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[ 少女の問い掛けに顔を僅か斜め後方に向け、視線だけで其の部屋の方角を見遣る。何を訊ねているかは容易に理解出来、目を戻せば口許に軽く握った手を当て、]
……開かずの扉、とでも云うんでしょうか。
鍵の掛かった儘の部屋がありまして。殆どは解放されているのに、珍しいなと。
[曖昧に笑みを浮かべながら返す言葉も、矢張り何処か曖昧か。]
ちがうわ、そうじゃなくて。
いくら大丈夫だと言っても、無理な体勢で寝たら疲れが残ってしまうもの。
…あなたがそばにいてくれるのがわかったから不安なんて思ってなかったわ。
[それは本当のことだから、言葉はすんなり表せた。
――それにわたしには、それしかない。
この言葉は言わなかったけれど。]
[何かを口ごもるメイに、静かに笑いかけ。]
…言って楽になることならば、聞いて差し上げても構いませんよ。
…言いたくなければ無理には聞きません。
[背を向けて、ピアノの縁に身を預け。]
…感謝しますよ、メイ。
少し、楽になれた気がします。
[その音色のおかげで、と。]
……仕方ありませんね。
すみませんが、通らせていただきますよ、っと。
[青年の反応にしびれを切らせたのだろう。
ウェンディの手を引き、青年の横をすり抜けアーヴァインの部屋に滑り込む。]
あんなに過剰な反応をされると、流石にへこみますね。ふう。
―→アーヴァインの部屋―
−回想−
[次に目が覚めたのは、いや、覚まされたのは夕方で。
部屋を掃除しようと入ってきた使用人のおばさんが、布団の異様な盛り上がりに気付き、それを剥いだ為だった。]
ぅーーー。いま…なんじですかぁ…?
[眠気と渇きで擦れた声で問えば、夕刻である事、そして晩餐会が催されるが無理せず休んでも、と心配を込めた声がかけられた。]
んーーー、大丈夫じゃないかなぁ。お腹も空いてきたし。
[汗だらけの額に手をやり自分で熱が引いた事を確認して、大丈夫だいじょうぶと笑顔を返す。
湿ったシャツを脱ぎ、それでやけに慣れた様子で身体を拭うと、鞄ごと浴室へ移動し、軽く汗を流して着替えした。]
一晩くらいなら平気さ。
今夜眠れば取り戻せる。
[それは本当の事だから、笑顔で]
不安はなかった…?本当?
…俺が君に……
いや、なんでもない…ありがとう。
ああ…
私も、あの部屋の中は存じ上げなくて。
[嘘を吐く理由も特には見あたらないから、正直な言葉を告げた]
元からいた方なら、何か知っていらっしゃるかもしれませんが…
[何となく言葉を濁す。
主も使用人もここにはもうおらず、割と良く訪れていると聞く目の前の青年も知らぬと言うのだから、可能性は薄く思えた]
[緊迫した空気から開放され、息を吐くルーサーに同意を重ねるように、少女もまた。細く長く息を吐く。
部屋に入れば、立ち込める錆びた匂い――
その匂いに、改めてこの屋敷の主人は亡き者だと実感させられる]
――願わくば…主の下で安らげることを…
[祈りの言葉を口にして、少女は摘んできたばかりの花を手向ける。
唇からは、微かな鎮魂歌が伝っていた――]
[自分の前を通り過ぎる黒尽くめの男には]
[明らかな警戒を示すが]
[手を引かれ][通り過ぎる]
[金髪の少女の視線]
[それには][途惑いに似た][物問いたげな眸を]
えっと……。
ありがとう、ございます。
[似たような事を、少し前にハーヴェイにも言われたな、と思い出しつつ、小さく呟いて]
でも……えっと……良かったです。
お役に立てたなら。
[元々は自分のために弾いていたのだけど。
それで誰かが安らげたなら、それはそれで嬉しく思えて。
作った笑みではない、本当に安堵した笑みがふと浮かんだ]
―アーヴァインの部屋―
[果物が入った花籠を置き、あざみ、弟切草に黄色いカーネーション、ムスカリ、ロベリアを遺体の周りにばら撒いていく。]
これだけ色とりどりの花を手向ければ、寂しくないでしょう、きっと。
[花を撒き終え、にこりと笑いつつ。]
……そうですか。
[ 元から返答は期待していなかったのだろう。緩やかに首を傾ければ浮かべる表情は変わらず微笑で、其れから嗚呼と思い付いたように僅か目を見開く。]
俺の服……って、もう乾いてます?
[ 場違いに暢気な問いだったが、彼にとっては其れなりに重要な事。]
―広間―
ん、それなら良いのだけれど。
[少し、ほっとした。
続いた言葉に、少し困惑する。]
えぇ。
…わたしに、なに?
[問われれば、ああ、と手を合わせる。如何やら半ば忘れかけていたようで]
確か…
お持ち致しましょうか。
[そう告げて、廊下を2、3進んだところで立ち止まり]
あ、お食事の用意は出来ておりますので。
宜しければ。
[広間のほうを示すと歩み出す]
[問い返され、ほんの少し返答に詰まって。
小さな声で答える]
……君に…何か…酷い事をするかも、って考えなかった?
[もちろん自分にそんな事をするつもりは無かったのだけれど]
[声を掛けられれば、はっとした様子で顔を上げ]
何でもありませんわ、神父様…。
…アーヴァインさんは無事…神の元へ辿り着けるのでしょうか…
[唇に乗せた言葉は、目の前の彼が無事天国へとたどり着けたかという心配――]
−客室−
[”あれから”どうやって部屋に戻ったのかも定かではなく。
ただ、恐怖に満たされて、しっかと掛けられた内鍵を睨むように布団に包まっていたけれど。
空腹のまま長い時間放置された胃が、きりきりと痛みを訴えて。
飢え死にするよりは――と。怯えながらも、部屋を出る。]
うん、そうですね。
……お腹も空いたし。
[ほとんど何も食べずにいたのだから、ある意味では当たり前といえる呟きをもらし。
鍵盤に蓋をしてから、自分も音楽室を出て、広間へと向かう]
─音楽室→廊下─
ああ、済みませんが御願いします。
……矢張り、着慣れた服の方が動き易くて。
[ 軽く頭を下げて少女を見送り、次いだ言葉には解りましたと声を返す。ふと何かに気付いたかの如く緩やかに瞬き視線を巡らせるも、直ぐに首を振った。]
ひどいこと?
[言われた言葉が少しわからなくて。
それから、理解できたとき、なんだかとても――
あぁ、わたしの仕事をもう知っているはずなのに、彼は気を使ってくれているのか、と
嬉しい、のか、なんだか少し、恥ずかしくて。]
もし、あなたがそうしても。
わたしは、それをひどいこととは思わないわ。
あなたなら。
[それはいつもの睦言でもあり――だけど他の誰に対したときより]
―回想・釣り橋前―
[青い空を揺らめかせる赤い線。
炎は揺らめきながら、彼女の視界を埋め尽くし、緩やかに谷底へと消えた。
煙のせいだろうか走ったせいだろうか。喉が痛い。]
[返ってきた言葉には、安堵のため息――]
そう解れば…安心します。
[少女は既に神の存在を信じては居なかったが、アーヴァインの事を思うとおのずと縋りたくなるのは、彼女の血筋の所為だろうか――]
それでは神父様…そろそろ広間に戻りませんか?
この場所は…あまりにも――
[「悲しすぎる――」
最後の句は告げずに…。少女はルーサーの手を再び握った。]
―使用人の部屋―
失礼致します。
[部屋の主はもういないけれど、一応そう告げて部屋へと入る。彼女よりずっと家事に手慣れていた女性が居なくなってからというもの、当然ながら仕事は格段に増えた。それでも彼女にとっては橋を見た時に告げた感謝の気持ちのままで、恨む気持ちなどは起こらなかった。
火の消えた暖炉の傍に目的のものを見つけると、手袋を外して確かめる。粗方乾いているのを確認してそれを手に取り、頭を下げてそこを出た]
―…→廊下―
ええ、戻りましょうか。
……そうだ。
食後にチェスなどどうでしょう?
最近、なかなか相手をしてくれる人がいなくて。
[にこりと笑んでから果物の入った籠を拾い、ウェンディと手を繋ぎなおして部屋を出た。]
―アーヴァインの部屋→広間―
[ゆるゆると]
[廊下を進み]
[足を止め、]
[立ち去った部屋の中より][あえかな歌声][鎮魂歌]
[耳を澄ますが]
……ちが、う。
−廊下−
[幼い少女のソプラノの声に、ぎこちないながらもそちらに顔を向ければ。館の主――だったモノ――の部屋の扉が目に入り、ビクリと身体を竦ませる。
彼は見てはいなかったけれど、何があるかは大人の会話から概ね想像は付いていた。
――彼が想像するより、遥かに凄惨な光景であったが。]
………っぅ。
[微かに上がってきた胃液を飲み下し、ゆるく首を振るも。眠り続けたのが不幸中の幸いか、既に痛みは引いていて。]
……ぁれ? あの…人……?
[代わりに気付いたのは、かの人の部屋を後にするように動く、茶色の髪の青年の姿。]
チェスですか?
神父さんのお手に敵うかどうかは解りませんが…私でよかったら…
[ほのかに笑みを取り戻し。空になった花籠を持って、少女は手を繋ぎ、アーヴァインの部屋を後にする]
さよなら…アーヴァインさん…。
あなたを……ごめんなさい…。
[立ち去り際、小さく落とされた言葉は誰の耳にも届かず、床で弾けて――]
――アーヴァインの部屋→広間へ――
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