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[ 去りゆく青年の姿を瞳に映す。それが消える頃、ノーラは目蓋を下ろした。
述べられた定例の句。十五竜王が一堂に会す場が平穏無事に終わるとは思えねど、今は一時、樹の幹に凭れて憩いの時を過ごす。
木と光の生む陰と一体になった存在は、枝を彩る木の葉の如く、*静かに揺れる*]
[やがて一冊の本を取り、それを購入すると、オトは再び竜皇殿に戻る。
天を見上げると、空はあおく、翠の目は硝子ごしその色を映す。]
[手に持った書物は、古くからの記録の書。
名簿に書かれていた精神の竜の方が、さまざまな事を知っているけれども、そう簡単に向かうわけにもいかない。
さすがに重いその本を持ちながら、立ち止まるはほんの一時。]
[一度、暗闇に隠れた翠の目は、天を見はしない。
手元の本に落ち、それから周りを眺めた。
さまざまな属性の竜が居るこの地の喧騒は、不快ではない。]
――……
[しらず詰めていた息を吐いて、向かう先――戻る場所は*竜皇殿*]
[そう、と、風が吹いたようであった。
天を見た翠の目は、闇色を帯びて。
閉めていた鍵をくすぐり、内側へと入り込む。]
[感情の波のように錯覚させるほど、それは容易く。]
[その目が見たのは、誰の姿か。
否、誰の――などとは、必要もない。そして見たのか否かも、風が流してゆく。
抗うことのできない、優しさに隠された感情。]
[開かれた扉からあふれた、ずっとずっと中にしまっていた願い。
かなうこともないと、割り切っていたはずのそれは、容易く幾つもの鍵を開けてしまった。]
[吹いた風はどこかへ消える。]
[願いが心を巡り、天のあおは閉ざされた。
代わりに開かれたこころが、感情を作り出してゆく。
魔族としての部分を押さえるために、消していたそれは――闇よりもくらく、心の中を駆け巡った後に横たわった。]
[流れていた風のような"何か"の存在など、そこには欠片も残されなかった。
あきらめたはずの願いを叶えるのに、何が必要なのか。]
[オティーリエは、"知っていた"。
すくなくとも、今は。]
方法は、 ――そばに。
[竜皇殿はそこにある。
その願いを、叶えるために必要なものが。]
[願いとともにあふれ出た感情が隠した下で、警告のようにか細い感情が動いた。
それは本人には届かない。
心をつかさどるものには伝わったかもしれないが――意味を成すことはないのだ。
そうしてすぐに、隠され、閉ざされた。]
[暗翠の目がとらえた竜皇殿は、何一つかわらずそこにある。]
[だけれど、それを奪う力は――しっかりと今、体の中に*息づいた*]
[青年の姿は東殿のテラスにあった。気配を消した青年の姿が動く事なく佇めば、宮殿を飾る装飾の一つにしか見えず誰の意識にも留まらない]
………。
[対の西殿を睥睨する瞳は紫紺の色彩を晒し、銀縁の眼鏡は胸元に揺れる。何者の干渉も許さぬ会議場は逆に言えば中から外の様子を知る事を阻み、それが段々と赤味を帯びた紫に変わっていっても王からの咎めの心話は入る事はなかった]
[近付いてくる竜皇殿。
王たちは恐らく邪魔をするであろうと、そのようなことは当然であった。]
[闇を帯びた翠の目は、建物を、歩きながら見据える。]
[本の背を掴む手に、少し力が入った。
王の目をごまかせる自信はない。
今が会議の最中であることに、安堵を覚えた。]
[続けて細い銀鎖で繋がれた腕輪と指輪を外すと、青年の瞳はもはや青玉と言えない色合いになった。
長い青の前髪の間から注意深く会議場の封鎖の算段を試みる。結果は秘なる書である青年の禁断の知識と密やかに息づく力を持ってしても、十五竜王揃い踏みの会議場を封鎖するには少し足りないという結論だった]
せめて一人、出来れば二人。
心の力を……得られるならば、可能なのに。
[先に眼鏡をかけ、次いで腕輪を嵌めようとした手が止まった。
あふれ出た感情の波は引いても大きな波形を残し、精神の竜の心に響く。そのさやけきもう一つの感情の波の形も。
半ば伏せた瞼の陰で紫紺の瞳が揺れる。
幸か不幸か、その感情の主である月闇の竜を青年は見知っていた]
[人と会いたい気分ではなかった。
竜皇殿の敷地に入ることは無く、西殿を見る。
その中を見透かすことはできない。]
[願いを叶える手段はそこか。
だけれど、王たちの力を越えるなど――]
[――こえは、先の風よりも軽く、届いた。]
ちから、を。
願いを叶えるための……
[西を向いていた目は、探すようにそこを離れる。
仄暗い翠の目は、決意を秘めた心は、ためらいもなく願いをこえにした。]
あなたは―― あなたも、なにかを?
願いを叶えるための、ちから。
[青年の『願い』と月闇の『願い』が一致するとは限らない。逆に互いを潰しあう事さえ考えられる。
けれど返した心の声は優しいまでにオトフリート、否、オティーリエに寄り添うものだった]
あなたの願いが叶うかは、私にはわからない。
けれど力なら、与えられるよ。
あなたがその心を私に預けてくれるなら。
[テラスへと歩み出て手すりにもたれ、手を眼鏡のつるにかけながら暗緑の瞳を見下ろす]
私の『願い』は――…自由になる事。
その為には必要な力を得る為に、心の力が足りないんだ。だから、
―― …
[見上げた先、常とは違う目。
己のそれもまた、常と違う色を纏うことに気付かず。
心の中で、願いが揺れる。揺さぶられる。]
[悩む時は、僅かだけ。]
私の心、決意。それだけで、願いがかなうなら。
わたしの願いは、あなたのものと異なりますが、
この決意が、力となり――手に入れられるのなら。
[彼女の願いは、"もう一人"――本当のオティーリエと、オトフリートの存在。
それは心の内に、優しさと寄り添う精神の竜に、形を持たずに伝わる。]
わたしの願いも、あなたの願いも、叶うというのなら――
確かに、貴女の決意受け取りました。
願いが叶うよう力を添えましょう。貴女が私に預けてくれる心と同じだけの重さを持って。
[確かにオティーリエの心を受け取り、青年は眼鏡を元に戻した。彼女の暗翠の瞳を通し覗き込んだ心の奥、その決意が嘘偽りなく記憶を消す必要もないと知ったから。
長居すれば誰かに見られるかもしれないと移動しながら、心の声――心話を続ける]
今はまだ準備が整っていません。
後ほど整ったなら、心話でお願いします。
その時に私が…私の心が強くあるよう願って下さい。
[会議場を封鎖する為の算段は既に付いていた。それを進める為の心の力をと願う]
[彼女の奥底にある暗い悦びの揺らぎに何も感じなかったとは言えないが、全ての感情を知る精神の竜がそれを咎めはしない。
誰にでも秘めた望みは在る。
そして青年とて決して赦されない事をしようとしているのだから]
[場所を変える彼の居た場所から、目をそらす。
向かう先が西の建物になるのは、仕方のないことであった。]
わかりました。
その時には、わたしの決意も、心も、あなたの必要なだけお使いください。
願いは違えど、目的は――
[言葉を切って、足を踏み出す。
竜皇殿の中にいた方が良いだろうということと、無用な疑いを避けるために。]
目的は、おなじ。
わたしも、あなたの願いが叶うように――ときが訪れましたら、力の限りを尽くします。
[再び仰いだ天はあおい。
暗い心は、禁忌に手をつける悦びに満足を覚えたか、双眸から色を消してゆく。]
[外見には何一つ、変化は見られないけれど。]
――準備に、手は必要ですか?
[問いかけは、願いを巻き込んだ心が、そっと押し出した。]
そう、目的は同じ。
願いを叶える為にはまず――『力』ある剣を手に入れなくては。
[東殿を降りて中庭に向かいながら、青年は応えを返す。彼女が何処で禁断の知識であるそれを知ったのか密かにいぶかしみながらも問う事をしなかったのは何故か*わからないまま*]
――ありがとう。
いえ。
[感謝の言葉に、軽く返して。
何故その力がそこにあると知っているのか――どこで知ったのか。
問われていたら、彼女自身にも答えることなどは出来ないのだ。]
[置いていかれた知識、育てられた願い。
容易く絡めとられた月闇の竜は、己のうちにかなしむ心があるのも、それが歪みの影響を受け、他に害を及ぼすようなものになっているなど、気付ける*筈もないのだ*]
[にこやかに、翠樹の王とその仔と話すエルザ、その後からきたクレメンスを眺める王と、その脇の赤い髪の随行者は深く頭を下げてお辞儀をした。
そしてザムエルの姿が見えれば少しばかり口元を緩め、だがぴしと伸ばした背筋は崩さない。
暫し自己紹介と雑談等しただろうか、それから王はのたりふらりと西殿を進みはじめ]
王、エミーリェはこの度参られた竜達の名簿を見てまいります。
きちんとぴしっとしていてくださいね?
[言葉に、蛇は尾をふらりと揺らして返事をする。
その後姿を見届けると、従者は陽光の仔竜とも別れて別の場所へと向った。
随行者名簿を見せてもらい、ペラリ、捲くると頭の中に入れる。]
流水、疾風…殿が、まだ出会って居ない方。
影輝殿は翠樹の仔と一緒におられた方でしょうか。
[ひとりごち、きゅ、と人差し指で眼鏡の中央を押し上げる。]
[準備の手は断り、代わりに仕掛けが闇に隠れるよう願い青年は動き出した。散策するように建物の外をそぞろ歩きながら、東殿テラスから確かめた位置通りに極小さな印を結んでいく]
――…これでいい。後は…心の力を注ぐだけ。
[けれど最後の印をつけ終えた青年には難しい術式を組み上げた疲労が静かに降り積もり、今すぐは行えないと判断する。
静かな場所に移動して目を閉じ思うのは、微かに感じていた月闇竜のかなしむ心。『混沌』の領域を司る青年にはそれもまた大切な感情の一つではあるのだが。
物憂げに長い前髪を払う指先は、酷く*冷えていた*]
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