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信頼?
[近付く気配と声に、閉じた眼を開いて顔を上げます。
声の主がどんな表情をしているかは分かりませんから、それが純粋な疑問なのか、皮肉なのかもまた分かりません。
尤も、見えていたとしても分からなかったかも知れませんが。]
信頼は、…分かりません。
でも初対面だからこそ、何も起こっていないうちからいきなり変に疑うのも失礼じゃありませんか。
それに、
[一度言葉を切りました。
人差し指で眼を示しましたけれど、少しずれていたかも知れません。]
わたしは、これですから。
誰も彼もを敵にしていては、生きていけないんです。
さあ……何故でしょうね。
色々と理由は考えられるとは思いますけれど。
[薄く微笑みながら、蓋を開けようと]
ところであなたはここに来る前の記憶をお持ちですか?
此処に居る我々全員、あの森に現れる以前の記憶を持たないようですよ。
[さらりと無精髭の男に告げて、壜の酒を少し含んだ。]
[理由は他にもあったのですけど、それ以上は口にしませんでした。
幾人かが去り、新たに現れた色のひとからはお酒の臭いがしました。
あまり好きな臭いではなかったので、眉が寄ってしまっていたかも知れません。]
分かりません。
[質問には、それだけを伝えました。]
[そもそも、疑う必要などないのです。
もし終焉の使者、人狼がいたとして。
わたしはそれに縋り、役に立てるならばこの手を貸すでしょう。
この世界を終わらせる為に。]
[だから、というわけでは決してないのですけれど。
わたしは杖を頼りに、椅子から立ち上がりました。]
済みませんが、灯を貸していただけませんか。
此処のことを知っておきたいのです。
[番人がいると思しき方向に眼を向けて、尋ねました。
灯があれば色が見えますから、時間は掛かりますが、独りでも歩くことはできます。
危険なものや細かい障害物は分からないので、少し不安もありますけれど。
他人に頼ろうと思わなかったのは、先程の言葉もあったからかも知れません。]
それだから、これからどうしたものかと話し合っていたのですよ。
[指で唇を拭い、]
私も詳しくは知りませんが、自称・番人氏が言うことには、何でも此処は「終焉の地」であるとか…。
[静かにシャーロットから聞かされた話を説明し始めた。*]
[話しながら、杖を持って立ち上がるニーナを不思議そうな顔で見た。
彼女にはものの形が判らないのだということを彼は知らない。]
[木の杖を右手に、差し出された灯を左手に、扉のあるほうへ歩き出します。
背後では先程の説明を繰り返す声が聞こえました。
ふと、視線を感じた気がして扉より少し手前で振り返ります。
青い色が見えました。]
[黒の門の軋む重い音]
[押し開くのに合わせ、鈴が揺れた]
[冷たい外気が膚の熱を奪い、その白さを覚まさせる]
うつくしい月。
[空を仰ぐ姿勢は変えず、緋の靴を道の先に進める]
[纏う緋は徐々に花の緋に紛れた]
[窓から飛び出し、門を抜けて、外へ。
月下の緋色は美しく、しかし、どこか疎ましく]
……は。
いい趣味。
[吐き捨てるよに呟いた後、左の腕を押さえる。
右手の下にあるのは、微かな熱と疼き。
その熱を厭うように、歩みは自然、泉の畔へ]
[月の皓を宿す緋は、現実よりも幻想に近く]
[時折、戯れに女は花弁を引き抜き放った]
――あら。
[泉へ向かう道なりに行くと見える人影]
[リィン]
[鈴の音が存在を主張する]
何処かで擦れ違われましたかしら?
…何か?
[少しの間の後、問えば返事はあったでしょうか。
わたしがその部屋を出たのは、それから*暫く後のことでした。*]
[耳に届く鈴の音に、ふと歩みは止まる。
振り返った先には、鮮やかな金の髪]
玄関通ってないから、すれ違いはしてないと思うが。
[疑問の声には、端的な答え]
[緩やかな動きで女は首を傾げ、青年を見た]
[豊かな金色が、背より流れ落ちる]
手品でしょうか。
或いは、魔法?
[窓からという考えは、女には無い]
[問い掛けつつも、緋色の靴は泉への道を踏む]
手品や魔法、か。
……そんな洒落たものが使えれば、退屈もせずに済むんだろうが。
[軽く肩を竦めた後、泉へと歩みを進める]
答えは、窓。
月に誘われた気分でね。
[口にするのは、実際の心理とはかけ離れた理由]
[女は泉の畔で足を留め、膝を折る]
[緋色のドレスが濡れる事の無い様に片手で押さえ]
[逆の手で、水面にネイルを塗った爪先を差し入れた]
[広がる波紋]
退屈ですか。
これほどにまで、うつくしい景色があると言うのに。
[くれないから落ちる言の葉は憐れみの色を帯びる]
手品でも魔法でもなく、軽業でございましたか。
――月ならば、退屈はしのげそうでしょうか。
女でもなく、酒でもなく、面白い御方なのですね。
景色は悪くないが……どうにも、この満開の花が、ね。
[広がる波紋を見つつ、ため息と共に呟きをもらす。
憐れみの響きは、気にした様子もなく]
月を眺めるのは、嫌いじゃないらしい。
……面白い、のか?
[言葉の最後の部分には、やや、首を傾げる]
[泉にうつる望月を歪ませる前に、波紋は薄れて消えた]
あかは、御嫌いですか?
それとも謂れがなのでしょうか。
[女は立ち上がり様、濡れた指で顔の横に垂れた金の髪を耳へと上げる]
[指先についた雫が首筋を通り、鎖骨に落ちた]
ええ。
雅を理解なさる殿方は珍しいと。
[くれないを横に引き、女は青年の傍らへと足を進める]
色彩がどうとか、じゃないな。
……多分、花の謂れか……。
[蒼氷はしばし、瞑目する]
花にまつわる「何か」が、あったから……かね。
[呟くよな言葉と共に蒼氷は開き、右手が左の腕を抑えた]
月が好みなら、雅、になるのか?
考えた事もなかったな、多分。
[抑えつけるよな仕種と裏腹、口調は軽く、冗談めく]
[黒き門の傍らに、佇んでいた。
肩に羽織ったブランケットが、
薄い外套のように風にはためき波打つ。
絶えず陰影を変える布から、
彼方まで続く花の海に視線を転じた。]
ん――誰か、いる?
[木々の作る道の先に、ちらつく影。
首を傾げて考え込む間を置いてから、歩みを向ける。]
[緋色を纏う女は、青年の答えに口許のくれないを笑みの形に変える]
花の…?
欠けた記憶の裡にでございましょうか。
何をか、思い出されはいたしましたか?
[伏せられた蒼氷]
[見えぬはずのその色彩を覗き込むよう、女は顔を近付ける]
私はその様に思いますけれど。
[リィン]
[持ち上げた手は、青年の腕を取ろうと伸び、止まる]
この色は?
[あかに見える色彩に、女の関心は寄せられる]
……思い出した……訳ではないが。
何か、引っかかるものがある……って、所か。
[呟きはどこか独り言めく。
雅の解釈には、そういうものか、と呟いて]
これは、まあ。
……見たとおりのもの、としか。
[腕に伸びて止まる手。
色彩の意を問う言葉には曖昧に返し、蒼氷を女から逸らす。
逸らした視線は、緋の中の道を歩む姿を捉えた]
……月夜の散歩は、流行なのか……?
[花咲く流れに抗い進んでいく。
縮れて寄り添う花弁は反り返り、
長く伸びた蕊は彎曲し天の光を受け止める。
立ち去る者を惜しみ愚図る幼子のように、
微かな風にも頭を揺らしていた]
戻るから、平気だよ。
[かけた言葉の意味を、花が理解することはあったか。
ふと風が止み、かれらの動きは止まった]
僕は、
此処に居なければならないのでしょう?
[水面に生まれた波紋は収まらず、
深く沈んだ小石が消える事も無い]
[揺らめく心の侭に、かれは謂う]
あ。
ヴィーに、キャロ。
[月明かりに照らされる二者の姿を認め、歩みは早くなる]
何、してるの。
……秘密の話でも、していた?
[半ば足を覆うズボンが土に塗れるのも気にせず、
泉の傍らに寄り、問いを投げた]
[呟きめいた言の葉を、静けさに満ちた月下の世界で聞く]
厭な記憶ならば、戻らぬままの方が良いでしょうか。
[曖昧な答えが二つ]
[蒼氷が逸らされても、碧の色は腕のあかから外されない]
[未だ腕は中途な位置に留まったまま]
ラッセル殿。
[新たに増えた声に、ようやく碧眼は向きを変えた]
別に、何、と言うわけでもない。
月に惹かれて彷徨い出てきたら、たまたま同道した、という所かね。
[やって来たラッセルの問いに、軽く返す。
他に理由がないとは言わぬが、他者に言うほどのものでもなく]
……さて、記憶に関しては。
どちらがいいのか、今の俺には皆目見当もつかないね。
[キャロルの言葉には、呟くよに返して。
碧が逸らされた紅を隠すよに、左の上に右を重ねて腕を組んだ]
[何を、と問われ、直前に聞いた言の葉を口にする]
月夜の散歩でしょうか。
ああ、いいえ。
たわいもないお話を。
月や花や雅や、その様な事を。
[思い出したかのように、女は再度くれないを開く]
ラッセル殿は、この花は御嫌いでございますか?
[密やかな花は、主張はせねど、微かに香を漂わせる。
仄かに甘いような、饐えたような。薄く、包む匂い]
ヴィー、まだそのままなの?
クーに叱られるよ。
[自分は寒さ対策をして来たのに、と言うように、
白の布を掴んで揺らしてみせる。
尤も、後者の遣り取りは当人同士しか知らない事だが]
オレは、絵描こうかと思ったんだ。
そしたら、誰かいるみたいったから。
[布の下に隠れていた左手を露にする。
言葉の通り、一冊のスケッチブックがあった]
月は確かに、誘われるような気がするよね。
秘密の話じゃなくて、残念だけれど。
[花へと話題を導かれ、視線が動く]
この花?
うーん……、嫌いじゃないよ。
変わった形、してるよね。
[左手を下ろし、右手が花弁に伸びる。
微か湿った表面を撫ぜるように、宙を指が滑った]
そもそも、花はすぐに散ってしまうから。
好きでもないけれど。
……叱られても、正直困るんだがな。
[広間で向けられた言葉を思い出し、微かに眉が寄る]
俺がどうなっていようと、別に、俺の勝手だと思うんだが。
[何処か投げやりに言い放ち、泉の畔に膝をつく。
周囲の緋が、微かに揺れた]
記憶が戻らぬ間では確かに、無益な問いでしょうか。
[重なる腕の気配に、伸ばしていた手を引く]
[チリン]
此処以外の何処かに自分が居た。
それすら確信を持てないのは…、
[ひそりとした言の葉は、最後まで語られる事が無い]
困るなら、叱られるようなことしなければいいんだよ。
人が人と関わり合う以上、
一人の行動が、自分だけの勝手って、
ないんじゃないかな。
何かしら、影響は与えるもの。
[語調は変わらず、平坦な言葉を並べる。
視界の端での動きに花弁から泉へ流れた視線は、
水面に揺れる月の姿を見て取った。
歪む、円。]
[碧眼は、関心の色を帯びてスケッチブックへ向けられた]
[緩やかな動きで、女は少年の元へ歩みを進める]
それでは今から、秘密の話しだった事にいたしましょうか。
[感情の薄い声]
[指先を伸ばし、少年のあかの髪を掬う]
……必要な事なら戻る、無用なら戻らない。
記憶に関しては、そんなものと思うしかないんじゃないかね?
[引かれる手と、それに伴う鈴の音を聞きつつ、こう返し]
確信なんて、恐らく、誰にもない。
……なら、そこで考えすぎても仕方がないだろ。
[言葉と共に、水面に伸びる。
紅を滲ませる白に包まれた、左の手]
……そういうもの、かね。
[並べられる平坦な言葉に呟きつつ、指先を水面に触れさせる。
波紋が揺らぎ、冷たさが伝わる。
これに浸せば熱は和らぐか、などと思いながらも。
他者の居る場でそれを行うのは、躊躇いが先に立った]
[寄ってきた女に、見る?と差し出しかけ、
掬い損ねた髪が他を揺らし、片目を細める]
それはそれで、どんな話だったか、
気になってしまいそう。
ああ、そもそも花の命の短さが。
[確認の様に、吐息混じりの反復を]
儚いものが苦手でいらっしゃいましたか?
それこそを佳いとする者も居る様には思いますが。
そういうもの、じゃないのかな。
オレよりあなたのほうが、
きっと、知っていると思うけれど。
[波紋は円を崩していく。
水面に映し出された月が、
形を保とうと揺らめいていた]
ヴィー、寒くない?
それとも、熱い?
必要ならば。
けれど、大切なものほど失い易いとも。
それはきっと記憶であれ。
[碧は瞼の裏に隠れ、長い睫毛が落ちる]
[くれないは弧を描いた]
それでも貴方ならば、また拾うだけ、思い出すだけとおっしゃるでしょうか。
[声はいつまでも問うばかり。けれど、裏腹な同意]
仕方無いもの。そうかもしれませんね。
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