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[ぷつり、]
[繊維を噛み切り]
[骨から肉をこそげとる]
[その感触も]
[じゅわ、]
[脂の蕩ける様な]
[やわらかい膚も]
――回想・自室――
[早朝。目を覚ませば旅支度を整える少女に、使用人の一人が声を掛ける。
――内容は滞在を促す物で、少女は頑なに首を横に振るが、恩人の申し出と聞けば渋々承諾して、もう一日だけと屋敷内でゆっくり時を過ごす旨を使用人に伝えた。]
[旅支度が無駄になれば、余った時間は何を求める?
自身に問い掛けながら、少女は屋敷内を探索し始める。]
[書庫で古い本に手を伸ばし、音楽室で鍵盤に白く細い指を落とせば、薄紅色の唇からはアリアが零れ落ちる。細くも高く透き通る歌声は、この屋敷の誰の耳にも届くことは無く、まだ日が昇りきらない静謐な空間に、僅かに漂っては消えていく。]
[日が中央に昇る正午、少女は音楽室を出て再び屋敷内を探索し始める。
途中、使用人に声を掛けられれば、厨房で彼らと食事を共にし、再び屋敷内を歩き始める。]
[使用人から教わったとおり、屋敷の裏手にある庭園に顔を出し、花を愛でること数時間。日が傾き始めたのをきっかけに、少女は広間へと向かう。途中、書庫から本を一冊拝借し、使用人にティーセットを準備してもらって…。]
――庭園→書庫→広間へ――
――広間――
[中に入ると、昨日挨拶を交わしたナサニエルの姿が目に入り、軽く会釈をする。
他に何人かいるようだったので、微笑を浮かべながら挨拶を済ませ、一角のテーブルに着き本を開く。]
[給仕を申し出られればお願いしますと唇に乗せ、熱いアールグレイをティーカップに注いでもらい、ゆったりと啜りながら。しかし他の人の邪魔になら無いようにひっそりと、少女は自分の時を刻んでいる。]
[ 其の頃。静かに刻まれる少女の時とは正反対に、青年の時間は甚く騒がしかった。
俄かに降り出した雨は愈強さを増してザアァという音が耳を突き、其れに混じるのは泥濘るんだ土を跳ね上げる音。暗い登り道を走るのは些か危なっかしいが、のんびりしていては凍えて動けなくなりそうだった。
森を抜ければ館が見え、深く吐いた息は安堵か嘆きか、兎も角白に染まる間も無く雨に流されていく。]
─音楽室─
あー……降って来たなあ。
[ふと見やった窓の向こうの様子に、ぽつりと独りごちる。
浴場で汗を流した後、また、音楽室でピアノを弾いていたのだが、さすがに空腹に我に返ったところだった]
……これじゃ、帰りたくても帰れない、かあ。
ま、父さんを黙らせる口実にはなるから、いいか。
[呟きと共に口の端に浮かぶ笑みは、苦笑と見えただろうか]
―自室―
[ここに来てからというもの来客への対応に追われ、荷の整理をまだ済ませていなかった。お勤めの合間に与えられた部屋に立ち寄ると、替えの服をクローゼットに仕舞い、一通り整理を終えると一息吐く。
ふと、開いたスーツケースの隅に視線が注がれる。
見つめるのは無機質な双眸]
…
[が、ふいと視線は逸らされ。
そしてそれに触れることなく、ケースの蓋は閉じられた]
それにしても……。
[小さく、呟いて。そっと、胸元に手を当てる。
昼間、浴場で自分の身体を見て、目を疑った]
これ……あれだよね。
ばーちゃんの言ってた……巫女の印とかって言うの……。
[左の胸。
さすがに、誤魔化すのが難しくなってきた膨らみの上に浮かんでいた形。
そこに浮かんでいた、祖母の一族に伝わるという力の、印]
……また……視えるように、なっちゃうのかな……。
トビーくん、笑えなくなるなあ……。
[左の胸──場所的には、心臓のある辺りか。
そこを、押さえるように手を触れつつ、雨の帳を見つめて]
しっかりしろ、メイ。
気にしすぎちゃダメ……気にしないの。
どうせ……どうせ、何も起こらない。
これだって……きっと、すぐに、消える。
……消えるはずなんだから。
[まるで言い聞かせるように、呟いて。
ゆっくりと窓辺を離れ、音楽室を出る]
[──然うして眼を見開いたまま、]
[何れ程の時間が経ったのだろうか]
[ざ────]
[くぐもった][雨音]
[部屋の中にも漂い]
[ 目に入りかけた前髪を退け手の甲で顔を拭うも、其の手も濡れているが為に和らげる効果しかない。
森と館との間に架かる吊り橋が、今日は特に怨めしく思えた。風が然程無いのが唯一の救いか。ギィと橋の立てる軋みすら雨音に紛れ、揺れは降り注ぐ雨滴に隠される。
寒さに音を上げる躰と悴んだ手とにもう少しだと云い聞かせ、如何にか渡り終えればベルを鳴らすが、其の古びた鐘の音すら掻き消されるか。]
[窓の外を眺めては、降りしきる雨音に耳を傾け]
引き止められて…正解だったのかしら…
[小さく呟く。カップの底に残る紅茶を飲み干し静かに本を閉じた少女の眼差しは、いつの間にか窓越しの暗闇の中に*奪われていた*]
―廊下―
[外で降る雨の音は次第に強さを増していた。何となく、暗鬱な気分にさせられるような。
丁度同じ程のタイミングで出てきたらしいメイの姿を見つければ小さく会釈をして、自らは二階に向かおうと。
その耳に、玄関のほうから微かにベルの音が届いた気がした]
[音楽室を出て、広間へと向かう。
ふと、人の気配を感じればネリーの姿が。
会釈するのにやあ、と挨拶を返した直後に、ベルの音らしきものを捉えた気がした]
……また、誰か来たのかな?
[ 開かれた扉。今度は紛れも無く安堵の息を吐く。]
あー……っと、今晩和。
……済みません、取り敢えずタオル御願い出来ますか。
[ 殆ど感覚の失せ赤らんだ手を軽く不利、バツが悪そうに苦笑を浮かべつつ云う。寒さ故か、顔色は蒼褪めていた。濡れた髪から服から、パタパタと止め処無く水が滴っていく。]
―広間―
[どれ位ぼんやりとしていたのか。
広間に現れたウェンディに会釈を返し、周りを伺う。
相変わらずの様子に一つ息を吐き、恐らくは昨日飲み過ぎたせい、と]
それにしても静かだな…。
[きっといつもはこんな感じなのだろうと。
その静けさを打ち消すように、雨音]
降って来たのか。
[そういえば先ほどハーヴェイが帰ると言っていたが、大丈夫だろうかとふと思い。
微かに届くドアベルの音にあぁ、やはり…と]
[開いた扉の向こうにいた者に、きょとん、とまばたいて]
ハーヴェイ……何、やってんの、そんなになって。
[問いかける声には呆れと共に、僅かに心配の響きも織り込まれ]
[扉の向こうにいたのは酷く濡れそぼってはいたけれど、ここ数日で見慣れた客人であることは一目瞭然であった。
その酷い姿に思わずきゃ、と小さく声を上げつつも]
しょ…少々お待ちを!
[奥の部屋へとぱたぱたと駆け出して行く]
[そういえば、とふと思い出す。
昨日のあの怪我人はどうしているだろう?
先ほど訊いた時は落ち着いていると言っていたけれど]
そろそろ、目ぇ覚ますころかな…?
[怪我の程度から流石に気にはなって、立ち上がり彼が居る部屋へと様子を伺いに]
―広間→二階・客室―
途中で降り出して来たんだから仕方無いだろうが。
御蔭でずぶ濡れ……って、あ゛ー……。
[ メイに誤魔化すような言葉を返す途中、ポケットを漁れば案の定グシャグシャのシガレットケース。此れでは使い物に成らないだろう。]
一箱しか持って来て無かったのに。
[ 思わず愚痴が零れるも、]
あ、済みません。助かります。
[慌てて駆けて行くネリーを見れば小さく頭を下げる。]
[その部屋の前に立てば、一応驚かせぬようにと軽くドアを叩いてからゆっくりと開いて。
近付こうと見れば、目を覚ましているようでゆっくりと視線が漂う]
気が付いたか…?
あぁ、様子を見に来ただけだから安心していい。
[昨夜の怯えた姿を思い出し、刺激をしないようにと声を掛けて]
何してるんだか、もう……。
[返ってきた言葉に、ため息一つ。
それから、ぐしゃぐしゃのシガレットケースとこぼれた愚痴に、くく、と笑い声を上げて]
あーあ、ご愁傷様。
身体に悪いものやってるから、罰でもあたったんじゃない?
[冗談めかした口調でこんな言葉を投げかけて]
―回想―
[眠る前に、隠し子の話を聞いた。といっても、彼のその口調は楽しげで、重いものなど感じさせない。
それだけで本当のことなんてわかるようなもの。]
ん、そうね。じゃぁ、今度はわたしの番?
……え、その話が好いの? いつも同じ事しか言っていないというのに、不思議なこと。
そうね、そう。
ずっと昔の話だわ。その村に住んでいた子供が大人になってしまうくらい昔の話。
[頭を撫でてくる手は心地よい。わたしは請われるままに話し始める。]
そう。
それはずっと昔の話。
ある日、人狼が現れました。
長老様は、殺せといいます。でも誰が人狼なのでしょう。
村の人々は、話し合いました。疑いあいました。
「お前がやったんだ」
「いいや、お前に違いない」
そんな中、異能者がいました。
彼女は、その白い肌を黒く、何かに浸食されたように染めて言いました。
「あなたが人狼よ」
果たして、彼は人狼でした。
それから彼女は、探せと村人に言われました。彼女はその身体の一部に、毒を受けるためにそれを続けました。
だけれど、そのもう一人の人狼に。
彼女が気づくことはありませんでした。
彼はまだ、彼女の娘と、同じ年頃だったから。
そうしてその日。
泊まりにきた彼に、彼女は殺されました。
彼女の娘は、箪笥の中で、それを見ていました。
彼女を殺した彼は、彼女の娘にも爪を振るいました。
まるで玩具に対するように。
それでも、突然興味をなくしたように、彼は去りました。
その後。
人狼の痕跡は、何もなくなりました。
[大きめのバスタオルを引っ張り出すと、再び玄関へと向かった。慌ただしく駆ける音が雨音に混じり館内に響く]
済みません、お待たせ致しましたっ
[そう言いながら青年に手渡した。
それから湯浴みの用意はできていただろうか、とまた駆けて行く]
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