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……ああ。
そう云えば、すっかり忘れてたな。
[ 書庫。何故だか其処に行く事は思いつかなかったと顎の辺りに手を遣りつつ、]
じゃ、清廉なる音色に誘われてとでも?
[軽く笑みを返して然う答える。異質な状況の中の平穏な会話は矢張り違和感か。]
[”あれから”の青年達の遣り取りを、温かな胸で泣き濡れていた彼は、知らずにいたから。
流暢なその言葉を、不思議には思うも。それ以上に、嬉しくて。]
………ありがとう…お兄さん………。
ネリーさんも……ボクを連れて行ってくれようとしたんだね…ありがとう……。
[くしゃりと笑みを浮かべようとしたけれど、それは頬を一粒滑り落ちた雫ゆえに、泣いてるようにも見えたろうか。]
[少年の顔を見つめる瞳に、抱いて来た疑念が少し、揺らぐ。
――獣がこんな表情をするのだろうか?
言葉の続きを黙って聞こうとして]
「……あ、トビー君。」
[後ろから掛けられた声に、一つ瞬いて、振り返る。]
…ローズマリーさん……?
[一瞬、笑みを浮かべるも。
なんだか少し緊張した気配を感じて、不安そうにその名を呼んだ。]
[その男の腕に抱かれた物を見れば一瞬表情が変わり
しかし其れはすぐに消えて]
あんたとそいつは仲が良かったもんな…
悪いな、俺のせいで。
[感情は無く、淡々と]
[わたしは――
あぁ、きっと止められない。
それでも今は、目の前の子のために。
微笑を作る。]
きっと、弔ってくれるのでしょうね。
良かった。
[どうにかしてこの子をここから離そうと思った。]
それはどうも、って答えとくべき?
[返ってきた言葉に、くす、と笑う。
外で貼り詰めて行く緊張に、気づいているのかいないのか。
そこだけは、全てが動き出す前、さながらで]
お蔭様で。
怪我は大分良くなった。
記憶も……昨日あんたがトビーを殺した所為で思い出したよ。
[吐き捨てるように]
[琥珀の眸が激情の強い光を帯びる]
そうか?そいつは良かった。
[相手の目に剣呑な光が浮かんでも、それを返すように睨んで]
あんた、俺に言ったよな?
人か、獣か、って。
同じ言葉をあんたに返す。
あんたは何だ?
人か?…獣か?…どっちだ?
まあ、そうだな。
[ 何かに気付いたのか、己が入って来た部屋の扉を一瞥するも視線は直ぐに逸らされ、メイの云い様には矢張り小さく笑みが零される。]
……。
[ 不意に訪れる沈黙。募る、奇妙な違和感。]
大丈夫か?
[ 或いは其れは、尋ねない方が好い事だったのかもしれない。]
[話を聞いた時は恐ろしくて、よく気に留めていなかったけれど、武器庫は一階のどこかにあったはずだ。
初めてここに来た時に、探検してあけることの出来なかった場所。
ヘンリエッタは記憶を頼りに開かずの扉を探した。]
此処に運び込まれた時には色々と世話になったそうだから、先ずは礼を言って置こう。
けれど、お前がトビーにしたことを許す積りは無い。
[ギルバートが踵を返した気配に気付いたか。
ふと視線をそちらへとやれば、階上には彼を――した、蒼髪の男の姿。]
――――あ…っ!
[反射的に怯えたのは。死の瞬間を思い出してか。]
[廊下を彷徨い、耳にしたのは鋭い声。
聞き覚えの無い……いや、どこかで聞いた覚えはある気がするのに、思い出せない。
ヘンリエッタの知る誰とも違う、吐き捨てるような口調。
それが、先ほどネリーが向かった階段の方から聞こえてくるのに気づき、嫌な予感に胸が騒いで。]
いっそ獣なら…?
[そういわれ思い至る。
人狼に心捕らわれた哀れなものに]
なるほど、でもあんたは獣の味方だろう?
ならば、やはり赦しては置けないな。
[冷たい笑みを浮かべ、見つめて]
[ 酷く不思議そうな――平然とした様子に何処かが可笑しいと、然う感じられる。然れど其の正体までは掴めず、黒曜石の双瞳には僅か困惑の色。揺らぎ。]
……メイ?
[ 眉根を寄せて小さく其の名を呼ぶ。]
[ローズマリーの作られた微笑みも、優しい言葉も怯える彼を素通りして。ただ、震える。]
…ゃ、だ……
[ローズマリーと逢えたからか、魂が肉体と切り離されたからか、ナサニエルへの理不尽とも言える怒りは既に消え去っていたけれど。]
[もっとも身近な”死”の原因であるゆえか、恐怖はいや増して。]
[先程まで穏やかに話していた彼ら。彼女に対しては。
2人が顔を合わせた途端、酷く剣呑な雰囲気を漂わせて]
[息を飲み、様子を見つめる]
仲間を信じられない?
其れは思い違いだろう?
あんたがそう思ってるだけだ。
それとも、人狼のほうが優しかったか?
あんたは人を裏切った、違うのか?
大丈夫、大丈夫だから。
落ち着いて……?
[あぁ、耳が捉える音にわたしは泣きたくなる。
でもそれよりも
トビーを強く抱きしめて]
[何故こんなに不安なのだろう。
自分は、彼女を疑っているのではなかったか。
でも、
それ以上は思考にならず、ただ、緑の髪の少女を求め階段へと急いだ。]
[そっと近づく、優しい姿と声。大好きな女性(ひと)。
――けれど、彼女と”あの男”は…とてもとても親しかったから。]
……ゃだ…… ぁぁ……
[ふるふると首を振って。後ずさる。
耳に届く敵意の言葉は、どれくらい理解できていただろうか。]
――!
[ギルバートの言葉。まるで獣を知っているとでも言いたげな。
ナサニエルの言葉には、覚えがあった。
獣の味方。――何のことだっただろう。
脳裏に響く嗤い声]
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