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[白い花のそばを、だんだんと急ぎ足]
[一人きりの白い場所は、とてもこわい]
どこから、聞こえとるんじゃ……?
[大きくなる鈴の音、からんと下駄が鳴る]
[一人歩く、人の姿]
[声をかける前に、その姿はなくなって]
[りぃぃん]
[鈴の音に、再び足を動かした]
ひとりは、嫌じゃぁ……
[鈴の音の先には、水車小屋]
[くるくる、くるくる]
[あがっては落ちる、水の音]
[その隣には、館が一つ]
[りぃん]
[導くように、もう一度]
誰か、おるん……?
そうかい、ゆんべから、ここの家の人を見かけないんで、坊が、そうなんじゃないかと思ったんだがねえ。
その鞠は、坊のかい?綺麗な鞠だねえ。
[すとん、と縁側に腰を降ろし、にこにこと話し続ける]
風漣も、あの子たちしか見てないよ。
[すい、と遠巻きにする童子たちを見て]
鞠?
鞠は……。
[問いに、手にした華の紋を見て。
ゆる、と首を傾げつつ、まばたきを一つ]
……持っていたの、ずっと。
だから、風漣のだと思う。
[館は広い]
[広くて、大きい]
びっくり、じゃぁ……
[声を聞きつけたか、気配に気付いたか]
[二人の童子が、やってくる]
[同じ顔の童子]
[ほっとして]
おって、良かった……
おら、――
[自分の名前を口に出して、そのまま続けようとした言葉は……]
……何も、わからんのじゃ
[音彩、と]
[名前だけを繰り返した]
[子供の言葉に、軽く首を傾げる]
それじゃあ、坊も、ここに呼ばれたお仲間なんだねえ。
さてさて、呼んだ御仁はどこにお隠れあそばしたやら。
[ふと振り返ったのは、鈴の音が、誰かを招く音に聞こえたからか]
おや、またお仲間が増えたようだ。
[童子たちは先へ進む]
[置いていかれてなるものか]
[古い布の着物で歩く]
なぁ、ここはどこなんじゃ?
おら
そうじゃ、たしか。
ほしまつり。
[呟くけれど、声はない]
[返事はない]
[招くような二人の仕草を、追おうとして]
[追おうとして……]
……?
あ……人、おった。
[同じ顔の童子たちは、こわいとも思っていたからか]
[歩を進めた先の人影に、ようやく小さく笑うことができた]
[童子に導かれるように──否、その後を追うように、か。
やって来た者の姿に、またまばたき。
てん、と。
庭にひとつ、鞠をつく]
……だーれ?
[投げる問いは、先ほどと同じく。
しかし、そこには僅かに好奇の響きもあろうか]
鈴……
鈴がおらをよんどったん?
[青年の言葉に、目をすこし大きくして]
鈴は、自分で鳴るんじゃろうか……?
[こわかぁ…と小さく呟いた]
[鞠をつく子の問掛けに、答えはただの一つだけ]
おらぁ……ねいろ、じゃぁ
〔静かなる音色に誘はれ辿り着きし建物は、
川の傍ら廻り回る羽根車の小屋に接す館。
戸を叩く間もなく出でた童子に導かれ
中に入りしまでは記憶にあり。
けれど眠りに就きしはいつの事か、
奇しくもとんとおぼえはなかりけり。
此はいかなる場所なりや。
今はいかなる時間なりや。
我はいかなる人物なりや。
答へを知らぬか知れど答えぬか、
問えども童子はかへりことせず、
笑ひ咲ひて哂ふばかり。〕
ここ、どこなんじゃぁ?
おら、……なぁんもわからんのじゃ
…………にいさまたち、知っとる?
[答えない童子たちと違い、答えが返るかと]
[そう問うて、きょろきょろと見回す]
[白い花がちらついて]
……きれいな花じゃぁ……
〔とん、とん、とん、と。
階段を下る音は軽く、耳澄まさねば聞えぬほど。
庭を臨む縁側まで辿り着けばそこにあるは人の気配。
紅付け指、赤い爪の指を朱唇に当てて顔を斜めにし、
猫の眼は興味深げに見慣れぬ男と子らを見遣る。
鈴の音、りぃんと、空気までも冷やして響き渡る。
同じ顔した童子らは、笑ひつ女の傍を駆け抜けた。〕
[てん、とまたひとつ、鞠をつく]
ねいろ、ていうの。
[告げられた名を、繰り返し。
鞠から片手を離して、自分を指で示す]
風漣、だよ。
白い花、きれいだよね。
[また、鞠を両手で持ちつつ、ふわり、笑う]
おんやまあ。
客人は他にもいなさったか。
初めて見る顔か二度三度見る顔か、
生憎覚えはないけれど、
ともかく今の出会いに感謝して、
今日和とでも言えば好いのかな。
[どこか芝居がかった言い回しをして頬笑む]
ねいろ坊かい、俺は烏さ。
ここがどこかは、俺も知らないねえ。
けどまあ、綺麗なところじゃないか。それに酒…いや食べ物もたんとある。
呼ばれた訳が判るまで、のんびり遊んで過ごすがいいよ。
[呑気に言って、また部屋に増えた気配に視線を巡らせる]
これはまた、綺麗どころのお出ましだ。
[呟いた声は嬉し気に響いたろうか]
[女の声に、そちらを振り返る。
ひょう、と、空へ一度鞠を投げ]
……こんにちは?
[鞠を受け止め、ゆるく首を傾げつつ、挨拶を返す]
[女の口調に、やはりお仲間かと見定めて、笑みを浮かべて一礼する]
さて、覚えの無いのはお互いさまのようですよ。
招かれたのは、他にもおいでのようだが、招いた方は姿も見えない。
せいぜい、互いに仲良くするしかなさそうです。
俺は烏と申します。どうぞ御見知りおきの程を。
そこな旦那、褒めても何にも出やせぬよ。
何しろ己が誰かもわからぬのだから、
他者にやるものなどあろうはずもなし。
はてさて、ゆいつ持っているとすれば、
“あやめ”と呼ばれる名だけかな。
けれどもそれすら困った事に、
如何様な字を書くかも忘れちまった。
はてさて、ここでは大切な事でもなかろうか。
[かかった声にちいさな驚き]
[それでも頭をふかく下げて]
こんにちは、おねいさま
[顔をあげて]
[大にいさまの言葉に頷く]
からすおにいさま。
おにいさまも知らんの……
遊んで。
何をすれば、遊べるんじゃぁ……?
風漣、だよ。
[もう一度、繰り返すのは肯定のためか。
きれい、という言葉に同意を得れば、またふわり、嬉しげな笑みを浮かべて]
風漣は、白いの、好き。
[ねいろは? と。どこか、楽しげに、問うて]
〔飄々、空へと舞うは朱と金の鞠、
けれど天には届かず坊の手に還る。
操る主は濃色の子、
対するは臙脂の子、
見守るは紫苑の男。
女の紫黒に映るはただそれだけ。
交わされし名の一つ一つより、
心に残るは色ばかり。〕
仲良う……
じゃったらうれしいんじゃ
[大兄の言葉が耳に届いて、顔はゃうやく満面に笑み]
[小兄の言葉に、こくり]
おら、好きじゃぁ
白いん、きれいじゃけ
ああ、宜しく頼むよ。
[二人の童を見ながら縁側に腰下ろす]
招いておきながら姿を見せぬとは。
童子らも世話はすれども笑ってばかり、
何を問うても答えは返らず困ったものだね。
されどこうして会ったのも縁の一つ、
仲の好く出来るものならしたいものだね。
白いの好き、おんなじだぁ。
[返された言葉と、その表情につられてか、彩る笑みは深くなる。
てん、てん、と。
また、つかれる、鞠。
朱と金の華はくるり、くるりと色彩を巡らせ。
白花色の小袖をまとった童の手に、還り]
ねいろも、遊ぶ?
[そして、それは問いと共に差し出され]
[嬉し気な子供に目を細め、腰かけたあやめの言葉には、にこにこと頷いて]
まったくもって、判らぬことばかり。
されど、仲良きことは麗しきと、古い諺にもありましょう。
まして、美しい方との縁とあれば、幸運と呼んで良い。
白いのは、好き……。
[言葉が途切れる。
ほんの少し、思案するよな色彩が掠めるが、すぐに消えて]
うん、好き。
[もう一度、繰り返す]
じゃあ、遊ぼ!
[はい、といいつつ、鞠をその手に渡して]
おやおや、
口の上手い旦那だね。
これを幸運と言うなれば、
世は幸に溢れ返ってしまうよ。
[口許に手を添えて可笑しそうに目を細む]
さてはて、
花には鳥、音には風。
これもまた似合いと言えようか。
[首を傾げられて、きょとり、とまばたいて]
つくの、こうやって。
[言いつ、手首を返して、庭に向けてつく仕種]
唄にあわせて、てん、てん、て。
いやいや、これは正直な気持ち。
嘘をつこうにも、ほら、裏も表も今は見えませんのでね。
[口がうまいと言われれば、けらりと笑って、そんな答え。]
そう、そう、それです。
[得たりとばかりに手を打って]
まさに世に幸を撒くのが、貴女の仕事やもしれません。
風と音とも似合いだが、これも似合いと、思いませぬか?
[確かに嘘ではないのだが、遊ぶような言の葉で]
おうたにあわせるん?
[すこし考えて]
てんてんてん。
[鞠を一つ、二つ、三つ]
[ついて、うたがわからない]
[口からついたのは]
……おうた、教えてくれん……?
おら、ようわからん
[朝餉を終えて一思案の末、まずは館の中を見て回ろうかとぶらり足を向けてみれば]
ん―?
[縁側に見た事ある顔がひとつと見た事のない顔がみっつ並んでいて―自然、足はそこに向かう]
なんだ―随分と賑やかじゃあないか。
うん、そう。
[こくり、頷いて。
教えて、と言われ、あ、と声を上げる]
ひいや ふうや
みいや ようや
いつやの むさし
ななやの やくし
ここのや とおや
[澄んだ声が、ゆる、と唄を響かせる]
[また一人増えた顔に、如才なく笑みを向ける]
おや、こんにちは。
ええ、可愛い坊達と、綺麗なお嬢のおかげで、賑やかですよ。
俺は烏と申します。どうぞお見知りおきください。
旦那はこちらの家の方…ではなさそうですねえ。
[どうやら、見分けがつくようになってきた]
ひいや ふうや
[小兄の優しい歌声]
[くりかえすように声をあわせて]
[とん、とん、とん]
みいや ようや
[鞠が軽く音をたてて]
いつやの むさし
ななやの やくし
ここのや とおや
……あ!
[最後の一つ]
[鞠が手を離れて、ころげてゆく]
童らは手鞠か、懐かしきかな。
さても今は記憶の欠片もあらねども。
心の隅には何かが残っているらしい。
[てん、てん、跳ねる朱と金のいろ]
ひふみよいむなやここのたり、
……はてさて、これは違うたかな。
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