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― 客室 ―
[寝台近くにあるテーブルにコップを置いた。
ポケットの忍ばせた薬包んだハンカチをその隣に。
そうして抱えた毛布を寝台に運び、広げる。
靴脱いで、皺にならぬよう服も脱いでからぽふっと寝台に身を委ねた]
……ふかふか。
[弾む寝台が優しく受け止めるのを感じ声を漏らす。
枕を引き寄せ抱きしめるようにして目を閉じると
深い眠りへと引き込まれていった**]
女主人の死。
通常であれば、浮き足立つなり騒ぎたてるなりしそうなその事態に際しても、メイドたちの無表情さは変わる事はなかった。
主が真紅の大輪花咲かす書斎を訪れたメイドは、問いかける男>>34に、首肯を返した後、地下へと向かう。
……程なく地下から響くのは、がしゃん、という金属音。
貯蔵庫の反対側、閉ざされた扉の鍵が開く音。
その音が響いた後、アナタの許をメイドが訪れて。
変わらぬ無表情のまま、彼女は淡々とこう告げる。
「主人が『鬼』に喰らわれました。
『取り決め』に従い、これより、『ゲーム』の開催とさせていただきます。
地下の武器庫を解放しましたので、牙なき方はご自分に見合うものをお選びください。
皆様のお世話は、これまで通りさせていただきます。
『ゲーム』に関わらぬ御用向きは、どうぞ遠慮なくお申し付けくださいませ」
澱みなき口上を述べた後、メイドはその場から一度姿を消す、けれど。
衣食の世話はこれまで同様、過不足なく行われるだろう。
ただ、それ以外──『ゲーム』に関わる事、そしてそれを逸脱する事を求められたとしても。
彼女たちがそれに応じる事は、ない。**
……何があったかは、今は無理には聞かない。
落ち着いて、気が向いたら教えてちょーだい?
[緩く首を傾いで、口にするのはこんな言葉。
口調は変わらず軽いが、瞳の青は僅か、氷の冷たさを帯びて。
口の端が僅か上がるは刹那、それが歪んで見える笑みを織り成すより先に、青年は踵を返して部屋を出る]
[ジラントの部屋を出た後、メイドを探して酒はもらえるかと問いかけて。
肯定を得ると、部屋まで運んでくれるように、と頼み込む]
……どこまで、至れり尽くせりしてくれんのかしらね。
[無表情なまま注文を受け入れた背を見送りながら、ぽつりと呟いて客室へと戻る。
部屋に落ち着いて間もなく届けられた酒は、年代ものの高級品で]
『ゲーム』のためなら、何にも惜しむものはない……って、とこかしら、ねぇ。
[瓶をつつきながら吐き捨てる、その表情に感情といういろはなかった。**]
― 二階/客室 ―
[深い眠りに落ちたオリガは寝台で小さな寝息を立てていた。
規則正しい呼吸は平穏そのもの。
けれど呼ぶ声が聞こえたような気がして意識が揺さぶられる]
――…ん、なに?
[ゲームの開始を告げた彼女の声を聞いた気がするけれど
目を擦りながら身体を起こして見渡せどその姿はない]
ゆめ……?
[首を傾げる。
夢を見た記憶はないけれどそのような事は間々ある事。
釈然としない思いを抱えながら身支度をしていると
扉を叩く音がしてメイドの声が聞こえた]
― 三階/書斎 ―
[用件を済ませたらしいメイドは澱みなく立ち去る。
オリガは呆けたように立ち尽くしていたけれど
はっと我に返って客室から駆け出した。
階段をあがり導かれるようにして書斎へと向かう]
……は、…。
[上がる息に上下する肩。
胸からはうるさいほどの鼓動を感じる。
書斎の前、扉の向こうに見えるのは――]
――――……っ。
[白い光を伴うアナスタシアのカタチ。
最期に居たその場所に大広間で会ったと同じ微笑湛えて
オリガはそれをみたと認識するけれど]
― →三階/展望室 ―
どぉして……?
[ぽつと呟いて口許を手で覆う。
よろ、とふらつく足取りで書斎から離れゆく。
廊下の壁を伝い、歩んだ先には行きには気付きもしなかった場所。
中に入ってそれが展望室であると知れる。
ほぼ全面硝子張りのその場所もまた雨音に包まれていた。
屋敷を避けて降る雨は硝子を叩かず遠くはあるが]
―― え 。
[泣くのを堪えようと空を仰げば見える紅き月。
煌々と輝くその月明かりの中、降り注ぐ紅い雨の景色。
オリガは呆然とその場で立ち尽くす**]
─ 展望室 ─
……そう、だ。
みんなに、つたえ、なくては。
[瞳伏せ空に浮かぶ紅い月映さぬことで徐々に抑えられたけれど、震えはまだ微か残っていた。
それでも、一目では気付かれぬ程度には収まったのに気付けばすぐさま展望室を後にする。
最もそれは、無意識の内に空から注ぐ紅い光から逃れたかったからかもしれないけれど]
─ →広間 ─
─ 広間 ─
…あの。
オリガさん、達は?
[広間に入ると、そこに残っていたのはキリルとリディヤだけ。
他の皆を探すように周囲に視線を巡らせる自分は、彼女達にどう映ったろう。
問う声にも動揺が滲むのは抑えきれず、オリガ達が部屋に戻ったという事を推測できぬ程冷静さも欠いていて]
…三階に、展望室があって。
そこから外を、見たのですが─…
この屋敷の上だけ、空が晴れていて。
紅い月が、出ているんです。
[そう告げた声は、震えを抑えながら紡いだものと伝わっただろうか。
主人が告げた『ゲーム』の合図と重なる光景が、脳裏にしっかりと焼き込まれて]
─ 広間 ─
なので、皆さんに伝えようと思って、来たのですが。
此処にいない方は、もう休まれています、よね。
[この場に居ない者にも伝えるべき、とは思うものの。
休んでいる邪魔をするのも、と良識が邪魔をした]
…私も、休んできます。
他の方々には、明日の朝すぐにお伝えしますね。
[事を思えば、今すぐに伝えるべきだと解るはずなのに。
その理解が遠くなる程度には、冷静さを欠いていて。
リディヤ達に軽く頭を下げると、自分は宛がわれた客室へと戻っていった。
この時はまだ、朝が来ないなんて思いもしていなかったから**]
ふぁい……。
なにか、ごよう、で……?
[眠そうな、欠伸を噛み殺した声で僕はメイドの来訪に応じる。
問いに重なるように告げられた言葉は寝起きで理解するには時間が必要で。
頭の中でそれを咀嚼して反応を示すまでにかなりの時間が掛かった]
………………はい?
『鬼』? 『取り決め』? ……『ゲーム』?
ちょ、ちょっと待ってください。
ご主人さんが喰らわれたってどういうことですか。
しかも武器庫って…。
[問うてもメイドからの返答は無く、必要なことは告げたと言わんばかりに一礼して目の前から立ち去って行く。
廊下に出て他の部屋へと向かうのをぽかんとした表情で見詰めた後、僕はぼさぼさになった髪を手で更に掻き混ぜた]
わっけ、わかんね……。
[理解が追いつかないままに僕は皺になった服を払い、三階を目指し階段へと向かう。
上の方で足音がした気がしたからだ。
他にも誰か出てきただろうか。
鉢合わせるようなら挨拶だけはして、三階へと昇って行った]
─ →三階/書斎 ─
[三階へと上がった途端、不快感を呼び起こす匂いが鼻を突いた。
一度瞠目し、直ぐに眉を寄せて匂いの強い方へと歩いて行く。
左足はまた鈍い痛みを湛えていたけれど、気にしている余裕はなかった。
匂いの元、書斎らしき部屋の扉は開かれたままで、中に入らずともその様子を目にすることが出来る]
─────!!
[片目に映った光景に僕は絶句した。
広がる紅の中に赤が頽れて、その傍らには別の紅が一輪、転がっている。
あかに彩られたその光景は、凝視して気持ち良いものではない。
僕は匂いに耐えかねて、思わず左手で口と鼻を覆った]
なん っ だよ、 これ…
どう言うことなんだよ。
これが、『ゲーム』?
冗談じゃない…!
[命がけの『ゲーム』。
その幕が開けたと、刻み込まれたナニカが言う。
『ゲーム』のルールは否が応でも理解していたけれど、感情はそれについていかない]
しかも 何で、
なんで、 笑ってるんだよ…!!
[喰らわれたのに、生きていた頃と同じ美しい笑みを湛えるアナスタシア。
変わらぬ妖艶さが逆に背筋を寒くさせ、僕は扉近くから一歩、拒絶するように後ろへと下がった]
[独りきりになった部屋、男は今も仰向けのままベッドで横たわっている。
右手を外し、左目を細く開くも、何も見えはせず。
ただあの青だけが焼きついている。]
……うぇ……くそったれが……。
なんだってんだ……獲物、って……。
[ゲームの始まりを告げられた時と同じ、不可解な理解。
苛立たしさに男は、左手を握り締め、振り上げて、ベッドへと振り下ろす。
けどもその口元には僅かな笑みが浮かんでいる。
それは、普段の狩の際に獲物を見つけた時とまったく同じもので。
その矛盾に男は今は気付けないまま。]
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