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[項垂れたままの男は泣きそうな顔をしていた。
鼻の奥につんとしたものを感じるが
泣くのを堪えるように、すん、と小さく鼻を鳴らす。
生気を失ったニキータの眸に映り込む己の情けない顔。
他の誰にも見せずにいたから
其れを知るのは、傍に在る彼のみで]
謝るのは俺の方だ。
ニキータ。
[微かな音がそう囁く。
一縷の望みが捨てられぬのか脈を取るため
ニキータの首筋に手を宛がう。
そうして漸く、彼の双眸に手を翳し
おやすみの言葉と共に其れをそっと閉じさせた]
―広間―
馬鹿の次は、阿呆か。
なんだか散々な言われ様だな。
[手当てを受ける頃になり、漸く周囲を見回せる余裕が生まれる。
幾つか漏れ聞こえてくる話の断片を聞きつつも、口を挟めるまでの余裕はまだ無い。
ただ、垣間見えるタチアナの表情と声音に少しの後悔を覚えるだけだ]
――…。
[抗議の声ひとつ上げず、無言でアレクセイを見遣る。
一つだけ、彼には聞いてみたい事があった。
けれど、それを口にする前に小さな囁きが聞こえてしまって。
少しだけ胸が苦しくなり、聞く機会を逃してしまった。
代わりにぽつりと零すのは]
君が、謝る必要など、無いんだ。
[聞こえるかどうか定かでないほどに本当に本当に小さな声]
……その通り、だね。
それでも人狼ではないと確信出来る相手はいるよ。
アレクセイだ。
彼は僕を昨晩ずっと看病してくれていた。
彼が狼なら僕を襲えた筈だ。
[ ヴィクトールは、
フィグネリアの額にかかった金糸を指で寄せた。]
君も狼でなければ良いと思ってる。
[ 眸の奥を見る。]
[ヴィクトールからシーツを受け取る。
顔を上げて、ありがとう、と礼を言うが
それは小さすぎて彼に届かなかったかもしれない。
赤に濡れた手が触れた箇所から、白は染まってしまう]
――……。
[沈む心に呼応するように重い息が吐出された。
丁寧な手つきでニキータの身体をシーツに包む。
そうして、アナスタシアの時と同じように
イヴァンはニキータを地下へと運んだ*]
アレクセイさんを信用しているのは、付き合いが長いから?
……人狼であることに意識が薄いのなら、見知った相手を、仲がいい相手を襲いたくはない気がする……から。
――ごめんなさい。アレクセイさんを疑っているわけではないのだけど。
[髪に触れる指にヴィクトールの方を見て。
こちらを見てくる視線に向けるのは翡翠色]
私は、人狼じゃ、ない。違うわ。
[言葉で否定したところで、何になるというのか。それから目を一度伏せて]
[痛みが強いのか、苦しそうな、或いは切なそうにも取れる表情。
眼差しを伏せて、しばし広間に居る。
今度は、地下室に遺体を運ぶ役目は出来ない。
話しかけられれば応じもするだろうが、体力が戻るまで2階に戻ることは*ないだろう*]
[受け止める手に掛かる力が酷く重く感じられたのは、
タチアナが気絶していた所為であり、自身の腕が細い所為。
目を逸らさずに胸元を確かめれば、きちんと上下して見えて、
眠っているだけだとは察したから、安堵の息を吐く。]
………僕は彼女を、部屋で休ませてくる。
[それでもベルナルトの顔色は優れない。
それでも、己一人でも、彼女を抱き上げて階上へと向かう。
記憶を頼りにタチアナの部屋までなんとか辿り着いて、
ベッドにその身を横たえた。]
そうだね。
アレクセイとは家族包みの付き合いをしてきたんだ。
小さい頃から、まるで本当の兄弟みたいに。
彼の両親にもとてもお世話になった。
[ 束の間、遠くを見る眼差しになった。]
ごめん。
僕のも勘でしかないんだ。
でも、確信出来る勘だ。
[ 翡翠色の眸に烏羽色の眸が微笑んだ。]
こちらを見て。
僕の眸を。
[ 一度伏せたきり上がらない視線に、
フィグネリアに声をかける。]
兄弟……。そう。だからあんなに気安く見えるのね。
私そういった人がいたことないから、良くわからないの。
[ヴィクトールの視線が遠くを見る。
微笑みに、応える笑みは微かに。
それから伏せた眼は、ヴィクトールの声に再び開いて彼の眼を見た]
―二階/タチアナの部屋から―
[扉を閉ざせば血の香りは遮られ、代りに感じる香草の匂い。
疲弊もあって微睡みそうになるのを、辛うじて堪えた。]
僕がもし人狼だったなら。
このまま、彼女を喰らってしまうのかな――。
[ふっと低く零れ落ちた声。
けれど己の鼻を擽る空気に満ちるさまざまな香は、
この身に何の飢えをも、渇きをも齎すことは無い。]
…………。
[それでも、タチアナのショールを畳んで枕元に置いた時、
露わになって見えた肌を前に、微かに息を零していた。
やがて男は何も言わずに、彼女の部屋を後にした。
自室のベッドに倒れ込めば、意識は直ぐに落ちていく。**]
[ 翡翠色の眸から視線を離さず真っすぐ見つめ告げた。]
君を信じてみたいと思う。
[ 信じると押し付けるのでもなく、
信じろと信用を強制するのでもなく、
信じてみたいと告げる。]
[ フィグネリアの額の上に唇を触れさせ立ち上がる。
無論、払いのけようとすれば*可能な速度で。*]
[信じてみたい、と言うヴィクトールの言葉に見つめる翡翠が揺らぐ]
私、何かしたわけでも、ないわ……。
人を襲わないことは、約束出来るけど――――
[触れる唇に指先がぴくりと動く。
払いのけなかったのは、意識が追いつけなくて。
なぜ、と言う気持ちの方が大きく、離れれば指先で唇が触れた場所に触れる。
少し間が空いてから、、立ちあがったヴィクトールを見上げて、ありがとうございます、と礼の言葉を*かけた*]
― 自室 ―
[倒れる間際によぎったのは心配をかけてしまうと言うこと。
後でイヴァンと話そうと思った事。
重い身体は自らの意思では動けなくて、そのまま闇へと落ちる。
だからベルナルトが運んでくれたことも知らないまま。
くったりと力の抜けた身体をまかせることとなり]
――ん……
[ゆるゆると意識がもどったころには自室の中。
霞む視界を瞬かせてぼんやりと視線を彷徨わせる]
……あら……
[自室にいることに気づいて、一つ瞬き]
[身を起こせば着衣に乱れはなく、枕元に置かれたショールが見える]
誰が運んでくれたのかしら……
[ゆるりと瞬き。
ショールを手に取れば意識が途切れる寸前までを思い返して]
……ああ、ベルナルトかも。
――そうだとしたらお礼をいわないとね。
[小さく呟いて、ゆっくりと動き出そうとしたとき。
廊下が酷くざわめいている気がしてそっと、顔をだす**]
―朝―
[今日もまた、目覚めてから目許を指で拭った。
ぼんやりと視線が赴いた先、鏡に映る己の姿。
夢の中で綺麗だと撫でられた髪が、くしゃりと乱れていた。
目を伏せ、また何時ものように身支度を整える。]
………イヴァン、
[間接的にとはいえ、己もニキータの死に関わっている。
一瞬でも彼への疑いを抱いてしまったのも事実。
だから言い訳も、下手な慰めも、考えてはいない。
ただ、先日までのニキータに対するイヴァンの姿を見て
漠然と思い抱いていたことがある。]
共に居たのは、彼だったの、かな。
[ナイフを腰のポケットに収めてから、もう一つだけ。
ふたつの人影映す月夜の湖を描いたスケッチブックを
片腕に抱え、廊下へ出る扉をキィと開けた。]
[昨日と変わらず、二階の空気は生臭い。
否、昨日よりも更に濃い色にさえ思われた。
自室より少し離れた、昨日よりも近い処から伝う
鉄錆に似た匂いに、胸がとくりと鳴っていた。]
まさか、……
[その匂いの元は、訪ねようとしていた人の部屋の前。
息を呑み――扉に手を掛け、開け放つ。]
――――…、イヴァン。
[あかいいろ。動くことなくそこにあるもの。
スケッチブックが、ぱさりと床に落ちる。
男はその場に膝を突き、ただひたすら茫然として
その場の惨状を、言葉も無く見詰めていた。**]
[冷えた双眸が血色に染まる男を見下ろす。
アナスタシアと同様に無残なものとなった男の肉体。
一目見て死んでいると知れる損傷。
見下ろす男の容姿と瓜二つの其れが動くことはもうない]
覚えてないのは幸いだな。
[犯人の顔も。
痛みも苦しみも。
魂だけとなった男の記憶にはなく]
――――――……。
[何時死んでも仕方ない。
親不孝な己への報いなのだと思ってきた男は
己の死に大して感慨は抱かないのだけれど]
約束、守れなかったな。
[ニキータとの、約束。
ベルナルトとの、約束。
それが心残りなのか死してなおこの場所に囚われる。
不意に扉の開く音がして、男はゆっくりと顔をあげた。
名を呼ぶのはベルナルトで――]
カッコ悪いとこみつかっちまったな。
[軽く肩を竦め、わらう。
ぱさりと音立てて落ちたスケッチブックを見れば
片眉を持ち上げて]
大事なものだろ。
――…、なあ、ベルナルト。
[入り口で呆然とある彼に歩み寄り
足元に落ちたスケッチブックを拾おうと腰を折る。
けれど其れを掴む事は出来ずすり抜けてしまう]
[それからその日は広間を掃除し、アナスタシアがいた部屋の片付けをしたりと時間は過ぎていった。
夜には湯を沸かして身体を拭き、やはり埃臭いままのベッドで睡眠を取る。
気が張り詰めていたのか、その日は夢を見ずにすんだのだけれど]
――?
[鼻を掠める血臭。嫌な予感がしてベッドから降りる。何かの落ちる音がした。
扉を開けると、廊下に立ったままのベルナルトの姿。
その部屋は誰の部屋だったか知らない]
死んだんだから当然か。
[目的を果たせぬまま
スケッチブックの前でしゃがみこんだ]
仕方ないとはいえ
不便だよなぁ。
こんな姿じゃ何も出来ない、か。
[やれやれと肩を竦めて戯けるような仕草をみせる。
そろりとスケッチブックの輪郭を指先がなぞる。
質感感じられぬまま生者にとっては空気のような存在が
小さく溜息をつき、頭を垂れた**]
ベルナルトさん……?
まさか、また――。
[その近くまで歩いていく。近づけば血臭は増して扉の向こうの光景に足を止めた]
イヴァン、さん……。
[小さく首を振る。タチアナが、彼は人だと言っていた。もちろん今も、甘い匂いなど少しもなく。
思い出されるのは昨日厨房で見せた笑顔]
[フィグネリアの声にしゃがんだままの姿で見上げる。
彼女がみるのはスケッチブックの前にいる己ではなく
自身の血に塗れた男の躯]
――――… は。
[かわいたような短い笑いが漏れた]
ほんと、かっこわるい。
[見ないように彼女の双眸を覆う事も出来ない。
彼女の作ったスープの優しい味を思い出し
それも二度と口に出来ないのだと思えば淋しさのようなものを覚える]
[指先を重ねていたスケッチブックがフィグネリアの手におさまる。
一瞬視線が交われど、彼女がそれに気付くことはない]
フィグネリア。
[ぽつり、名を呼ぶ。
生ける者には届かぬ死せる者の声は鉄錆の匂い満ちる部屋にとけた*]
―回想/広間―
そういわれても仕方のないことを言った、自分の責任だとは思わないのか。
[そんな風に言いながらも、手当をしていく。
何か言いたげな様子には気づいていたものの、自分から問う事はなかった。
小さな声は耳に入ってきて、その表情を伺おうと視線を向けた]
……お前は本当に馬鹿な奴だな。
[頭を一度、ぽふ、と撫でて。
救急箱をしまいに離れる。
タチアナが倒れたのを見て、ベルナルトが運ぶというのに頷いて]
任せる。
[見送った後、遺体を運ぶというのに協力はしなかった。
ただしっかりとその姿を目に焼き付けて]
戻れるか?
[まだ座ったままのアリョールに問いかけるのは、その後の事。
戻れないと言うのなら、暫く付き添うつもりではあった。
そして、その日は部屋に戻り、机の上のナイフの刀身を布で巻いた。
隣室におやすみ、なんて声をかけた後で、眠りに落ちていった]
―朝―
[目が覚める。
一番最初にしたことは、ナイフの確認だった。
刃はしっかりと保護してある。身支度を整えて、それを服の内側のポケットに入れた]
……。
[ドアを開けると、確かに匂う、昨日と同じ血のにおい。
またか、と。呟きはせずに視線を巡らせ、そこに居るフィグネリア、そして座り込むベルナルトを見つけると、歩を進めた]
――…イヴァン。
[中の光景を伺う事は出来た。
名を呟く声は掠れる。
友人、だった。食事の時の事を思い出し、目を伏せる。短い時間、アナスタシアよりも長い時間。
次に目を開けた時は、感情の波を抑えて]
ベルナルト、フィグネリア、広間に行っていろ。
周りに知らせて、地下に運ぶ。
お前らは休んでるんだ。
[二人に声を投げて、部屋をノックして回る。
イヴァンが死んだことを伝えるために。
冷静ぶった表情は、ヴィクトールの前だけでは僅かに剥がれる。
口唇をかみしめて、それでも自分は大丈夫だと、はっきりとした声で言った**]
―回想/自室―
[ 自室へ戻ると、扉に背をつけて荒く息を吐いた。
今更になって身体が震える。
アレクセイを殺さない為とはいえ、手を汚す覚悟もしたとはいえ、本当に最善だったかなど、今となっては分かりはしなかった。
そのまま、滑り落ち扉に背をつけ頭を預け、立てた膝に腕をかけ、もう片手で顔を覆う。
どれくらい経った頃だろうか。]
「おやすみ。」
[ ヴィクトールはアレクセイの声を聞く。]
ああ、おやすみ。
[ 返事を返す。
こんな状況でよく眠るようになどと言い出すことも出来ず、出来るだけ声で想いを込めることでその代わりとする。]
[ベルナルトが運んでいくタチアナに向ける視線は、痛みのせいかどこかとろりとしていた。
緩く頭を振る。
運べるのなら、タチアナは自分で運びたいとも想ったが、無理だと解っていたので口には出さなかった。
きつく巻かれた包帯の下、傷口が熱を帯びる。
フィグアリアが広間の掃除をするのを見遣り、これも出来ない、と今更ながら怪我をしたことへの後悔が浮かぶ]
――…大丈夫だ、戻れる。
[>>52アレクセイの問いかけに答えるも、立ち上がる気配は見せず。
それを察してか、付き添う様子のアレクセイに、シンプルな謝罪と礼を述べて。
ひと時が過ぎれば、自力で2階へ戻っていく]
―朝・2階客室―
[寝台の上、満ち足りた表情で眠る様子は、扉に隔てられ誰に見えることも無い。
緩やかに目覚めた後、ノックの音に気付き、扉を開ける。
寝乱れたのか、解け掛けた包帯を逆の手で押さえ、アレクセイの話を聞く]
そうか。
[ぽつり呟く声の感情は乏しい。
白かった筈の包帯に滲む血の色の方が、余程鮮明だった**]
[アリョールの部屋に行った時、彼女の様子に、眉が寄った。
昨日もいつもと調子が違ったのはわかっている。
こんな状況によるものなのか、それとも他の理由があるのか。
伝えなければならないことを伝える。
答えを得る。
更に眉間に皺が寄った]
後で傷口をもう一度見せろ。
手当をするぞ。
[不機嫌そうな様子でそう言った**]
[ベルナルトの手にスケッチブックを取らせて、膝をついたベルナルトの肩にそっと手を置いた]
ベルナルトさん、大丈夫です……か?
[声を掛けたところでアレクセイの姿が見えた。
広間にと言う声に頷いてから]
アレクセイさんも、無理はなさらずに。
……ベルナルトさん、立てますか?
[立ち上がれないなら肩を貸そうとして]
[ナイフはポケットに入っている。
未だ誰かを差すだけの決意はもてないが、護身用だと言い聞かせて。
ベルナルトと共に広間に辿り着くと、椅子に座らせてからお茶を入れる。
湯が沸くまでの間、ちらちらとベルナルトの様子を気に掛けた。
フィグネリア自身ショックは大きいが、動けないほどではない。
けれど、厨房に立てばどうしても先日のことが思い出されて、気は重くなる。
下ろした方が良いと言われた金糸を垂らし、スカーフは肩に掛けて。
滲んだ涙を手の甲で*拭った*]
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