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…そうか。
[頷く様子に、頷き返す。]
お母さんは、君のことを心配していたんだね。
君が使い方を知らない力で、うっかり世界を壊してしまわぬように。
君が、人の中で、生きていけるように。
…でも、人の中で生きるなんて無理。
少しの間、変化しないことだけで怪しまれる。
暫くここに居たけれど、10年も居られない。
貴方は、違う、の?
人の中で、生きていられるの?
[眉をひそめたまま、目の前の男に問う。
何故、同じ竜なのに、彼は。
背中がチリ、と痛んだ。]
俺は多分、一つのところに留まらないから。旅してる限りは大丈夫なんだと思う。
時によって分かたれても、また新しく出会えばいいし、本当に思ってくれるひとは、たとえ変わらぬこの身でも、受け入れてくれるから。
それに、帰る場所はちゃんとあるし。
―昨夜・西通りの外れ、桜よりさらに西―
[夜道をひとり歩く。花見客も絶え、あたりに人の気配は無い。
桜の大樹のもとを離れると、冷たい夜風に頬を撫でられ覚醒した気分になる。
春に咲く桜。人はそれを見て春の訪れを知る。
常磐の冬の終わりを告げる花。
何と不快なのだろう。
それほどの息吹。]
[少し歩くと、すぐに其処へ辿り着いた。]
[影輝王の創り上げた結界。]
[力あるものの通行を阻むそれは、目に見えないが確かにそこにあって、触れずとも解った。地を這うものも空を飛ぶものも全てを阻む為に天まで伸びており、街を覆う天蓋のようだった。
外の闇を阻んでいるかのようであり、また内の宵闇を閉じこめているかのような
ミハエルはその境に、暫し立ち尽くしていた。]
[この結界を通り抜けることが出来るだろうか。否。少なくとも自分には。
通り抜ける事の出来た者が居たとして、影輝王へそれを悟られずに居ることは?]
[考えるだけ無駄な事象に思われた。]
[精霊王の力を目の当たりにする機会は少ない。]
[暫し瞑目]
[それから、北を目指して歩き出した。
ハインリヒとかいう男を飲み込んだものが、北…寧ろ遺跡から訪れたのは間違いの無いことで
ならば確かめてこようと、夜道を往く。
危険が伴うであろう事は承知だが、それで退くつもりは微塵も無かった]
…そう。
貴方は望まれている。
私は望まれていなかった。
それだけ。
…私のコレと同じモノだという、貴方のその小さな紋章は、いったい誰が?
[「かえる場所」と言われて また ちり、と背中が熱くなった。
ふと目を窓にやると、黒猫が窓辺から覗いているのが確認できた。]
…竜の中の竜。竜を統べる皇から。
[胸元に手を当て、答える。]
君も一度、連れていきたいな。
君のお母さんが産まれた世界へ。
君をずっと探している方がいるから。
―昨夜・北、遺跡―
[ざわめき。]
[其処では大地も風も、ざわめいていた。
不穏だった。]
[純粋な精霊の力を容れた器は、その内側を揺さぶられ、その表を粟立たせた。]
[それでも、何事も無いような顔をして、眉一つ動かさずに遺跡を歩く。]
[流されず、溶かされず、崩れず在ること
それが存在意義の一つだったから。]
[ミハエルが、アマンダを見付けるのにそう時間は掛からなかった。
その時には既に哀しげな鳴き声も絶え、辺りは静寂に包まれていた。]
…何奴も此奴も。
[彼女は大地を宥めようとしたのだろう]
[もし影輝の精があのまま続けていたらこうなっていたろうか]
[屈んで、アマンダを背に担ぐ。
彼女の工房へは訪れた事があったから、その場所は既に知っていた。
幸いにも戸締まりはされていなかったので、彼女を担ぎ込む。]
[遺跡から離れて、気が緩んでいたのか
それとも、やや疲弊していたのだろうか]
[ミハエルは、足元へ何かが落ちているのに気付かず、それに躓く。
工房だから、様々な物があるのは解っていた筈なのだが。]
[ミハエルは、アマンダの下敷きになった。]
[動けない。]
[*そのまま朝を迎えるだろうか…*]
…母様が、生まれた場所。
あぁ。
あるのね、そういう場所が…
[当たり前の事なのだが、気がつかず。]
私を、探している人が…?
誰?誰が?
[身を乗り出してダーヴィッドの腕を掴もうとするが、服をと言われて改めて]
あ。
[ひどい格好に気がつき、後ろを向いてとても高価には見えない服を身に着けた。。]
[色々と、目の毒な光景に、目を逸らしつつ。]
多分、君のお祖母さんに当たる方だと思う。
行方が判らなくなった、君と同じ力を持つ竜を、ずっと探してた。
俺も、こっちに行く事が決まった時に、頼まれたから。
−昨夜/北の遺跡−
[千花は近づいてくる人ならぬ気配に、糸のように細めていた目を薄く薄く開けた。その瞳がもし見えたなら、冷たい月の光に照らされているにもかかわらず、赤みを帯びて見えただろう]
「…」
[弱弱しく何かを訴えようとするも音にならず、決して離れぬようにとアマンダの服に爪を立ててしがみ付く]
[ミハエルはそれに気付いているのかいないのか。
一言だけ零して、アマンダを工房へと運び込んでくれたのだった]
お祖母様…
私に、お祖母様が。
[ぽかん、と口をあけ、とすっとベッドに座り込む。
呆けた顔は、無表情な彼女にはとても珍しい表情だっただろう。]
…あぁ。どうしよう。
私は…そんな、どうして、今。
[言って、その銀の髪をかきむしる。
長い爪が、額を傷つけて赤い筋が残った。]
…でも父は私と母どちらも要らないと。
お祖母様が私を必要とするかは分からない。
でも、探してる、とか…
望まれてる?私が?いまさら。500年も一人だったのに。
[ぶつぶつと呟きながら。]
−昨夜/工房−
[工房へと運び込まれた事で安堵したのか、千花の爪から力が抜ける。運んでくれた彼が精霊だという油断もあったのかもしれない。
…
工房の床はその仕事ゆえに、木ではなく固められた土だ。
大地はアマンダだけでなく、千花にも優しい。
ミハエルの足元に転がり落ちた音など、これっぽっちもしなかった]
[ミハエルは、足元へ千花が落ちているのに気付かず、それに躓く]
「…ィ!」
[ほんの微かに上がった悲鳴は、親亀子亀に潰されて、聞こえなかったに違いない]
−→翌朝−
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