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[ここにあるのは力ある大人の為の武器がほとんどであるように、それらを見慣れ無い少女には思えた。
小さなナイフ一つで、このような凶器に、人外の獣に対抗できるのだろうか。
思い出したのは、牧師を名乗っていた神父の言葉。
異端審問官の男の話。]
……毒薬。
[ヘンリエッタはゆっくりと辺りを見回した。
壁に飾られた剣の下に、大小の小瓶。]
[彼は自らを人と言って。
でも人狼の味方で。
けれど人狼を裏切った、と]
………
[如何言うことなのだろう。
嘘を吐いているのかもしれない
けれどそれならば、わざわざ彼女たちの前で騒ぎを起こさずとも良かった筈。
人狼ならば、夜の爪も牙もある――]
[名前程度にしか字の読めない少女には、瓶に記された名前は読めず、そのなかで一番小さい、半透明の青い瓶を手に取る。
これならばきっと、力の無い自分でも人を殺すことができるだろう。
震える手で小瓶を灯りに透かせば、中の液体がとろりと揺れた。]
―回想・前夜―
[ 今にして思えば其の時は気が急いていたのかもしれない。普段ならば、皆が完全に寝静まる頃を待っていたというのに。人の負の感情や生死に関わる出来事に接して来た訳ではないのに、未だ慣れぬ狩りを連日をした疲労もあったろうか。
然し、是迄抑えられていた欲望が解放されたかの如く獣の衝動は留まるところを知らずに、其の夜も彼を掻き立てた。]
[ 階下を彷徨う赤髪の少女の匂いを嗅ぎ付け、気配を消せば其れを辿ってゆく。軈て少女は一階の奥に在る兇器の収められた部屋へと向かえば、そっと鍵を回して其の禁断の扉を開き、薄闇の中に華奢な躰を滑り込ませた。
其の様子は数日前、少女の慕う侍女の行動を思わせたか。然し今度は相手に気取られぬよう、薄く開いた扉を注意深くゆっくりと開くも射し込む灯りはほんの僅か。
辺りを探る少女が此方に背を向けていたから、其れには気付かなかったろう。其れを見留めれば己が身を黒狼へと変え、するりと中へと入り込もうとして――。]
[これを手にして、自分は何をしようと言うのだろう。
誰を殺すと言うのか。
緑の髪の優しい少女は、この部屋で何を見、何を求めたのだろう?]
人狼を……殺す?
[人だって、人を殺す。
誰を殺せばこれが終わると言うのだろう。
少女にはもうわからない。]
[“バシィ”]
――……ッ!?
[ 見えぬ壁か何かにぶつかったかの如く、音も無く其の身が弾かれる。流石に其の体躯を強か打ち付ける様な間抜けな真似はせずに着地はしたが、激突の衝撃を受ければ痛みが襲い、一瞬判断が遅れた。]
―広間―
[結局今日も手をつけられることのなかったスープを片付けるつもりで向かった、その筈だったのだが。
ソファへと沈み込み、纏まらぬ思考を巡らせる。
ふと。金糸の髪持つ少女の姿を思い起こす。
ちらりとしかその姿を確認することはできなかったのだが、少女といつも行動を共にする異端審問官の姿はないようだった。
そう言えば、今日は一度も彼の姿を見ていないのだ。
そう言えば、蒼髪の青年は「人を探してくる」とは言っていなかったか。
もしかすると、今日襲われたのは――?]
[ ハッと闇色の双眸を見開き、一度床に伏せた黒銀の体躯を起こして辺りを窺う。少女には気付かれたろうか。若しくは、周囲に人影は――?
理解の及ばぬ出来事に冷静な判断力が一時失われたか、唯、人の姿で見付かる事だけは避けねばと一挙に走り出した。絨毯に足音は吸い込まれるも、完全には消しきれまいか。黒き影は疾風の如く廊下を横切り真っ直ぐに階段を駆け上がる。]
[手の中で透かしたガラス瓶に映るは、黒い影。
少女はびくりとして後ろを振り返った。
ガラス瓶がその手を滑り落ち、足元で小さな音をたてひび割れる。]
[振り返り視線を這わせた先、薄く開いた扉の向うにはただ闇が広がるばかり。
その先を見ることが出来ず、少女は立ち尽くす。]
―――ッ!?
[思考は中断される。
先程感じたのが袖の内に封じた“それ”の振動であることは疑いようもなく。
そのことが示すのは一つ]
お嬢様…っ!
[思い至った瞬間、彼女は赤毛の少女の姿を求めて広間を飛び出した。
その一瞬前に黒い影が階上へと駆け上がって行ったことには気が付かぬままに]
―広間→…―
[廊下に飛び出し、見渡した。
灯りが洩れている部屋を見つけると、そちらへと近づいていく。
そこが何の部屋だったか、などは今の彼女に気にかける余裕も無く]
[ 二階の廊下には運好く人の気配は無い。然れど念には念を、入り込んだ先は自分の部屋ではなくコーネリアスの部屋。有事の際にはと、逃げ込める様にしておいたのは僥倖か。早まる鼓動と荒い呼吸を抑えつけ、気配を潜めようと務める。暫くの時が経っても、誰も来る様子は無かった。]
……。
[ 熱が冷めていくと同時に、獣の欲も俄かに収まるのを感じる。然し其れは、見付かるかもしれぬと云う恐怖が勝った故かもしれないが。今日、此れ以上の狩りを行うのは如何考えても危険だった。]
[呼ぶ声に、今一度大きく、身を震わせる。
自分をそう呼ぶのは彼女だけだ。
震える体を抱き締め、少女は扉の向うの闇を見据えた。]
[扉に手を掛け、開く。淡い光が廊下に漏れ出す]
――!
[その中に少女の姿を見留めれば、安堵のためかずる、と扉に凭れるようにして。
けれどそれは一瞬のこと]
お怪我は、ありませんか…?
[部屋の中に一歩、踏み出した]
[ 飢えと渇きは止まぬものの、抑えられない程ではない。
人の身へと転ずれば自らに宛がわれた部屋へと戻り、寝台の上に転がる。普段は開いているカーテンも閉め切れば狭い室内は闇に閉ざされ、自らの心臓の鼓動の音ばかりがやけに耳障りに聞えた。
生の証。死者には在らざるもの。其れに息を吐いて、*固く固く目を閉じた。*]
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