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薬師 ゼルギウス に 1人が投票した。
療養中の少女 ベアトリーチェ に 7人が投票した。
物識り ヨハナ に 1人が投票した。
療養中の少女 ベアトリーチェ は村人達の手により処刑された。
次の日の朝、墓守 ナターリエ が無残な姿で発見された。
現在の生存者は、薬師 ゼルギウス、調理師 ゲルダ、傭兵 マテウス、物識り ヨハナ、神学生 ウェンデル、指物師 エーリッヒ、迷子 エーファ の 7 名。
……。
[老婆は、すぐそばで二つの命が失われたことにも気付かず、ただ懇々と眠り続けている。
ともすれば、そのまま息を引き取ってもおかしくないぐらいの穏やかな表情で]
[振り下ろされた刃は少女の背中を捉え]
[滴る毒は傷口から全身へと駆け廻る]
[呼吸器系に作用する毒]
[少女の口から零れる苦悶の声]
[それは次第に聞こえなくなり]
[ゼルギウスが護ろうとした命はゼルギウスの手によって絶たれた]
[少女の顔は、まるで安らかに眠るような表情だった]
エーファ?
[子供の小さな声。内容は聞こえなかった。
ただ一番近くに居たからか、何かを言ったのだけは分かった。
怪訝そうに、警戒をしながら。
その身に蒼炎を宿しているとは未だ確りと知らぬがゆえに]
――…、ああ。
[朱い花。熱を放つ。
血を捧げよと、人狼を滅ぼせと、言う]
彼女は『貴方』を見ていたのに。
[今更だと思う。けれど、口から零れた言葉]
[子供の中に、残滓のように閃いた感情の欠片は、粉々に散ったカップの欠片と同じように、すぐに霧散していく]
人狼が、一人、死んだ。
[青い花が炎の中で喜びに震え、脈打つ。広がる炎を胸から、首筋までも青く染め始めている]
[刃についた紅を服の裾で拭い、懐の鞘へと仕舞う]
[力の抜けた少女の身体]
[それを抱え上げ踵を返した]
[少女の肩口から紅が床へと零れ落ちる]
[歩き出す前にナターリエへと視線を向ける]
[あの出血では到底助からない]
[医学の心得があるゼルギウスにはそれが見て取れた]
[歪んだ笑み]
[それを口元へと張り付けて、ヨハナの部屋を出て行こうとする]
[ウェンデルが零した言葉にゼルギウスは反応を示さなかった]
[血はとまらない、
目の前でナターリエの命は血が流れ出るととともに零れ落ちていき]
ナタリー…
[抑える手が緩まる、抑えていた血が流れ出す。
言葉がでない、思考がぐらつく、
傍にいるはずのゲルダに視線を向ける、ナターリエと親友だった彼女は今どんな様子であろうか?]
[花、という言葉を口にしたエーリッヒを、子供は見上げる。守護者は失われ、残るは二つの花のみ。すでに隠れる意味はない]
ぼくは、青き聖痕を持つ者。
[かつて、その同居人に対して告げたと同じように、はっきりとした声で宣言した]
どうして。
戻ってきてくれないの。
[ぎゅう、と握りしめる手の関節は、血の気を失って酷く白い]
ナターリエまで。
あたしを、置いていくの?
[呟くたび、瞬くたび、はたはたと眦から雫が零れる]
ゲルダ…
[ゲルダの身をそっと抱きしめて、
そこで初めて周囲に気が回り、
ベアトリーチェを抱えてさるゼルギウスの姿]
ゼルギウス…
[呼びかける声は力なく、その様子が普通じゃないことだけは感じ取れた。
ついで聞こえるエーリッヒ達の会話]
象徴たるもの…?
[つぶやいて出た単語は以前に聞いたことのある言葉]
[ウェンデルの頷きと、確りとした宣言に視線を戻し、見上げてくる子供の瞳を見つめ返す]
そうだったのか。
ならば、君は間違いなく人間だということだね。
[一瞬だけ瞳が穏やかになる。
確かに信じられる相手が出来るというのは、安堵を伴うから]
ゼルギウス。
一人で運べるんだな?
[少女を抱え上げた薬師に声を掛けた。
その狂気に少しばかり気押されて、疑問はただの確認になる]
[躊躇った。
ベアトリーチェが人狼であるなら、恐らくゼルギウスは人間。
ならば、捨て置けばいいと、『象徴』たる花は言うだろう]
[転じた視線は、死した護り手を見た。
そして、雫を零す幼馴染を]
[扉へと、足を踏み出した。
ゼルギウスの後を追うような形で]
…ゲルダ。
[涙を流すその様子に、ナターリエの末路を知る。
唇を噛んで。息を吸い、吐く]
そう、花を持つものは……。
[マテウスの呟きに応えようとして。
不意に言葉が途切れた。
花はいまも鮮やかに。蒼花の持ち主は何と言った?]
[青き花は陶然とした快楽を子供の中に呼び起こす。けれど、広がる炎は、まだ全てが終わっていないことを告げていた]
人狼は、他にも居る。
[ゆっくりと子供の瞳が人々を見渡す]
ウェンデルとエーリッヒは、違う。
ゼルギウスも、多分。
残っているのは……
[ナターリエの傍らにあるマテウスとゲルダを通り過ぎ、ベッドに横たわる老婆の上で、子供の視線が止まった]
見極めるもの…、見定めるもの…、守護せしもの…、象徴たるもの…、
牙をもつもの、牙を護るもの。
[いつしか聞いた単語をつぶやいてから]
そういえば、ライヒアルトはどうした?
[その言葉をつぶやいていた人物のことを尋ねた。
今日まだ、その姿を見ていない人物の名]
にい、さ…
[はたはた。はたはた。
抱きしめられても、落ちる雫は止まらない。
むしろ一層、増すばかりで]
ごめんな、さい。
[小さな小さな謝罪の言の葉。
ゆっくりと、身体を離そうと身じろぐ]
[エーリッヒからの問いにも返答は無かった]
[その足取りはしっかりしていて、運ぶことに何ら問題ないことは見て取れるだろう]
[少女を抱えたまま向かうのは、少女が使っていた個室]
─ヨハナの部屋→ベアトリーチェの部屋─
[命の鼓動無き少女の骸を抱え廊下を歩く]
[ゼルギウスが通った場所に紅が点々と続いて行った]
[廊下を歩き続け、自室の隣の部屋の扉を開く]
[そこは抱える少女が使用していた部屋]
[扉を開け放したまま中へ入り、寝台に少女を寝かせる]
……お休み、ベアタ──。
[ただ見れば眠っているように見える少女]
[その姿にそう声をかけた]
[自分の弟を重ね合わせていた少女]
[自分の弟を重ね合わせていた青年]
[そのどちらにも、彼は拒絶され、否定された]
[無条件で信頼し、護ろうとしていた子達に裏切られた]
[蝕まれた精神はそれを負の感情へと変え]
[彼を完全に狂気へと走らせた]
[少女の骸だけが在るこの部屋で]
[彼は立ち尽くしたまま少女を見つめる]
[黒に彩られた彼の真紅から]
[白の残滓が一筋零れ落ちた]
[護るべき者を選ぶ二択で]
[彼が青年では無く少女を選んだのは何故だったのか]
[少なからず好意を持っていたであろうことは]
[今では本人すら知り得ぬ事実と成り果てた]
[ヨハナに近づこうとした子供の足が止まったのは、ウェンデルが部屋を出たのに気付いたからだった]
[狂気に捕われた薬師を追っていくのだと知って、子供は、その後を追おうと踵を返す]
[それを突きつけるようなエーファの言葉。
名前を挙げられなかった三人。即座に否定の言葉が浮かぶ]
…ライ、は。
……ころされた、よ。
[マテウスに応えて声を絞り出す。
残る誰がそうであっても、それは恐ろしい予想]
………人狼に。
ナターリエ、守れなかった。
あたしも、何も出来なかった。
[謝罪の理由を、ぽつりと告げる]
あたしにはナターリエを止められたかも、知れないのに。
[ナターリエに被せたエプロンを引いて。
そのポケットから、昨日渡された小箱を取り出す]
…。
そう…か……。
聞いて悪かった…。
[エーリッヒの言葉に沈痛な面持ちで応えた、
エーファの言葉は耳に入り]
他にも…?
[そういえばベアトリーチェはどうなったのだろうか?
ゼルギウスが抱えてつれていく姿は見えて]
ベアトリーチェは人狼だったのか?
彼女、ゼルギウスが連れて行ったみたいだったが…?
[問いかけながら視線はエーリッヒに向いたまま]
[渦巻く疑惑。信じたくない。否定。
老婆は未だ眠りの内に。
ゲルダとは共にライヒアルトの死に出会った。
感情を表に出さないことの多い彼女。相当な演技でないかぎり、あんな反応にはならないだろう]
あ、ぁ。
花の持ち主が言うんだ。
見極める者ほどの確証はないけれど、多分…。
[向き合う視線。翠は半ば恐怖の色に染まって]
[白の残滓が乾き消える頃]
[ようやくゼルギウスの身体が動いた]
[視線を落とした先には紅で汚れた服の端]
[着替えなきゃ、と考えて]
[開け放したままの扉の外へと足を踏み出した]
─ベアトリーチェの部屋→二階廊下─
[エーリッヒの応えに]
じゃあ、彼女を殺せば…終わるのか……?
[思わずつぶやいて出た言葉。
まだ、ベアトリーチェが死んだことは察していない様子だった]
………でも………
[子供は、朱花の主を見つめる。ガラス玉の瞳が一瞬揺れて、すぐに伏せられた]
一緒に、いては、だめ?
[彼の意志を問うたのは、初めてのことだった]
いや。
ベアトリーチェは、死んでいた、よ。
[終わるのか。終わって欲しい。
正確な知識があるわけではない。心が逃げようとする。
信じたくない。信じたくない。信じたくない]
終わるかな。
終わってくれた、の、か…。
[だがもし彼が人狼だったら。
もしも彼女が人狼だったら。
決めたはずの覚悟は既に砕けてしまっていた。
今すぐに新たな覚悟を決めることは。出来かねた]
…ゲルダ、どうしたの?
[小さく頭を振る。
そしてゲルダが何かを取り出しているのに気がつくと、そちらに声を掛けた。結論を出すのを厭うよに]
[子供は、首を傾げる。ウェンデルの問いに込められた意味は、子供には理解できないものだった]
わからない………
[だから、そのままを答えた]
…違うよ。
あたしたちは、これを終わらせなきゃ…いけないの。
[手の甲で眦を擦る。
薄らと、肌に滲む紅の色]
これ。昨日ナターリエから、預かったの。
何か有ったら割って、って言ってた。
[今思えば、間違い無く、彼女の死の覚悟の現れだったわけで。
床に思いきり、叩き付ける]
…教会のものだったって、いってた。
[廊下には二つの姿]
[青灰と金]
[その内の金の姿を見て、口端が持ち上がった]
…ウェン君。
[紡がれた声は常のもの]
[けれど浮かんでいた表情は]
[ベアトリーチェに向けたものと同じ]
[狂気を含んだ微笑み]
死んだ…?
そうか………
[エーリッヒの返答にゼルギウスの普通じゃない様子がなんだか納得できた。
エーリッヒの思うところはその呟きから大体察することができたが、
エーファの他にもという言葉が脳裏をよぎる。
ヨハナに自然と目が向くがゲルダのことを呼ぶ声、
そちらに注意が向き思考が途切れる]
ゲルダ…?
ナターリエから?
[ゲルダの頬に薄く伸びる紅。小さく息を吸う。
何かあったら。最初から彼女はそんな覚悟もしていたのか]
教会のもの。
[床に叩きつけられ、壊される箱を見た]
…そう。
貴方も、他の誰かの幻影を求めているのかと思いました。
貴方は、誰ですか。
エーファは、原初の母の名でしょう。
死から逃れるため、異性の名をつける例はありますが。
[ちらと掠めていた思考。
容姿と実際の異なりから、子供の話から抱いていた疑問を、口にした]
[廊下の向こう、聞こえた声に視線を向ける]
ゼルギウス………
[その目を子供は知っている。ひとごろしの目。人狼とは別の、壊れた人の目]
ナターリエの残した…?
教会関係のものか。
[ゲルダの応えに箱に叩きつけられる箱に視線がいく。
それはきっと特別な意味を持ったものなのだろう]
…俺のものにはなってないよ。
だって、イラナイものになったから。
イラナイものは コワサなきゃ
[問われた言葉に首を傾げるようにしながら答える]
[その間も、浮かぶ笑みは狂気に彩られていた]
[子供は、無意識に、ウェンデルの袖を掴もうと、手を伸ばす]
だめ………
[近づいてはいけない、人狼ではない男に対するそれは、青い花の警告ではなく]
[ゆっくりと。
歩み寄る所作は、傍目には酷く無防備だ。
遠目では、既に乾いた跡が見えていたわけではないだろう]
ならば。
何故、要らないものを大切に抱くのか。
棄てればいいのに。
そして。
何故、泣くのか。
[主を失った箱は、いとも簡単に、音を立てて木片となる。
中には随分と古ぼけた紙と、十字架と鎌の装飾の為された聖銀が一つ]
…。
[紙を広げて目を通せば、「場」のシステムのこと、それぞれの異能についての記述]
……花?
[今更ながらに、その存在を知った異能もある]
[金が歩み来る様子]
[青灰が金を止めようとする様子]
[それらを見ても、彼はその場から動かなかった]
婆ちゃんの所に置いたままじゃ、婆ちゃんが気味悪がるかと思って。
だから、退かしただけだよ。
…泣く?
どうして、俺が、泣かなきゃ、ならない?
[不思議そうな表情]
[先程自分が雫を零したことには全く気付いていないような雰囲気で首を傾げた]
俺も、見せてもらっていいかな。
[ゲルダの傍に寄り、広げられた紙を覗き込む。
一抹の不安。けれどそれよりも今は知識の方が欲しい。
できるなら最悪を選ばずに済めばと]
人と、場所と、時…。
[能力者のそれぞれも、ここで正確なものを知る。
知っているままだったものも、知らなかったものも含めて]
…。
[息を吐く]
そう思ったから。
自分なら、そうだろうと。
それだけの話。
[壊してしまったものは、戻らない。
自分だって既に、壊れているのだろうと思う]
[ゲルダの横から紙に目を通しながら、
場のシステムについては]
ライヒアルトが言ってたな。
[花というつぶやきにエーリッヒに視線を向けて]
ウェンデルとエーファのことか?
[以前に見たことあるウェンデルの手の朱花と、
エーファに対するエーリッヒの言葉合わさり二人が合致する]
[子供の手は、振り払わずにいる。
それとも、振り払えないのか。
捕まれているのは、左の袖。
朱い花は供物に満足したのか、今は眠っている]
壊したのは、私ですから。
[目的の為なら、気にする事もない。
先の自分であれば、そう思っていたかもしれない]
そう。
[返された言葉には短い返答]
[興味の薄い、軽いもの]
俺、着替えなきゃならないから、失礼するよ。
[歩みは出て来た部屋の隣へと]
[今は彼らをどうこうするつもりは無いようだ]
壊した………
[ウェンデルの言葉に、子供は目を伏せる。けれど手は離さぬまま]
みんな、壊れる。
ウェンデル、だけのせいじゃない。
[言ってから、自分の言葉に驚いたように、子供は目を瞬かせる]
うん。
あたしだけが読んでも、分からないこともあるかもしれないし。
[紙の角度を傾けて、エーリッヒが覗きやすいようにと。
ウェンデルと、エーファ。
マテウスの疑問を、鸚鵡返しで口にして]
…花の二人が動いてるってことは。
終わってない、ってこと?
[部屋の中を見回して、ぽつりと呟く]
ああ、そうだよ。
[質問よりは確認に近い問いとして聞こえた。
だから素直に自分の知る事実を口にした]
朱花抱くウェンデル。
蒼花抱くエーファ。
だからあの二人は、間違いなく人間なんだ。
ここにある通りにね。
[そうした「人」が集まる。能力を持った者達。
闇の血を引く、者達。
……者、ではなく]
そういうこと、みたいだね。
[ゲルダの声に、深い溜息を吐く。
寝台の方に視線を移す。未だ眠る老婆]
……最悪だ。
[口に出すつもりは無かった。
けれど低く小さく囁くよに、それは零れ落ちる]
[ゲルダの言葉に]
人狼が二人以上いるか…ベアトリーチェが違うってことか?
[そのいずれにせよ先のことは考えたくなかった、
そしてふと疑問に思ったことをひとつ]
牙を守るものって…誰なんだ?
エーリッヒ。
貴方も、間違いなく人間でしょう?
イヴァンが、そう言っていたし。
ナターリエが、裏付けていたし。
[裏付けは、実際には幾分曖昧なものになっているが。
その事実を理解してか否か、首を傾げて問いかける]
…重ねていたのは、僕じゃないか。
勝手な事を、思っていたのだって。
[自嘲。
奥底では理解していた事を、言葉にする]
[立ち去る男から視線を外して、目を瞬かす子供を見下ろした]
………。
珍しい事を言う。
[終わるから、大丈夫。
そう、子供は言うのかと思っていた]
[振り返ること無く自室の扉を開け、その中へと足を踏み入れる]
[扉がぎぃと軋みながら廊下と部屋を遮断した]
─二階廊下→自室─
[寝台の横に立ち、紅で汚れた上着を脱ぐ]
[最初鮮やかだった紅は、もうどす黒くなり始めていた]
[上着を脱ぎ終えると迷うことなくそれを暖炉へと投げ入れる]
[そしてそれを火種にして火を灯した]
[あの服には刃に塗った致死性の毒も付着している]
[自分がそれに触れて命を落とさぬための処置だった]
[しばらくはパチパチと爆ぜる薪を眺め、刻を過ごす]
[エーリッヒの溜息に、少しだけ睫毛を伏せる。
そうして眺めたのは、廊下へと続く扉]
まだ終わってないなら、どうして。
あの二人は、あたしたちを此処に残していったんだろう。
[ベアトリーチェが人狼だったのなら。
それを殺したというゼルギウスを追う理由が理解できなくて]
…まだ、最悪じゃないよ。
[低く小さな囁き声を拾い、ぽつりと呟く]
[ゲルダの話にエーリッヒに視線が向く]
そういえば、そうだったな。
[ナターリエが裏づけたという言葉に心当たりはなかったが、
自分の知らない何かがあったのだろう]
[子供は俯いたまま。手を離さずにゆるく、頭を振った]
わからない。
ぼくは………終わらせなきゃいけない、のに。
[…終わりたい、のに、と、唇だけが動いた]
[惑う子供を戒めるように、青い炎がゆらめき、咲き誇る花が疼く]
いた、い………
[子供は、産まれて初めて痛みを感じたかのように、青ざめて震えた]
最悪じゃ、無い。
まだ、生きて傍に居てくれる人がいるもの。
[呟きは自分に言い聞かせるようでもあって。
掌は言葉と裏腹に、動かぬ親友の髪を撫でる。
その掌には、拭われぬままの紅の色]
牙を守るもの…?
ベアトリーチェが人狼なら。
…薬師様か、ヨハナ様…?ううん、分からない。
知りたくない、かも。
[髪を撫でる手の動きが止まる]
…。
[俯く子供の頭に、右の手を乗せる。
年長者を真似たもの。
手袋に覆われたそれは温かくはなかっただろうし、撫でることもしなかったが]
――…終わらせるよ。
[朱い花の齎す熱と関係なく、ウェンデルは呟く。
ゼルギウスの去った先を、見やった]
一番その可能性が高いのは。
人狼を庇った人じゃないかな。
[ヨハナの方を見ながら。
その人を傷つけたのは自分。唾を飲み込んで意識をそこから離す]
うん、俺は人間。
花は持たないけれど。そうなるよ。
[イヴァンの能力。ナターリエの行動の結果。
信じてもらえる程度のそれは揃っているだろう]
[ウェンデルから手を解かれると、痛みは薄らいだ]
[対と離れることを、蒼花が良しとするなど、これまでに無かった事]
[………だとも、子供は覚えていない]
[何も、判らぬまま。子供は、少し離れてウェンデルの後を追う]
[ヨハナが人狼なのかもしれない、と告げようとしたことも、今は忘れていた**]
[ゲルダとエーリッヒの言葉に、
ベッドに寝たままのヨハナさんに視線がいき]
けれど、その人も人狼ではないってことだろう?
[ナターリエの髪を撫でるゲルダの様子に]
とりあえず、ナタリーこのままにはしておけないな。
…休んだ方がいい。
[労わる言葉は短く、子供に言葉を投げた。
部屋に入ると、話し合う者達の姿がある。
声をかけるわけでもなく、入り口の傍らに佇む]
エーリッヒは、人間。
[小さく頷いて、そこで仄かに和らいだ表情を浮かべる。
今、この場所で、笑むことまではできなかったけれど]
良かった。
[呟く言葉は、たったのそれだけ]
[色々と思うことはあった。
ただ、それを口に出して確認してしまえば。
それこそもう後が無い気がして。その覚悟が固め切れずに]
ああ、そうだね。
運んであげないと…。
[マテウスの言葉に頷く。
ここで初めて、ナターリエの亡骸を確りと見た。
苦いものがこみ上げてくる。息を吸って、吐く]
ああ、でもそうね。
ヨハナ様がそうなら。
人狼ではないって、そうも言えるのね。
[マテウスの指摘に、疲労の濃い表情で頷いた]
うん。マテウス兄さん。
ナターリエ、運ぶのお願いしてもいい?
エーリッヒも。
殺し、殺されか…。
[胸のうちでつぶやく以前に仲間が応えた言葉が脳裏によぎる]
「殺してるんだもん。殺されもするよ。」
[そう言っていた仲間はすでにいない、
そのとき問うた言葉、生きたいか?と自分は聞いた]
俺はどうしたい?
[胸に湧き上がるのは……、]
もっと……殺したい…。
[そのための手段……思考は途切れる]
生きて、傍に居る。
[その言葉が別の響きを持って脳裏を駆ける。
ベアトリーチェが人狼であるのは、先の傷からもほぼ想像がついている。武器を持たない人間に、あの傷は作れない]
そうだよね。
[ならばゼルギウスは人狼や牙を守る者ではないだろう。
そうであれば先ほど狂気の中でも、もっと苦しんていたはずだ]
まだ今は、最悪じゃない。
[だから、残る選択肢は。
それを選ぶことになる時は、もっと最悪になる]
[終わらせる。
その対象に含まれるものは、人狼ばかりではない。
その事を朱の花は責めるだろうか]
…………安らかに。
[密やかな決意は誰にも告げず。
代わりに落ちる、短い祈り。
交わされる言に、*耳を傾けていた*]
─自室─
[しばらくはぼんやりと]
[何をするでもなく刻を過ごした]
[その後唐突に動き始め、薬箱の底から小瓶を二つ取り出す]
[懐の短剣を取り出すと、鞘に再び毒薬を流し入れた]
[毒の補充が終わると短剣を元に戻し]
[予備の上着を羽織る]
[燃やした上着の火が消える頃、自室を出て再びヨハナの部屋に舞い戻った]
─ →ヨハナの部屋─
[そのまま真っ直ぐヨハナが眠る寝台の傍へと向かい、椅子に座る]
[まるで、今まで通りに薬師の本分を全うするかのように]
[良かった。
そう言うゲルダを見た翠は、その時だけは穏やかに]
そういう考え方もできるか。
ああ、良いことをもっと考えないと。
[前向きな強さは、マテウスならではとも言えて。
ゲルダに頷きながらナターリエの身体を毛布で覆い、マテウスと二人で外へと運んだ。
自衛団の者達は無言のまま。ただ淡々と安置だけを終えた]
あたしも、ついてく。
…最後まで一緒にいたいから。
[部屋を出る前、汚れずに済んだ指の背で、そっとナターリエの頬を撫でた]
ナターリエ。ごめん、ね。
だいすき。
[睫毛を伏せれば、またひとしずく。
ぱたりと落ちる]
うん、そうだね。
[マテウスがゲルダの頭を撫でる。
そうして運んだ先。自衛団員達が遠巻きにしていたのは、逆に丁度良かったのかもしれない]
…戻ろうか。
[離れがたいだろうゲルダに声を掛けた]
[こちらを向いた翠の眼差しが、少しだけ穏やかだった気がして、二度瞬いた。
エプロンの胸元を握り締めようと上げた手は、エプロンそのものが無くて、空振りに終わる]
……この状況で、良いこと…。
終わったら、どうするかとか?
[安置を終え、促されての戻り道。口にしたのは]
やりたいこと、一個だけあるな。
今はまだ、誰にも秘密だけど。
[翠玉の眼差しがエーリッヒを捉えたのは一瞬の*こと*]
終わったら、か。
[僅かに笑みのような何かが混じった声。
マテウスはどんな反応をしていただろう]
やりたいこと?
[帰り道。小首を傾げてゲルダを見る。
けれど秘密と言われてしまえばそれ以上問いようもなく]
できるといいね。
俺もそれ、手伝えたらいいな。
[翠玉の動きは知らず。
ただ答えた翠もその時ばかりは*翳り無く*]
[周囲がナターリエを運び出している間]
[全く手伝うことなくヨハナの傍に座り続けた]
[かと言ってヨハナが心配でそうしているわけでもなく]
[刻が来るまでの暇潰しに*他ならなかった*]
-回想・ヨハナの部屋→屋外-
暗く考え込むと、思考はどんどんくらい方に落ちていくしな。
[エーリッヒの言葉に応える様子は、
それでも疲労の色を隠しきれてはいなかったかもしれないが。
外にでてから、ナターリエに話しかけるゲルダの頭を撫で、
エーリッヒの言葉に同意をしめして]
風邪を引いてもいけないしな。
終わったらか…、
[二人の様子にかすかに*笑みをこぼして*]
さて、おれはどうしようかね。
ゲルダの料理を肴に酒を飲むのも悪くないか。
― 集会所二階・個室 ―
[さて、部屋に戻ったのは何時頃だったろう。
子供は今までと少し違った様子で物言いたげにしていたが、付かず離れずの距離を自ら変える様子を見せなかった。
先日と異なり部屋にまで入れたのは、蒼い花を片割れと認め始めたからか。
ウェンデル自身にすら、わからない]
[夢と現の行き来を幾度か繰り返した後。
盛る火とは異なる熱を覚えて、左腕を大気に晒す。
花は肩口まで伸びている。
胸まで。心の臓まで辿り着けば、どうなるのだろう。
神学校では、そんなことは教えられなかったけれど]
神よ、貴方は何を望んでおられますか。
私などには、到底、考えの及ばぬものでしょうが。
これは本当に、救いへと繋がるものですか――
[鼓動が早まる]
………人狼などより、恐ろしいのは、
[火に照らされた花のあかは、血を思わす。
或いは、あの男の真紅の眼差しを。
胸に覚える痛み。
考えるなと、何かが言う]
[*深く深く、息を、吐き出した*]
─二階・ヨハナの部屋─
[やがてヨハナの部屋からはゼルギウス以外誰も居なくなった]
[静寂が辺りを支配する]
………婆ちゃん。
ベアタ しんじゃっ た
[ぽつりと、ヨハナに報告するかのように呟いた]
[静寂に落とされたそれは、小さいながらも良く部屋に響いたことだろう]
[けれど唯一そこに在る寝台の老婆は未だ昏睡のまま]
[夢現にこの言葉は届いたのだろうか]
[視線を窓へと移す]
[辺りはいつの間にか暗く]
[天には月が昇っていた]
…ああ、綺麗な、月だ。
[ここに集められた当初よりも欠けた月]
[まるで何かを少しずつ失った自分のよう]
[大切な者を失い] [正気を失い] [護ろうとした者を失い]
[果たしてこれからゼルギウスに残るものはあるのだろうか?]
[月は欠け、そして満ちる]
[失った後に得るものとは果たして何なのか]
[今はただ、月の紅き光がゼルギウスの狂気を煽るだけだった]
…… アイツは 俺を 必要としてる だろうか?
[信じた者のうち二人には裏切られた]
[残ったのは以前より信頼する者]
[月を眺めながらぼんやりと、そんなことを考えた]
―――。
[―――夢現。
老婆には、すでに現世に戻るような体力は残されてはいなかった。
このまま、静かにその生涯を引き取るだけのはずだった]
[―――しかし。
老婆はゆっくりと目を覚ます]
[それを可能としたのは、狂信者としての使命か。
それとも、他の理由によるものか]
[はっきりとした理由はわからねど、老婆は今一度、この世界で目を覚ますことが出来た。
それが、どれほど儚い時間であろうとも]
[老婆が、ベッドの上で上半身を起こし、ゼルギウスの方向を見ると、穏やかな笑みを浮かべる]
……おはよう。ゼルギウス君。
[窓の外に視線を向けていた]
[それが目の前の老婆に戻されたのは、そこから名を呼ばれたため]
婆ちゃん。
おはよう。
[浮かんだ笑みは、常の笑みだった]
気分はどう?
―回想・屋外→集会場内―
酒ね。…付き合い、いる?
[酒に関しては強く無い。寧ろ弱い。
ただ、一時何かを忘れることくらいはできるだろうかと。そんな無意識が働いてマテウスに尋ねていた]
まあ、慣れてないし、大して付き合えないかもしれない。
それでもよければだけど。
[どちらにしても一度は広間に。
酒を手にするかどうかは別として、喉が渇いても*いたから*]
ええ。
大丈夫。悪くないですよ。
[まるで、先ほどまでこん睡状態になっていたのが嘘であるかのように、老婆はごく普通に振舞う]
貴方こそ、無理してないかしら?
……苦しいことや、悲しいことがあるのならば、今のうちに私に全て吐き出してもいいのですよ?
その全て私が引き受けて、持って言ってさし上げますから。
[狂信者としては、ゼルギウスが狂ったままでいてくれたほうがずっと好都合なのに、それでも、老婆はそんなことを言う。
―――否。考えてみれば、老婆は人狼だけではなく、人間までも、苦しそうになってたら手を差し伸べていたような気がする]
そう、それなら良かった。
…俺?
無理なんて してないよ
[それは常の柔らかな笑みに乗せて紡がれた]
[壊れた精神が抱くのは負の感情なれど]
[それが異常とは理解していない]
[むしろそれが快楽となり得るため、老婆の申し出は極自然な雰囲気で遠慮した]
……ねぇ、婆ちゃん。
ベアタが しんじゃったんだ
ナタに、騙されたみたい。
[ぽつりとヨハナに告げる]
[真実と偽りとを織り交ぜて]
[そこにどんな意図があったのかは]
[ゼルギウスの心の奥底に仕舞われた]
― 集会所一階・厨房 ―
[珈琲を淹れる。
苦いのはあまり、得意ではない。
だから、砂糖とミルクも共に。
しかし加えても、味は変わったように思えなかった。
味覚が麻痺している。
温かみばかりが、口内に染み渡っていった]
[死んでいったものの事を思う。
ベアトリーチェ。ナターリエ。
イヴァン。ライヒアルト。
アーベル。
神に反する『人狼』であろう者。
『神に与えられし力』を有した者。
――そして、無辜の人間。]
必要な犠牲だった。
[言葉は虚ろだ。]
……そう。
[ゼルギウスの反応に、老婆が小さくそれだけを返した。
そして、続く言葉には、小さく息を吐いて、答える]
……そのようです、ね。
私は……この場所で、夢とも、現とも、つかない状態で、なんとなくは、聞いていましたから。
[そこまで言うと、老婆は寂しそうな笑みをゼルギウスへと向ける]
それでも。
人と、人狼の確執なんて、ずっと変わらず、抗いようがないので、私は誰も恨みません。私は全てを許します。
そして―――その最後を迎えなくてはいけないのです。
……ゼルギウス君。
悪いのですが、もう一度、みんなを呼んできてくださってもよろしいですか?
私は。
そこで、私の正体について語りたいと思いますので。
[夢現で聞いていた]
[そう言われてもゼルギウスの表情は変わらなかった]
うん、ここで騒ぎが起きたもんね。
……分かった、呼んで来るよ。
[ヨハナの正体] [最後を迎える]
[その言葉を聞いても、浮かんでいるのは柔らかな微笑みだった]
[ベアトリーチェを手に掛けたのが自分だと知りながら]
[それを許すと言うヨハナ]
[それに感謝も何も思わないほど、ゼルギウスの精神は病んでいた]
[ヨハナの願いに頷くと椅子から立ち上がり]
[部屋を出て他の者達を探し始める]
─ ヨハナの部屋→集会場内の各所─
[皆が居そうな場所を巡って、見つけるとその都度ヨハナの願いを伝える]
婆ちゃんが目を覚ました。
皆に部屋に来て欲しいって。
…自分の正体を教えるから、って。
[それだけを告げ、次の場所へと移動するのを繰り返した]
[表情こそ普段通りだったが口調は淡々としていて]
[けれど、顔を合わせた者に対して何を言うでもなくやるべきことを為し続けた]
[伝え終えるとまたヨハナの部屋へと戻って行く]
[開かれる扉に、以前のような緊張の気配は見せなかった。ナターリエの来訪を受けたときと変わりなく、言伝てを聞く]
…ヨハナさんが。
[正体。
思わせ振りな言葉。
想起するのは、子供の言]
[やがて、何事もなく締まる扉。
やりとりは無機質だった]
…。
[淡い黒のこびりついたカップを片す。
訪れる静寂。
窓より差し込む月明かりを受けて煌めく食器は、どれも凶器と映る。視界は以前と異なっていた]
[それらに手をつけることはなく、*紅茶を淹れ始める*]
[逃げては駄目だ。だから逃げない。
そう言い切っていたはずの自分。
けれどここにきて、それを出来ない自分が居た。
彼は。彼らは笑うだろうか。怒るだろうか。
それとも。
どうしても時間が欲しかった。
ナターリエの箱の中身。双花宿す者達の言葉。
それとは別に、何かが壊れてしまったようなゼルギウス。
即座に冷静な判断が下せるほど強くは無かった。
無理矢理にでも支えてくれるものは何も無かった]
[残っているのは、弱さと。迷いと。
その時が来れば選んでしまうのであろう、選択肢。
守るためならば再び手に取ってしまうだろう。
そして、もしも一番恐れている形であるならば。
……きっと、もう――……ない]
― 二階・ウェンデルの部屋 ―
[子供は、招き入れられた部屋の片隅でいつのまにか寝入ってしまっていた。起こさずに階下へと降りて行ったウェンデルの気配にも気付かずに]
[ゼルギウスは、その部屋にも声をかけていった。子供はそれを眠りと現実の狭間に聞いて、ぱちり、と目を開ける]
[部屋の主が居ない事に気付くと、茶色の瞳は不安気に揺れた。胸の花を押さえ、そこに変化がないことを確かめる。以前に対を失った時は、その花が教えてくれたのだ]
………?
[…けれど、その行動の意味も子供の記憶からは消えていたから、なぜ自分が安堵したのかを子供自身は知らなかった。ただ、突き動かされるように、起き上がり、部屋を出た]
[お酒。
聖誕祭には遅いけれど、グリューヴァインでも作ろうかと。
話には、そんな風に加わって。
暫くの後、部屋に戻り、机に伏せって。
眠ることすらできず、ぶ厚いレシピ集を捲っていた]
…。
[扉からのノックの音に、ぱたりとそれを閉じて。
所在の証明の代わりと成す]
[聞こえてきたのは、ゼルギウスの言葉。
淡々とした響きの伝言]
ヨハナ様が。
[ぽつり。扉越しに声を返す]
…わかりました。
少ししたら、行きます。
[立ち上がるにも。僅かに気力が必要だった]
今更、正体なんて。
あの時、人狼の存在を疑ってたのに。
全部嘘だったのかな。
[酷く柔らかな呟き。
その柔らかさは、疲労がもたらしたもので]
…それなら、今からのお話は。
本当なのかな。嘘なのかな。
―二階個室―
[開け放たれた窓の向こう、空を見る。
僅かに欠け始めた月。
指に挟んだものはただ灰と化してゆく]
はい?
[ノックの音に応えを返す。
右手の中身はそのまま火を消して、扉へと向かった]
― 集会所一階・厨房 ―
[用意を終えて、また一つ息を吐く。
ポットを二つ。カップは七つ。
初めに来た時に比べれば、随分数が減ったものだ]
ゼルギウス。
[一見普段通りの相手が淡々と語る。
正体という言葉に眉は寄ったが、結局コクリと頷いた]
分かった。
窓閉めてくるから、先に行っててくれ。
[去ってゆく足音。
小さな溜息を落として中に戻ると窓を閉めた。
冷ややかな光に背を向けて、ヨハナの部屋へと向かう]
[ふ、と息を吐いて。口を開く]
ううん。
あたしは、あたしが信じたいことを信じるだけ。
エーリッヒは人。
花の二人も人。
あたしと。兄さんと。ヨハナ様と。薬師様。
選択肢はたったのそれだけ。
あたしが諦められる順番なんて、決まっているもの。
[ヨハナの言う正体とは一体何なのか]
[僅か興味は引かれたが、それが何であれゼルギウスには関係無かった]
[誰が人狼であるかなどと言うことも関係は無かった]
[今望むのは、不要物の廃棄のみ]
─二階・ヨハナの部屋─
婆ちゃん、全員を呼んできたよ。
[部屋に入りヨハナに告げる]
[そのまま寝台の傍にある椅子へと腰掛け]
[全員が集まるのを待った]
[ナターリエを運ぶ前に拾っていた、箱の聖銀と。
エプロンに入れていた折り畳みナイフ。
その両方を服にしまって、身支度を整える。
ぱたり。
部屋の扉を閉じて、ヨハナの部屋へと]
―→ヨハナの部屋―
……。
[皆が集まってくるまでのちょっとした間。
そして、その後に来る終わりを迎えるのを、老婆は異様なまでに静かな感情で待ち望んでいた]
[老婆は、今の自分はとても危ういと思っていた。
一度死に掛けたせいなのか。それとも、狂信者となる元凶となる腹を傷つけたせいなのかは分からないが、少しずつ、自分が人狼のそばにあるべき人物ではなくなっていることに気付いたからだ。
もしも、完全に人狼からの呪縛を断ち切ってしまったのならば、人狼にとって、これ以上にひどい裏切り者はいない。
内訳を全て知ったうえで、人間につくものは、もはや、狂信者ではなく、ただの狂人。最悪の存在だ。
だからこそ、人狼の呪縛が断ち切られる前に全てを終わらせなければいけない。
老婆の最後の気まぐれで、「あの子」の頑張りを無にするわけにはいかないのだ]
[階下向かおうとした時、紅茶の香りが漂ってきた、広間から姿を見せた探し人の姿に、子供はほっと息をつく]
ウ……
[名を呼ぼうとして、子供は思いとどまった。そのまま、くるりと踵を返して早足にヨハナの部屋へと向かう]
ウェンデル。
[ヨハナの部屋の前。
トレイを持った青年と先に出会った。
乗せられているカップは全て揃っている。
そう。欠けたカップより、欠けた人の方が多くなってしまった]
どうぞ。
[扉を開けて、促した]
……。
[皆が集まると、老婆はゆっくりと全員の顔を見つめて、そして、重い口を開く]
……みなさん。
このばばの話のために集まっていただいてありがとうございます。
[まずは、そう言って、頭を深く下げた]
もう知っているとは思いますが、ベアトリーチェお嬢ちゃんは人狼です。
……それは疑いようのない事実。
彼女がいつ、どうやって、人狼になったのかは私にも知りません。
けれど、それよりも、もう一つの大事な事実を伝えなければいけません。
人狼は……もう一匹います。
それが―――。
[老婆は、皆の目を同時に見つめ最後の言葉を口にした]
[小さな音に顔を上げると駆けゆく影が見えた。
僅かに疑問は抱けど、追求することはなく。
足取りはゆっくりと、ヨハナの部屋へ歩んでいった]
私が……残った最後の人狼なのです。
だからこそ、私はベアトリーチェお嬢ちゃんの正体を知っており、そして、皆の真意を問うようなことをしていたのです。
―――単純な答えでしょう?
[老婆は疲れたようにため息をついた]
……本来ならば、最後まで抗うべきなんでしょうけど、私はもう疲れてしまいました。
人狼とは言え、若い命が散る姿は、もう見たくないのです。
やはり、最初に言ったとおり、老い先短い私が最初に死ぬべきだったのです。
ですから……もう、終わらせましょう。
私の、命を絶つことによって、全てを。
[そこまで言うと、老婆がもう一度皆の顔をゆっくりと見つめる。
穏やかな微笑をたたえながら]
…エーリッヒさん。
ありがとうございます。
[感謝を述べ、促されて中へと入る。
眠っていたはずの子供は既にそこにいて、ならば、先程のはそうか、などと思う。逃げた理由はわからないが。
部屋に入り、卓上にトレイを置いた]
[ヨハナへと、紅茶を注いだカップを渡そうとしたときだった。
彼女の言を聞いたのは。
手が、動きが止まり、金の眼差しが老婆を見据える]
誰か……私に止めをさしてはくれませんか?
一人で勝手に死ぬのも結構ですけれども、それでは、信用できないでしょう?
恨み、憎しみ、悲しみ、苦しみ。
全ての感情を、私にぶつけなさい。
私は、貴方達を恐怖や怒りに満ち溢れさせた人狼なのですから。
憎悪に任せて殺すには充分すぎることをしているでしょう?
だから、手加減も、後悔も、何も思わない、ただの虫けらを殺すのと同じように、私を、殺しなさい。
[ウェンデルが入ってから、自分も部屋の中へと入る。
先に来ていたゲルダの方へと歩く途中、その一言が齎された]
ヨハナ婆が。
[言っている言葉に嘘は殆ど無い。だからそれはどこか真実味を帯びていた。じっと老女の顔を見る]
[ゼルギウスはヨハナの告白をただ静かに聞いていた]
[自分が人狼だと告げるヨハナ]
[そしてベアトリーチェが人狼であることを認めた]
[けれどやはり、ゼルギウスの表情は変わらない]
[止めを刺せとヨハナは言う]
[壊れたゼルギウスに、ヨハナにぶつける感情は無かった]
[無表情のまま言葉を聞き]
[周囲の反応を見るために真紅を流す]
何を――今更。
[老婆の告白には、可笑しな点がある。
彼女が最後の人狼であるならば、説明のつかない点が。
しかし、ウェンデルはその事に気づかず、言葉を重ねる]
今更、疲れたから終わりたいなど。
赦されると。
ウェンデル坊や。
ならば、逆に問います。
赦される、赦されない以前に、私を殺す以外に、この場から開放される手段があると思っているのですか?
まさか、自分以外の全てを殺そうとしているのではありませんよね?
もしもそうならば……貴方のほうが、人狼よりも、もっと残酷で、恐ろしい生き物ですよ。
[皆が集まったところでヨハナさんの話を聞き、
明かされる言葉のそれぞれ]
ベアトリーチェとヨハナさんが……。
人狼だっていうのか……?
[自分を殺せと言うヨハナ、困ったように周囲に視線をやり、
確認するような言]
殺さなければ…おわらないんだっけか…?
他に方法……やっぱりないのか…?
[ヨハナに視線を向ける]
[本当か、嘘か。
その考え方が生まれていたから、二度瞬いて、思考する。
言う事が本当ならば、これで終わり。
嘘ならば、彼女自身の命が奪われるだけでなく。
更に犠牲が…増える?]
…証拠は、ございますか。
[ただひとひら、疑いの言の葉を]
ベアトリーチェのように、誰かを傷つける術がヨハナ様もお持ちなのですか。
……は。
ウェンデルの言うとおりだ。
今更すぎるよ、ヨハナ婆。
[憎悪に任せて殺してくれ。
それを掻き立てようとするのは、容易ではなかった。
その顔が、まるで殉教者のそれのようで。
何かが間違っていると、そう訴えかける何かがあって]
最低限の犠牲で終わらせる。
今からでもそうしろって……?
マテウスの悪ガキ。
種の生存競争というものは、いつの日もどちらかの殲滅によってしか終わりは告げられないものなのです。
人と、人狼は相成れない存在。
もし相成れていたのならば……こんな結果になんてなっていませんよ。
……それでも、いつか、どこかで相成れるようになるのかもしれませんけどね。
でも、それは、今じゃありませんから。
ゲルダちゃん。
今更、どのような証拠がお望みで?
そして、今までに、一体どんな証拠があって、貴方達は同じ人間を殺してきたのですか?
自分が納得できる証拠がほしいのならば自分で探しなさい。
それが一番満足できるんでしょうから。
納得できないのならば、どのような証拠を見せ付けても、意味などありませんよ。
エーファちゃん。
ええ。
私は終わりを望んでいます。
こんな醜く、精神が壊れてもなお、続けなければいけないような凄惨な生き残り競争からね。
[ヨハナが人狼であると言う点に関して問答がなされる]
─馬鹿馬鹿しい─
[死にたいと言うのだから殺してやれば良いのに]
[そう思いながらその問答を聞いていた]
[もし平行線を辿るようならば]
[くだらないやり取りに終止符を打ってやろう]
[歪んだ精神は躊躇うことなくそう考える]
[他の皆が話すヨハナへの言葉に]
ああ、そうだったな。
証拠、たしかに証拠が要るな…。
[考えながら]
それが嘘で…実は人狼がまだいて…かばってるとか…ないよな?
[尋ねて、口をついてでる単語がひとつ]
牙を…守るもの……。
[老婆の答えに、ぱちりと子供は瞬く。子供は老婆を疑っていた。彼女は全てを知りながら、知らぬふりをしているように子供には思えたから。でも、自ら終わりを望む人狼を…それも、こんな風に穏やかに…子供は知らない]
エーリッヒ君。
ならば、私にもっと生き続けて、貴方の周りの人を全て死なせたいのですか?
家族も、友達も、好きな人も、全てなくしてしまう前に終わらせるのは今更の話なのですか?
……どうしても、私を生き残らせたいのならば、その代わりに全てを失う覚悟がある、ということですよね?
[醜い。
凄惨な生き残り競争]
――…誰が、それを引き起こしたと。
貴女がたの、存在が全ての、元凶では。
[傍らに置いたカップ。
掴む手が震える。
思考が遠くなり、朱い花が熱を抱く。
真実を知らぬ、若い聖職者は人狼の悪を信じている]
[ヨハナの返答に静かに頷きながら]
そうか…、
人か人狼か…、どちからが息絶えるまでが…
[手を握り胸を押さながら]
どうする…、皆が…やりにくいというなら汚れ役…かってもいいが?
[自分は意を決したように皆にそう告げた]
[もしも、ヨハナが人狼でなければ、終わりは来ない]
[それでも、彼女自身が人として、終わりを望むならば]
………?
[子供は眉を寄せる。青い花がじくりと痛みを与えた]
……いいや。
もうこれ以上失うのは沢山だ。
[全てをなくす。そんなことに耐えられるはずがない]
俺は選ぶよ。
それは、ヨハナ婆じゃ、ない。
[既に一度、老婆を貫いた冷たい金属を。
再び手に取ろうとする]
ここにいる皆を全員、
本当に俺はそれができるか?
[殺したいという衝動、ゲルダに意識がいく]
殺したい……?
[迷いを覚えると胸に息苦しさを感じ]
俺はどうしたい?
もっと…殺したい。
[胸の痛みを押さえつけるように]
そうだ、殺すことが何よりも…、
他はそれを彩るスパイス…そうだよな…。
[朱花の主の熱が移ったかのように、胸の炎が熱くなる、けれど、それを冷ますような痛みも去らず、子供は混乱する]
ヨハナ………
ヨハナは、ほんとうに………
[どちらでも良いはずだ。終わらせるのが役目。子供は信仰によってではなく、ただ植え付けられた役割を演じているだけ。疑問など、抱いてはいけない]
ウェンデル坊や。
私が醜いと言っているのは、少しでも自分と違うところがあったのならば排除しようとする人間の姿勢ですよ。
人間は、人間を殺す。
人狼は、人狼を殺さない。
なんて……恐ろしい種族。
そもそも、人狼でさえ―――「人間」が作り上げたのに!
[周りの声も聞かず、ウェンデルは険しい表情をヨハナに向けていた。
今にも襲いかからんばかりに。
しかし叫ぶような声に、目を見開く]
――…人間、が?
いや。
マテウスはやめておいてくれ。
ゲルダのためにも。
[汚れ役。全幅の信頼を置いているのだろう相手を。
彼女から奪いたくなかった]
今のゼルギウスにやらせるのも、嫌だしね。
[それは優しい言葉をくれた老婆への想いの残滓。
そして右手に冷たい銀色を抜き取って]
[噛み合わない。
言葉を交わして思い浮かんだのは、そんな言の葉]
あたしは、ヨハナ様が終わりを望むのなら、叶えたいと思うけど。
あたしが人狼だったとして。
同じようなことを言った気はするし。
[たった一つの懸念は、誰がそれをやるのかと言う事。
名乗り出たマテウスに、翠玉の眼差しを送る]
…マテウス兄さん。
[青い花がうずく、子供は自らの肩を抱いた。老婆の言葉、それを、子供は、聞いた事がある。失われた記憶のその向こう側で]
…………エー、ファ…………
[人狼は人間により作られた]
[それには、へぇ、と小さく声を漏らす]
[お伽噺として聞いていた人狼は実在し]
[それは人の手により作られた]
[何もかも発端は、ヒト]
[理由もなく、滑稽に思えた]
[周囲から自分の名を紡ぐのが聞こえた]
[真紅はそちらへと流れる]
[それは先日ヨハナを刺した人物]
[彼がまた、手を下すと言うのか]
思い知っておきなさい。
「探すもの」も、
「守護するもの」も、
「象徴たるもの」も、
「牙をもつもの」も、
全て、同じ場所で作られた兄弟だということを。
貴方達は既に、兄弟を手にかけているということを!
[エーリッヒの言葉にうなづいて]
気遣いは、ありがたいが―――
[言葉を返そうとして]
人が……作り上げた?
[ヨハナの告白に驚いたように、その真意を確かめるように視線を向ける]
あたしは、エーリッヒが壊れるのだって、嫌なんだけどな。
[小さく落ちる言の葉が届いたとして。
気には、ならなかった。
人間が作った。
告げられたそれを考えるほうが、よほど優先されたから]
[けれど、それは口にされてはいけないことだ]
どうして…
[止めなければ]
そんなことを…
[子供は、武器を手にしていないことに気付く、視線が彷徨い、エーリッヒの手元に止まった]
同じ――…
[人間も人狼も、同じく生けるもの。
そうであるのなら。
同じく、神の作った子。
その事すら、思考から外していたというのに。
同じ場所? 兄弟?]
………っ、嘘を、言うな!
[老婆の言を肯定すれば、全てを否定する事となる]
どんなに嫌悪しているフリをしても、
貴方達も私たち人狼と同じ、
人を殺すことに快楽を得ているのです。
仲間は殺さないという唯一のリミッターさえ、無くした生き物です。
それが……貴方達、人間の本性よ。
ああ、皆ジャマするな…俺が殺すよ…。
ヨハナさんを、殺す…。
死にたいって言ってるんだ、お世話になったお礼をしてやらないとな。
[湧き上がる熱が身体を支配する、痛みの欠片は、胸に残っていたけれど、それを凌駕して青い炎が燃え上がる]
[子供は、エーリッヒの方へ駆けた、その手から銀を奪い取ろうと]
ああ。だから。
「教会」は、この仕組みを知ってたんだ。
[いとも簡単に腑に落ちる。
そうしてさらに。
ウェンデルが掴みかかる様を見て、ヨハナが本当に殺されたいのだと、そう思った]
[ウェンデルが飛び掛るのを手で制して]
そんな逆上した状態じゃ手元がおぼつかないぞ、
[エーリッヒの元によって]
忘れたのか、俺の職業?
それにゲルダが悲しむのは何も俺だけじゃないとはおもうがな。
[一瞬視線をゲルダに向けてから意味ありげにエーリッヒに視線を向ける]
[神より賜りし力を持つ者]
[それですら人に作られたと言う]
[それも人狼と同じ場所で作られた「兄弟」であると]
[場の混迷に口元が緩みそうになる]
(ああ、なんて愉快なんだ──)
[もしかしたら自分の弟すら自分の手にかけたのでは、と]
[そんな錯覚に囚われる]
[それもまた愉しいと、ゼルギウスは感じた]
[ヨハナに掴みかかろうとするウェンデル]
[老婆の傍に居たゼルギウスは場所を譲るように立ち上がり]
[一歩後ろへと下がる]
[この混迷の成り行きを見届けるために]
ウェンデル!
[より老婆の近くにいた青年が動く。
刃持たぬ左手でその腕を掴もうと
右手そのものには注意を払ってなどいなかった]
[長年愛し続けてきた村の子に、
最後に思い切り憎まれ、
そして、誰にも悲しまれること無く死ぬのは、
何十年も昔に、
あの「我が子供達」を腹に宿して、
産み落とすことが出来なかったときから既に決まっていたことなのだと老婆は悟った]
[だけど、最後まで憎まれたままで逝こう。
残った最後の「我が子供達」の為に。
私は世界中の人間に嫌われても良いと思った]
[ゲルダの言葉が届く前に事態は急変してゆく。
近づいてくるマテウス。止めるのを手伝って貰おうと。
だが寄越された言葉にホンの一瞬、力が緩んだ]
えっ。
[右手に加えられる衝撃。
冷たい銀が掌から抜けてゆく]
……ふふ。
なんとなく、エーファちゃんに始めてあったときから、こんな結果になるんじゃないかって……思っていたわ。
[最後に、老婆は穏やかな笑みを浮かべ、エーファの頭を一度だけ撫でると、*長い生涯に終止符を打った*]
[エーリッヒから牙を奪うエーファ]
[その勢いのままヨハナに駆けるのを見]
[止めようともせず成り行きを見守った]
[口元に僅か、歪んだ笑みが張り付く]
ウェンデルには任せられないって言ってるんだ。
[ウェンデルのにらみにも動じた様子もなく、
エーリッヒが一瞬気を抜いたときに、
完全にそこには意識が向いていなかった、
不意打ちで、気づいたのはすでに遅いとき]
エーファ…?
[かける声は戸惑いの色を含めたもの]
……エーファ。
[呆然と、刃を奪いヨハナに突き立てた子供を見る。
その向こう、老婆の笑みはどこまでも穏やかで。
望みは叶ったのだろうか。そんなことを思った]
[深々と、老婆の胸に吸い込まれていく銀。そして溢れ出る赤……]
ヨハナ………
[頭を撫でる手の感触に拭い去られるように、身体を侵す熱が冷めていく]
………うん。
[子供は、老婆の笑みを見つめた。ガラス玉の瞳に、表情は無い。けれど、ぽとり、と何かが、老婆の頬を濡らした]
[確認のために再び寝台の傍へと寄る]
[エーファの横から手を伸ばし、ヨハナの首筋へ]
………。
[脈は無い]
[正直、ああやって起きて話をするのも不思議なくらいだったことだろう]
[ヨハナから溢れる紅は倒れ伏す寝台へと広がって行った]
[伸ばした手が空を切る。
あの時は、両方の腕だった。
守ろうとしたのは、二人の親。
決められなければ、零れ落ちるのだと知っていた]
ヨハナ、様…。
[選ばなかったことを、悔いてはいないけれど。
何も掴めていない掌が、少しだけ淋しい。
穏やかな笑みを見るのが辛くて、そっと睫毛を伏せた]
[ぼんやりとした顔で、子供は老婆の胸を貫いた銀から手を離し、ベッドの上へと座り込んだ]
[熱が冷めていくと同時、蘇った痛みが強くなり、子供の胸を刺す]
いや……
[子供は、ひゅうと息を吸い込み、喘いだ]
ああ、あ………!!
[血まみれの手を宙に突き出して、意味を為さない悲鳴をあげる]
……返してもらって、いいかな。
[一歩、二歩。
エーファに近づき、離れてゆくのと逆に近づき銀を握る。
傷口から抜き出せば赤は更なる広がりを見せた]
さよなら、ヨハナ婆。
[直後、背後から上がる悲鳴に何事かと振り返る]
いや…いやだ…!
[子供は手を伸ばす、朱花の主にだったか、それとも見えぬ何かにだったか]
消さない、で……!!
[顔を歪め、子供はひくりと身体をのけぞらせて、そのまま、がくりと崩れ落ちる]
[エーリッヒに遅れてヨハナさんの下に寄り]
ヨハナさん、
いつも只者じゃないとは思っていたが…
[その先の言葉は続けられず]
じゃあな、ヨハナさん。
[すでに事切れたヨハナをベッドの上に寝かせて胸の上で手をくませた。
悲鳴が聞こえ振り返る、その途中ゼルギウスの姿が見えたであろうか?]
[激情に突き動かされる今のウェンデルに痛みはない。
ただ、身体が熱く、頭がくらりとした。
それすら、花により齎されたものかも分からない]
本当なら、これで…終わり?
[自分の零した声。
確認するように、朱花と蒼花の二人を見つめ。
その片割れから響く声は悲鳴。
二度の瞬きの後で近付き、腕を伸ばして身体を抱きとめる]
なに、なんで…?
[ざわりと、心が騒ぐ。
それは、エーファの顔半分を覆う色に気付いてしまったから]
[傍で上がる悲鳴]
[それを心地よいと思ったか、煩わしいと思ったか]
[真紅を向けるだけで手を出そうとはしない]
[消さないでと青灰は叫んだ]
[それが何を意味するかは分からないが]
[その言葉を最後に青灰は崩れ落ちて行く]
[支えようとする手は出なかった]
[息絶えたヨハナをマテウスが運ぶ]
[胸の上で手を組んで横たえられたヨハナの表情は穏やかだった]
[悲鳴に振り返るマテウスに真紅を向ける]
[彼もまた俺を必要としないのか]
[それとも裏切らずに居てくれるのか]
[この場のこととは全く関係のないことが頭を支配した]
…なら、この証は、何のために――
[己の左手を掴み、酷く顔を歪め、吐き捨てる。
子供の顔を半ば覆う蒼の花に向ける眼差しすら憎しみに似たものを孕んだ]
おい!?
[エーファの言葉は意味を解することが出来ず。
ゲルダが支えるのを見て、何があったかとそちらに寄る]
……あ……?
[間の抜けた声が零れた。
倒れた子供の顔に脈打つ、蒼炎花。
振り向き、朱花の持ち主を見る]
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