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[結果的に、ロランがミハイルに本を渡したのが功を奏したのは、
皮肉な事だったのかもしれない。
指で抉った目玉を口にしたまま、キリルの言葉にやっと顔をあげる。
顔や口、胸元までべっとりと赤が付着し、
草木にも落ちる赤い月の光は妖しくうつしていた]
…ん。
おいし、……
[赤く柔らかい固まりを引き千切り、手から啜る。
満たされる。
ぺたりと床に座ったまま、キリルが食事をするのも眺め。
腹が満ちれば、狼達にも食べさせてやるだけの質量を、
マクシームの体は持っていた]
…御馳走様でした。
[こんなに満ち足りたときは無い。
満面の笑みを浮かべ、手を合わせて頭を下げた。
見上げると、赤い月は未だ真天。
狼達の食事の間、そっと広場の方を伺った]
…血の痕残さないように、帰らないとね。
[傍らの黒銀の毛を撫でつけると、赤がべとりと着く。
勿体無いな、と、舌で舐め取ると毛が口に入り。
少しだけ眉を顰めて、ぺ、と舌を出したのだった]
[声立てぬ獲物を、影たちが喰らう。
夢中になって暖かな血を啜り、肉を食んだ。
もう既に手にも顔にも、とろりと赤い色に塗れている。
戯れに指で肉を引き千切って、自らの指についた血を舐めた。
行儀悪くぺろりとやって、満足の息をつく]
…美味しかった。
[未だ狼たちは、ガツガツと獲物の身体を揺らしている。
手をあわせる仕草がおかしくて、少し笑った。
真似して同じく、ごちそうさまの手を合わせておく]
…ああ。身体、朝までに洗わなくちゃ。
[勿体無いけど。と、もう一度ぺろりと唇を舐める。
狼の毛を舐める仕草に、もいちど小さく笑みを零した。
その様子を眺めながら、もう一方の手も舐める]
試し損ねちゃった。
[軽く残念と言う獲物の姿は、もう酷く無残な有様になっていた]
…無理、だった。
[とてもそれどころじゃなかった。
くすり、笑みは愉しげに刻まれる。
狼から少し身を離し、キリルへと身を寄せ。
彼女の赤い指先を、一度、ペロと舐めてみた]
――急いで帰ロう。
長居してミハイルに気づかれると厄介だ。
[彼を今見て銃を向けられて。
飛びかからない自信がとてもないから。
黒銀の毛並みを撫で、また、その背に掴まる]
キリルは、戻ルのだいじょうぶ?
レイスに見つかったりしない?
[心配げに見上げて、首を傾けた]
…仕方がないね、
[美味しかったから。そう付け加えて笑う。
うっとりと舐める血の指先を、同胞の舌が舐める。
それへ、悪戯っぽく朱い目を細めて笑み返した]
───ん。お前たちも、もういい?
[狼たちが身を起こすのを見て取り、ロランへ頷く]
大丈夫。……ボクはもう、これで二度目。
[ごく愉しげに朱の瞳が笑った。
心配げな表情に頷き返す。
そう、大丈夫。兄はきっと、まだ寝ているだろう]
だからロラン、皆も気をつけて。
…また、ね?
[次の狩りを示して首を傾ける。
ちらと窺った篝火の方、本を読みふける男の姿があった]
見つからないうちに、帰ろう。
気を着ケて。
[目を細めて笑みを向け。
掴まった狼の足は、広場を大きく迂回してから、
ロランの家の裏手へと戻る。
来たのと同じ窓から飛び込むと、大きな作業台の上。
ここならば狼の毛が残っていたところで怪しまれる事は無い]
また、…かな。
――また、ダね。
[喉奥に未だ残る味と匂いに、うっとりと口綻ぶ]
朝になっタら、しらばっくれて…
あの死体をみて、驚かなクちゃ…
[くすくすと笑いながら、狼が窓から帰って行くのを見送る。
服や髪についた赤は作業場から続くシャワーを浴びて落とさないと、と思う前に、甘い香りに酔ったまま。
窓を閉めてカーテンをひいてから。
作業台の上に丸くなって眠ると、
本当に獣になった心地が、した*]
…ん。ロランも。
[綺麗な赤に染まった同胞に、深く笑みを返す。
しなやかな動作で身を翻した。
直接は部屋に戻らずに、家の裏手の井戸へと向かう。
音を立てぬよう、ついた血を洗い流すのだ]
服も置いておけば良かったかな…。
[ぱしゃり。短い髪から水を跳ね飛ばして呟く。
洗濯は自分がしているから、服の血を咎められることはない]
────…ん、…?
[髪にやった手が、ふと止まる。
僅かに眉を顰めて、くしゃりと髪を指が探った。
あるはずの白い小花のピンが、髪に見当たらない]
落とした…?部屋かな。
[ふるりと首を振って水を払い、空けた窓から部屋に戻る。
ふと、再び未だ天にある紅い月を見上げた。
それは禍々しいものではなく、祝福を与えるかのようにも目に*映った*]
―― 自宅 ――
[どれだけの時間眠っていたか。
騒がしさに男の意識が浮上する。
聞こえるのは扉を叩く音とミハイルの呼ぶ声か。
朧な意識を覚醒させようと頭を振れば飴色が目の前で揺れた]
ン……、ぁ。
……は、分かった、今、行く。
[応えてはみるが寝起きの男の声はさほど響かない。
のろのろと起き上がり玄関へとゆく。
鍵の開く音が小さく鳴り、扉は開かれる。
其処に居たのはミハイルで――]
――…、如何かしたのかい?
顔色が優れぬようだけど。
[案じるように声を掛けた]
[ミハイルの口から幼馴染の訃報を聞けば
男は目を瞠り言葉を失う。
喉骨が上下して、は、と息を吐き出し]
ま、さか。
そんな……、…シーマ、が ?
[柳眉を寄せ信じられぬと言った風情]
冗談、だろう ?
[そうあってほしいという願いから
ミハイルへと縋るような眼差しを向けるが
その事実が覆ることはなく]
―――…ッ
[悔恨と悲哀が心を満たしてゆくようだった。
やりきれなさに男の拳がダンッ、と扉に打ち付けられる]
………案内を、頼めるかな。
[ミハイルにそう願いマクシームのもとへと足を運んだ。
茂みから引きずり出された幼馴染は篝火近くに横たわっている。
マクシームの傍らで膝を折りその首筋へと手を宛がえば
微かなぬくもりが伝い淡い期待が過ぎった。
けれど、鼓動は感じられない]
シーマ、……。
[幼馴染を愛称で呼びかける。
待てど返事はなく沈黙が過ぎった]
如何して、こんな事に……
[遣り切れない思いが薄いくちびるから零れる。
帰るように強く言えばよかった。
俯いて影になる男の顔は何かを堪えるように歪んでいた]
[赤く染まる幼馴染の身体。
柳眉を寄せながら、じ、と観察すると
胸には抉られたような深い傷痕がある。
所々失われた肉片が何処にあるかは知れない]
――…人に襲われたんじゃ、ない、よな。
けど、獣に襲われたにしては……
[考え込むように一瞬間が空いて]
マクシームの近くに居たんだよね。
声は、聞こえなかった?
獣が襲ったなら口を塞げない。
悲鳴くらいは、聞こえると思うんだけど。
[ミハイルへと問い掛ける。
人か、獣か、もしくは人狼の仕業なのか。
幼馴染の命を奪った犯人を知るために]
――…他の、みんなにも、知らせよう。
[マクシームに近しい者――
カチューシャとイヴァンの顔が脳裏に過ぎる]
それから……、
シーマを弔って……
[哀しみの淵に沈みそうになる意識を
何とかもたせようとなすべき事を考え、口にしていた]
ミハイル……、手伝ってくれるかな。
[知らせてくれたミハイルに願う言葉を向ける]
[男は一度家へと戻り白く大きな敷布を抱えて
マクシームのもとへと戻る。
幼馴染である彼の亡骸を白で覆い包むが
彼の身体から流れた血が白を赤に染めてゆく]
――…、
[目を伏せて幼馴染を思い捧げる祈り。
先ずは家族であるカチューシャの家を訪ね
彼女に其れを知らせることにした。
扉を叩き、カチューシャの名を呼ぶ]
カチューシャ、
……悪い知らせだ。
[断りを入れてから
彼女にマクシームが襲われた事を伝えようとした]
― 昨夜 ―
[兄が火の番をするというのにはちょっと心配そうな目を向けて。
「差し入れとかはいいから戸締りして先に寝ておけ」と言われてちょっと不満そうな顔をした]
……はぁい。
[それでも心配されてるのはわかったからしぶしぶ頷き。
一足先に帰るときに、篝火の傍に残っている人たちに手を振って家に帰る]
おやすみなさい。
[広場でミハイルがマクシームを説得しようとして失敗した事は知らないまま。
昨日煮込んでおいた鹿の脛肉と野菜のシチューを、小さめの土鍋に移してロランの家にもって行く。
大抵の食事は届けているのだからこの日もそのつもりで。
ロランはまだ広場にいたのか、それともちょうど帰ってきたところだったのか]
ちゃんと暖めて食べる事、と。
[そんな忠告を書いたメモを置いて――若しくは伝えて、家に帰る]
[広場で番をする兄には差し入れをもっていくことはせず。
ミハイルが一緒にいることも知らないから、家に帰ってきたときに食べられるように、サンドイッチを用意しておいた。
そして入浴を済ませて自室に戻る]
――なんかいろいろあったなあ。
[今日一日を思い返せば、ほんと沢山の事があって。
考える事は沢山あったし、気になることも多かったけれど。
なれない森の中を歩き回ったせいで疲れている体は、ベッドに横になればあっという間に眠りに落ちた]
え? ――――うそ、そん、な……
おにいちゃん、が……?
[もたらされた訃報に、驚いて問いかける。
かくん、と膝が崩れ落ち。
ユーリーが支えようとしてくれた腕にすがって、嘘だといってほしいというように*見つめた*]
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