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…何か?
[少しの間の後、問えば返事はあったでしょうか。
わたしがその部屋を出たのは、それから*暫く後のことでした。*]
[耳に届く鈴の音に、ふと歩みは止まる。
振り返った先には、鮮やかな金の髪]
玄関通ってないから、すれ違いはしてないと思うが。
[疑問の声には、端的な答え]
[緩やかな動きで女は首を傾げ、青年を見た]
[豊かな金色が、背より流れ落ちる]
手品でしょうか。
或いは、魔法?
[窓からという考えは、女には無い]
[問い掛けつつも、緋色の靴は泉への道を踏む]
手品や魔法、か。
……そんな洒落たものが使えれば、退屈もせずに済むんだろうが。
[軽く肩を竦めた後、泉へと歩みを進める]
答えは、窓。
月に誘われた気分でね。
[口にするのは、実際の心理とはかけ離れた理由]
[女は泉の畔で足を留め、膝を折る]
[緋色のドレスが濡れる事の無い様に片手で押さえ]
[逆の手で、水面にネイルを塗った爪先を差し入れた]
[広がる波紋]
退屈ですか。
これほどにまで、うつくしい景色があると言うのに。
[くれないから落ちる言の葉は憐れみの色を帯びる]
手品でも魔法でもなく、軽業でございましたか。
――月ならば、退屈はしのげそうでしょうか。
女でもなく、酒でもなく、面白い御方なのですね。
景色は悪くないが……どうにも、この満開の花が、ね。
[広がる波紋を見つつ、ため息と共に呟きをもらす。
憐れみの響きは、気にした様子もなく]
月を眺めるのは、嫌いじゃないらしい。
……面白い、のか?
[言葉の最後の部分には、やや、首を傾げる]
[泉にうつる望月を歪ませる前に、波紋は薄れて消えた]
あかは、御嫌いですか?
それとも謂れがなのでしょうか。
[女は立ち上がり様、濡れた指で顔の横に垂れた金の髪を耳へと上げる]
[指先についた雫が首筋を通り、鎖骨に落ちた]
ええ。
雅を理解なさる殿方は珍しいと。
[くれないを横に引き、女は青年の傍らへと足を進める]
色彩がどうとか、じゃないな。
……多分、花の謂れか……。
[蒼氷はしばし、瞑目する]
花にまつわる「何か」が、あったから……かね。
[呟くよな言葉と共に蒼氷は開き、右手が左の腕を抑えた]
月が好みなら、雅、になるのか?
考えた事もなかったな、多分。
[抑えつけるよな仕種と裏腹、口調は軽く、冗談めく]
[黒き門の傍らに、佇んでいた。
肩に羽織ったブランケットが、
薄い外套のように風にはためき波打つ。
絶えず陰影を変える布から、
彼方まで続く花の海に視線を転じた。]
ん――誰か、いる?
[木々の作る道の先に、ちらつく影。
首を傾げて考え込む間を置いてから、歩みを向ける。]
[緋色を纏う女は、青年の答えに口許のくれないを笑みの形に変える]
花の…?
欠けた記憶の裡にでございましょうか。
何をか、思い出されはいたしましたか?
[伏せられた蒼氷]
[見えぬはずのその色彩を覗き込むよう、女は顔を近付ける]
私はその様に思いますけれど。
[リィン]
[持ち上げた手は、青年の腕を取ろうと伸び、止まる]
この色は?
[あかに見える色彩に、女の関心は寄せられる]
……思い出した……訳ではないが。
何か、引っかかるものがある……って、所か。
[呟きはどこか独り言めく。
雅の解釈には、そういうものか、と呟いて]
これは、まあ。
……見たとおりのもの、としか。
[腕に伸びて止まる手。
色彩の意を問う言葉には曖昧に返し、蒼氷を女から逸らす。
逸らした視線は、緋の中の道を歩む姿を捉えた]
……月夜の散歩は、流行なのか……?
[花咲く流れに抗い進んでいく。
縮れて寄り添う花弁は反り返り、
長く伸びた蕊は彎曲し天の光を受け止める。
立ち去る者を惜しみ愚図る幼子のように、
微かな風にも頭を揺らしていた]
戻るから、平気だよ。
[かけた言葉の意味を、花が理解することはあったか。
ふと風が止み、かれらの動きは止まった]
僕は、
此処に居なければならないのでしょう?
[水面に生まれた波紋は収まらず、
深く沈んだ小石が消える事も無い]
[揺らめく心の侭に、かれは謂う]
あ。
ヴィーに、キャロ。
[月明かりに照らされる二者の姿を認め、歩みは早くなる]
何、してるの。
……秘密の話でも、していた?
[半ば足を覆うズボンが土に塗れるのも気にせず、
泉の傍らに寄り、問いを投げた]
[呟きめいた言の葉を、静けさに満ちた月下の世界で聞く]
厭な記憶ならば、戻らぬままの方が良いでしょうか。
[曖昧な答えが二つ]
[蒼氷が逸らされても、碧の色は腕のあかから外されない]
[未だ腕は中途な位置に留まったまま]
ラッセル殿。
[新たに増えた声に、ようやく碧眼は向きを変えた]
別に、何、と言うわけでもない。
月に惹かれて彷徨い出てきたら、たまたま同道した、という所かね。
[やって来たラッセルの問いに、軽く返す。
他に理由がないとは言わぬが、他者に言うほどのものでもなく]
……さて、記憶に関しては。
どちらがいいのか、今の俺には皆目見当もつかないね。
[キャロルの言葉には、呟くよに返して。
碧が逸らされた紅を隠すよに、左の上に右を重ねて腕を組んだ]
[何を、と問われ、直前に聞いた言の葉を口にする]
月夜の散歩でしょうか。
ああ、いいえ。
たわいもないお話を。
月や花や雅や、その様な事を。
[思い出したかのように、女は再度くれないを開く]
ラッセル殿は、この花は御嫌いでございますか?
[密やかな花は、主張はせねど、微かに香を漂わせる。
仄かに甘いような、饐えたような。薄く、包む匂い]
ヴィー、まだそのままなの?
クーに叱られるよ。
[自分は寒さ対策をして来たのに、と言うように、
白の布を掴んで揺らしてみせる。
尤も、後者の遣り取りは当人同士しか知らない事だが]
オレは、絵描こうかと思ったんだ。
そしたら、誰かいるみたいったから。
[布の下に隠れていた左手を露にする。
言葉の通り、一冊のスケッチブックがあった]
月は確かに、誘われるような気がするよね。
秘密の話じゃなくて、残念だけれど。
[花へと話題を導かれ、視線が動く]
この花?
うーん……、嫌いじゃないよ。
変わった形、してるよね。
[左手を下ろし、右手が花弁に伸びる。
微か湿った表面を撫ぜるように、宙を指が滑った]
そもそも、花はすぐに散ってしまうから。
好きでもないけれど。
……叱られても、正直困るんだがな。
[広間で向けられた言葉を思い出し、微かに眉が寄る]
俺がどうなっていようと、別に、俺の勝手だと思うんだが。
[何処か投げやりに言い放ち、泉の畔に膝をつく。
周囲の緋が、微かに揺れた]
記憶が戻らぬ間では確かに、無益な問いでしょうか。
[重なる腕の気配に、伸ばしていた手を引く]
[チリン]
此処以外の何処かに自分が居た。
それすら確信を持てないのは…、
[ひそりとした言の葉は、最後まで語られる事が無い]
困るなら、叱られるようなことしなければいいんだよ。
人が人と関わり合う以上、
一人の行動が、自分だけの勝手って、
ないんじゃないかな。
何かしら、影響は与えるもの。
[語調は変わらず、平坦な言葉を並べる。
視界の端での動きに花弁から泉へ流れた視線は、
水面に揺れる月の姿を見て取った。
歪む、円。]
[碧眼は、関心の色を帯びてスケッチブックへ向けられた]
[緩やかな動きで、女は少年の元へ歩みを進める]
それでは今から、秘密の話しだった事にいたしましょうか。
[感情の薄い声]
[指先を伸ばし、少年のあかの髪を掬う]
……必要な事なら戻る、無用なら戻らない。
記憶に関しては、そんなものと思うしかないんじゃないかね?
[引かれる手と、それに伴う鈴の音を聞きつつ、こう返し]
確信なんて、恐らく、誰にもない。
……なら、そこで考えすぎても仕方がないだろ。
[言葉と共に、水面に伸びる。
紅を滲ませる白に包まれた、左の手]
……そういうもの、かね。
[並べられる平坦な言葉に呟きつつ、指先を水面に触れさせる。
波紋が揺らぎ、冷たさが伝わる。
これに浸せば熱は和らぐか、などと思いながらも。
他者の居る場でそれを行うのは、躊躇いが先に立った]
[寄ってきた女に、見る?と差し出しかけ、
掬い損ねた髪が他を揺らし、片目を細める]
それはそれで、どんな話だったか、
気になってしまいそう。
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