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[がたりと梁の燃え落ちる音。
静かに焔は館に広がり、
燃えてゆく燃えてゆく
消えた命も、まだ消えぬ命も包み込んで。]
[少女の首に回した腕を解き]
[殆ど][優しいと言っても良い手付きで]
[投げ出された儘転がる][緑の髪の女性の傍に]
[少女を寝かせる。]
[……軽く咳き込む。]
[瞳閉じたまま、唇が微かに動く。漏れるのは嗚咽ではなく、哀願。]
逃げて…
[その言葉は、誰に向けてのものなのだろう……?]
[二人寄り添う様に][横たわる姿を]
[暫しの間見ていたが]
[少し離れた所で][向かい合う青年と少女の二人に向かって]
[振り向いた時には既に]
[其の表情には][一欠片の感傷も窺えず]
大、丈夫……つったら嘘になる、が。
[ 存外素直に其の言葉を口にして、右腕から零れる緋色の雫を舐め取る。其の程度で渇きが収まる筈も無いが暢気に“食事”を取っている訳にも行かずに。]
そうも云ってられない、だろう。
[ 端目で永遠に目覚めぬ睡りについた少女を見遣り、其れから服を裂いて自らの右腕を縛る。]
……あぁ……
[床に散る赤よりも、焔の朱が其れに勝り
揺れて揺れて
其処にある全てを
嘘も罪も死をも全てを無に返そうと]
[彼のうでのなかからでも、その焔はよく見えて。
わたしは、壊れた景色を眺める。]
……かなしい獣たちだけだわ。
でも。
一緒に、燃えてゆくのかしら?
[その言葉は、願うようでもあったかもしれない]
……うん。
[こく、と頷いて。
それから、呼びかけてきた声の方を振り返り。
横たわる、二人の少女の姿に、瞳は僅か、揺らいで]
……あの言葉を聞いたら。
キミは……それに従った?
[問いは、赤毛の少女に向けて。
勿論、答えは返らないのだけれど]
否。
[未だ聲を持たぬ][人ならぬ人][獣ならぬ獣は]
[実声で応える。]
俺は…彼の人と一緒に行けなかったが。
彼女は行くと言って呉れたのだろう?
……って、ちょっ!
[唐突に抱き上げられ、声が上擦る。
更に似合いと言われ。
焦り]
あ、え……と……。
[だからと言って、逆らう理由もなく。
そのまま、身を預け]
ならば。
其の日まで一緒に居ると好い。
[然うして][今度は碧の髪の少女に顔を向け]
離すな、最期の日迄。
[祝福する様に、][鮮やかな笑みを。]
あぁ、哀しい獣たちさ。
命有る物は皆哀しみを背負う。
人も獣も同じ事。
……燃えてしまえば…
だけど、そうも行かないみたいだな。
[獣が少女を抱き上げるのを見れば、薄く笑う]
生き延びろ。
人の命を喰らって生きるのならば。
奪った命の分まで生きて見せろ。
[焔は燃え上がる。永遠の眠りについた者達を、中に抱いたまま。
それは、凄惨な館を棺桶とする―― *火葬のように。*]
……る・せ・え、つってんだろう。
[ 男に云い返しつつ半眼に成る其の青年の双瞳には、現在は獣の輝きは無い。其れは束の間の事であるのかもしれないが。然し其の後の言葉には瞳は瞬かれ、]
……………、……然様で……。
[何処と無くバツの悪そうな表情をしながらも、然う呟く。]
…それでも、共に在りたい気持ちは理解る。
[できるならば、あの調べに永遠に寄り添って居たかった、そんな心もある故に。
聞こえたコエにポツリと応える。]
こっちのが、早いんだ。文句云うな。
[ 人の姿をしては居れど、其の力は矢張り獣の其れを有す。軽々と少女の躰を抱えれば扉の外へと駆け、人には在らざる速さで外へと向かう。]
解ってる、ての。
[ 数日前迄の平穏だった館の姿は何処にも無く、全てが焔の朱に包まれて燃え落ちるのは、最早時間の問題と思われた。――幾つもの死を包み込んで。]
そうね。
[焔の中をゆく獣たちは、生きるだろう。]
かなしいけれど……しあわせになってくれると良いわ
しあわせに生きてくれると、良い
別に、文句言ってるわけじゃ……。
[掠れた声でぽそぽそと返しつつ。
しっかりと、しがみつくようにして]
……あ。
[燃え落ちる館に、ふと、思う。
残っていた、もう一筋の、糸──ピアノの事を]
……ありがと……。
[小さく呟いた言葉は何に向けられたのか、それを知るのは、少女のみで]
[白銀の獣は、静かに歌う。
身に纏うその色は、子孫を遺せぬ滅びの色。
ついと一筋、頬を濡らす。
…人の中で生きるための偽りの心であるはずなのに。]
[──でも今は。]
[少なくとも、彼の人が]
[仮令何時か、自分を殺してしまうかも知れないと分かっていても、]
[其れでも一緒に行きたかった][生きたかった]
[のだと]
[知る事が出来たのだから。]
[ローズを見遣り、僅かに微笑む]
幸せになってくれないと困るな。
そうやって悲しむものがいるうちは。
悲しませた人の分まで
あいつ等は幸せにならなきゃいけない。
其れが生き残ったもんの義務ってモンさ。
[燃え落ちていこうとする屋敷を見渡して]
あぁ、もう終わりだな……
……あ゛ー、本……勿体ねぇ。
[ 少女を抱えた儘に燃え落ちていく館を見上げながら僅かに冗談めかしてぼやきつつも、青年が想うのは部屋に置いて来た一冊の手帳。雨に濡れ粗用途を為さなくなった物ながらも、其処に書き残した、唯、一文――忌避し逃れ続けても、何れは訪れる時なのだろうが。]
……命を奪い続けた者の咎、然う容易には死すらも赦されはしない、だろうな。
[ 小さく呟きを落とす。]
[微笑を見れば、わたしは嬉しくなって
それでも崩れていく館が。
時間を教えて。]
そう、ね。
もう終わりだわ。
……ねぇ、ナサニエルさん。お願いがあるの。
[その頬に手を伸ばして]
キス、してもいい?
[抱きしめられれば、少女は嬉しそうに微笑み――]
[差し出された願いには――]
[ふわり――]
[たゆたう柔らかな金糸を靡かせ――]
おとうさん――
[薄紅色の唇は、確かにその言葉を紡ぎ――]
ねぇ、おとうさん――
私たちは…これからずっと一緒に居ることが出来るの?
[燃え盛る屋敷を、何処か喜ばしげに見つめながら――]
[呟く――]
[全ての呪縛から解き放たれたように――]
[護ろうとして]
[ついぞ護ることのできなかった少女]
[横たえられたその頬を]
[あの時涙を拭ったように]
[そっと撫でるように]
[触れるように]
ええ。
これからは、ずっと一緒ですよ。ウェンディ。
[おとうさんと呼ばれ、嬉しそうに微笑んで。
*もう一度、ウェンディをきつく抱きしめた。*]
[轟音に包まれ、燃え落ちて行く館。]
[湧き上がる黒煙]
[夜空をも焦がす様に][赫々と燃える焔は]
[雪の様に舞い散る火の粉を散らして]
[願い、との言葉に目を向けて
手を伸ばし告げられた言葉にほんの一瞬の惑い
だけど
其れは同じ気持ちであったから
頷いて]
良いよ…。
[そういってそっと顔を寄せる]
[庭園へと歩み出る。
燃え落ちる館の熱風に、冬薔薇の茂みが揺れ、
その前で獣は蹲り、その落月の瞳を閉じた。
冬薔薇の茂みの奥には、白亜の墓標。]
[やがて館が燃え尽きてしまう頃]
[全ての骸が地に返る頃には]
[その姿も元からなかったかのように]
[焔の向こうへと*消え失せるのか――*]
きつく抱きしめられれば――]
ようやく私…還る場所が…出来たみたい…
[微笑み――]
[安堵の溜息を漏らして――]
長かった…。お父さんに辿り着くまで――
[小さく肩を震わせながら、少女はその身を彼に*預けた*――]
[ ――朱く朱く、天までをも染め上げていく焔。
軈て赤き雨は降り止み館で起こりし惨劇は終わりを告げれども、生きとし生ける者が其処に在り続ける限り悪夢は決して終わらず、犯した所業も失せる訳ではなく、閑かに閑かに重く重く降り積もっていく。]
[少し照れくさくて。
それでも頬から首へ手を滑らせ、
腕を回して]
……ありがとう。
[微笑が浮かんで。
わたしはそれに気づかぬままに、そっと口唇を押し当てる。]
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