[そのまま随分長い時間自失していたが。
レイスはキリルの傍らにいるか立ち尽くすか、まだその場にいた。
雲の隙間から、欠け始めた紅い月が見えた時、
ゆるゆると、ロランの濡れた視線が彼へと向く。
顔を歪め、地面に手をついたその背が、僅かに反った。
…――と、その時だった。
不意に物陰から黒い風が津波のようにその場を襲う。
荒い息使いと唸り声、波打つ毛並みに獣の臭い。
ものすごいスピードで森から現われた、狼の大群だ。
大きなものは大人の男の腰程までの背丈があり、
黒や銀、灰や茶の様々な獰猛が統率取れた動きでその場を襲う。
ユーリーかカチューシャ、またはミハイルがそれを目撃したならば、
余りに速いその出来事は一瞬の事で、黒い何かが去ったようにしか見えないかもしれない。
だが、その風が去った後。
その場に、ロランとレイスの姿はもう、無かった。
まるでその獣たちが、2人を浚ったかのように。]