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……っ……アーベル!
[よろめく魔から微かに感じた気配に、とっさにその名を呼ぶ。
真白もあわせるように、甲高く鳴く]
……完全に融合していないのであれば、切り離すのみ……。
盟約なき憑依は、仮初に過ぎぬ。
[低く呟くのは、果たしてどちらか]
うん、楽しんどく。
[そう微笑むと、その後の言葉に瞬きを一つ]
…そう?
うん、分かった…覚えてたら。
[さらりと危険なことを言うと、少女とは思えない妖艶な笑みに目を瞬かせた]
…そうだったの?
うーん、あたし、屋敷の中を探検してたからなぁ…よく、分からないや。
[イレーネに何ができるのか。その辺りは一切知らない。
ただ……そう、考えないことに決めたはず。
行ったところでなにができる。と。無力ではなく有力にするには、自分はそこには行くべきではない。
だから……]
無事でな
[そんな呟きだけ残して...は使用人達が庭園を見守る中一人、上へと]
[外より差し込む、煌めき。
照らし出される顔に浮かぶ微笑。
口唇が象りし三日月は、艶やかに。
細めた瞳もまた、月の形を描こうか]
お断りします。
[短く、拒否の言葉を発して、窓辺に立つ。
風もないのに、黒橡の髪が――
否、闇を溶かし込んだ漆黒が、尾のような裾が、靡いた]
もぉぅ…それくらい覚えてなさいよぉ…未だ若いんだからぁ。
[実は存在期間なら大して変わらない少女を、見下しつつ呆れ声]
…まぁ、どうなるかは彼等次第でしょうけどねぇ。
[その言葉と共に、視線は蒼と黒と金――そして灰と青へ順番に移っていく]
……あらぁ?
昨夜の薔薇…つけてないのねぇ…綺麗だったのにぃ……
[命短い人間の…強い負の感情を秘めた赤は、魔にはとても魅力的に見えたらしく。
紅い唇に指先を当てて、小さく「…残念だわぁ」と呟いた]
―――…ーリ、…っ
[呼ばれる名に、僅かに其の身体がびくりと揺れる。
金の青年へと向ける視線は、僅かに蒼が滲み。
しかしギリ、と奥歯を軋ませながら
右手の中へと形作られた紅い刃は、未だ消えることは無く]
[振り下ろすように放たれた赤の刃は、
真直ぐに、窓際へと佇む執事へと向かう]
[布に包んだ物をもち、妙な昂揚感を抱きながら、人気がない二階…三階。
そういえば三階までくるのは初めてだな。と誰に聞こえるわけもなく呟きつつ
庭園の……蒼い魔がいたところの位置と三階の部屋の位置とを把握して、そこに面している部屋へと足を向ける。
そこは他の場所より大仰な部屋。なんの因果か邸の主の部屋。
扉に鍵がかかっているのを確認すると、ポケットからクギを取り出し、カチャカチャと動かして、あっさりと開ける。
転職するなら泥棒だな。などと馬鹿なことを考えながら、明かりを灯すことなく部屋へと足を踏み入れる。
眠りにつくギュンターに部屋に入った失礼を。という意をこめて一礼し、部屋の奥へ。]
…まぁ、どのみち私には…もう触れられはしないのだけどぉ…
[赤と黒の薔薇。
この黒子がもっと侵食すれば近くなるのだろうかと、紅唇に当てた指先をそっとずらして撫でた]
[応えた。
なら起こせる。
それは半ば、確信か。
自分は、確かに真白の妖精との契約に救われてはいるが。
それでも、決して短くない時間を魔と共存しつつ、自身を失っていない。
だから]
そのまま、魔の依り代になるのは、お前の本意じゃなかろう!?
起きろ、アーベル!
[叫ぶように呼びかけつつ、赤い刃が執事に向けられる様子に、舌打ち一つ]
[部屋の奥の…最初は窓から。と思っていたが
張り出したバルコニー。そこに通じるドアを開ける。
夜気が肌に張り付くような冷気となって己が身を包むが、それを無視して、バルコニーから下をそっと覗く。
多分ここは、主がこのバルコニーから庭園を見渡せるように造られたのであろう、大層見晴らしがいい。
……なんとも御誂え向きだ。布を外し、弓と矢を取り出しながらそう思う。
さて、この矢が逸話通りで、しっかりと造れているのならば。これは人を傷つけるものではなく、魔を滅するものだという。
といっても、それは魔が既に同化していたりすると無意味らしいが、そのような御託はどうでもいい。
単純に起こりうるのはいくつかのこと。
アーベルは死なない。魔は死ぬ。
アーベルも魔も同一の存在であった場合はどっちも死ぬ。
逸話は逸話だったらすでに無意味。
自分の造り方がおかしくても無意味。
射れなかった場合は……まあいいや。]
[窓枠に手をかけ、身体を倒すようにして刃を躱すも、
完全に避ける事は叶わず、それは頬を掠め、髪を削ぐ。
鮮血が舞い、漆黒が散った。
しかし執事は臆する事なく、窓辺を蹴り、魔へと向かう]
……下手をすると、制御が利かなくなりますゆえ。
[紡いだ言葉は、この場には似つかわしくなかったか。
指を鳴らすと、髪を纏める金の輪が外れ、広がりゆく闇色]
んー。若いって言ってもねー…
もう死んじゃったし。
死んだらどうなるのかよく知らないんだけど、天国に行ったらみんな同じじゃない?
[実際の所は知らないのだが…少女は本当に気楽に考えているようで、覇気や危機感というモノを一切考えては居ないようだ]
うーん…みんな次第、かぁ。
頑張ってー。
[そんな気の抜けた声が届かないのは幸いか。
ふと、思いついたように少女は言った]
…劇とかでは、ここで…
あたしのために争わないでっ!
とか、言うところなのかしら?
[…激しくずれた知識を披露しながら、激しい戦いをぼんやりと見つめる]
[階上へ向かう青年が自らに向けた言葉など知る由もない。ただ蒼に視線を向けるのみ。]
[身体を離れた魂ならば、今なら多少の干渉は出来るかも知れないのだが。身の内にまだ残る魂へと触れるには及ばない。]
[傍らの金髪の青年の声に紅は暫し閉じられる。その声にせめてもの祈りを添わせるように。]
さぁぁ?
…私は人ではないからぁ、天国なんて知らないわぁ。
あってもなくても…消えるのみですものぉ…。
[手を翳せば、向こうの景色が揺らめいて見える。
それは静かな緊張から…緊迫した闘いへと移り変わる。
反して少女の感想は――限りなく魔とは違っていたらしい]
…言いたいなら止めなくてよぉ。
[呆れを越せば感心へと変わる。
そんな言葉を投げて、手の平越しでなく闘いに目を向けた]
[舞い散る鮮血に、深紅の瞳が甘く蕩ける。
甘い血の香り]
あぁ…
[美味しそう、と無意識に赤い舌がちろりと唇を舐めた]
[大きく造ってしまっている弓と、そして同じく大きく造ってしまっている矢を装填。
体格的には扱うのはぎりぎりといったところだろう。
ただ普段の自分にそれを引き絞る力はない。
ならばどうするか…それは簡単]
普段通りじゃなきゃいいだけ…あいつらと一緒
[ま、俺は人間だけどね。なんて続けながら。
定めた射場に立ち、軽く構え…変わる。
それはいつも自分が物を造っている時と似て非なる。
常ならば無心になって、物に考えていたものを吹き込むのだが…無心になって無心の自分に何かを吹き込むことも...にはできた。
それが人の域の芸当ならば。
ただ、それは酷く負荷が大きい。それが、己のキャパシティーを超えていれば尚更のこと。
そして...が吹き込むは本に載っていた守護者の姿。
筋肉が不自然に隆起し……負荷も当然かかる]
騙りは代償が大きいのは仕方ないか。
……、
[薄く開いた口唇から、僅かに音が零れる。
呼び声に応える様に、左眼が、僅か蒼へと染まり。
微かに身体を震わせて反応したのは魔か、それとも]
―――…っ、させるか、…!
[青年の物より聊か低いその声は、何処に向けられたのか。
中を呼び起こす声に、窓辺を越えて近づく足音に、ぎりと歯を噛み。
金と、真白の精霊を睨む右眼は紅く染まる。
僅かに後ずさるその魔が、弓矢を番える青年の存在に気付くことは無く]
[少女の本質は、薔薇は薔薇でも――吸血の薔薇。
穢れの黒を紅に染めようと、更なる紅を血に求める様は、ナターリエの言う美しきものではあり得ないだろう]
[紅は黒を駆逐しようとし――それでいながら、黒に惹かれる。
決して紅には染める事の出来ぬ、全てを優しく包み込む闇の黒に]
[だが…今ならこの長弓も引ける。まるで引き絞れなかった長弓をあっさりと引き絞り、構え、引き、下の庭園の…標的へと狙いを定める。普段よりも増された視力がアーベルを捉え、彫刻のように止まる。タイミングを計るために
それに動いていない間は負荷もやや収まる。
もう既にかなりきつい、三本も矢を作る必要なんてなかった。一本射ただけでどう考えたって二度はない。
体を針で突かれるような痛みに熱。
それを強情にも無視して…射場にたった射手は待つ]
[睨みつける紅を、翠も、そして真白の真紅も臆する事無く見返す]
……御せぬものに固執すれば、滅びを招く。
アーベルを解放し、オルゴールを手放した方が、身のためだぜ?
[静かな言葉は、遥か上で煌めく銀の存在に気づいてのものか、それとも]
ふぅん…
まー、此処にいるって事は、普通は知ってるわけ無いのかな?
…消えるだけ…かぁ…
[小さく呟く。
その表情は、ぼんやりとしており…深く読みとることは出来ない]
んー…
みんなっ、あたしのために争わないでっ!
[…ご丁寧に、感情を乗せ…芝居かかった口調で言ってのける。
しかし、当たり前だが魂の叫びは現界する者達に聞こえることはない]
[土を踏み][歩を進める]
[背に揺らめく漆黒は翼にも似て]
[ざわりと音を立てたのは庭園の樹々か]
[モノクルの奥の孔雀石は緑から色を変え始め]
オルゴールを、皆様の魂を――
そして、アーベル=シード様をお返し頂きましょう。
[紡がれる声はいつものテノールよりも低く]
[右の手は頬の緋を拭い、紅い舌でそれを舐め取る]
[甲の刻印は淡く光るも、その輝きは益々昏く、闇を孕んで――]
[彼方より此方を狙う銀の存在に]
[己が存在すら危くする物である事も]
[或いは気づいていたのかもしれない]
[けれど、歩みを止める事はなく]
[血に酔う魔は、少女のぼんやりした表情にも気付くことなく。
ただただ、深紅を細めて艶やかな笑みを浮かべる。
魔にとって、どちらが勝とうとも消えることに変わりない。
ならば純粋に愉しむだけ――なのだが]
………ぁらぁ…ホントに言ったわぁ…。
[ぱちぱちとやる気のない拍手]
[開いた眸はやはり紅。動揺する蒼の紅が僅かながら戻る瞬間を、しっかりと捉える。]
戻って。
――戻して。
[風に載せるような言の葉は魔に向けたのか、青年に向けたのか。或いはその両方か。]
[銀灰の下の紅は微かに揺れる。]
……幾年、費やしたと。
[青年の言葉に。くつりと、笑みを浮かべる。
その嗤いは、今までと異なり愉しげな物ではなく]
百歩譲って、オルゴールの代わりならば
―――劣るとは言え幾らでも見つけられよう。
此の様な都合の好い容を、簡単に手放せるとでも!
[執事の言葉に、青年の声が僅かに荒ぐ。
右に紅を、左に蒼の光を湛える瞳が、金と真白と黒を捕らえ]
えへへー。
はくしゅかっさいいたみいる?
[照れ笑いを浮かべ、スカートの裾をつまみ小さく頭を下げる]
…でも、争わなくちゃ、いけないんだよね。
両方とも、譲る気無いし。
[よいせ、と、近くの花壇のレンガに腰掛けると、皆が戦っている様子を見つめる]
……げほっ……
……血かよ
[咳とともに薄く飛び出る飛沫を見たそれは赤く鉄の味。
どうやら内臓器官までいかれてきているらしい。
正直甘く見すぎていた。想像したものを自分にそのまま移しこむなど、稀な行動とってしまったからというのもあるのかもしれない。
もういい加減にやばい。体のあらゆる部位は破裂しそうに震えている。
まだか…まだか…
それでも脅威な集中力。もしくは強情さをもって無視して、待ち続けると]
来たかっ
[エーリッヒとのやり取りか。それともオトフリートとのやり取りか。どちらかまではわからないまでもアーベルは何か酷く動揺していて、そしてこちらはフリー。中てるなら今。体の限界も近いし、それにこの一矢が隙を作る一因になるだろう。そうすれば、まあどっちかがなんとかするだろう。こちとら文字通り一矢報いる。だ。
……集中。また一度強く引き絞り…そして放つ、銀の矢は月明かりに煌いて、アーベルのほうへと]
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