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[白き夜しかない里に、闇の帳が下りたよに。
深紫に藍墨茶、ゆうらり揺れて花が咲く。]
………、
[誰そと唇紡げども、声にはせずに紫黒を見やる。
眠りし言の葉答えれば、魂何処か消えゆくか。
脳裏を過ぎるはそんなこと。]
[夜にのみ咲く花のよに、瞬きの後に消え失せて。
白と朱の面は平時のように、艶やかなる弧を描く。]
…ああ、夢から覚めたよな気分じゃな。
あやめ殿こそどうなされた。
夢幻でも見たかのようじゃ。
[しかとこちらに向けられし声音にやや安堵して、遠まわしな問いを投げかける。]
聞かれていたとはしらなんだ。
…邪魔したでなければよいのじゃが。
[先ほどかけし言葉とは、僅かに異なる意が込もる。
琥珀はついと逃げたろか。]
象牙の旦那も、お早うだね。
[袖に隠れし手の朱爪は腕を僅か強く押える]
ああ――
あまりに遠くを見ていたものだから、
知らず記憶の水底を探っていたのかも知れぬね。
邪魔などではないよ、
以前に聞きたいと願うたのは此方だもの。
なにゆえかな、懐かしき感じはしたけれど。
[覗いてはならぬ淵を見たようで、逃げた琥珀は助け手を見る。
ぴんと張られた糸のよに、知らず張りし気も和らいだか。]
やあ、そなたもか。
…煩うことなくばよかったの。
[過分な言葉に、琥珀はまた逃げたろう。]
否、謝る事はない。
…聞かれておるやもと思ってなかっただけゆえに。
[驚いたは別のことなれど、ややもずらした答えを返す。]
水底を…?
ならばやはり邪魔であったろうに。
…気紛れ起こして吹くものではないの。
[吐息を一つ零して、眉根を寄せる。
こちらを責めぬ柔らかな言の葉に、琥珀は瞼に隠れよう。]
なぁに、
水面に一石投じるも好いでしょう。
時には変化も必要ではないかしら。
[言葉通りに石を拾うと傍の池へ落とす]
気に召されるな、白の君。
[生まれる波紋には目を向けずに白へと]
此方は其方の音を聞けて、
うれしやと思うているのだから。
さてな、
水面に浮かびしは言の葉一つ、
されどそれが何かまではわからじ。
いとしきものであったようにも、
かなしきものであったようにも思えるよ。
わかるのは、そう、
唯ただ、その一枚は、
懐かしい響きというだけ。
[朱に縁取られし紫黒の眼にはうれいのいろ、
されども面を上げればそれもいずこかへ消ゆ。
相手へと向ける眼差しは其方は如何かと問うやうに。]
誰そにか、成る程、確かに。
[何が可笑しいか、手の甲を口許に添え、くすり]
己がために吹くもわろしとは言わねども、
他がために吹くはよきものかも知れぬね。
[ぱちゃん――言葉通りに落とされた音に、琥珀を上げて。
幾重にも広がる波紋は、心に広がるさざなみのよう。]
変化…迷い惑うでなく…?
[こちらを見やる紫黒を琥珀が見返し。
揺れるよに潤むよに、言の葉が零れ落つる。]
うれしや、か。
我も…聞いてもらうは嬉しかろ。
聞いてもらってこそ…そうなのじゃろな。
[己に問うように、一度瞼を伏せて。
送られる視線へと琥珀の眼差しを返した。]
[聞かれたことは幾度とあれど、聞かせたことはあったろか。
指先強く衣を摘み、躊躇いがちに唇開く。]
他が為に…なればも一度聞いていただけようか。
ほんに僅かな時でよいゆえ。
[飴色取り出し押し当てて、そうと息を吹き込まん。
眠りを妨げぬように、*奏でるは柔らかな子守唄*]
[ぎゅう、と強く身をすくませた自分の指の痛みでゆるると瞳を開ける。
すでに髪はぼさぼさのまま乾いていて、自らがどれ程そこにいたのかもわからず。
ただ夢の名残に惑い、言葉を持たぬ赤子のように蜜色の瞳で辺りを見回した]
白の君。
変化と捉えるも、
迷い惑うと思うも、
それもまた己が心次第。
少なくとも、
此方は音色を聴いて、
快いと感じたよ。
――ああ、聴かせて頂くとしよう。
…。
[ゆるとはく息。
笛のおとがするりと耳に入ってくればまるで猫のように瞳を細めて]
……。
[猫が日向で尾をはたりと揺らすがごとく音に聞き入る]
[走っては回る]
[戻る]
[どこかへ行かねばならぬのに]
……どう、して
ゆくもかえるも、できへん……?
[笛の音は遠く]
[ぎゅっと握った手の内に]
[守り袋はただひとつ]
[力なきことはわかっているのか]
[風はそよそよ]
[白の香りを運ぶ]
[川はさらさら]
[落ちた花びらを乗せて流れる]
[川を越えることはできるかと]
[着物を手繰って、足をつける]
[膝のあたりまで水の中]
[歩を止めて]
……ゆけん
[進もうとしても、足に絡む水草に]
[深き緑のその奥で。
眠りに落ちる、小さき影。
朱と金の華を確りと抱き、眠る側には小さき獣が寄り添うか]
舞弥の……にいさま……。
[夢にて見るは、露草色の若人か。
紅緋は未だ、現を映さず]
[しかしやがて、泣き止んで]
[もう一度たちあがって]
[その川を離れる]
[ねえさまとは、会う事はなかっただろうか]
[だがそこが不自然に濡れ、その水が森へと向かう]
[その痕は残り]
[ぱたぱた]
[走るその足と]
[拭った目もとが]
[あかく、あかく、染まっている]
[森の中]
[人のなき方へと願ったのに]
[緑の奥には濃色が]
……ふうれんにいさま
[小さな声は、眠りの妨げにならぬようにと]
[しかし小さな獣は、耳をぴくり、震わせて]
[見てきた獣に、しぃと]
[人差し指を口に当て]
[そっとその場を後にしようと]
[そのとき、遠く、遠く鈴の音]
[響いて、慌てて身を引いて]
[がさり]
[草花が、少し怒りの声]
[―袖を引かれる感覚に、夢現から戻られば、夕餉の誘いか童が一人]
ん…もうこのような時間か―
[くああと大きく欠伸を一つ、それだけを縁側に残し座敷へと赴く]
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