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―寮・2階通路―
[あかい線はもう残ってはいなかった。彼女が確かに其処にいて、そして居なくなってしまったという証は。もしかしたら、全て嘘だったのではないかと思う程に。
昨日と同じ場所に立ってみた。けれど、其処が本当に同じ場所だったかすら洋亮には分からない。]
…
[握っていた片手を開く。掌の上で外気に触れた花片はふるりと震え。
風に誘われ宙にふわり浮いて。
すっと溶けるように消えて見えなくなった。
あれは誰だったのだろうと、呆とした頭の隅で考えたかも知れない。]
[花片を追うように見上げた両の瞳には光は在れど、幾度瞬いても動くことはない。
一度も雫を落とすことはなかったけれど、一切の感情を忘れてしまったようで。]
[それからまたほんの少し動いて、遠く咲き誇る桜の花を*映した。*]
―寮2階西棟・自室ベランダ―
[室内に居る気分にならずに、ベランダへ続く戸を開ける。
生温い空気が肌を取り巻くのも意に介さず、何をするでもなく。
ガラス戸を背にして、コンクリートの床の上に座り込む。
立ち込める静寂の中、もう何時間経っただろうか。
途中、誰かが寮を抜け出した気もするけれど、余り覚えていない。
対面の棟の向こう側の空が、僅かに白みつつあるのが解った。
夜明けだな、と薄ら考えながら。それでも室内に戻る気は更々起きなかった。
とても、寝れそうには無かったから。]
[親友が、死んだ。さっきまでそばに居た人間が。
そしてきっとまだ続くんだろう。
…『憑魔』と呼ばれる、ソレが居る限りは。
そこまで考えて、
知らない筈の其れを『本能的』に理解している自分に再び嫌気が差した。
何度目かとも解らない溜息を吐いて、ぼんやりと外へ視線を向ける。
視界の端に、咲き誇る桜の大樹がちらりと映った。]
[本当は、
力の限り、心の望むままに。
子供のように思い切り泣き叫んで。喚いて。
そして、今直ぐにでも逃げ出してしまいたかった。
無理だと、頭の何処かで痛い程に声が響く。
判っている。外と中を隔てるあの見えない壁を取り除かない限り。
其の為に、何をしなければ成らないのかも、理解している。
泣いた所で意味すら成さないのだと、解っているけれど。]
っあー…泣きてー…。
[ぽつりと、言葉が零れる。
──あぁ、あの時から。
諦める事には慣れていた筈だったのに]
[過去に戻りかけた思考を飛ばす様にゆるりと頭を振って。
一度だけ、深く溜息を零す。
徐々に蒼を取り戻しつつある空を眺めながら
流石にそろそろ立ち上がろうか、と手摺りに触れようと手を伸ばす。
パチン、と指先に走る痛みに、一瞬手を引っ込めた]
…いっつ、…。
[…夏に静電気とか、珍しい。そこまで考えて、
……そういえば部屋に入るときも、ベランダに出ようと扉に手を掛けたときも
走った気がする事に思い当たる。]
…?
[ぼんやりと、自分の掌を眺めて緩く瞬いた。
…俺って、此処まで帯電気質だったっけな、とぼんやり考えて
まだ、どうでも良い事を考える事が出来る自分に小さく苦笑して。
よっと少し勢いをつけて、手摺りを使わずに立ち上がる。
少しだけ、考えて。
足で無作法にもカラリと戸を開けると、室内へその姿を*消した*]
[薄らと、瞳を開ける。
瞼に普段と違う重さがあった。
目元の赤みは、自分では見えない。
不自然な体勢で寝ていたせいで、身体が痛む。
腕の力を緩めると、仔犬が抜け出して、地に降りた。
ゆっくりと関節を伸ばす。軽い音が鳴った]
っはぁー…
[大きく息を吐き出いて、大地に寝そべる。
雨露は失せていて、辺りの空気は乾いている。
陽は、随分と高くなっているようだった。
暑い。
昨日から着ずっぱりのシャツは、
汗と雨と泥とに塗れて、元の白さはなかった]
[以前に付けていた革のストラップももうなくて、
黒い機体だけのシンプルな携帯。
…ポーチから、未開封の袋を取り出して、
少し迷ってから、開けた。
小さな動物を模した人形が、揺れる。
紐の部分を携帯の穴に通して、括って止める]
[校門を背にして、陽が昇るのを眺めて居た。]
[フユは、陽が昇ってからそれが高くなるまで
誰も居ない三年教室の机につき、
窓の外をぼんやりと眺めて居た。]
[きょとり、仔犬が小首を傾げてこちらを見上げていた]
とりあえず、…寮、戻るか。
[何も考えは思い浮かばなかったけれど、
ここでじっとしていても仕方ないのは確かだった]
………御堂サンも、言えばわかってくれるよな。
[あの寮母が、もういない事を、ショウは知らない。
今、誰がいて、誰がいないのかも、理解していない。
そして、何が起こっているのかすらも。]
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