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しんこく?
うぅん、ちょっとした、こと。
ここのみんなも、望んでいること…
あなたも、でしょう?
[心の中で、小さく呟く。
ユリアンを見て、首を傾けつつ
鞄を握る手には無意識に力が篭る。]
[進展、という言葉に、昨日のリディとのやり取りをちらりと思い出し。
ほんの一瞬、緑の瞳に険しさを過ぎらせたのには、気づかれたか否か。
いずれにしろ、投げられた問いにそれとはまた違った厳しさのようなものが緑には宿り]
……深刻にも、なる。
『絵筆』が、一本盗まれたんだから、な。
長さまに、聞いたの。
人につたえてほしいって。
[盗まれた、というエーリッヒの言葉に
補足をしたつもりだがそうともならなかった。]
えふでは、かわりがあるの?
無いと絵、かけないの?
[ユリアンからエーリッヒに視線を顔ごとうつし
首を傾けて聞いた。]
え、かけないと、こまるから。
いっぱいあつめて満ちたら、返すの。
1人でやるより、何人かでやるほうが、早いもの。
お仕事のおかみさんが、言ってたもの。
[でも怒られるのは判っていたから。
自分が、ということはせず
じっと、エーリッヒの唇が動くのに注視した。]
代わりというか、盗まれた一本と、対になるのが残ってる。
だから、『絵』を描く事はできるんだ。
けど、二本はそろって一つの対……つがい、だからね。
片方だけでも、なくなるのは困るんだ。
[エルザに答えつつ、上着の上から内ポケットに入れた漆黒のそれを軽く撫ぜる。
これに、『力』を与えておかないとならないか、と。
そんな事を考えながら]
???
[エーリッヒの眼に一瞬宿った険しさに首を傾げるが、続いて語られた言葉に、その疑問は一瞬で吹き飛ぶ。]
なっ!? ……それって、大丈夫……じゃあねぇよな、どう考えたって。
[エーリッヒの言葉は判りやすかったようで]
つがい?
それは離しては大変、かわいそうだわ!
[両手の平をぴたりと合わせて顔の前に立てて
驚いた表情で、声を上げた。
ユリアンの声にそのまま驚いた顔を向けて]
だいじょうぶ、じゃない。
[言われた言葉を、くりかえす。]
たいへん、つがいなのね。
ならはやく、やってしまわないと絵筆がかわいそう。
はやくしないと、だめだわ。
[今差し出して返す、という思考は
全く生まれないようで。
ぶつぶつと心の中で呟く声は、
すこしばかり焦りを帯びてきていた。]
……大丈夫だったら、もっと気楽にしてるぞ、俺。
[ユリアンに返して、軽く、目を伏せる]
軽い冗談で持ち出されたんなら、さっさと戻してもらえればいいんだが。
もし……『力』を使われたりすると、色々とまずい。
正直なとこ……冗談じゃ、すまされなくなる。
[呟くように言う表情は、普段見せかけている軽薄さとは大きくかけ離れた真剣なもの]
かわいそう、か。
……そうなんだよね、一緒じゃないのは、寂しいだろうから。
[エルザの上げた声に、微かに表情を緩めて言って]
そういう意味でも、なるべく早く戻してほしいんだけどなぁ……。
/*
というか、俺はコアに備えて自重すれ、というところですね。
説明あったせいもあるが、桁がそろそろ変わるとか、ちょ、ですよ。
……『力』?
…………!!?
……もしかして、その持ってかれた筆使うと、持って行った奴も兄ちゃんの真似事が出来るってことかよ!?
[思わずエーリッヒの襟を掴んで問いつめていた。]
力…
それは、
[言いかけて、ユリアンが自分の問いと同じ事を
口にしてくれたので、口を噤んだ。
エーリッヒの襟を掴み、離したユリアンの
服の裾を掴もうと手をそっと伸ばし]
いたいのは、だめなの。
襟ものびちゃう。
[ふるふると、頭を横に振る。]
って、こらこら、落ち着け落ち着け。
[問いに答えるよりも先に向けるのは宥める言葉。
周囲の住人が何事か、と色めき立つのは手で制する]
……手っ取り早く言えば、そういう事だ。
俺は勤めとして、天命尽きた者の『絵』しか描かんが。
『絵筆』の『力』は生者に向ける事もできる。
……もっとも、それは望まれる用い方ではないが、な。
[ユリアンを宥めようとするエルザの様子を見つつ、一つ息を吐く。
頭の中には色々と、良くない予感が回っているのだが、それは押さえつけて。
内ポケットの漆黒の筆を軽く撫でてから、*目を伏せた*]
―前日/診療所→自宅―
[三つの薬を抱え戻ると
背伸びしてそれらを物入れへ収めた]
ただいまアトリ。ご飯にしよっか。
…おばあちゃんはまだおやすみだね。
[足元へ寄ってきたトカゲへは、祖母を起こさぬよう小声で]
あのねあのね、
絵師様の弟さんやアーベル兄ちゃんに会ったのだ。
それに司書さんがね…んと、や、何でもない、上手く言えないや。
診療所ではね、ブリジットさんがね…
[狭い台所にたつと、今日の出来事をアトリに囁きつつ、
自分たちの食事の支度を始めたのだった]
― 図書館 ―
だから、薬師殿と結婚する予定は無いし、そもそもそういう意味での付き合いをする気もない。
・・・・・分かったら、その花束は持って帰ってくれ。
[朝から何度したか分からない説明を繰り返して、お祝いの水晶花の花束を持ち込んだ近所の主婦を追い返す。噂の尾ひれの七色具合はいっそ見事なほどで、結婚が決まったというものから、果ては薬師に子供が産まれた(思わずどこにいるんだ、そんなもの!?と真剣に叫んだ)という先走ったものまで様々だった]
「なあ、聞いたかい、司書さん」
[そんなわけで、普段よりやたらに多い客の一人から話しかけられた時、思わず剣呑な目つきで睨んでしまったのは致し方ないと言えた]
根も葉もない噂なら聞く耳持たないぞ。
― 図書館 ―
「え、いや、絵師様から聞いた話だから確かだと思うんだが…」
[きょどりながら口にした相手の言葉に眉をひそめる]
絵師殿?何の話だ?
[幼なじみが件の七色尾ひれを信じるとは思いがたかったので、改めて問い返すと、語られたのは絵筆の盗難という笑えない話]
・・・・・・
[思わず絶句したのは、周りで話を耳にした他の客も同様だった]
―翌朝―
おはよ。アトリ。
今日もおしごと、だね。
[起床後。
身支度をすませたりと、一通り終えると、
友の住み家である箱の中を覗いた]
一緒に行こうか。
[トカゲを抱きあげ、腰につけた小さな袋の口へ持って行くと、するりとその中へ入っていった]
[そして己の白い頬を挟むようにして軽く叩く。
仕事前に気合いを入れる、儀式]
よし。いってきます!
おばあちゃん、お薬は補充しといたからね。
―自宅→外―
― 図書館 ―
[おかげで変に浮かれた空気が沈静化したのはありがたいと思っていいものか、多少悩みながら常連の一人でもある隣家の主人に声をかける]
済まない。しばらく出かけるから留守を頼む。
[一人しか居ない司書が出かける用事のある時には、これまでも留守番をまかされている主人は気安くそれを請け負ってくれた]
[上着を取りに自室へ戻り、ふと思い出して、昨日薬師の忘れていった写本を手に取る]
・・・・・・・
[今、診療所に出入りするのは噂の広がりを考えると頭が痛かったが、放っておくことも忍びなかった。結局、出かけたついでに届けることにして、写本を持ったまま図書館を出た]
― 診療所 ―
むぅ。しまったな。
[仮眠室も兼ねた作業部屋の中央に立ち、腕を組む姿があった。
両親の住む家は別にあるが、作業に更ける事の多い彼女は
ここに泊まり込むことも珍しくはない。
それでも毎日、父の様子を診に行くことは欠かさないが。
その傍らには、今日の往診用の薬を詰めた袋。
悩みの内容はと言えば、昨日忘れた本のことだった]
まあ、どうせ用はあるのだから、そのときでいいか、
……
…………………。
[瞬間、昨日聞いた噂が脳裏を過ぎり、文字通り頭を抱えて転がった。
しっかり周囲の袋やら本やらを避けているの、ある意味、技だ。]
―広場―
[綿毛畑を目指し広場を横切りかければ、
ただならぬ雰囲気、人々のざわめきが聞こえる。
[訝しく感じ歩みを止めた。
[腰の袋からトカゲの頭がちょこんとのぞく]
…?
なにか、あったの??
あ、エルザねえちゃん!
[なついている蒼の女性をみつけ駆け寄って。
周囲の人々からも、絵師の筆の盗難の報をきいて]
[ぜーはー。
きっかり一分転がったところで身を起こし、
息を整えて、乱れたリボンタイを締め直す。
眼鏡は若干フレームが歪んでいる気がしなくもない]
いや、動揺するから付け込まれるのだ。
平然としていれば大丈夫だ大丈夫……。
[呪文のように呟き、袋を肩から提げ部屋から出ると、
診察室のブリジットに一言伝えて外に出た。
見送る助手の眼差しが不安げだったのは言うまでもない]
― 広場 ―
[ざわめきたつ人々に例の噂かと警戒していたが、
耳をそばだて窺ってみれば、どうやら異なるよう。
円を描くような人の群れの中心へと、足を向ける]
何かあったのか?
と、ベアトリーチェもいたか。
昨日は、すまなかったね。
[頃合を見て作り置きをしているから待たせることはなかったが、
直接応対できなかったことに、幼子に対して謝罪を述べる]
――え。
えしさまの ふでが?
どうして。
それを盗んでどうするのだ、って…。
[きゅっ、と眉根を寄せる。
不安になってエルザの服の裾をつかんで、
彼女もまた、男性の服を掴もうとしているのに気づいた。
なんて連鎖状態]
えふでのちからを、生者に向けること、も……?
じゃあ、じゃあ…でも……
そんなこと。そんなことするひとなんて、いない、よね…。
[聞こえた絵師の言、表情が強張っていく]
はい?
[気の長い作業が漸く一段落するかという頃、訪問者によって知らされた事件。
思い切り眉間に皺を寄せて聞き返していた。
絵筆が盗まれたこと、このままにしておくと危険であること。
長から一通りのことを聞き出した後、深々と息を吐き出す]
…冗談、ではありませんよね。
いくら兄さんでも、こんな性質の悪い嘘は吐きませんし。
[というかあれだけ言ったのに逃げたんだ、なんて言葉はこの場では飲み込んでおいた]
それで、兄さんは?
…そうですか。
済みません、お手数を。
[お茶でも如何ですか、と尋ねれば丁重に断られたので、そのままで]
他にも回られるんでしょう。
無理はなさらないでくださいね。
[そう言い置いて、一度奥に行こうと踵を返し。
が、ひたと止まった]
…?
ああ、いえ。
何でも、ないです。
[何か、と尋ねる長に対して、曖昧な笑みで手を振り。
その後はすぐに片付けに向かい、早足で家を出る。
故に、ふと沸き上がった違和感の正体に気付くのも、もう少し先の話]
あ、薬師さま、どうもです。
い、いえ。ブリジットさんには優しくしてもらったから…。
いつもありがとうございますって。
おばあちゃんも伝えてくれって言ってました。
[浮かない顔でお辞儀をした]
[彼女の問いには]
…。
あの、みんなの話によれば、
絵師様の…力ある筆が盗まれたみたいなんです。
―海―
―― もう、ちょっと……! ――
[目をさましてから、少女は海の底を目指す。
この時間には人がなかなか来ないことを知っている。
もってきた小さな袋に、すでに酸素はない。
それでも、進むことはできなかった。
昨日と少しの差。
口がゆるみそうになり、通路をゴーグル越しに見て地上へ戻る。]
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