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─封じを受ける前─
わ、わ、わ――司書さん?!
だいじょうぶだからっ、ごめんなさいっ!
[オトフリートに抱きあげられ、頬が赤くなる。
ふい――と、横をむいた]
……あたし。もう12さいだよ。
抱っこされて喜ぶ齢じゃないし……。
[そして眼前へやってきた一団、
何となしか地位などは雰囲気から察せられた]
[彼らよりつきつけられた罪状に対しては]
あたしが?絵筆を?
はあ。
しらないよ?
―エルザの家―
絵、もう描いててくれたんだね。
だいじょうぶ。
こわいのも、すぐ終わるって。
[渡された絵筆を受け取る。
そのとき、チリと頭の中で火花がはじけた。]
[頼りない言ばかり並べた後、
淡々と]
[誰にともなく言った]
こうしないと、おさまりがつかないんだね。
なら、あたしを描けばいいのだ。
他の誰かが描かれるのを見るよりは、マシなのだ。
たとえ絵筆どろぼうだろうと…生者を封じていいわけがない、
間違ってるのだ。
[アーベルの方には顔を向けず]
そう。
あたしのおばあちゃんをおねがいね。
診療所で、お薬もらってね。
[彼の声を聞けば、やや面倒そうに]
[オトフリートの腕を下りると]
ううん。
――ごめん。
[絵師の謝罪に、短い謝罪でこたえ]
[一度だけ。司書へ視線をやってから、アトリエへと]
―アトリエ―
だいじょぶ。しんどそうなのだ。
お絵かきって疲れるんだ?
[己が描かれるのを眺めていたが、
絵筆を操る絵師は、みるからに辛そうで]
[その筆が休められた一時、
表情もなく歩み寄って、
人形じみた動作で彼の手ごと、黒の絵筆を撫でた]
ねえ、絵師様って、
どうして絵師様やってんの?
[個人名は呼ばない。
手元の描きかけの絵を、きらっとした翠の目がのぞきこむ]
そういえば言い伝えだと、
心の力を集めて飛ばしてくれるって事だけど
絵師様の方は、どうなっちゃうんだろう。
みんなと一緒に行けるのかな。
エーリッヒ様は、空へ行きたい?
[答えがあろうと無かろうと、
眠くなってきたか、
くわぁ、子供の歯をみせ、欠伸をして、
すっ、と、離れて行った**]
[騒動から一夜明け。
兄のいる筈のアトリエへ向かう。
それは貸したままのバスケットを思い出し、引き取りに行くためであり、或いは一連のことで心配していたからでもあり。
途中、ミリィの名が囁かれるのも耳にしたが、立ち止まって確認するだけの余裕は今はなかった]
[そうして着いた先で目にした、アトリエに慌ただしく出入りする数名の要人。
己が中に入れてもらえたのは、それが判明して間もなかったからだけでなく、弟という立場もあったかも知れない。
部屋の奥、壁際のベッドで兄が眠っていた。
それだけなら、何ということもない光景。
だが傍に寄ってみれば、呼吸も鼓動も微弱で。
頬を叩いて、声を掛けても反応は返らなかった]
やだ
なに、これ
[視界が黒くなるようで、
あ、と一瞬思った。
これに気付かれたら、いけないと。
エルザの様子も、居る場所のことも考えないで、黒を消すために心で叫ぶ。]
[その瞬間、黒は消える。
ほっとしてようやく気がついた。
てのひらに、びちゃりと、青い染料がついていた。]
あちゃあ。
これ、落ちるかなぁ。
[今のことが嘘のように、
少女は顔をしかめて青を見た。]
[声なく膝をつく、その耳に届くざわめき。
朝連絡に来たら既にこの状態であったと、第一発見者らしき男が語るのが聞こえる。
先日のギュンターや、昨日のベアトリーチェと同じ状態だ、という声が聞こえる。
『絵師』がいなくてこれからどうするのかと、囁き合う声が聞こえる。
そこに兄を――エーリッヒ=リヒトの身を案じる言葉は含まれていない。
ふつり、何かが切れる音がした]
…絵筆を。
[背を向けたまま、感情を抑えた声が響く]
『絵師』が必要なら、僕が。
兄さんが……いえ、当代が戻るまで。
僕がそれを継ぎますから。
[周囲は一度静まり返る。
その言葉のみでなく。
振り返ったその首筋に浮かぶ、蒼の月に]
[事態を把握した周囲から、またぽつりと声が洩れ出す。
やがては倒れた『絵師』のことと共に、己のことも伝わるのかも知れない。
何処かを睨むような緑は、今はただ、微かな震えが周囲に悟られないことを願った**]
[やがて、白い綿毛の雲と、
あおい空と、あおい海。
その中央に、ヒカリコケできらきらした金色の髪の、絵師の姿。
そんな絵が、できあがった。]
―海水通路―
あー、落ちないー。
[ごしごしと手を擦っても、少女の手から青は落ちない。
てのひら一面が青く染まって、視界が一瞬黒くなったことを思い出した。
黒は塗りつぶしてしまうから好きじゃない。
誰にも見つからずにここにきていた少女は、仕方ないとばかりに立ち上がった。]
ま、包帯でもまいとこっかな。
ミリィせんせーのとこにいって、もらってこよ。
……見せないとくれないってこともあるかな。
うーん。
[ぺたぺたと
ヒカリコケを粉にしたものを絵に一生懸命張っていたら、リディが心の中、叫ぶ。
驚いて、手を止めてぽかんと様子を見ていたけれど
どうやら無事なようなので、にこり、笑った。]
だいじょうぶ?
[そして完成した絵を見て
また、さらに嬉しそうに、わらう。]
うん。
綺麗にできてよかったよね。
インクはきっとすぐ落ちるよ
[その時は、なかなか落ちないなんて知らなかったから。]
インク?
うん、誰かに見られたら、うたがわれちゃうよね。
[母親が、染料のついた父親の服を洗う時に
何か言っていた気がするけれど
そんな遠い記憶が彼女の頭の中に
再生されることは、無かった。]
今日の絵は何処に隠そうか。
―アトリエ/封じ前―
……ああ。色々、疲れるんだよねぇ。
[しんどそう、と言う言葉に、汗を拭いながら答える。
親しい者が居合わせたなら、一目で虚勢と看破できる笑み。
元々、この絵筆で『絵』を描く事、それ事態が存在に大きな負荷をかけるのだ]
んー? どうして、かぁ。
絵ぇ描くのは、ガキの頃から好きだったからなぁ。
『月』……お印もらっちまったから、ってのもあるけど。
誰にも文句言われずに絵ぇ描けるからってのが、一番かもなぁ。
[次の問いに返したのは、こんな言葉。
続いた、『絵師』はどうなるのか、という問いには答えず、ただ]
空、か。
俺も……行きたかった、なぁ。
[最後の問いには、何故か、過去形で返事をする。
もっとも、欠伸をして離れる少女がそれを聞きつけたか否かは定かではないが]
―アトリエ/封じ後―
[途切れていた意識に、ざわめきが触れる。
だが、その声は、どこか遠く。
間を何かに遮られているような、そんな感触があった]
……な……んだ?
[惚けた声。
急に開けた視界に映るのは、見なれたアトリエの様子と]
……なんで……俺?
[ベッドに眠る、『自分』の姿。
交差する場のざわめきから、何が起きたかは察しがついた。
つまり、薬師と話していた事が、現実となった事に]
なんてこったい……。
[苛立ちを込めて吐き捨てた直後。
アトリエにやってきた弟の姿。
その宣言に、微か、痛みを感じたような心地がした]
ミハエル……。
ごめん……な。
[届かないのは、承知の上で。
それでも、その言葉は言わずにはおれずに**]
[ゆらゆら揺れる、無重力の夢。
毎日のそれから目を開いて、体を起す。
昨日と全く違うのは、ヒカリコケが地面に散乱してキラキラと
必要以上に部屋の中が明るいこと。]
ぅふぁぁ。
[大きな口を開けて緊張感の無い欠伸を零し、
何時ものように支度を整えると、
何時ものように家の扉を開いて外へ出た。
屋根の上からせり出した岩が薄い暗闇を作る家の周りが
零れたヒカリコケのせいで、ぼんやりと、明るい。]
濡れないように、してね?
折角の色が、伸びちゃうもの。
[聞こえた声に嬉しそうに答え
絵筆を握っていた手をきゅっと閉じる。]
絵筆は、今日はあなたが持ってて?
今日はお洗濯しないといけないから、落としちゃこまるの。
見つかりそうになったら、どこかに隠すといいと思うの。
声を出さずに話せるから、取りにいけるわ。
わかった、持ってるね。
ちゃんと隠して、みつからないようにしないとね。
絵筆も、絵も。
よし、いってくるよ。
[そう言って、少女は、彼女の家を出たのだった。]
ハンカチにしとこ。
でも一応、ミリィせんせーのとこにいってみようかなー。
[ぐるぐるとハンカチでてのひらの青を隠すと、
その場をあとにした。
かすかに光る、ヒカリコケ。
岩場の間に隠されたのは、綿毛の雲と、あわく光る金の髪、そして
海の底のあおと、
空の上のあおい色――]
―広場―
え、新しい絵師様?
[きょとんとした。
話はちゃんと伝わっていて、ご兄弟でどうのこうのと盛り上がっている。
倒れたというのも、ミハエルが次の絵師だということも。
口を引き結んで、少女はアトリエの方を見た。
心配してるのかといわれ、こくりと頷くだけだったけれど。]
ミリィせんせーのところいかなきゃ。
うん、怪我しちゃってさ。
でも忙しいかなぁ?
[歌う声とテンポを合わせ、肩からかけた鞄が腰で跳ねる。
町へ出てすぐに、昨日とまた違うざわめきが
都市を包んでいるのが判った。
不思議そうな顔をして、箒を持ったまま話しをする主婦に近づくと、
当代の絵師が、とかなんとか話が聞こえた。]
えしさま。
[それでも少女は、今日はやる事があると。
キノコ畑の方へと、向かってぱたぱたと走って行った。]
え?
ああ、うん、意味がわかんなくってぼーっとしてた。
若作りの薬かぁ。
本当にそうなのかな?
ううん、なんでもない。
だってミリィせんせー、若作りするより絵師様と一緒にいたがりそうな気がしてさぁ。
ただでさえ幼顔なんだから。
[言いたい放題。]
うん、さっきの、ええと、
なんかはじけたみたいで、黒かったんだよね。
よくわかんないんだけど。
どっかいけって思ってたら、いなくなったから。
もしかしたらミリィ先生が、筆を持ってるわたしたちのこと、調査してたのかもしれない。
ちょうさ?
それは、いやね…判っちゃうのは。
まだ満ちてない、みたいだから…足りないみたいだから。
黒かった?
もう…大丈夫なの?
全然、判らなかった。
[勿論少女は「調査」されていないのだから
判らなくて当然なのだけれど。]
でも意識不明みたいだから、
もう調査もないと思うよ。
だから大丈夫。
[にこりと笑った]
多分、わたしだけだよ。
あなたはばれてないと思う。
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