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[まだ狼はいると、緑の髪の少年に祈りを捧げた神父はいった。
けれど、それはもう意味のある言葉には思えなかった。狼が何人いようと、いなくなろうと、人が疑い、殺しあうことができるのなら同じだ。]
何人殺せば、終わるのかしら?
[呟いて、誰もいない部屋を見回す。
先日までは、一人になると不安だった。
けれど、他者といたからといって決して安全ではないことを、今のヘンリエッタは知っている。]
――アーヴァインの部屋――
[どれ位その場所で時を刻んでいたのだろう。
もう流れ出る血液も無い、屍と化したルーサーの傍から片時も離れることなく、少女は静かに歌を口ずさんでいた。]
眠れ良い子よ ひつじも小鳥も眠り入り
庭も野原も沈黙し はち一匹も飛んでいない
銀色に輝く月が 窓からこちらを覗いている
うつろな月明かりの中で ねむりなさい
[いつかルーサーが少女に歌っていた子守唄。その味のある歌声が、今では懐かしく感じる――]
ふふっ…神父様ったら、子守唄を歌ってやるぞ!って意気込んでいた割には…歌詞すらあやふやで…。
結局――私が歌詞を教えてあげたんだっけ…
[遠くを見つめる眼差しから]
[ふわりと笑みが零れる]
ねぇ、神父様――私はこれから…どうすればいい?
――どうすれば…あなたの仇が討てる?
教えて……どうすれば良いの…?
[虚ろ気な瞳の少女は――]
[ふわり――その場から立ち上がると…]
[何かを求め彷徨うように]
[遺体のある部屋を後にした――]
――アーヴァインの部屋→…――
―広間―
[ゆらり、視界が揺れる
静寂
既に広間には誰も居らず、目の前、既に冷たくなった少年]
……俺が……
[ただ、それだけ繰り返す]
『……同じでは、有りませんよ……。』
[深遠に沈む思考に微かに届いたそれは、誰の物かまで思い出せずに]
――廊下――
[少女は行く当てもなく屋敷内を彷徨っていた。
その姿は、何か手掛かりを求めるような物ではなく、ただ現実から逃げるように――]
[ふと――
階段を緩やかに降り、一階の廊下に差し掛かった時、ピアノの音色が少女の耳を擽った。]
[その音色に誘われるように――]
[さらり――]
[少女は色褪せた金糸を揺らして――]
[重々しいドアをそっと開けた――]
――音楽室へ――
…同じじゃない…?
[あぁ、そうだ
奴らは好きで人を殺すのだ、と
弄ぶように、残忍に
殺して、喰らって、打ち捨てる]
……俺は?
[目の前の少年を見る
ローズの姿を思い出す
胸が痛む
悲しみ
それを感じるうちは、人で居られる気がした]
─音楽室─
[扉の開く気配に振り返る。目に入ったのは、金色の髪]
ああ。
どうしたの?
[静かに、問う。
どことなく憔悴した様子から、彼女が自分と同じもの──その現実を見たのだと、察しはついていたけれど]
―厨房―
[昨夜のスープを暖める。
あの日錆をつけた手袋は、既に白く綺麗になっていた。けれど未だ持ち出した刃は服の下に。
“銃”は直接的な傷を負わせる手段ではない。これで如何ほど奴等に対抗できるのか、それは分からなかった]
…
[溜息と共に火を止め、鍋を手に広間へ]
―厨房→広間―
―広間―
[静かな空間の扉を開ける。
誰もいないのかと思ったそこには青年が一人と、少年…だったものが一つ。
僅かに躊躇して小さく目を伏せる。
会釈だけをして、中へと足を踏み入れた]
[人が表れた気配に顔を上げる。
緑の髪の少女
昨日の神父との会話を思い出す。
ほんの僅かな時間消えていたという鍵の行方。
あの時、名前が出なかったのは…]
あぁ、ネリー、ちょうど良い。
話があるんだけど……良いかな?
――音楽室――
[室内に入れば、少し年上の少女の姿。確か名前はメイと言っただろうか――]
こんにちは…メイさん…。
ちょっと…神父様と…探し物に…
[どうしたのかと問い掛けられれば。
口を次いで出た言葉は、在り来たりなもの――]
[誰にも会わず、屋敷の外へ出た。
日は既に頂上に差し掛かり、その眩しさに目が眩む。
ここ数日の快晴で、ぬかるんでいた地面は乾き、踏み締める足を確かに支える。
雨は降っていないから、血痕もまだ僅かに見える。
室内の絨毯に残るそれとは違い、風吹く大地に残る血のあとは少ない。注意して見なければわからない程。
けれど、血痕とともに溢れる僅かな肉隗が、はっきりと道を記してくれた。]
……探し物?
[不思議そうに呟いて。
薄紫の瞳を鍵盤へと戻せば、一度止めた演奏をまた再開する]
ここに探すような『もの』があるとは思えないけど……。
……ああ。
『伝言』なら、聴いているけれどね。
[ごく、何でも無い事のように。淡々と告げて]
[昨日そうしたように、テーブルの上に鍋を置く。
まさに昨日、人の死した空間。恐らく手をつける人は少ないか…若しくは皆無かもしれない]
――はい?
如何か…?
[声を掛けられるとは思っていなかったのか、怪訝そうに振り返る。
すでに黒く固まった血の跡が視界に入った]
-館外 枯れ木の下-
[少し前までの自分なら、血痕だけでも震え上がっただろう。
けれど今は、何故か恐ろしく思えない。血も、肉片も、命を失った全てはただの物体。
自分の中の何が麻痺してしまったのか、少女にはもうわからない。
赤い標をもとに、たどり着いたのは枯れ木の下。
そこが現場だと、分ったわけではない。ただ、目の前に広がる崖に足を留めた。]
[此方を見る目は怪訝そうに
今の自分の姿では其れも仕方がないかと薄く笑う]
いや、昨日神父さんと話しをして…
武器庫の鍵が一時行方不明だった、と。
で、彼はあんたが持ち出した可能性を言っててね。
武器庫の鍵を持ち出したのは、ネリーなのかい?
[再開された演奏に]
[ゆるり――]
[耳を傾け。どうして『神父様と』と付け加えてしまったのかには…目を逸らして――]
そうよね…魂は…『物』ではないわよね…。
[返された言葉に、悲しそうな笑みが零れる――]
[そして、『伝言』という言葉には、確信めいた色を瞳に湛えて――]
ねぇ、メイさん…。その…『伝言』――
私に…聞かせてもらえないかしら?
[さらり――髪を揺らして…少女は微笑んだ――]
[崖の周りにあるはずの垣根や杭はここには見えず、一歩踏み出せば、縋る場所一つないむき出しの斜面が果てなく続く。
枯れ木を支えに、崖下を覗けば深く。
はるか遠くに川の流れるのが見える。
思わず一歩後ずさった拍子に、小石が一つ、崖下に飛んだ。
子供の手のひらでも握れるほどの大きさのそれは、小さ過ぎて落ちる途中で見えなくなる。
ここから落ちれば、楽に死ねるのか。
誰も殺すこと無く、殺されること無く、ここから解放される。
それは救いかも知れない。
そう思ったのに、足が震える。
自身さえも殺すことの出来ない己の弱さを、ヘンリエッタは噛み締めた。]
[微笑む少女に、薄紫の瞳は一瞬だけ向けられて]
これは、キミ宛て。
それ以外の誰に向いてるとも思えないね。
「『聖書』を。貴方に託します」
それが、ボクの聴いた、『声』。
[静かに、告げた後]
……悲しい?
[投げられたのは、前後の脈絡のない、問い]
[怪訝そうな表情は、話を聞いているうち―“武器庫”の単語が出ると同時にす、と失われ。
薄く笑みを浮かべる目の前の男性を見つめ]
――彼は。
如何して、私と。
[感情の読めない眸で、それだけを告げる]
ただの消去法さ。
俺は自前の武器がある。
子供たちに扱えるものじゃない。
メイは自分では人を傷付けられないし、ハーヴェイは鍵を探していた。
そしてもう一人は怪我で動けなかった。
残ったのが、ネリー、そういうこと。
もっとも、彼は断定はしてなかったけど。
[崖の側を離れ、館を振り向く。
逆光で暗く陰る館は遠く、大きかった。
そこから顔を背け、裏手の庭園へと足を運ぶ。
訪れたことはない。けれど、広間の窓から見えるその存在は知っていた。
自分は死ぬことは出来ないから、せめて、先に逝った人たちに、花を。]
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