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−夕刻/工房→Kirschbaum−
[アマンダがようやく動けるようになったのは、空が赤く染まりかけた夕刻だった。
まだ重い身体を引き摺るように工房を後にし、Kirschbaumへ向かう。
そこに泊っているイレーネに、話をしようと――叶うならば彼女を止めて、失われたものを「取り戻せ」るように、と]
[それはイレーネが走り去り、ティルが追い、ブリジットが訊ねに、ダーヴィッドが続いた後。
オトフリートが訪れる前の、ほんの僅かな狭間の刻]
…そう、いないの。イレーネも…ハイン、も…
[ハーヴからそう伝えられ、アマンダはハインリヒの指定席を見る。
大きな背中を丸めて甘味を口にする、どこか憎めない飄々とした男が、アマンダは嫌いではなかった。否、好んでいたと言ってもいい。
頭に乗せられた千花も、よくお零れをくれた彼を思い出したのか、寂しそうに小さく鳴く]
そうか、そうよね。
こんな状態を自分から望む人はいないよね。
……書を奪った人以外には。
[落ち着いて見える人でもそうなのだと思えば、更に安心できた。
それなら自分も落ち着くように努力すればいいのだと]
いっそ?……まあいいや。
[聞き返そうとしたがやめた。
どこかからそれ以上聞いていけないと言われた気がした。
本能からかもしれない]
ナターリエさん、どこまで知ってる?
[そういえば昨日は姿を見かけなかった気がする。
他の人たちはどこまで状況を知っているのだろうかと、確認することにした]
─Kirschbaum─
[カウンター席に座れば、やはり向けられるのは諌めるような眼差し。
それに、すみません、と素直に謝って、紅茶を頼む]
ああ……消えたようだな。
彼の件では、精霊珠の内側に取り込まれた訳だが。
恐らく、あの辺りにいるんだろうとは思うんだが……どうしたものやら。
[どこかでぴしりと音がする。
それは左の瞳の奥か。
あぁそれでも構わないと思う。
そこには金の亀裂が縦に走り。
逃げる竜を追い詰めるように、一歩、近づく]
使えるようになるのは君の勝手だ。
力のためだけに殺されたかの子の哀れさを君に与えてやろうか。
[黒猫のことなど気にも留めず、
かの女を見やる。]
逃げるか
逃げるのならば好きに逃げればいい。
どこにも逃げ場など、ないのだよ
…だけど、どうして。愛されても、人間なのに?
[そう、仕事を除けば、恨みなんて買いそうに無い…いいヒト。
精霊に愛されてはいたけれど、書を手にする程の存在が彼を?
それとも、なにか――そんな要因があったのだろうか]
…行って、みよう…か。
[そんな呟きだけを残して、アマンダは踵を返した。
アルバイトの青年の姿があったかなかったかすら、気付かぬままに]
[直接の干渉は出来ない。鍵の書の力を使えば、苗床はそれを感じ取るだろう…あれは魔の者、人ならぬ手段で、その事実を他に伝えるかもしれない]
まったく厄介なことだ…
[猫を抱え、墓場の奥へ走る。が、そっちは行き止まりだ、と思い直してきびすを返したが。
それは、ゆるりと追う彼と正面から対峙する形になりやしまいか。]
あ…!
[思わず、足を止めて腕から黒猫を取り落とす。]
─Kirschbaum─
[界の狭間、精霊珠といった言葉が交わされてから、思い出したように店主を見る。その事件の当事者の一人である店主は飄然とした笑みを浮かべるだけだった。]
あの辺り。書が封じられていたらしい遺跡の事か。
そう、あの辺りは特に乱れている。
そして、昨夜私はハインリヒとかいう男の近くへ居たが奴を取り込んだモノは北から訪れた。一体奴らは何処へ消えたのだろうな。
[黒猫の落ちるのも気にせずに、苗床はかの女と向かい合う。
ゆる、と左の手で持った、その棒のような茎を向ける。]
死ねなどとは言わないよ。
ただただ――死ぬことも出来ぬままに苦しめばいいのだよ
どこまで、ですか。……そうですね
[暫し思案すると]
大きな歪みが起きて、あの楽士さんが消えてしまったこと。それに前後する形でベアトリーチェがここで倒れたこと。その介抱をアーベルさんと教会でしたこと……といっても礼拝堂の長椅子に寝かせていただけですが
昨日の行動も含めて言えば、そんなところでしょうか
[その動きはゆっくりであっただろう、避けられたのではないかと思うが回りをめぐる暗緑色の蔦がそれを許さなかった。
ずぶり、という音がしただろうか、彼女の横腹に茎がゆっくりと沈む。
彼女は何が起こったのかわからないような、きょとんとした目で沈んでいく茎を見る。]
…え?
[ゆっくりと沈む茎に、赤い血が伝った。ぽたり。ぽたりと落ちる。]
―昼・南通りの宿→Kirschbaum→遺跡―
[宿を出、一度Kirschbaumへと寄り、あの探偵も消えてしまった事を聞き。]
[その後独り遺跡へと向かった。]
[通りには相変わらず自警団の姿がちらほら。]
[変化に飲まれ、朽ちていった建物たち。]
[その中を独り、歩いていく。]
[元は柱だったモノ、今は倒れてしまったモノに腰を降ろす。]
[幾人かの人影が遠くに見える。]
[どこか冷めた瞳でそれを見つめていた。]
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