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[乾いた笑いを吐き出した後、しばらく水面を見つめていた。]
[ふいに、どこかから聞こえた鈴の音に誘われるようにふらりと出て行く。]
[鮮やかに咲き誇ったままの桜の樹の下、幾人かが見え。]
―→桜の樹の下―
[―――ガシャン。
バスケットボールを足下に転がして、
閉ざされた門を開こうと、手を伸ばした。
けれども、開かない。
鍵が閉まっているのだと、そう思って。
いつものように、膝を屈めて飛び上がり、
ギリギリ届いた上端に、手を引っ掛ける。
そのまま乗り越えようと、身を乗り出して、]
[声にようやく気付いたように顔を上げて]
かえ、して……!
かえしてよ……!
[硬く握り締めた手は、少し赤い。
だけれど、もう一度、幹にむけて叩き下ろす――]
桜花。
[告げられた名を、小さく繰り返して]
ええと、それじゃ……。
キミは、何?
[今度はどこか曖昧な問いを、投げる。
ヒサタカの視線には気づいていたけれど、今はそちらを見やる余裕はなく]
出来れば。
思い出に捕われず新しい道を歩んで。失った人の為にも。
多分伝えられないまま、密かにあなたに思いを寄せていた奴の為にも。
[花弁はいずれ消えてしまうだろうが。
拒絶するでなく、ヨウスケの手を優しく振りほどいて、その手を胸の前で握った。背を向け、桜花と名乗った少女とマコトの遣り取りを見つめながら微かに微かに呟いた。]
謝れなかったけど。
これで、代わりになった?
[頭上を見上げる。そこには桜花と名乗った桜色の少女
ただまっすぐにその少女を見据え]
……この騒動は君が起こしたの?
[単刀直入に問いかける]
かえして、という言葉に、桜花と名乗った少女はゆる、と首を傾げた後、笑う。
仕種に合わせて、首からかけられた鈴がリン、リン、と音を立てた。
「かえした、よ?
うつわはだいちに、たましいはそらに。
ふたたびりんねのうちへとかえしゆかん」
かえせという、言葉の真意は理解しているのかいないのか、歌うよな口調のままでこう返し。
「桜花は、桜花。それ以外のなんでもないよ?」
声は、どこまでも楽しげか。
[桜の下に集う、見覚えのある面々の他に、
ふわりと枝の上に現れる少女を認めて。
あぁ、と薄く開いた口唇から小さく言葉が零れる。
この感覚をしっている気がする。
親しいのか、それでも近付きたくない。──同属嫌悪、にも近い感情。
少女の姿を視界へ入れる事を避ける様に、桜の木から視線を逸らして。
ふと、僅か離れた場所の地へ転がる影を目にして、緩く瞬いた。
あそこは、確か校門の位置する場所ではなかったか。
ゆっくりと其方へ歩み寄って、 …その人物を認めれば、更に瞬いた]
…一ノ瀬センパイ、 何やってんスか。
[何処か呆れたような、溜息混じりに言葉を零して。]
[桜の欠片。…否、元は少女の欠片であったかも知れないそれを手の中に包んだまま。
今は、それを手渡した少女の言葉を理解することは出来なかった。]
〜〜〜〜っつー…
んだよ、コレ………っ、
[咄嗟に受身はとったものの、打ち付けた身体は痛む。
すぐには起き上がれず、地べたに座り込んで、
大樹の方向に視線をやる。
宵闇の中、少女の姿は浮き上がるように見えた。
微かに、響く、鈴の音。]
盗られた…。
[既にその喪失感は無くて。
僅か困惑しているようにも見える無表情で少女を見つめている]
大地と空に。
[勿体無いなとは小さく口の中だけで呟かれて]
「盗ってなんかないよぉ」
むう、と。今度は少女はむくれて見せて。
「かえるべきところにかえしただけ。
桜花は、輪廻の輪を巡らせるだけ」
続いた言葉は、その意を理解する者以外には、真意は伝わる事はなかろうが。
「……違うよ?
桜花は気づいて目覚めたもの。
始まりは全て、ここにいる子らに寄る」
くすり、と。
楽しげに笑んだ桜色の瞳は刹那、力を得たものたちへと向けられようか。
桜花は桜花……。
輪廻の輪を、巡らせる……。
[投げかけられた言葉を、小さく反芻する。
それらは『知って』いる事ではあるようだけれど。
でも、感情の理解は追いつかない。追いつかせたくない]
[投げ掛けられた声に、顔を上げる。
一瞬、驚いたような表情になったのは、
その呼び方が彼と一緒だったからだろう。
アクセントも声も、全く違うのに。
もう、居ないのだ。
払おうと、首を振った。]
…外に出ようとしたら、
弾かれて、
出らんなかった。
そんだけ。
[抑えるように、普段より、端的な言葉]
[相変わらず現実感のない風景。]
[夏の夜に咲き誇る桜、その上の子供。そしてその下に集う学生たちを遠巻きに眺め。]
あぁ…これはまだ夢よ。きっと、そう。
朝が来れば、すべては元通り。
側に、という言葉。
それに、桜色の瞳はゆる、と瞬くか。
「……ひきとめたかったの?
あの子らの清めを得られねば、あの子らに喰らわれてしまうのに。
永遠に消えてしまうのに」
続いた言葉は、やはり、楽しげな響きを帯びて。
……外。
[緩く、校門の外へと視線を向ける。ぽつりと鸚鵡返しに言葉を返して。
出られなかったと告げる相手に、やっぱりそっか、と
頭の端でチラリと思った自分には気付かないフリをする。]
…大丈夫ッスか。大分、泥まみれッスけど。
[立てます?と、ゆるり腕を差し出す。
桜の少女から響く声は、聞えているのか否か、
チラリと視線を送るだけに留め、直ぐに再び視線を逸らす]
[少女は盗ってなどいないと言う。意味など分からない。
ただ、もう戻って来ない。それだけが、]
……友梨。
[もう一度、失ったものの名を呟き、
今はもう何もない、桜の根元に目を向けた。]
[言葉の意味などわからない。
ただただ、 奪ったのはこの少女だ と。
頭の中にはそれだけが。
今はまだ、かれをころしたのが誰かとは考えられず。]
まだ……っ、言ってなかった、のに……!
[願いは一つだったのに、それもいえなかった。
にらみあげる目からは幾筋か涙が伝った。]
(悲しみと、叶わぬ願いと。)
[フユは、辺りの様子を見て
空気の匂いを嗅ぐようにして目を細めた。]
……こんな
お化け少女の話なんか聞いたってしょうがない。
[フユは踵を返した。
サヤカの横を通り過ぎるとき、軽く手をあげ
彼女の頬を打とうと平手を向けた。]
…………。
[きつく、唇をかみ締める。
桜花の言っている事は、『理解』はできていた。
魔によって死を与えられたものは、新たな魔となるのだと。
それを阻むための清めを与えられるのは、自分なのだと。
わかっていても、それでも。
大切なものを奪われた痛みは、理屈では癒せないのも、わかっていた]
……っ……。
[ぎり、と。噛み切りそうなくらい、きつく唇をかみ締めつつ。
手は無意識の内にポケットの中、ミッドナイトブルーの携帯を、そこについた小さな鈴を握り締める]
[同じように、出られぬ校門の外へと眼差しを向ける。
差し出された手にも、自らの手を伸ばす事はせずに、
首を振って、俯いた。]
…じょぶ。
[小さく、返して。]
リュウ、大丈夫かな。
もしかしたら、外なら、逆に、安全かな。
[問いかけるというよりは、そう、願うように。
地に転がっていたボールを自分の傍に寄せた]
[涙を止めることなど出来ないままに、桜から目を離す。
振り返る先に、桜の少女の視界の先に、見知った顔の数々。
だけれどどこかおかしい。
あぁ、それもそうかと思う。
ひとがしんでいるのだから。
彼女にとっては義兄が
彼にとっては、妹が
では他の皆は……?
もし失っていないのなら、とても――]
向けられる言葉も感情も、桜色の少女にとってはなんら感慨あるものではないらしく、その笑みは絶えない。
それでも、『お化け少女』という言葉には、何故か。
嘲るような、慈しむような。
そんな、矛盾を湛えた笑みをふい、と浮かべて。
「始まりも終わりも全て、導くのはひとの子ら。
桜花はただ、見届けて巡らせる」
吟ずるような言葉と共に、鈴がリン……と鳴って。
[殴りつけた手は、土の上。
こわばったまま握ったまま、泣いたまま。
戻した視線の先、もう、樹の上の少女は見えなかった。
ただ桜の花びらが散り、それはまるで一枚の白い布のように彼女には見えた。]
…また、消えた。
[溜息をつく。
周囲の先輩達に困惑の混じった視線を投げて。
涙を流し続けるマイコに手を伸ばしていいものか悩んで]
舞ちゃん…。
[とりあえずは、そう小さく声を掛けた]
[そっと手を伸ばす
手がゆっくりと開く
花びらに触れる
白い白い花びらは、確かに質量を持って
(いるように彼女には感じられて)]
かえして
[それはかれを?
それとも――始まりを告げてしまう前の、日常を?]
[フユが踵を返すのが見えた]
しょうがない…か。
[確かにそうなのかもしれない、話を聞いた所で、理解出来るのはただ、起こっている事態の異常さだけで、自分達を助けるつもりがある存在とも見えない。死者を輪廻に返すという言葉は、寺の子に産まれた自分には受け入れやすくはあったが、それでも…一方的な理屈に聞こえるのも確かだった]
………
[それでも、最後まで、桜花の言葉を聞いて、その姿が消えるのを見届けてから、再び視線をマコトに向けた]
[サヤカが避けようとしなければ、フユは彼女の頬に手を振り下ろして]
サヤカさん。
ぼーっとしてたでしょう。
これ。夢じゃ、無いんだよ。
[夢に逃避することなど認めないと、
ひとには聞こえない声で憑魔が囁く。]
[桜花の姿が消えた事で、相反する不可思議な感覚からは解放されるものの]
…………。
[違和感は、消えなくて。
ぐるり、見回した視線が、ちょうどこちらを見ていたヒサタカのそれとぶつかるだろうか]
──、ん。
[短く返る答えに、緩く頷いて。
差し出した腕を引っ込める。
そのまま、ポケットへと突っ込んだ。]
…リュウなら、大丈夫だと思います、けど。
いちお、探しに行きます?
[座ったままの相手に視線を合わせるように、屈みながら
ゆるく首を傾げて、問い]
舞ちゃん!
[傾いだ身体に慌てて手を伸ばす。
どうにか倒れる前に支えたものの、運ぶことは流石に無理そうだ]
天野先輩…。
[困ったように声を掛ける]
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