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アーベルは、殺せなかった。
どうせあそこで殺しても疑われる。
分の悪い状況ってのは分かってんだけどな。
――…殺せなかったんだ。
[殺したくなかった。
それを聲にはのせず――]
あいつにさ、俺の手を取れって言ったんだけど
拒絶されちまったよ。
裏切りたくないんだよ。
なんでかなぁ。
俺とお前とヴァイスと、アーベル。
揃えば愉しいだろうと思ったんだがな。
あ……
[まだ数日前の嵐の時の事は記憶に新しく。
慌てた様子でやってきて、引き寄せてくれた時の事を言われて思い出した。]
う……ん、
そう、だった……
そうだった、ね……
[その様を思い出せば、想いを改めて知ると同時に
居ない事への寂しさは訪れ、枯れない泉はまた静かに溢れて
間を置かれた後の言葉を聞けば、横になったまま、投げ出された手をぎゅうと握った。]
私は……幸せだった、わ
ずっと傍にいてくれて、離さないでいてくれて
あんなに、私を好きでいてくれる人、ヴァイスだけだったから
[盲目的に愛情を注がれた理由を、
正しく測る事はおそらく本人にしかできないだろうから
自分が同じものを返せたかどうか、少し自信はないのだけれど。]
だから、私は……あの“人”の子供が欲しかった……。
[その願いは叶えられた。腹に手をやり、目を伏せて。
次いで幼馴染との話を聞けば、そうと小さく呟いた。
同胞が言わなかった言葉は、うっすらと知れる。
その気持ちは、分らなくはないのだから。]
……そう。裏切るりたくないって…ベッティちゃんの事かしら?
それとも、人間、を指しているのかしら……
[その答えは、本人にしか分らないだろうが。
紡がれた4人の名には、微かに、笑うように息が漏れた。]
ヴァイスも、幼馴染みたいなものだったからね。
[年齢に差があるのと、ヴァイスが自由に動き回れない事と、自分が特にヴァイスに懐いていたのもあって多少の距離はあったが、それでも4人、昔から仲は良かったのだから]
……そうね、それはきっと、楽しかったでしょうね…
[今はもう叶わない、それもまた夢の一つか]
――…幸せなら良かった、と。
お前さんの言葉聞いて、あいつも思うんじゃないか?
[泣く様をヴァイスルヴが見れば心配するだろうとも思ったが
哀しい時は其れを堪えさせたくなかった。
同胞に向ける情はヴァイスルヴの其れとは多分違う。
大事だとは思っているが近すぎてその感情には気付けなかったから]
ヴァイスにもお前さんだけだったと思うぜ。
腹の子は別かもしれんが。
[なんでかな、と残念そうに呟く同胞のコエに]
……歳をとってしまったからかしらね。
[そうぽつりと呟いた。
きっと何年も前であれば、アーベルはライヒアルトの手を取っただろう、そんな気がする。
前に、当時は無垢な少年でした、と。笑いながら言っていた事を思い出す。
外に出た幼馴染にはその頃と比べて、捨てられずに背負うものが多くなったのではないかと。
全ては憶測でしかないが。]
[欲しかったという彼女の聲に頷く気配。
望んで得た子供。両親に愛された子供。
その子が、生まれる事をリヒトもまた願っている]
ベッティの事かねぇ。
聞いてもあいつは言わなさそうだけど。
捨てられねぇものがあるんだろうよ。
あいつも幼馴染みたいなもんだな。
いつのまにかお前さんがあいつにべったりになってて
なんか取られたような気がしてちょっと寂しかったんだよなぁ。
[さらりと語られる過去はどちらかといえばヴァイスルヴに向けて。
ずっと言わずにいようと思っていたことだけど]
――…な。
今夜はクロエで良いか……?
獲物はやっぱり女がいいし、さ。
ああ、狩りは一人で行けるから。
後で好物のところ持ってきてやるよ。
歳のせいなら、仕方ねぇか。
それでも、まだ………
諦めたく、ねぇ、な……
[は、と詰まる息を吐き出して苦く笑った]
………うん。
[幸せなら、良かったと。
同胞に背をおされるように言葉を伝えられれば、
ようやく涙は収まってくれたようだった。
彼の胸中までは、計る事は出来なかったが。
子の事に話が伸びれば、ようやく、少しだけ口元に笑みが現れた。]
この子はまた別だから、ね。
[優先すべき順位はつけられても、
自分もこの子と夫を比べる事はできないだろうから。]
[リヒトの頷くような気配には、微かに笑むことで返した。
同胞もまた子の誕生を喜んでくれている事が嬉しかった為。]
人だった人が、急にこっちに来るには
抵抗もあるんでしょうしね
[自分やリヒトやヴァイスは、殆ど始まりからこちら側だった。
だから血も肉も屠る事も、殆ど厭う事はなく。
さら、と告げられた言葉には、青が一つ瞬いた。]
そうだったの?
私は、ライとアルが仲が良かったのが羨ましかったわ。
[おそらくそれは、子供ながらの性の差がつけた密度で。
元々その辺り聡くはない――工房Horaiの件も、人に言われるまで気づかなかったわけで――女狼は、同胞の真意には気づかずそんな事を口にした。
そして今日の狩りに関して話が及べば、少しだけ腫れた目を細めるように閉じた。]
もう守護者がいないから、それは構わないけれど。
[クロエが守られていることは無い。容易く喰らうことは出来るだろう。
懸念があるとすれば、アルという占い師存在なのだが。
彼を襲わない選択肢を選ぶ事を受け入れた。
甘さが命取りになる、そう言ったのは確かリヒトだったか。
その言葉は胸の奥にしまって。]
ん…お願い。
今の私じゃ、足手まといもいい所だから。
[狩りについてはそう頼んだ。
涙で鼻も利き辛くなっていて、集中力も著しく欠如しているだろう故に。
好物をと言われれば、獲物ではなくその気使いに、嬉しそうに微かな笑みを浮かべた。]
俺にとっても特別だよ。
なんたって俺の将来の嫁、だもんな。
[紡がれた音はやはり冗談とも本気とも知れぬ音。
彼女の子となら自分には縁のなかった家族を知る事が出来るだろうか。
淡い期待を隠したまま、さらりと紡いだ]
[後に続く言葉には曖昧な返事しか返らない。
彼女が真意に気付かぬならそれが一番。
あれは彼女を残していった誰かさんへの
あてつけのようなものなのだから]
――…勝手を言って済まねぇな。
[彼女が感じた甘さはきっとリヒト自身は理解していない。
そんな感情はないのだと、ずっと思っていたから――。
同胞の返事に頷き夜が更けるのを待った]
―夜半―
[森に住まう獣が遠く鳴いている。
山向こうでも獣が狩りをしているのだろうか。
リヒトは窓から見える景色に想いを馳せていた。
皆寝静まっただろう頃合をみて部屋を抜け出す。
同胞に聲は掛けなかった。
狩りが終わるまでそっとしておこうと思った。
慎重に廊下を歩く。
気をつけてはいても微かに床板が鳴った。
昨晩クロエを運び込んだ部屋に辿りつくと
如何にか扉を開けて中に忍び込む]
――……。
[寝台に横たわるクロエを金色が捉えた。
そのフォルムは柔らかな曲線を描いている]
[クロエの名を呼ぼうとして、リヒトのくちびるが動く。
けれど正体を知るアーベルの事を警戒してか
名を紡ぐ前に口を閉ざした。
彼女の横たわる寝台に歩み寄る。
未だ気付かれる気配はないか。
寝台にあがりリヒトが馬乗りになれば
流石のクロエも目覚めただろうか。
左手で口を塞ぐ]
クロエ、逢いに来たぜ。
――…食べられたとしても構わないと、言ったな。
最後になるかどうかは、――…道の復旧次第、だが。
お前さんを喰いにきたよ。
[囁く音色は何処か甘い響きがあった。
彼女の抵抗があったとしても
リヒトは躊躇わず彼女の左胸を鋭い爪で貫いた]
[爪を受け入れたその衝撃にクロエの身体が跳ねる。
ビク、と。
痙攣が触れた箇所から伝わった。
見開かれた眸を憐れに思ったのか
リヒトは口を塞いでいた手を離し目を閉じさせる]
特別なその目はお前のものだ。
それはお前さんだけのものだよ。
[彼女は呪いと言ったけれど
リヒトはそれを呪いなどとは思っていなかった。
忌々しく思っていたならきっと潰していた事だろう。
神の家で育った獣は彼女の眸に神の加護を感じていた]
――…おやすみ、クロエ。
[聞こえぬだろう躯に眠りに向かう者に掛ける言葉。
彼女の胸を抉り血肉を喰らう。
漆黒にそれは熟れた果実のような甘さを感じさせた]
特別な目を持つ娘はその味も特別か。
[クツリと咽喉を鳴らす。
失った何かを埋めるように娘の肉を貪る
命の源である心の臓を取り出して
部屋に余っていた布で其れを包むとクロエから離れた]
――…俺も簡単には死なねぇよ。
ヴァイスの代わりにお前の娘を可愛がらなきゃいけねぇし。
[彼女の眠る寝台の敷布で付着した血を拭う。
リヒトは同胞とその子の為の糧を抱え
同胞の部屋を訪れた]
だから、グラォシルヴも……
腹の子の為にも、しっかり喰うんだぞ。
[布は赤く染まりつつある。
まだあたたかな赤い実を同胞へと差し出して
夜があける前には全てを終えて部屋に戻る**]
[夫の代わりにと、その気遣いにそっと微笑み。
子の為にと言われれば、こくりと頷いた。]
……うん。ありがとう、リヒト。
[来訪者の近づく気配に気づけば、横になっていた半身をゆっくりと起こし
赤く染まった布に包まれたお土産を、両手に持ち布を剥がして、中から出てきた大切な赤を口元に運び噛み千切った。]
ん……ぁあ、美味し………甘いわ、とても
[まるで芳醇な果物を食べているような
――それとは比べられないほど濃密な味が口の中に広がって行く――
その味は、今まで食べた何とも違うものだった。
それを口にしている間は、悲しみも忘れられたか。
味わうように租借し全てを喉に流し込むと、手に付いた血を舐め取った。]
……ご馳走様。
[その言葉は、同胞と餌とに向けられて。
部屋を出る彼を見送ると横になり、隣にぬくもりが無いことにやはり胸を痛めながらも、それでも意識はゆっくりと、夜の闇に溶けていった**]
─宿への帰途─
[大丈夫か、というゲルダの言葉>>26に返したのは曖昧な笑み。
今、ここで知った事実と言う名のカードをどう切るか。
巡るのは、何を生かし、何を切り捨てるか、という思考]
…………。
[道中交わされるやり取りには、口を出す事はしなかった。
今になって重く圧し掛かって来ている、呪に寄る疲労が主なものだが。
何より、自分の考えをまとめたかったから。
ゼルギウスが示したという力。
ユリアンから示唆されていた話の裏づけ。
自分の視点からすれば、ゼルギウスが全てを知っていた事は容易に繋がり。
手にしたカードから繋がるのは、もう一つの推測。
刹那、陰る蒼に気づいたのは、今は肩に居場所を移した蒼鷹のみ]
― 朝・宿屋/自室 ―
[ゼルギウスの弔いは其々密やかに。クロエが落ち込んでいる様子ならば彼女を気遣って部屋に行こうと促し、息をひそめながら自室で過ごした。疲れからか深い眠りに落ちてしまってたようで。]
もう、朝なんだ…
…こんなこと、何時まで続くのだろうね
[不安そうにしていれば何時も幼馴染に励まされてはきたが。それは一時的なものに過ぎず、この状況を耐えうる術でしかなく。]
――――…クロエ、起きてるかな
[もそりと寝台の上で身じろぎする。窓から見える朝焼けを見ながら寝台から降りることにして。]
―――…あのね、こんな時間にごめん…起きてる、かな
ちょっと話しておきたいことが、あって
[小さく控え目にノックをし、反応を待つが返事はかえらない。少し待っては見るが動いた気配は覗えず。ドアノブに手を掛ければ回る手ごたえに眸を瞬かせ]
あれ…若しかしていないの?
[其の時娘はまだ気がつかなかった。廊下に漂う以前の血の匂いで判別が付かなかったのだろう。、クロエの部屋からも鉄錆の予感を感じるまで時間が掛かってしまっていて。]
―――…、これって…
[想わず口許を覆うのは濃くなる血のにおいのせいだけではなく。変わり果てた姿で寝台に横たわる幼馴染の亡骸に、娘の呼気がとぎれとぎれとなり。]
クロ、エ………そんなの、って
嘘…こんなのって、ないよ…
お願いだよ、眼を開けて……
[ぼろぼろと涙を零し、もう手遅れだと解っていても。其れでも尚、娘はクロエの亡骸を揺さぶり続けていた。損なわれた心臓から零れる血が、娘の手指をとめどなく濡らしていく。]
や、だ…ぁ 厭、だよ…
おきて、よ……… クロエ
なん、で…………
[肩を震わせ、血まみれの敷布に涙が落ちて濃い染みを作る。クロエの、眠った様なその貌が苦悶に満ちていなかった事が、娘をそんな想いにさせていた。
すすり泣く声に気が付いた者はそのうち此方に遣ってくるだろうか。涙に濡れた貌を隠す事なく、娘は幼馴染の死を皆に伝えて。騒ぎに気が付いた自衛団の者がクロエの亡骸を連れていくのに対し連れて行かないでと縋るがそれは叶わずに。
部屋には血の跡だけが取り残された。何か想い詰めた表情で娘は、服越しに聖痕を薄くなぞりあげて*]
― 宿/食堂 ―
[長い間、憔悴しきった面持ちで俯いていたが、
ふと貌を上げ辺りの面々を見やり。]
… 皆に伝えたいことがあるのだよ。
構わない、かな?
[自分を含め6名となり、半数の命が喪われたと識る。
もう、時間も余裕も、ないのだ。]
―――…今まで隠してて御免ね
もっと早く明かしておくべきだったのかも知れない
[謝罪の後、娘は自ら纏う黒のワンピースの裾を摘まみたくし上げて。すらりと引きしまった白い右腿が露わとなる。
―――そこには、自衛団長と同じ銀の刻印――聖痕と呼ばれる証が鈍い煌めきを宿していた。]
[皆に聖痕を晒しながら、背筋が冷えて行くのが解る。聖痕は人狼を甘く誘う―――毒(poison)のようなものだとも娘は聞かされていた。
クロエが殺されてしまった今、この中に人狼はまだ居るのだ。自衛団長達の亡骸が脳裏を掠めながらも、ややしてスカート裾を指先から離した。]
僕はもう、逃げも隠れもしないのだよ
―――…僕は此処に居る
叶うならば、僕は……お話がしたい
[誰が、とは云わなかった。もし聖痕の事を尋ねられれば応える心算か其々の貌を見渡し。ややして部屋に戻るよと伝え、娘は自室へと向かった。*]
―前日/宿屋・自室―
……さっすがに、きっついなぁ、これ。
[ふらつきながら自室に戻り、ベッドの上で壁に寄りかかりつつ、小さく呟く。
きついのは状況だけではなく。
自分の身体]
……今の状態で視れるのは、あと一回が限度、か。
なら、確かめておくべき、だよな。
[帰途につくまでに得た情報から、推測はついているが。
それでも、と思うのは、自分の甘さなのだろう。
苦笑が滲む。
その笑みに、蒼鷹が物問いたげな視線を向けるのに、なんでもねぇよ、と返し。
受け取ったきり、飲まずにいたワインの封を切った。
酔いに任せて何かするには、酒に慣れすぎてはいるけれど。
その時は、眠りを呼び込む助けとなってくれたようだった]
―宿屋・自室―
[翌朝。目覚めの時間は、いつもと変わらず。
けれど、身体には気だるさが残る]
……バテてんなぁ……。
[浮かぶのは、自嘲の笑み。
それでも、机の上に瑠璃のダイスを並べ紅を落として、呪を紡ぎ――]
……やっぱり、か。
[灯る黒光。
かちり、と。パズルのピースがはまる感覚]
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