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─ 前日/宿屋・自室 ─
……なんで、だよ。
[一人になると、口をつくのは押さえていた言葉]
失ったから? 奪われたから?
それが、苦しかった?
[止め処なく、零れ落ちるのは荒れた感情の一端]
……その結果に自死を選ぶほどに、辛いもの?
[母が亡くなり、父も病を患って命を落として。
その時は、確かに言いようもなく苦しかった、けれど]
……わかんねぇ……よ。
[呟きながら、視線を向けるのは、荷物の袋。
扉に鍵がかかっているのを確かめると、それを開け、中から黒の布包みを取り出す]
……わかんねぇ、けど。
[しゅるり、と解いた包みの中から出てくるのは、黒の鞘に納まった剣と、横笛。
どちらも、この地方では見られぬ装飾の成されたもの]
……こんな形で、死が重ねられるなら。
例え、一つしか選べぬものだとしても。
使わない、選択肢は……なし、だよな。
[小さく呟いて、黒の鞘を撫でる]
……問題は、どこに向けるか、だけど。
は……それこそ、『想い人』でもいれば、迷わずに済んだんだろうけどな……。
[先のカルメンとのやり取りを思い出して小さく呟く。
とはいえ、細工一途に打ち込んできた青年にとっては、知り人は等しく尊いもので。
そこから、己が魂をかけて喪失を忌避する一人を選ぶには、要素は足りぬまま。
曖昧な力は、在るべき形を取ることはなかった。**]
[自宅に戻ってから間もなく、外が騒がしくなる。
彷彿するは朝の騒ぎ。
また何かあったのではと胸騒ぎがして様子を見に外へ。
行き交う自衛団員の一人を呼び止めれば
ヨハナの事が伝えられて、暫し声を失う]
そんな……
[宿に向かう道中でのヨハナの姿が浮かび
女は何か堪えるように柳眉寄せ目を伏せた。
案じていたライヒアルトやウェンデルの姿が過ぎり]
……あのとき、様子を
[見に行っていれば、とそんな事を考えるが
既に時遅く、過ぎ去った時間は戻せない]
[ふるり、首を振るい女は自宅に戻る。
手早く必要な荷物を纏めて鞄に詰め込んだ。
アーベルから預かった宿の部屋の鍵を握り締め
エーリッヒから貰ったキャンディをポケットに入れる。
急ぎ足でゆく先は
少し前に出たばかりの宿。
其処ではノーラがヨハナの事を伝えている所だった]
― 翌朝/宿の一室 ―
[宿の部屋で女は荷物を解く。
スケッチブックを捲り新しいページを開いた。
一度目を閉じると瞼の裏に浮かぶのは近しい隻眼の男。
ゆる、と目を開きペンをとるとその輪郭を描きかけて]
――…、
[ダメ、というかのように横に振られる首。
浮かんだ其れを打ち消してもう一枚捲る。
暫し考えて、フードを目深に被った旅人の
幼さを感じさせる金糸の女性の姿を描き出す。
澱みない白の中に佇む姿は写し鏡のようにも見える。
変わりなく描かれた姿を暫く見詰めてから
女は何処か物憂げに目を伏せた。
ゲルダの悲鳴を聞くのは、その少し後のこと**]
─ 昨日/宿屋 ─
[周囲を観察するように見回していると、カルメン>>50と目が合った。
首を傾げられたので笑みを向けておいたが、何か声をかけたりはしない。
ただ、カルメンも何か様子がおかしいように見えて、後で声をかけようかと考えた。
尤も、その日は色々とすれ違ってしまい、声を掛けられず終いとなってしまったのだが]
[ノーラがヨハナのことを伝えに来た>>61のは日暮れ近くだったか。
その話を聞いて隻暗緑を円くする]
ヨハナさん……どうして……。
[こんなことになるならあの時点で探しに行くべきだったと、酷く後悔の念を抱いた。
けれどそれがヨハナの望みでもあったなら、引きとめても無駄だったかもしれないと、そんな風にも思う。
結局は悼むことしか出来ず、様々な想いを飲み込むように紅茶を飲み下していた]
― 夜半 ―
[小さな口をこじ開けた狼の手には、
抵抗の歯形が、薄く血を流して残る。
拳に感じる息は乱れ、首のあたりで鈍く折れる音がした。
上に乗ったシンが、心の臓を取り出すのに、
甘い香りが広がった]
ン
[赤く脈打つ血塗れた贓物を
狼は人の手で受け取った。
弱く震え、血を流すのに、
口を大きく開けてかじり付く]
― 夜半 ―
――…ハ、
うま、いなぁ
[酩酊したような声。
一口かじり付いた場所から更に血が溢れ
それを舐めとる。
他の臓器を喰らうシンへと、そのまま差し出した]
旨い。
若いから、なのかねぇ
―前日/宿屋食堂―
……。え?
[紅茶を飲んで、落ち着いて、うとうとと眠りに落ちかけていた頃の事でした。
美術商のお姉さん>>61が、団長さんの奥さんがもう戻って来ない事を伝えました。
見に行かなかった事を後悔する声、嘆く声、色んな声が上がる中、僕はただただ呆然としていました]
……ほんと、に?
[疑っていたわけではありません。でも信じられなかったのです。
さっきまで確かに生きてここに居た人が、もう居ないだなんてことが。
その後のことはよく覚えていません。
多分促されるようにして>>74部屋に戻ったのだと思います]
―翌朝/宿屋個室前廊下―
[目覚めは、昨日と似たようなものでした。
違ったのは、上がった声>>53が昨日よりも近いところで聞こえたことです。
僕は支度もろくにせずに部屋を飛び出して]
……。
[並ぶ個室の扉が一つだけ、開け放たれているのを見ました。
僕はその部屋を借りた人を知っています。一昨日、僕は彼女がそこに入って行くのを見届けてから、自分の部屋に入りました]
……。嘘、うそだよ、そんな。
[何が覚悟できたというのでしょう。
僕はまだ、少しも覚悟なんかできていなかったのです。
少なくとも、“その“覚悟は]
[覗きこんだ部屋の中には、昨日の朝見たのと同じ光景がありました。
いいえ、完全に同じではありません。役者が違っていました。
動かない身体を抱きしめるのは、団長さんの奥さんではなく、刺繍師のお姉さんでした。
そして、団長さんの代わりに]
……、ロミ……
[僕の友達が、そこにいました]
― 朝 ―
[そして狼は、獣のような悲鳴に目を覚ます。
歯がつけた傷は舐め、
いつの間にか治っていたけれど、
それが僅か、遅かったのは
知覚できなかった**]
―回想:腕の中の少女が生きていた頃―
[美術商の女性が報せた訃報>>61には、目を見開いて。
ガタン!と音を立てて一度椅子から立ち上がり、
呆然とした顔で暫く伝えた人物を眺めたのだった。
ゆっくりと、自分の手を、見下ろす。
震えてしまうのを、包んでくれたあの手。
自分がおそろしいと感じると言ったことよりも、おそろしいと思うことがあると、言っていた。
それを聞くことは叶わなかったけれど、自ら死を選び取るほど。
おそろしかったのだろうか、と、想いを馳せる。
彼女の手が震えを止めてくれたから、
自分のすべき事ができた、と思ったのに。
だが結局言葉は、ひとつも発さずに
見下ろした手をゆっくりと閉じて―――目を、強く瞑った]
―回想:了―
なんで、……どうし、
[問いかけようとして、口を噤みます。
刺繍師さんはぶつぶつと呟いていました>>54。それはとても聞き取り辛い声でしたが]
…… ころした?
[わたしが、と、確かに聞こえました]
……。
[僕は刺繍師さんが昨日言っていた事を知りません。
“呪い”の事も、友達のことを人間だと言っていた事も。
だから、その言葉は――いいえ、今はそんな事よりも]
……。ロミは……殺されたんだよね。
だったら、人狼じゃ、ないんだよ、ね。
[僕は振り絞るように声を出しました。
彼女を離さない刺繍師さんか、シーツを持ってきたお兄さん>>56か、それとも他か――聞いてくれるなら誰だって良かったのです]
だったら、……だったら、帰してあげようよ。
お父さんのところに、帰してあげたって、いいでしょ……!
[だんだんと語気は荒くなって、視界は昨日みたいにぼやけてきました。
僕は暫く、聞き訳の無い子供みたいに泣きじゃくっていました**]
─ 翌朝/自住居穴→ ─
[今日もまた、起こされたのはリスの鳴き声でだった。
その声を聞いて、もはや嫌な予感しか抱かない。
身だしなみを整え、赤黒いものをつけたままのコートを羽織るとリスをポケットに入れて自住居穴を後にした]
[外に出て直ぐは特に異変らしき異変は見られず、ただ、畏怖の眼差しを向けられるだけだった。
向けられるものは気にせずに、候補者が集まっている宿屋へと真っ直ぐ足を向ける。
宿屋が程近くなってから、騒ぎを聞きつけて来たのだろう、自衛団員達が宿屋の中を窺っていることに気付いた]
何か、あったの?
[声をかけるとビクリとされたが、中から悲鳴と言うか、咆哮のようなものが聞こえたと言う返答を得られる。
それを聞いてすぐさま宿屋の扉を開け、中へと入って行った。
リスは尚も威嚇するような鳴き声をあげている]
……か、か返、ぅ。
―――――あ、アぁ…
[現れたブリジットに向ける顔は、呆けたもの。
ゲルダは涙を流してはいなかった。
それが、不思議そうなものへと変わり、
やがてまたいつもの無表情へと戻る]
……?、
[現れたエーリッヒに肩を掴まれ、ゆるゆると顔を向ける。
焦点合わぬ目で見上げ、口を開いた]
…こ、コシェバ、さん…、に、人間……
ま、タこう、ヤッテ、死ゥ……
[うわ言のように、言葉を紡ぐ]
[エーリッヒの声がじわりと染み込む。
それが意味のあるものであると理解した上で
内容が届くのには時間が掛かったが、
ようやく目が焦点を合わせ、隻暗緑を見た]
ふ、ツウに話しタた、か、カラ、
だ、ダレで、も…た、ブン。
か、確実な、ナノは、
こ、こコシェバ、サン、と、
く、クヴェレ、さん…
ね、ネェ、
[思い出してみるが、普通に話をしていたので。
誰の耳に入っていても可笑しくないし、
副長に彼女を連れて行くなと言った声は、大きめだったと思う]
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