ち出した刃は服の下に。
“銃”は直接的な傷を負わせる手段ではない。これで如何ほど奴等に対抗できるのか、それは分からなかった]
…
[溜息と共に火を止め、鍋を手に広間へ]
―厨房→広間―
―広間―
[静かな空間の扉を開ける。
誰もいないのかと思ったそこには青年が一人と、少年…だったものが一つ。
僅かに躊躇して小さく目を伏せる。
会釈だけをして、中へと足を踏み入れた]
[人が表れた気配に顔を上げる。
緑の髪の少女
昨日の神父との会話を思い出す。
ほんの僅かな時間消えていたという鍵の行方。
あの時、名前が出なかったのは…]
あぁ、ネリー、ちょうど良い。
話があるんだけど……良いかな?
――音楽室――
[室内に入れば、少し年上の少女の姿。確か名前はメイと言っただろうか――]
こんにちは…メイさん…。
ちょっと…神父様と…探し物に…
[どうしたのかと問い掛けられれば。
口を次いで出た言葉は、在り来たりなもの――]
[誰にも会わず、屋敷の外へ出た。
日は既に頂上に差し掛かり、その眩しさに目が眩む。
ここ数日の快晴で、ぬかるんでいた地面は乾き、踏み締める足を確かに支える。
雨は降っていないから、血痕もまだ僅かに見える。
室内の絨毯に残るそれとは違い、風吹く大地に残る血のあとは少ない。注意して見なければわからない程。
けれど、血痕とともに溢れる僅かな肉隗が、はっきりと道を記してくれた。]
……探し物?
[不思議そうに呟いて。
薄紫の瞳を鍵盤へと戻せば、一度止めた演奏をまた再開する]
ここに探すような『もの』があるとは思えないけど……。
……ああ。
『伝言』なら、聴いているけれどね。
[ごく、何でも無い事のように。淡々と告げて]
[昨日そうしたように、テーブルの上に鍋を置く。
まさに昨日、人の死した空間。恐らく手をつける人は少ないか…若しくは皆無かもしれない]
――はい?
如何か…?
[声を掛けられるとは思っていなかったのか、怪訝そうに振り返る。
すでに黒く固まった血の跡が視界に入った]
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