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―― 川辺 ――
[方々を探し回り草臥れ始めた頃
辿りついたのは川辺だった。
川に落ちたロランと
それを心配そうにみていたカチューシャ。
その時の光景が脳裏に過ぎる]
村にいないなら、森、か……?
[川辺から木々生い茂る其方を見据えた]
ロラーン!
[声を張り上げ名を呼んでみる。
入れ違ったことには気付かず声は虚しく響くのみ]
[どれだけ泣いていたのかもわからない。
血の匂いが体にまとわりつくのも気にならなくなった頃、涙を拭って、水筒を手に取った。
ミハイルへのベルトはその場に彼が居ればもって行くだろうし、いないなら、置いていくことにした。
眠れていない上に泣いた顔はさらに酷い事になっているが、それを気にする余裕もなく、ロランを探しに村の中へと戻った]
―朝―
[きちんと眠れたのか、自分でもわからなかった。
瞼は閉じていたけれど、ここ数日、まともに寝ていないのにも関わらず頭では考えるのを止められなかった。
レイスか、ロランが人狼。まだ、終わらない。また誰かが殺されるのか。
どちらかが人狼なら、どちらか既に…もう生きてはいないかもしれない。]
二人とも人狼なら、生きているかもしれねぇ…かな。
…なにを、馬鹿なこと―――。
[ベッドに身体を横たえたまま、ぽつりと。
生きているのが当たり前だったのに。
それを打ち消さなくてはならない現実が痛い。
幼い頃からずっと見てきたのに――。
どちらが人狼だったにせよ、キリルを含めた記憶の中の三人は自分と変わらない人間で。
可愛い弟であり、妹で。
ベッドの上で頭を抱え、大きな身体を丸めた。]
[森の入り口あたり、うろうろしていると
木々の隙間から、ふわふわと柔らかそうな髪が見えた。
大きな木の影から、そっと覗く。
烏色の髪は影にいいが、青白い肌は少し、目立つ]
…――
[カチューシャだ、と、木々の隙間から見て。
他に人がいなさそうだったから、少しだけ、姿を見せる]
[イヴァンの元へと思ったが。
もしかしたら、また血腥い出来事が起こる可能性も考えてしまって。
イヴァンとマクシームの静かな眠りを邪魔する気にもなれなくて。
結局、どこに向かってよいかわからぬまま――
脚は自然と自宅へと向いていた。]
―自宅―
[もうずっと…一人きりで暮らしてきた家。
いつも以上に静かなものだった。
開かれたローズウッドの扉。]
そういや、…一昨日の晩はロランを泊めたんだったな。
[母親が使っていたベッドへとキリルを寝かせた。
胸元に赤黒く咲いた花に視線を落とす。]
イヴァンには…会えたか?
[返事など返ってくるはずもなく…。
ベッドに背を預けるようにして、腰を下ろした。
傍らには、猟銃を置いて――。]
ユーリー。
[相変わらず世界は暗いまま。だけどその声が誰のものかはもう分かる。
2つ年下の友人、と言える程親しくは無かったかもしれない。
彼に向けられた言葉に、僕は多分苦い笑みを浮かべていた。]
……悪い。
でも、きっと無理だった。
[僕を今まで引き止めていた存在はもう居ない。
あの時獣が来なくても、きっといずれは死を選んだ。
それに大事な息子を手に掛けた殺人者を、イヴァンの家族は許すだろうか。
生きて償う。そんな事ができる程の強さは、僕には無かった。]
[呼べど返事はない。
聞こえていないか。
それとも会いたくないか。
分からぬまま、飴色を掻く]
――…みつかれば殺される、と思ってる、か。
[ぽつ、と呟いて花色を閉ざす]
[銃声が届いたような気がした。
目を開ける。
どこかとても遠い場所のように、赤い血の色を眺めていた。
次いでまた意識は閉ざされ、次に認識するのはやはり墓地。
生ある者たちの感情が重く、空気を沈めているような気がしたけれど、
死した者たる彼女に、それは関係なかった]
……しばらくしたら、勝手に、消えるのかしらね。
[首をかしげて墓を眺める。]
長生きしたほうだと思うのよ。私。
消えたら褒めてちょうだいね。
――…家、見てこようかしら。
…ごめん。
[何に対して謝ったのか。
ロランの表情は少し虚ろで、疲弊を見せていた。
ゆるゆると頭を横に振り]
――キリルの体、どこにあるか、知らない?
[できるだけ低く淡々とした声で紡いだ。
黒銀の狼の首を撫ぜると、唸り声は止まる]
[ロランの虚ろな表情に、痛みをこらえるように眉を寄せた。
低い問いかけには小さく首を振って]
ミハイルさんが、連れて行ったから……
あたしはしらない……
[ロランが撫でて、唸りがとまる狼を見る。
それからロランへと視線を戻し]
――もう、戻れない……?
今からでも、やめられない、の……?
[幼馴染を失いたくはない。
そんな気持ちが表情に滲んで、じっとロランを見つめた]
[小さく首を振るのに、そっか、と呟いて。
すぐに踵を返そうとしたけれど。
カチューシャの視線に視線を絡められ、動きを止める]
…キリルの事は殺すつもりだったんでしょ?
じゃあ、俺の事だって殺すってちゃんと思わなきゃ。
[カチューシャの表情が必死に見えて。
思わず、少し眉を困った風に寄せて、声を返してしまった]
ユーリーを…信じるんでしょ。
[恐れるように、でも堪えきれぬように名を呼んだ。
ああ、そういえばここはどこなのだろう。
皆ここにいるのだろうか。
イヴァンも、兄も、マクシームも、イライダも]
っ、……それ、は……
キリルのことも、止めてくれるなら……ユーリーさんを説得しようとはおもって、いたよ。
――嫌だよ……おにいちゃんも、キリルもいなくなったのに。
ロランまで、居なくなるの……?
[当たり前に大切な人たちが傍にいた時間は遠い。
ぎゅ、と皮の水筒を抱きしめ]
ユーリーさんを信じていても、
生きていてほしい、って思うんだもの……っ!
[叫ぶような、悲鳴のような、そんな訴えがこぼれた]
[幼馴染の叫びが、突き刺さる。
胸元をぎゅと握って少し前によろけかけた。
目を閉じる。ぐ、と、強く唇を噛締めて、顔を背け
ぐい、と目元を拭った]
――カチューシャ、…ごめん。
俺、…有難う……そう言って貰えるのが、
とても…嬉しい。
[震える声で告げてから、ゆると顔を向ける。
真っ赤な目は、少しだけ笑っていた]
けど…
[続ける言葉。眉を下ろし、困った声。
ふるふると頭を横に振る]
…やらなきゃいけないことがあるんだ。
キリルを探しに…ミハイルのとこ、行ってくる。
[遠くから、名を呼ぶ声が聞こえた気がする。
人の耳では聞く事叶わぬ程微かなそれが届くのは、
人でない事を自覚させる、一端で。
ガサリと音をたてて身を翻した。
行き先を告げてしまったのが何故だったのだろう。
――――考えるだけの余裕は、とても無かった。]
[人の気配が無くなった。何となく見上げてみたが、いつまで経っても何も見えて来ない。
どうやら僕の視力は喪われてしまったらしい。
今が昼なのか夜なのか、僕の居る此処が何処なのかも分からなかった。]
他にも居るのかな。
[僕は確かに死んだ筈で、だけどこうして意識がある。
他の人もそうなのか。確かめようにも、何も見えなければ動きようも無かったが。]
( ───にげて )
[音にせずに唇がかたちを紡ぐ。
届かない、それがこんなにももどかしい。
……嗚呼。
自分の我侭が、遺した言葉がまた大切なひとを危険に晒す]
[意識は、ふ、と掻き消え。
次いで気付くのは、家の扉の前。
少し笑った。]
便利よねえ。
[しばらくの間、といっても時間の経過は曖昧で。
家の様子を眺めて]
ロラン……
[泣きそうなまま、ロランを見つめて。
嬉しいというロランの笑みに、安心しかけたけれど。
続く言葉に瞳をみひらき]
やらなきゃいけないことって……
――待って、ロラン……っ!
[問いかける前に、彼は行ってしまった。
すばやい動きで茂みにまぎれて離れたロランを追いかけたけれど。
森に入る前にその姿を見失って]
……ミハイルさんのところに行くって言ってた……
ミハイルさんに、会わなきゃ……
[呆然としかけたけれど、ふるふると首を振って気を取り直した。
まだ、まだ時間は、あるはず――]
[ミハイルの家の裏側へと回る。
それは、イライダを襲う時にそっと抜け出した、
泊めてもらった部屋の窓を覗きこもうとして、身を離した。
中に人の気配を感じる。ミハイルだろうと思う。
もしかしたら、ユーリーかもしれないとも思う。
うろうろと周りを巡る様子に少し警戒が薄いのは、
先程カチューシャに会ってしまったからなのだろう]
っ、ロラン?
駄目。行っちゃ駄目だよ。
……もう、いいから、
[猟銃を持つミハイルの家。
ボクはひどく恐ろしい予感に目を見開く。
ぎゅ。と、胸元に手を当てた。
そこに受けた傷は、痛みを伝えてこないけど]
──…カチューシャ、お願い。
ロランを殺させないで……!
[ひどく虫のいい願いと知りながら、
共にあった幼馴染へと、届かぬ願いを小さく叫ぶ]
[そう、虫のいい願いだろう。
殺さなければ殺される。
紅い月は今宵も天に昇るだろう。
───彼の瞳は、今宵も赤く染まるのに違いない]
――。
[何か、感じた。
旅人を弔った日に感じた、森の中の違和感に似ている。
獲物を狙う側から、狙われる側になったようなそれ。]
来た、か…?
[もどかしい思いで、手で顔を覆った。
また自分は、我侭でロランを危険に晒す。
あの時と同じだ。
14年前も、こうして彼を危険に晒した。
雨の中、泣きながら植えた花を忘れてはいない。
…なのにまた。
再び同じ過ちが、繰り返されようとしている]
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