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どうにもできやしない。
……それは、そうですけれど。
もしかしたら、誰かが残したかったのかもしれない、
なんて考えたりするのは、意味のない事でしょうか。
[視線を楽器へと滑らせる。]
……意図なんて、ないのかもしれないし。
先を見なくちゃいけないのは、
わかっていますけれどね。
意味のあるなしは、自分で決めればいい。
あると思えばある、ないと思えばない。
[それだけの事、と。
なんでもないような口調で言って]
先……ね。
ま、確かに、今は先を見にゃならん時だな。
立ち止まっても振り返っても、逃げ道はない。
[静かな言葉と共に、旋律が止まる]
行く先を決めている以上、前に進むだけ。
−回想:地下−
[椅子の背の上に組んだ腕を置いて、掬い上げるように相手を見やった。]
まだ、生きていたか。
[薄っすらとした笑みは失せる。]
安心しろ。
貴様にそんなことは期待していない。
[厭われていると知りながら、気にも留めていない様子だった。
その口振りは、外見よりも歳を重ねているようにも聞こえる。]
とりあえず。
座ったらどうだ。
[示したのは、彼女が凭れていた椅子だったが。]
人によって、真実は異なりますしね。
信じた事が、全て。
[目を伏せた。]
――アーベルさんは、もう、決めているんですね。
[声には羨望のような色が滲んだ。
止まる旋律に、ゆっくりと眼を開く。]
優しい音。
寂しくも、あるけれど。
真実なんて、一番曖昧なもんだからな。
[呟きつつ、ふ、と、薄く笑む。孤狼のそれはすぐに消えて]
……決めるも何も、俺の選択肢は、最初から一つだけ。
俺が従うのは、自分の意思と、『誓い』。そして、『約束』。
それ以外のものに指図されるいわれは、ない。
ただ、自分の思うとおりにやる。
[それだけさ、と、告げる口調は常と変わらず飄々と。
それでも、音を表す言葉に、やや訝るような響きがこもる]
……優しくて、寂しい……?
そう。
言葉ひとつでつくれるものですから、ね。
……真実なんて。
[ブリジットの顔に、笑みは無い。
時を経て、尚、存在するピアノを見つめたまま。]
やくそく、かあ。
そうですよね。
約束は、守らないと。
[彼女の唇から零れる単語は同じでも、
彼のものとは異なる響きを帯びる。]
[怪訝そうな声に、ぱちりと瞬いて、アーベルへと目を移した。]
……わたし、何か変な事言いました?
うーん、想い…… っていうのかな、
何か、込められたものが感じられて、それが優しくて。
でも、遠いようにも思えて、それが寂しくて。
……あたたかいけれど、寒い、感じ?
ううん、違うなあ。
[眉を寄せて、ブツブツと。]
[笑みのない表情で綴られる言葉、そこに込められるものは計り知れぬまま]
……ああ。
『俺は』、破れないから、な。
[呟きは、独り言めいて。
視線をこちらに向けての言葉には、がじ、と蒼の髪を掻く]
……想い、ねぇ……。
ねーさんは、今の曲弾く時、
『冬って、ほんとはあったかいんだよ』
って、必ず言ってたけどな。
[かんけーあるのかね、と、呟きつつ。
一つ、二つ、連ならない音を鍵盤から弾く]
ねーさん?
[端末を挟んだ両の手で、口許を抑えるようにしながら、反射的に問い返した。]
冬はあったかい…… ですか、
不思議な感じですね。
全てを包んでくれるような雪は、優しくて好きだけれど。
……曲だけじゃなくて、
アーベルさん自身の、もあるんじゃないかな。
[再びくしゃみ。]
……そうします、
というか、そうしようとしていたんでした。
[小さく頷いて、早速、瓦礫の合間を擦り抜けようとして、立ち止まり、振り返る。]
アーベルさんは?
ああ……俺を育ててくれたひとの、一人。
[問いには、さらりとそれだけを]
ま、意味はよくわかんないんだけどな。
いつもそう言ってたよ。
って……俺自身、の……。
[少女の言葉には、更なる疑問を感じるものの、余り引き止めるのも悪いか、と問いとしては投げず]
ああ、まだいくつかやる事があるんでね。
それが終わったら、戻るさ。
[だから気にすんな、と。軽い口調で告げる]
―回想・地下―
そちらこそ、何処かで倒れているとばかり思っていましたが?
…ご期待に沿えず残念ですが、“俺”はご覧の通りピンピンしてます。
[尤も、貴女の期待に沿えるつもりは微塵も有りませんが。
掬われる様に向けられる視線からは、翠を逸らしたまま]
――折角ですが遠慮しておきます。
貴女とご一緒の空間で、寛ぐつもりは有りませんから。
…で? わざわざ場所を指定して来る以上
何か御用がおありなんでしょう。
[勧めの言葉には、きっぱりと言い切って。
腕を組んだまま部屋の壁へと凭れ掛ると、ゆると視線を向ける。
用件など、ある程度検討がついている筈なのだが、そ知らぬ振り。]
ん――そうですか。
[視線を一度下げてから、戻す。
離れてしまえば、薄闇の下では、互いの表情は見え難い。]
わかりました。
それじゃ、気をつ――
[……戦わねばいけない相手なのに、心配をするだなんて、滑稽だ。そんな思考が過ぎり声は途絶えるも、]
気をつけて。
[平静を装って、紡いだ。
それきり振り返らず、片足が気になるか、やや危なっかしい動きで、*去って行った。*]
[去り際の言葉。それに思わず、くく、と笑う]
気をつけて、ね。
[そりゃむしろそっちがだろう、と。
呟く脳裏を過ぎったのは、先日の浴衣の時の事か。
少女の姿と気配、それが完全に消えたなら、蒼の瞳は再び鍵盤へと落ちる]
……ま。
一応、理由は聞いてんだけどな。
[言う必要もねぇし、と。
小さな呟きが、冷えた大気に溶ける]
「冬って、ほんとはあったかいんだよ?」
「冬は寒いから。だから、いつも、大事な人の手を握ってられるから」
「一番、ぬくもりを感じられるの」
[そう言って微笑んでいた姉は、兄が死んだ半年後に病に倒れた。
愛しい者の後を追うように。
自分より年上だったのは、その時にはもう、彼女だけだったから。
その時から、彼は『身内』の子供たち全員の心の拠り所となっていた]
生憎、早々、楽には死ねないらしい。
そして、組織の「仲間」が減るのを喜ばしく思うような性格はしていない。
[それは、「駒」とも言い換えられようが。
勧めを断られれば、残念、と口にはしたものの、最初からそれは予想していたようだった。]
……それが解らぬ程、愚鈍ではないと思ったが。
見込み違いか。
[僅かに首を傾げ、髪を揺らす。]
上からのお達しだよ。
……さて。
現状打破のために、真面目に動くとするかね。
[立てた左の手に、拳にした右手を打ち当てつつ言って、気持ちを切り替える。
鍵盤に元のように蓋をするとその場を離れ、違う廃ビルの中へと足を踏み入れた]
[きちんと扉から戻って自室に戻ったのは大分前だろうか、それとも少し前だろうか?
ベッドに大の字になって暫くうとうとしていたようで、薄く目を開くと天井が見えた。
ゆっくりと体を起こす。]
…ふあぁ。
[大きく欠伸をすると、冷蔵庫から果物を取り出してかぶりついた。]
…そういえば、砂漠って見てないなぁ。
ね、見に行きましょーか。
[虚空を見つめて、呟く。
しゃくしゃくと、口に入れた洋梨が音を立てた。]
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