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紅き血の宴。
そこに咲いた華やかな花を。
ロストの弔いとして捧げよう。
報復の対象により作り出される、朱の花を。
[ゲイトの儚い声に力強く返す。
全てを愉しむような、はきとした言葉で]
[駆け出し、たどり着いた先。
そこに転がる、二つの体。
周囲を染める色彩は、容易に、状況を物語る]
……っ!
[しばし、言葉が失せ、それから]
この……馬鹿野郎が。
[零れ落ちたのは、掠れた声]
無理はするな、って……言ったろうが!
[苛立ちを込めたが向けられる先は明確か。
緑はしばし、青を見つめた後。
折り重なる姿へと向けられる]
[伸ばした左腕は異形のそれ。
引き寄せた右腕はヒトのそれ。
二つの腕が「見え」た]
…ああ。
[無意識の呟きに、一気に思考が立ち上がった]
――負けたのですね。
[悔しさとも悲しさとも、いっそ嬉しさともつかない感情が閃く]
[しかしロストのことは仲間とは思っておらず。
体の良い駒としか見ていなかった]
だがお前は俺が仲間へと呼び起こしたもの。
子に近いお前に、弔いの華だけは手向けてやろう。
[愉しげに口端が持ち上がる。
ロストの存在は己を愉しませてくれもした。
その礼くらいはしてやろうと、決意を心の片隅へと仕舞った]
アーベル。アーベル、何、やってるの。
[差し伸ばされた手は、アーベルの身体を掻き抱く。
膝をついて座り込んだまま、アーベルを横抱きにする。
深い傷が無数に付いた、血に塗れた身体。
中でも胸の傷は深く、大量の血がそこから流れ落ちていた。
それにも構わず、ユーディットは呼ぶ。]
アーベル。ねえ。
うそでしょ。
そんな、だって、そんな簡単に、探偵は、死んだりしない、でしょう?
ねえ。
[白いエプロンが、アーベルの血で朱に染まる。
くしゃ、と顔を歪ませた。]
ねえ、起きて、おねがい。
おねがいだから。
そうか。偉いな。お前は。
[ティルの頭を再び撫でて、診療所から離れようとする。その時になって初めて自分の脚も震えていることに気づく。]
…本当に偉いよ。お前は。
[空いた片手で膝を軽く叩き震える脚をごまかしならがらティルを連れて歩きそうとする。と、前方に数人こちらに向かってくる姿が見えて]
……ああ。
昨日も、嗅いだ。
[真っ直ぐ前を見た状態でイレーネに返しながら眉根が寄る。
重ねられる手に僅かハッとし]
イレーネは、行かない方が良い。
…今日の事だって、あるんだから。
[イレーネも自分同様手が震えている。
恐れを見せるその様子に、行かない方が良いと釘を刺した]
[遠く響く、もう届かない世界とは別に。
近くに揺れる気配]
………。
[吾子を探す母の声。スッと冷えてゆく感覚。
それを口にしたのは自分ではない。だがそれを勧め、見ていたのは間違いなく自分だった]
…………。
[そして腕に甦る感触。
もう一つの声は、その主のものと感じられて]
……、
[いつしか血の臭いのする場所――診療所の付近に辿り着き。ざわめくそこに近付いていく。こつり、こつりと、硬い、だがどこか浮いたような足音]
やあ、諸君。
ブリジット=フレーゲが……
[見えた数人の人影に挨拶をしかけ、途中で途切れさせる。立ち止まり、一度頭を押さえ俯いて]
ユーディ……。
[アーベルをかき抱いて呼びかけ続ける姿に、ふ、と目を伏せる。
彼女が抱く想いが何か。
それ位は察しがつくから。
けれど]
……もう、起きない、よ。
[それが現実なのも、わかっているから。
小さく、告げる]
[手を引かれるままに、ふらふらと歩き出す。
あとは、何を言われても反応を示さずに。他の人の姿が見えても、挨拶もせずに。
地面に、ぽとりぽとりと涙が落ちて、染みをつくった]
[起きてる。
言葉を返そうとして、
不意に、無意味な事に気付いた。
途切れていた記憶が蘇る]
死んでも、解放されないわけね。
負けたとも言えないんじゃない?
[遅れて、微かに聴こえた声を知覚した]
エウリノ…。
[赤い世界の涙はまだ止まらなかったけれど。
力強い声には段々と心が落ち着いてきた。]
ロスト様、ロスト様。
痛かったかな、最後、痛そうだった。
[かの人の断末魔は、赤い世界にも届いていた。
思い出せばまた涙が出てくるのだが、思わずにはいられない。]
花、ああ花を、寂しくないように花を…用意しないと…。
[足音に後ろを振り向くとブリジットの姿が見え。
いつもの名乗りを上げようとしたところで言葉が途切れる]
……先生?
[遠慮がちに声をかける。
声が聞こえないのか、ブリジットは頭を押え俯いている]
[答えはない。答えるはずもない。]
…………。
[泣きそうな表情でアーベルの顔を暫し見つめる。
エーリッヒの小さな声が、微かに耳に届き。形になって。
その意味がゆっくりと脳に染み込み。
――ユーディットは、アーベルの死を、受け容れた。
黙ったまま、ごしごしっと袖で目元を拭うと、その手でアーベルの目蓋を閉じさせる。
アーベルの身体を地面に寝かせると、ふら、と立ち上がった。]
[申し合わせたようにほぼ全員が診療所に集まっていることに気づき]
よ、よぅ。
[場に全く合っていない間の抜けた挨拶が口からこぼれた]
[ユリアンにはこくりと頷いて。それ以上は進まない。
青く震えたままでいたら、ティルを連れ立つハインリヒの姿が見えて、微かに頭を下げた。]
ハインリヒさん…。
[『一体向こうには何があったんですか』と口を開きかけたが、ティルの様子に問うていいのか躊躇う。]
わたし…?
…わたし。
誰だったかしら?
何処だったかしら…
[透けるその身は、こころすらも希薄。
振り向く淡い瞳は、何も映していない。]
…わたしは。
[無くしたのは、存在意義。
残ったのは、強い強い喪失感。
ぽっかりと穴が開いたのは、背中?お腹?それとも胸の中?]
[ゲイトの漏らす言葉に頷きの気配を乗せる]
ここで華を摘み取っても良いのだが、如何せん数が多い。
厄介な聞こえし者も来ているし……。
機会を探るとしよう。
場が、残るのですよ。
[こちらに投げられる声に、ようやく顔を向ける。
相手も今まさに感覚を取り戻したところのようで]
私の知る知識の中では、ですけれど。
一種の呪術的空間。…本当に御伽噺ですよね。
[溜息が漏れる]
あの状態で姿を晒しているのでは。
負けましたとも言いたくなりますよ、色々な意味で。
[見えはせずとも、
それは、よく、知ったもの]
――…、ノーラ姉?
[酷く、虚ろで。
消えてしまいそうな気がした。
名を、呼ぶ]
[次いで診療所の方からかけられる声。
見れば泣くティルを連れたハインリヒの姿]
…どうも。
……その様子だと……。
[見たのかな、そう続けようとして言葉が切れた。
聞かずとも明白だろうと思ったのもあるが、何より傍らで泣くティルにまた思い出させることになりそうだったために]
……大丈夫、か?
[ふら、と立ち上がる様子に、静かに声をかけ。
それから、改めて、倒れたオトフリートを見る]
人、なのか、獣、なのか。
判断に迷う姿で逝ってくれたもんですね、っとに……。
[零れた呟きは、彼の事情を知らぬが故のもの。
いずれにせよ、人狼が倒れた事。
それは、理解できるのだが。
腕に微かに走る痛みは、何故か。
安堵を感じさせるには、至らずに]
…。
厭な話だね。
[相手の口より語られる、己の知らざる知識]
あぁ、きちんと見られないのが、残念。
そう言うのなら、
矢張り――生かしてやればよかったかな。
[キクリ、と固まる。
熱が抜けてしまえば、そこには後悔も生じてしまう]
…ノーラ。
[姉弟から一歩離れた場所に立ち尽くす]
[その視線が向かった先には、もうひとつ、地面に転がった体。
それが誰なのか。判る。
けれど、関係ない。
これは人狼だ。
それは、何より先に知れた。
首筋に突き立ったままのナイフに手をかけ、ぐっと力を込めて抜き取る。ゆら、と真っ直ぐ立ち上がると、オトフリートの体を見下ろした。]
そう。あなたが、アーベルを。
あなたが、人狼だった。
あなたがッ!!
[ナイフを振り上げる。]
[表の自分と、こちら側の自分。
計ったように、正確に人間を演じ続ける自分と、赤い世界で僕として傅き、そして嘆く自分。
乖離した心が少し軋んだ。一人だと折れてしまいそうだった。
だが主は、敬愛し、それ以上に心を捧げる人はまだここに居る。
その事実だけが、表の自分をまだ生かし続ける。]
…そうですね、今は…。
それに、ロスト様が、エーリッヒさんも危険だと言っていました。
一旦、引きましょう。
機会はまたすぐに、きっと来てくれる…。
[ぽつりぽつりと、呟いた。]
[空っぽの硝子玉のような眼差しは、姉に似た髪の弟の姿を映しても見ては居らず。
差し伸べる手。
のばした指先から、ひらりはらり、零れ落ちる白い花弁。]
…俺にはなんにもできなかったよ。
ひょっとしたら、もしかしたら、最初に診療所を尋ねた時に…止められたかもしれねーのにな。
とりあえず、俺は。
こいつを連れて宿に戻るわ…。
自警団の連中は気にイラねーが伝えないわけにもいかねーしな…。
[と、ブリジットの様子を見て]
なんなら、お前も宿に来るか?
随分調子が悪そうじゃねーか。
[少し躊躇した後で、空いている片手をブリジットへと差し出した]
[刃の閃きを知覚する。
そうされても当然だと、ただ静かにそれを感じていた]
ああ、でも、ゲイトが。
[従順なる人の子が反応してしまうのではないかと危惧が浮かぶ。
しっかりと止めてくださいよ、と、既に届かない世界へと願う]
ああミリィ。
やっぱり貴女は生きてなくてよかったよ。
[オトフリートが死んで、彼女はどんなに悲しむだろう。
それとも、オトフリートが人狼だと知って喜ぶだろうか。
彼らが最後に交わした会話は、知らない。]
ユーディ!?
[ナイフを抜き取り、振り上げる動き。
何をしようとしているのかはわかる、けれど]
……落ち着け!
もう、死んでる……終わってるんだから!
[口にした言葉には、やはり微かな違和感があるような気がするけれど。
今はそれに囚われている場合でも、ない、と思い、押し止めようと手を伸ばす]
[荷物を持った方の手は下に下ろされ、空いている方の手は頭から耳を押さえるように変えられる。ユリアンに話しかけられればゆらりとそちらを見るが、声が届いているかはわからないような風情で]
大丈夫だ。大丈夫。
大丈夫、……
[自分に言い聞かせるように繰り返し。出てきたハインリヒやティルの方も一瞥し]
大丈夫、だ。
[手を差し出してくるハインリヒにも同じ事を言う。その手を見つめるでもなく見つめるが、ふらつきながらも駆けるように、現場へ向かおうとして]
…何処へ行ってしまったの?
[はらり、ひらり。
ほどけて舞い散り、降り積るのは花か雪?
それともそれは、重ねた月日?
ひとひらごとに、淡く、淡く。]
何方が良いのか、聞いただけだよ。
[ふ、と。
手を伸ばす直前に、男へと言葉を返す]
人の愚かしい部分ばかり見ていたら、
容赦したくもなくなるってものだね。
[その目には何も入らない。
その耳には何も聞こえない。
憎しみの記憶が螺旋のように立ち昇り、アーベルが殺された事実に絡みつく。
今まさにナイフが振り下ろされようとした時、エーリッヒの手がそれを止めた。]
いや……はなしてくださいっ。
[それを振り解こうと足掻く。]
だって、こいつが、アーベルを、殺したのにっ。
ゆるせないっ!!
何処、だろうね。
[触れるもの。
冷たくはなかった。
あたたかくもなかった。
淡く、散り、解けて、消えてしまいそうだった]
――…ごめん、ノーラ姉。
[見殺しにしたのは、自分だ。
それでも。
痛みなどない――筈なのに]
俺は此処に居る。
エルザ姉も、居るのかもしれない。
ノーラ姉の探すものは、何?
残れても、正気を保てた自身ありませんから。
[どちらにしても同じでしょう、と、そっけなく返す]
愚かさを極めると、人ですらなくなりますよ。
[皮肉な声。だがすぐに口を噤む。自らがその希望を奪った相手に掛けられる言葉など、持ち合わせていなかった]
なんて呼べばいいのか、わからないの。
…名前さえ、つけてあげられなかったもの。
[かつてそうしていたように、空いた手は居たはずの場所を優しく撫でて。]
なんて呼んで探してあげればいいのか、わからないの。
[ハインリヒの様子に、やはり問いかけるのは止めて。
戻り自衛団に伝えると言うのに軽く頷いた。]
気をつけて…。
[口にしたが、自分でも何に気をつければいいのかは良く分からなかった。
嘆くティルには、かける言葉が見つからなかった。
ただ心配そうな視線だけを送る。]
いいから、落ち着け!
[振り解こうとするのを、押さえつつ。
何とか、ナイフを離させようと試みながら]
そんなの、俺だって同じだよ!
俺だって許せと言われたら、素直に頷けやしない!
……だけど、ここで屍に八つ当たりしたって、何にもならんだろうが!
[名前さえ、の声に耐え切れず目を背けた。
本当は見詰めなければいけないのかもしれない。
自分が招いたものの結果、その一つを]
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