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[揺れる炎のお陰で、直近の人間二人の意識は逸れているのだ、]
[震えて歪んだ唇を、裂けんばかりに嘲りの嗤いに開いた男が]
[目の前のケネスに切り裂く風のようなその腕を振るうのは造作もないこと。]
[ナイフが肉に沈む感触。記憶がなくとも覚えがある。崩れていく赤毛を見下ろし荒い息を繰り返す]
…ハァッ、ハァ……ケッ、いい気味だ
[乱れた息とギルバートの声に悪態は紛れる]
[獣化はしていない]
[唯の人の爪でも、振るう速度が並みのものでないのなら、それは鋭利な剃刀と同じ。]
[正確に頚動脈を抉り裂かれたケネスの頸から、噴水のように鮮血が噴き出した。]
[来るなと言われたからいかなかったわけではない]
[ケネスが倒れるのも見たと思ったが、さだかではない]
[シャーロットが叫ぶ言葉に、小さく息をついた]
なんだ?
[見た先の目は、色を変えている]
[複雑そうな表情に、男は少し口元をゆるめた]
……望んだことだ
気を抜くな
[かまいたちの如く宙を裂いた一撃を受け、ケネスの頸は赤い柱から放たれた無数の赤で染められてゆく。]
やめろ!やめろ……!
ネズミを殺すなと言っただろう……ッ!
[炎を壁に固定し、足を地に着け、目の前に居る「獣」の男を睨み付けた。]
[もう一匹の獣――ナサニエルに直前まで拘束されていた体を差した今、裂けるほどに口内の緋を晒す男との距離は無いに等しい。疾風の速さで振るわれた爪をかわせるはずも無い。ギルバートの警告の声にも僅かに体がぶれただけ]
ぐあッ…げはッ!
[悲鳴を裂かれた喉が発したかはわからない。溢れる緋に視界が染まる]
[望んだこと。クインジーはそう告げる]
…うん。
分かってる。
[護りたいと思っていた少年が散ったから。クインジーこそ心中は複雑なんじゃないかと思った。けれど彼は冷静に状況を見ている。自分も気を抜いてはいけないと、気を取り直し視線を階上へと向けた]
──……。
[直後に広がる光景。無精髭の男が緋色に染まる。身構えるかのようにして、右手をケープの中へと滑り込ませた]
[ネズミと呼ばれているのに腹は立たない。どこか可笑しさすら感じさせる。ドブネズミのように死ぬのが当然な自分が悼まれている気すらした]
…ッ……
[緋に染まる視界で最期まで足掻こうと指先が動き、意味無く止まる。*滅紫に白い華が咲く*]
[意識はしっかりと階上をとらえている]
[誰を喪っても、手にかけても、男には動揺のひとつも浮かばない]
[声がふるえることも、ない]
――ギルバート、離れろ!
手負いを相手にするな!
イカれた顔をしている。
君は、まさに『魔王』だ。
人間が造り出す、化粧だけの『魔王』なんて、雑魚に見えるよ……
[溜息をつき、紅く染まった獣に、憂いの視線を送る。]
――…そうだね。
君達は選択を間違えた。
もしラッセルが、クインジーに泣きつけば、俺はクインジーと決闘する羽目になっていたかもしれない……
そう、ラッセル君は生き延びることができたんだ。
お兄さんが名乗り出ることも無かったろう……
――自ら破滅を望まなければ、ね。
せめて、
せめて、おまえたちを、同じところに送り込まねば、
俺がこの場所に居る意味が無い。
[最後は、歪んだ笑いの、声が震えた。]
駄目そうだ、クインジー。
彼に背中を向けても、彼の包囲網を擦り抜けようとしても、多分俺はデッド・エンド。間抜けすぎるオチだ。
――戦うしか無いみたいだね。
[身体の痛みを抑えるかのように深呼吸]
……クインジー、忘れたの?
終焉の使者を殺さなきゃ、終わりが来てしまうのよ。
相手にしないと言う選択肢は、無いわ。
[瞳はオッドアイから滅紫の瞳のみへと変じる。ケープに滑らせた右手はナイフの柄を掴み、直ぐに抜き放てる体勢へと]
――そうか
[声は届いていたから、男は低く答えた]
[それから、緊張をはらむシャーロットへ目をやる]
シャーロット、動けるか?
[――こつ。]
ああ。
使者は、死んだかしら。
[緊迫した場には、きっと場違いな声だったでしょう。
左手には灯。
階段の下から見上げると、赤い色が見えました。]
――、ニーナか
[左の手を滑らせた時、うしろにいたニーナへ、男は目をやった]
[軽い警戒が浮かぶのは、声音のせいか]
あぁ
一人死んだ
――ハ。笑わせる。
その男は、
[と、ギルバートを注視しつつも、隻眼の男に一瞬視線を向け、]
本気で護る気などなかった。
守る気ならば、捨てられた筈だ。
望みを叶えるなど……奇麗事に過ぎない。
[ギラ、と憎悪の燃える音。]
さて……本当に「護る気が無かった」のかどうか。それは御本人に伺うしかありますまい。
クインジーは――極めて不穏な空気を発していたよ。
本当は彼が、獣か――或いは獣の遣いで、俺達を滅ぼす気なのではと疑っていたよ。
本当さ――…
[ニーナの声に僅かばかりそちらへと意識を向ける。悟りきったような、驚きを含まない声。むしろ知って居たかのような口調に警戒心は募る]
…随分と落ち着いているのね。
[階上と挟まれるような形。緊張が走る]
お前は、ラッセルのそばにいたんじゃなかったのか?
あいつはお前に何を言った?
――お前のそれは、玩具に対する執着と何が違う?
[声のした方向、赤い色へ顔を向けました。
視界の隅には、少女の青い色。
わたしは眼を細めます。
それらの色の境目が、よく見えなかったものですから。]
そう。
それは、――残念。
[薄ら笑っていたようにも、見えたかも知れません。]
――…そうか。
[ナサニエルの言葉に、小さく呟く。]
君の感慨は、聞いたよ。
でもね――…
その為に俺が死ぬのは、俺にとっては極めて理不尽なのだよ……
――気に入らない。
気に入らないよ……。
[ニーナの表情と言葉に軽く眉根が寄る]
残念、そう思うんだ。
じゃあ貴女は終焉を望む者と言うことなのね。
邪魔はさせないわよ。
私はここで死ぬつもりはない──。
[そう呟き、滅紫を階上に居るナサニエルへと向ける]
どうでも良いと言うのなら、くだらない御託は止めたらどう?
無駄以外のなにものでも無いわ。
貴方を殺し終焉を食い止めるか、私達を殺し終焉を齎すか。
それだけの話でしょう?
[滅紫の双眸が細められ、ナサニエルを睨みつけた]
[ニーナの声に警戒を持つが、男の視線は上へ]
[ただ一度シャーロットに目を向け、ニーナを見た]
[体は戦場に出るように、*静かにたかぶっていた*]
もう1人は、残っているの。
[声は途切れ途切れ、わたしの耳にも届きました。
姿はもう、見えませんけれど。]
――まあ、
それも、時間の問題かしら。
本当に、残念ね。
クインジー。
俺はあれが、フィンが、生きていてくれるだけで良かった。
俺を売ろうと裏切ろうと、どうでも良かった。
俺の命など、要らなかった。
[だから、もういいのだ――と声にならぬ呟きを]
ねえ、お兄さん。
君はひとつ勘違いをしているよ。
……殺戮を始めたのは、君だ。
全ての災厄は、君達から始まったのだよ。
君が居なければ、俺達は「殺し合う」必要など無い。
違うかい?
[ギルバートの口元に、薄い笑みが浮かぶ。]
……君が「神の視点」でその話をするのは、お門違いというものさ。
さてね。
[笑いを収め、姿勢を落とし]
[軽い前傾姿勢で、攻撃の構えを取る。]
[未だ夜は来ず、獣化はない]
「俺と殺し合え」と言った心算だったが。
だが、どっちみち同じだろう。
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