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―― 翌朝/マクシームのところ ――
[彼の無残な遺体はまだその場だっただろうか。
それとも誰かどこかに安置したろうか。
そこにいるのが自分だけでも、誰かが先にいたとしても、目に入らないように急いで近づいた]
シーマ
[白い布で覆われた彼に呼びかける。声が細く震えた]
……シーマ、シーマ
[そっと布を外してかがみこみ、彼を確かめる。酷いものだった。伸ばした手が少し逡巡を見せるも、そのまま彼の顔に触れた。冷たく硬く、嫌な感触だ]
シーマ………
[ざらり、と乾いた血が掌に当たる。ぐっと拳を握りこみ]
……ごめんな。ごめん。
ほんと、ごめん。ごめん。
[白く関節が浮かび上がるほど握り締めた拳に水滴がいくつも落ちた。最後の方は、涙声で言葉にならなかった**]
[瞠られる青い眸が望む応えは口に出来ない。
夜着にストールを羽織るカチューシャの身体を支えた男は
きつく柳眉を寄せただけ]
――…カチューシャ
[気遣うように青を見詰める。
華奢な身体が一層儚く感じられた]
嘘じゃない。
駆けつけた時にはもう……
手の施しようがなかった。
[ゆる、と左右に頭を振り、マクシームの死を伝える]
[今のカチューシャに損傷の激しい兄の姿を見せるのは忍びない。
腕の中にある彼女に向ける言葉を悩むような間が空いた]
少し休んだ方がいいかもしれないね。
[血の気の失せたように映る彼女から
玄関の奥へと視線を移す。
ふ、と彼女へ眼差しを戻し]
キミに見せられるような有様じゃ、ないんだ。
キミには昨日までのマクシームを覚えていて欲しいと思う。
けど、……会いたいなら、
[男は彼女の答えを待った。
どちらにせよ必要とされる限りは彼女を支える心算で**]
――昨夜――
[台所の机の上、見慣れたちいさな土鍋と見慣れた文字。
見下ろして少し柔らかく微笑んで、きちんと指示の通り
温めてから、美味しく頂いた。
肉の匂いは、今作業場に広がる獣臭と同じそれ。
寝台にあがって横になれば、カーテンの隙間から見える赤い月。
烏色に其れを映し眺め、
そっと目を閉じると眠りに落ちるのはすぐだった]
[それが開かれたのが、何時かは判らない。
ただ、広場にほど近い家。ざわめきに身を起こす。
篝火が落とす人の影が、忙しなく動いて居たから
寝台を降りて、車椅子へと移動した]
……何。
[呟いて、出ようとした時。
誰かが報せに来てくれたかもしれない]
[現場へ車輪の悲鳴が着いた時、
丁度ユーリーが死体に白い布をかぶせていた。
胡乱げな眸にそれを映す。
何が起きているのか判らない、
呆然、といった表情が近いかもしれない。
白い布はすぐに真っ赤に染まってしまう。
それは何処か一か所を刺されたりした訳でない、
獣の食事、傷の多さを物語るようで]
……、
[車椅子が、カタカタと小さな音をたてる。
自分の肩を自分で抱き、声をあげる事も無く。
ただ大きく見開いた双眸に、染まりゆく塊を映して居た]
……――っ
[唇の端を噛締める。声が漏れぬように。
キィ、と車椅子を近く寄せて身を乗り出して、
布の上からそっと、触れて見た。
血に濡れて風に晒された布は、冷たい。
そのままゆっくりと顔を向けると、
赤い血は地面を擦り、篝火の裏の茂みに繋がって居た。
っは、と、息を吐く。
ミハイルが居れば其処が現場だと教えてもらえるだろうか。
車椅子を茂みへと進め、少し身を乗り出す]
ぁあ、
[抑えて居た声が、漏れてしまった。
短い草木、茂みに飛び散る肉片がこびり付いていたから]
― 昨夜 ―
心配性ねー、すぐそこじゃない。
[ミハイルの言葉>>19に思わず少し笑った。
子供の頃、といってもまだまだ幼かった頃は、お兄ちゃんとか呼んでいたけれど、
此処を出ていく頃には既に名前呼びになっていたりもしたわけで]
でもありがとう。
後はよろしくね。ミハイル、マクシーム。
[二人には手を振り。
それからレイスには送ってもらってばかりだと、苦笑する。
それでも、抱きつかれたことやその時の様子などを、道すがら語ったりはした]
何度もありがとうね。
レイスも、気をつけてね。キリルのことも。
[ひらひらと手を振り、屋内に入るとしっかり鍵をかけた。]
― 翌朝 ―
[外が騒がしい。何があったのかと思いながらも、顔を整えたり、いつものように旦那と娘の食事を用意したりとしていた。
そっと視線を落とす]
化けて出てきてくれればいいのにね。
[小さく嘯いて、笑う。
それこそお伽噺だったから。
――その知らせを受けた時、何を言っているのかわからない、と。
はっきりと表情は、変わった。]
――冗談、でしょ。
だって、昨夜、篝火…ミハイルと二人で、残ったじゃない。
[広場の方へと視線をやるけれど、すぐに言葉は止まり。
首を横に振った。
止められても、広場へと向かう。
赤い血の色をした布。
それが白だったなどわかるわけもなく。
茫然と、その場に立ち尽くす。
誰かを気遣う余裕は、なかった。
化粧をしたというのに、表情は歪み、眦から涙があふれて落ちる。
泣くのなんて、今のように立ち直ってからは、ないことだった]
……ごめんなさい、家にいるから。
[両手で目元をかくして囁くように言うと、踵を返す。
誰か付けろと言われても、今回は待つことなく、家へと戻っていく。
少し落ち着くまでは、自分から広場に現れたりはしなかった**]
ぁ、ぁ………、
[片手で口を抑え、もう片方の手で逆の肩を抑える。
車椅子の上で身を折り、ぎゅっと小さく縮こまった。
暫くの間荒く息を吐き、こくりと何か飲み込む程の音がする。
遠くで、狼の遠吠えのような声が聞こえた。
暫く蹲る様にしていたロランは、ゆるゆると顔を上げる。
頬の端流れる透明が汗か涙なのかは判らなかった。
キィ、と車椅子が音をたてる。
背に音が聞こえたのは、誰か別の人がまた広場にやってきたのかもしれない。
ゆるゆると顔を向けて、遺体の傍へと戻ると、丁度イライダが帰るところで。
その背を見送り、言葉も無くまた遺体包む布を見下ろした]
[ユーリーが支えてくれていなければ、そのまま倒れてしまっていたかもしれない。
休んだほうが良いといわれて、とっさにユーリーの服を握り締めた]
――お兄ちゃん、そんなに、ひどい、の……?
[傷ついた兄の姿がどうなっているのか、想像も出来ない。
どちらでも、望んだ答えに付き合ってくれそうなユーリーの腕の中で悩むように俯き]
……いますぐ、じゃなくて……後で、顔だけでも、見れますか……?
[視線を落として、望みをつげた]
[確認するような声に頷く]
ああ……。
[抑えた声で肯定し閉ざされた青を思う。
服に絡められたカチューシャの手指へと視線を落とし
問われた事にこたえる為に重い口を開いた]
――…大きな獣に襲われたように見えた。
飢えていたのか、損傷が……
[激しい、と続くはずの音は掠れる]
[マクシームの死を受け入れて悼む時間が必要だと感じる。
悩む間の後、告げられた望みにゆると頷いた]
――…嗚呼。
落ち着いてから会いにゆくといい。
そのように手配しよう。
[暫くは広場に置かれる事になるだろうか。
カチューシャの背に腕をまわし
男はぬくもりだけを伝える]
部屋まで送ろう。
歩けるかい?
[獣におそわれたような傷。
旅人の死体も見ていないから、それがどんなものかは想像できなくて。
ただ、ユーリーの声がかすれるから、余程酷いのだろうと思った]
……うん、ありがとう……
[望みを受け入れてくれた事と、背中を支える腕のあたたかさの両方に感謝して。
尋ねられる言葉に小さく頷き]
大丈夫で……っ
[震える足で立ち上がるものの、踏み出せばぐらりとバランスを崩した]
[病が原因であれば幼馴染を家に運んで
一昼夜ほど共に過ごすことも出来ただろうが
家に運び込むには状態が酷すぎた。
仮令肉親であろうとも血の匂いに耐え難いと思う]
――…こういう時は甘えていいんだよ。
[バランス崩すカチューシャの身体を支えなおした。
可愛い妹にべたべたするな、と
マクシームがみていたら言うだろうか。
ちらと過ぎる幼馴染の顔に少しだけ苦いものが過ぎる]
部屋はあっちでよかったっけ?
[立ち入る事のない彼女の部屋の場所はおぼろげで
背に回した手はそのままに、
もう片方の手をスカートの裾、膝裏へと滑り込ませ
ひょいと抱き上げる強引さをみせた]
う……すみません……
[転けずに済むよう、支えてくれたユーリーにすこし恥ずかしそうに謝る。
甘えて良いといわれても気恥ずかしくて小さく俯くだけで。
兄が居れば茶々の一つは入ったかもしれないが、その声は聞こえず]
あ、はい。
あっちの扉の――ひゃっ、〜〜っ
[ユーリーに部屋の位置を教えたところで、不意に抱き上げられてバランスをとるように胸にすがり。
現状を把握したところで、血の気のひいていた顔に朱色が戻った。
恥ずかしくて断りたいところだけれど、歩けないのも事実だから、顔を赤くしたまま部屋まで運ばれるのを大人しく受け入れるしかなかった]
[腕の中ではじらう気配がするが微か口許を緩めるのみで
眼差しは示された扉の方へと向けられる。
部屋の中、寝台にカチューシャを下ろして
先ほどよりも色の戻った花のかんばせを覗く。
オリガの幼馴染の一人。
カチューシャたちの事は妹と等しく可愛がっていた]
……カーチャ、
[何年も前に呼ばなくなった愛称を口にする]
人狼は噂では済まないかもしれない。
若し、僕に何かあったら……
そのときは、イヴァを、頼るんだよ。
[大事な幼馴染であるから名を紡いだと思われようか。
なれど男には――
イヴァンがマクシームを害してはいないという確証があった]
[部屋の中は、趣味でつくったポプリが置かれて、この騒動の中では場違いにも感じられる優しい花の香りがする。
ベッドへとおろされて、頬に朱をのせたままユーリーを見る。
昔は兄の幼馴染たちもおにいちゃん、と呼びかけていた。
それをやめたのが何時だったかはもう覚えていない。
ただ、懐かしい愛称で呼びかけられて昔に戻ったように]
ユーリーおにいちゃんまで、なにかあるなんてやだ……
[子供のように答えて、悲しげに視線を落とす。
人狼はいるのかもしれない。
誰かが、――知っている人の誰かが、兄を害したのかもしれない。
それを思えば表情はかげり。
イヴァンを頼れという言葉にユーリーが彼を信じている事だけは理解したのだった]
[ふと鼻腔を擽るのは花の香り。
それは長閑だった村の日常を思い出させてくれるような優しさは
カチューシャの部屋にとてもあう気がした]
――…ン。
[懐かしい呼びかけにふと目を細め]
僕もキミに何かあったらと思うと、こわい。
何も、いや、これ以上誰も、
傷付かなければいいと思っているけど
[犯人はこの村に居るだろうと思うのは
彼女もまた同じなのか翳りが見えて眉を寄せる。
カチューシャを疑わぬのは
彼女がマクシームを手に掛けた等と考えもしなかったから]
[ベッドの上に座り込んだまま、視線を上げてユーリーを見つめ]
うん……誰も、いなくなってほしくない……
[こくりと頷きを返す。
きっと同じような翳りが浮かんでいるのだろうと、ユーリーの花色の瞳にうつった自分を見るかのように瞳をあわせ]
お兄ちゃんが、襲われたのは火の番をしてたから、なのかな……
ユーリーさんも危ない事、しないで、ね。
[分からない事ばかりで、疑えない人ばかりだ。
だから、せめて、信じたいと思う人の無事を願うだけだった]
[カチューシャの声に同意し青い双眸を見詰め返した。
火の番と彼女が言えば少し考え込み]
かもしれない。
けど、火の番をしてたのはミハイルも、で
彼が見つけた時にはすでに……
[状況を整理するようにぽつりぽつりと呟く]
嗚呼。
篝火も効果が無い事がわかったし
これからは火の番も必要ないだろうから危ない事はしない。
だから、カーチャも危ないことはしないように。
キミに何かあったら……
[紡ぎかけた言葉を飲み込む気配の後、軽く身を引き]
シーマに顔向けが出来ない。
ミハイルさんもいっしょにいたの?
[それは知らなかったから首をかしげ。
何かで一人になったときに、襲われたらしいことを呟きから知り。
膝の上で手を握り締めた]
そっか、よかった……
うん、危ない事しないように気をつける。
[案じる言葉にはこくりと頷き。
身を引く様子に軽く瞬いて、続く言葉に視線を落とした。
ふわりとゆれた髪が表情を隠す]
ユーリーさんがお兄ちゃんに怒られないようがんばるから。
……ん。
知らせに来たのはミハイルだったよ。
[握り締められたカチューシャの手へと視線を落とす。
少しだけ出来た距離をもう一度だけ縮めて
膝上にある彼女の手の甲へ己の掌を重ねようと伸ばし]
そんなにきつく握ったら
手に爪あとが残ってしまう。
[柔く、緩めるように囁き掛けた]
――…気をつけてくれるだけで十分だ。
カーチャは一人で頑張りすぎる所があるから
もう少し、大人を頼っていいんだよ。
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