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〔筆を置きて立ち上がり襖を開きて廊下ゆく。
陽は昇りしか沈みしか移ろうか、
或いは変わらずそこにありしか、
時を知らせぬ空は何の色とも見ゆる。
咲笑ふ童子らが歩む女の傍を通り抜ける。〕
[喉を潤す冷たき緑茶に、撫子色が微かに綻ぶ。
誰もいないを良い事に、やや濡れた唇に親指を押し当てて、]
…甘露じゃな。
[行儀悪く舐め取れば、も一つと花の形に手を伸ばし。]
[閉ざされていた目が開き、小柄な身体が跳ねるように起き上がる。
抱えていた鞠が手から離れ、ころり、転がるのにも気づかぬまま。
瞳はしばし、芒と周囲を見つめ]
……ぁ……れぇ?
[零れたのは、小さき声]
[妖女さま、妖女さま。
此度は誰そお呼びになる。此度は誰そ招かるる。
笑ひ声に混ざる言の葉は天狗にしか聞こゆまじ。]
その名で呼ぶのはおよしな、
好かぬと幾度も云うている。
己等の一存にては決められぬ、
月白の神巫の云いつけだ。
まだ時は移ろうわぬ、
そう焦る事もあるまいて。
[紫黒の御方がお怒りになった、お怒りになった。
童子らきゃらきゃら笑ひつつ廊下を抜けてゆく。]
[ゆる、と瞬いて。
ここはどこだったかと、しばし、悩み]
……じゃ、ない……。
[ぽつり、零れた呟きには、微かに安堵の響きもあろうか。
それから、抱えていた物の喪失に気づき、ひとつ、まばたく]
……鞠……。
[どこへ行ったかと見回せば、そこでようやく、縁側で寛ぐ姿に目に留めて]
[手を伸ばすや否や、迷う内に視界に入る藍墨茶。
琥珀の眼差しを上げれば、笑み湛えるよに細めし紫黒。]
さて、そなたもかなたのもお目覚めか。
[ぼうとした童に視線を投げて、そう呟く。]
[ゆるり、夢から目覚めればとうに見慣れた天井が視界に入る。
思わずはあと溜息を吐き]
―夢にしちゃあ流石にちと長過ぎやしないかね?
[そのままゆるりと身を起こし、遅い朝餉の席につく]
ええと……おはよう? ねえさま方。
[起き出して、礼を一つ。
音彩はまだ寝ているのかどうか、それを確かめる猶予も今はなきようで。
掛けられていた薄布を丁寧に掛けなおし、自身は転がる朱と金の華の紋を追う]
朝なのか昼なのか夜なのか、
さても目覚めの時はお早うと言えるかな。
[組んだ腕は藍墨茶の袖の内に隠される]
夢なのか現なのか幻なのか、
さても今ここにあれば何れも同じたるかな。
[庭へと落ちて汚れる前に、朱と金の華をすくいて差し出さん。]
ほれ、そなた。
迷わぬようしかと抱いておれ。
[舞扇を失くした自身を思うたか、やや眉は顰められたままに。]
[転がる華の紋は、差し伸べられし白き手に止められ。
言葉と共に差し出されたそれを、そう、と両手で受け取る]
あ、ありがとう……ええと?
[安堵の声を漏らしつ、名を呼ぼうとして。
未だ、それを聞かぬままと気づき、首を傾げる]
目覚めたであれば、お早うでよかろ。
我は先に朝餉をいただいたがの。
[誰とはなしに告げて、摘んだままの干菓子を口へと放り込む。
指を舐めるは我慢した。]
[朝餉を終えてなんともなしに縁側へと出てみればまたも見知らぬ顔が一つと知った顔が二つ]
お早う、あやめの姐さんは早起きなこって―
迷い子の多いことだね。
見つかれば好いのだけれど。
さてな、こちらは疾うに頂いた。
濃色の童、風の坊はいかがかな。
[朝餉は、と問うて、こてり、首傾げ]
お早う、象牙の旦那。
はてなさてな、
然様なつもりはなかったけれど、
其方が遅起きなのではないかな。
[返す声には悪戯な響きを帯びさせる]
ねえさま?
そなたはあやめ殿の身内かの。
…髪色は似ておるが。さてさて。
[袖を前に組むおなごと童を見比べ、やや首を傾ける。]
ああ、我か。
我はゑゐか…えいかじゃ。
[首を傾げる姿に短く告げて、冷たきびいどろに撫子色を寄せた。]
[やって来た雅詠にぺこりと礼をし。
あやめから投げられし問いに、ゆる、とまばたく]
風漣は、今、目が覚めたの。
[だからまだ、と、そう返し]
えいかの……ねえさま?
[告げられた名を、首を傾げつ、呼んで。
身内か、という問いにはふるり、首を振る]
……どうなのだろ? 風漣にはわからない。
風漣は、目上のひとは、にいさま、ねえさまとお呼びしなさいといわれたから、そうお呼びしているの。
[誰に言われたか、は霞の彼方なれど、その言いつけだけは残るが故に、そう呼んでいるにすぎぬと。
童にとってはそれだけの事、特に意図などはなく]
身内。
さてな、どうだろうね。
そうであればうれしやと思うけれど。
[真似るように首を傾いで口許に笑み作る]
生憎と、生憎と。
物心のつきし頃にはひとりであったと記憶している――
はて、不思議だね、名以外にも覚えがあるとは。
遅いつもりはねぇんだがな。
[あやめの言葉に苦笑いを返し、他の二人の方に]
俺は雅詠ってんだ―何時までかはわからねぇが今しばらくの間宜しくな。
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