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―宿屋・食堂―
[ミハエルに顔を覗き込まれれば、それまでそばにいたことすら気づかなかったのか、
それだけぼーっと、まとまらない考え事をしていたらしく]
おわっ、なんだミハエルか…。
[一度驚いてから]
乙女の悩みってやつだよ。
[心配かけないようにと、笑いかけてみせるだろうか、その話題もゲルダの悲鳴ですぐにうやむやになるだろうか]
ゲルダっ!
[ミハエルよりやや遅れたのは椅子に座っていたからで、途方にくれるミハエルの背を一度ぽんと軽くたたいた後、ライヒアルトがその場にいなかったなら、ミハエルに呼んでくるように頼むだろうか]
ゲルダ?どっか痛めてないか?立てるか?私の声は聞こえるか?
[自分はゲルダの様子を確認するように、そう心配する声を*かけた*]
[それはゲルダの宣言がある前の話。
アーベルの存在に気付いた深緑が一度瞬かれる。
やはり彼だけは殺したくないと思ってしまう。
その、思いに気付けば微かに柳眉を寄せた]
――…話があるのはこっちも同じだ。
[短く声を返して蒼鷹を連れる幼馴染を見送る。
人目を避けるなら、共に行くのは拙いだろう。
昨日の一件で青年はそれを学んでいた。
タイミングをはかり、人の目を誤魔化して
青年は幼馴染の居る厩舎へと向かう。
――人ならざる獣に彼の匂いを辿るのは簡単な事だった]
―厩舎―
[厩舎に行けばアーベルに歩み寄る。殺気などありはしない。
幼馴染を殺す心算など今は無いのだから。
人の気配が他にないことを確認してから口を開いた。
潜められた声は微かに低くある]
話、だったな。こっちからさせてもらうぜ。
お前は全て知ったんだよな。
[同胞に聞かされて知った事があるからそう切り出し]
――…裏切りたくない、ってお前さんは言ったな。
なら、裏切りたくない奴が殺されても良いのか?
俺ともう一人を同時には殺せまい。
靡かねぇなら、お前さんの裏切りたくない奴、殺すぜ。
アーベル、お前は喰らわれず、残るだろうよ。
[身重の彼女が狩れる相手は限られていよう。
それに漆黒にもまた幼馴染を狩る気などもうないのだから**]
―厩舎―
アーベル。
――…誰か一人、お前の手で人間を殺せ。
[誰が人狼で誰が人間か。
理解できているだろう幼馴染にそう囁く。
ライヒアルトの眸には真剣な色が滲んでいる。
勝負事になど関心の無かった男が一世一代の勝負を仕掛けた**]
如何する、か。
其れはアーベルの返答次第だな。
[幼馴染の人間に裏切れぬものがあるように
獣であるリヒトにも裏切れぬものがある。
ヴァイスルヴの分までグラォシルヴを守らねば
彼にあわす顔がない、と]
――…そろそろ通れるようにしろよ、なぁ。
夏は短いってのに。
[道については其れに携わる者に軽く毒づく態。
二人で見にゆくのも悪くない、と思う。
道が通れそうならそのまま逃げれば良い。
けれど、リヒトもまた何処かで覚悟していた。
ヴァイスルヴと同じように彼女を残して逝くかもしれぬ事を**]
―宿屋 個室―
なにを……
[するの?と。
その鬣の如く灰銀の名を持つ女狼が問いかけるが、同胞は明確に答えを返さなかっただろう。
名を略されずに呼ばれる事は慣れていたが、彼にどんな意図があったにせよ、それが無意識に同胞との間に一定の距離を作っていた事に、自身は気付いていない。
変わらないコエに、ただ一言「気をつけて」と囁いて。]
―宿屋 廊下―
[目の腫れが少し引いた頃。廊下にでて、人のいる方へと向かえば、そこは一番血の匂いの濃い場所でもあり。]
……クロエちゃん。
[奥に眠る彼女を見れば、言葉が零れた。
憔悴した表情は、夫を失ったばかりな為に偽りのないものだった。
夫よりは嘘をつくに長けて、だが同胞のように演じるには少し足りない自分は、殆んどを誤魔化したりまぎらわしたりでやり過ごした。
そしてそれはこれからもきっと変わらない。
亡骸にすがるゲルダと、手を差しのべるミハエルを見てそっと目は伏せられ。
幼馴染みらが言葉を交わすのは聞いていたが、どちらにも視線は向けられなかった。
自身はゲルダらに付き添い、一度食堂へと。
そこで彼女の告白を聞けば、表情には驚きが浮かぶ。
それは傍目には彼女が刺青を持っていたことに対してにみえるだろうが、実際は合点がいったとうものだった。]
―宿屋 食堂―
(………ああ、だからミハエル君は、ゲルダちゃんを一番に信じてゼルのことを話したのね)
[声には出さずに思う。ずっと引っ掛かっていた事柄に、ようやく答えが得られた。
飛び出した彼を追いかけて行き彼にたどり着いたのはゲルダ、ベッティ、クロエの3人…と、同胞から聞いていた。自分があの中で信を置くとしたら、唯一能力者として名乗りをあげたクロエだと思っていた。それをあえて彼女にした理由に、引っ掛かりを覚えていたのだった。]
……ああ。わかってんなら、話は早いな。
んで、そっちの話って?
[既に知られていた事への驚きはあれど。
余裕は崩さず、話を促して。
告げられた言葉。切られたカード。
言葉が失せ。
その時の表情を押し隠すべく、額に手を当てて俯いた]
(……この……バカは)
[手の下で、歪んだ表情。
泣きたくなった。
彼も、占い師を名乗りながら強行には動かなかったゼルギウスも。
あまりにも、優しすぎるように思えて]
[けれど、その優しさに絆される事は選べなかった。
優しいと思うから。彼らもまた、大切に変わりはないから。
自分の中には、「大切」の優劣なんて、ない、けれど]
……くっ……ははっ……。
[だから、泣き声は笑い声にすり替えて]
お前……っていうか。お前らって、ホント。
甘いよなぁ……。
[「優しい」を「甘い」に置き換えて。
表情は、賭博師一匹狼としてのそれを被って。
顔を、上げた]
その条件で、俺が頷くと思う?
……わりぃが、本気出した勝負師に仕掛けるにゃ、カードがお粗末すぎるぜ。
大体、前提がおかしいだろ。
裏切りたくない奴らから一人選んで殺せとか。
それこそ裏切りにならね?
[言いながら、ポケットに手を入れて。
瑠璃のダイスを、握り締めた]
……それとな、ライ。
お前、一つ、勘違いしてる。
俺は、「裏切りたくない」とは言ったが、「失いたくない」とは、言ってねぇ。
……全て失くす覚悟を決めて、命から何から、全額賭けてんだ。
手にはいらねぇ覚悟なんざ、とっくにしてる。
……ライ。
お前が、本気で生き延びようとするなら。
……イレーネたちを死なせたくないってんなら。
他は全部、切り捨てる覚悟、決めな。
……俺を殺さないなら。
俺は、イレーネを殺す。
……それを躊躇うつもりは、ねぇよ。
[静かに言い放つ蒼の瞳に、揺らぎは、ない。
奥にある痛みは全て冷たいいろに隠されていた]
―厩舎―
[アーベルの声を聞いてもリヒトの表情は変わらない。
甘いなどと漆黒は思ってなどいなかったが
彼が断ることは何処かで分かっていた]
――…全てを全て裏切りたくねぇって?
懐が深いって言やいいのかねぇ。
嗚呼、俺は裏切れと言ってんだよ。
[分が悪い勝負だとは思っていた。
けれどカードがお粗末とは思わない。
彼なら自分の命よりも他の命を貴ぶと思ったから。
殺せないから選べと言った。
人間であり彼が選べる中に彼自身も入れていたのだから]
へぇ、失っても良いって訳か。
それなら、俺は獲物にベッティを選ぶぜ。
[クツ、と咽喉を鳴らす]
[その音は直ぐに消える事となる。
彼女の名を出されると敵わない。表情が消えた]
――……。
どいつもこいつも莫迦ばかりだ。
[止める為に命を投げ出そうとした霊能者が居た。
他の代わりに自分を殺せという占い師が居た]
莫迦、だな……。
[イレーネを殺すといったアーベル。
幼馴染である彼女を殺す事に彼が痛みを覚えないとは思えない。
深緑が哀しげに揺れた]
─厩舎─
……失うもなにもねぇさ。
あいつも、他の誰も。俺の所有物じゃねぇ。
[ライヒアルトの言う「失う」の意味が、所持的なものではないのは承知の上で、言葉を紡ぐ]
……は……バカは、お互い様じゃねぇの?
[揺れる深緑。
対する蒼は、揺らぎを押し止めて、静かなまま。
ここで退く事はできなかった。
一度勝負に出たからには、それを投げ出す事はできない]
アルの?
[その答えに何かまた持ちかけたのだろうと知るものの、
詳細を効く事は何故か出来なかった。
きっと答えてはくれないだろうと思って。
問いかけに答えなかった夫と、同胞がふっとダブる。
その事に胸が恐怖で締め付けられたが、ぎゅうと手を握る事で耐えた。]
……そうね、本当。
夏の間に、しなきゃいけない事は沢山あるのに。
[出入りの商人との交渉ごとや、次の季節への準備
夏は本当は、そんな賑やかな季節だったはずなのにと。
毒づく様には、少し苦くそう答えた。原因が自分である事を忘れたわけではないから。
彼の覚悟には気づけるはずもなかった。]
切り捨てる覚悟、ないと思ってンのかよ。
イレーネの為になら他は切り捨てられるさ。
あいつの腹にはゼルギウスの忘れ形見が居るんだからな。
[アーベルと対峙した昨夜。
漆黒の獣には守るべき者が三人居た。
イレーネとゼルギウス、そしてその子供。
守る為に蒼を殺す事さえ躊躇わぬと思った。
けれど、ゼルギウスが欠けて、
アーベルへの執着を強めたのも事実]
――…なら、あいつを喰っても構わねぇんだな?
[深緑は静かな蒼から目を離せない]
……は、……なんで靡いて呉れないかねぇ。
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